111話【決闘~休憩1~】
◇決闘~休憩1~◇
敗戦を告げられ。
力なくアルベールはエミリア達の所に戻った。
「アルベール……」
「……兄さん」
迎えてくれたエドガーとエミリアに、アルベールは合わせる顔がなかった。
――場外負け。それが敗因だ。
情けなくて、申し訳なくて。
妹の、幼馴染の顔が見れない。
「わりぃ……エミリア」
顔を伏せて一言それだけを言うと、アルベールは会場外に出ていこうとする。
「アル――」
「やめなさいエドガー」
アルベールを追いかけようとするエドガーを、ローザが止める。
「……でも」
「それどころではないわよ。分かっているでしょう?」
一敗。一人足りない以上、二敗をしたのも同義。
「それは……分かるけど……!」
と、ローザとアルベールを交互に見るエドガー。
アルベールが頑張って戦ってくれたのは事実で、邪魔がなければどうなっていたかは分からないが、この負けが覆る事だけはない。
エドガーだってそれくらいは分かる。
アルベールを追いかけたい気持ちをグッと堪えて、次の試合に臨む人物。
――サクラを見る。
「……」
目を瞑り、静かに呼吸をするサクラ。
スー、ハー。スー、ハー。
鼻から吸って、口から吐く。
典型的なリラックス法だが、何の道具も必要としない分、楽でいい。
「……ふぅぅぅぅ」
深呼吸をするサクラに、声をかける事を躊躇うエドガーは舞台を見る。
そこでは、勝者であるはずのジュダス・トルターンが担架で運ばれていく最中だった。
ジュダスは、完全に意識を失っていた。炎で焼かれ、全身に火傷を負いながらも戦ったジュダスに、会場からは拍手が送られていた。
逆にアルベールの、ロヴァルト側にはブーイングが飛んできている。
【聖騎士】に昇格してもその程度か!と、ヤジが飛ぶ。
(場外や制限時間がなかったら、絶対にアルベールが勝ってるのに……!)
拳を握り、ブーイングに耐える。
思っていることを叫んでも、何の意味もないからだ。
エミリアも、唇を嚙んで耐えているのか、握る拳がフルフルと震えていた。
そんな雰囲気をぶち壊すように、サクラが会場いっぱいの空気を吸うのではないかと思わせるほど息を吸い。
気合の声を出す。
「スゥゥゥゥゥゥゥゥ……っしゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「「「……」」」
エドガーとエミリア、ローザも目を点にして驚く。
サクラからこんな声が出るとは想定外だった模様。
「……ん?」
「どうしたの?」と、不思議そうに二人を見るサクラに、エミリアは近づいて声をかける。
「な、なんだ……それだけ声を出せるな心配――」
サクラの手は、小刻みに震えていた。
エミリアは直ぐにそれに気づいて、ギュッと力一杯、サクラの手を握った。
「――イタイイタイ!、エミリアちゃん、痛いって!」
「……ごめん。平気なわけないよね……戦いなんてやだよね、ごめんね、こんなことさせて……私、友達にこんな事……」
握った手を自分の額に持って来て、エミリアはサクラに呟きながら謝る。
「エミリアちゃん……」
「……」
(……あ~。えっと、笑かすにはどうしよう)
小さく何度も「ごめんね」と呟くエミリアの姿は、普段の元気な少女の姿とはかけ離れていて――まるで。
「そうだ……エミリアちゃん。まるで美少女みたいだね」
「……へ?」
「ぷふっ」と、誰かが笑った気がした。
勿論エミリアには誰が笑ったか分かっている。
「ロォォォォザァァァァ!なんで笑うの!?……後サクラ!みたいって何!?おかしくない?こんなにも儚げな少女を「みたい?」。おかしい!絶対におかしい!!もうっ!もう!!」
顔を真っ赤にして抗議するエミリアは、いつものエミリアだった。
自分を儚げと言ってしまうあたり、やはり少し残念なのかもしれない。
「いやいや、自分で儚げとか言っちゃダメだからねっ!」
ぷんすかと憤るエミリアの手を軽く解き、サクラはすれ違いざまに「ありがと」と耳打ちした、そして舞台の手前まで行き待機する。
「……サクラ、頑張って……!」
小声でサクラの背に応援の言葉を掛ける。
サクラの後ろ姿は、不安・期待・恐怖・渇望が入れ混ざった複雑なオーラを醸し出して「これ以上話しかけるな」と言う一人にして!の雰囲気で固められていた。
エミリアはサクラを信じて、後ろ姿に小さく声をかける事だけをして、自分を笑ったローザに一言文句を言ってやろうと振り返る。
「ローザっ!!……――っていないしっ!!」
ローザの姿はおろか、エドガーの姿も無くなっていた。
◇
会場の物陰で、重なり合う男女の影。
それをコッソリ覗く、ローザと――エドガーの二人。
「ね?大丈夫だったでしょう?」
「……いやでも、これってなんか……」
覗きではないかと、エドガーはローザに意見する。
「なに?キミが気になるって言うから、エミリアがサクラに集中した一瞬を突いて、こうして見に来たって言うのに……不満?」
「いや、そういう事ではなくて……その、ねぇ。なんか、アルベールに悪いって言うかさ……」
重なり合う男女の影は、アルベールとメイリンの二人だ。
勘違いするかもしれないが、この大変な時に逢瀬を重ねている訳ではない。
アルベールは、メイリンに抱かれて背を撫でられている。
決して涙を流している訳ではないが、肩を震わせているアルベールをメイリンが優しくフォローしてくれているのだろう。
「キミは何か勘違いをしているわね?……あれは、決していやらしい事をしている訳じゃないわよ?」
「――わ、分かってるよ!そうじゃなくて、それを覗いているのが問題なんじゃないかっ」
でも、エドガーは正直安心している。
アルベールを追いかけようと思った瞬間、サクラの事を気にする事も、エミリアが結婚してしまう事も頭を過ぎった。
「メイリンさん……本当にお似合いだよね、アルベールと」
「……そうかしら。そうなりたいなら、彼はもっと強くならないとダメね。このままでは、女に慰められないと強くならない剣士になってしまうわよ?」
「……は、ははは。き、厳しいね」
物陰からコソコソ話すエドガーとローザも大概であるが、アルベールの今後も大変そうだ。
何故なら今後、メイリンに見合う男になるために、ローザにしこたま鍛えられることになるのだが、それはもう少し未来の話だ。
◇
司会進行、兼審判のソイド・ロロイアは、待機中のシュダイハ陣営をちらりと見る。
誰一人として、先鋒として戦ったジュダス・トルターンを心配するものはおらず、談笑をしていた。
しかも大将であるセイドリック・シュダイハは、メイドを何人も侍らせて果物を食べている。
(何なんだよ……こいつら。結婚、するんだよな?……いや、それにロヴァルト陣営も)
反対側のロヴァルト陣営に至っては、次鋒の選手とエミリア・ロヴァルトしかいなかった。
(マジで何なの!?試合する気あんのか……?)
まさか三連勝なんてつまらない落ちにするなよと、進行役ならではの気持ちを、心の中で愚痴った。
◇
次の試合が始まるまで、残り数刻(数分)。
上空で舞台上を見下ろすメルティナは、サクラを【解析】する。
【解析結果】
・サクラ/【女子高生】
・高揚
|LV:22
|HP:2366/2366
|MP:398/398
|STR:151
|INT:422
|VIT:128
|MEN:189
|AGL:206
・【叡智の閃き】
・【ハート・オブ・ジョブ】
・【鞄/スマホ】
・【ジュエルスキル・朝日の雫】
「基本的な身体能力は平凡……頭が少しいい。程度……でしょうか」
この状態で人工知能に迫る知能なのは凄いと思われるが、メルティナは“少し”を強調する。
【解析】の基準はどうやら、ティーナ・アヴルスベイブが遊んでいたゲーム【ドラゴニック・ファイナル】が基になっているらしく。
別次元の人物をゲーム化した数値、と、メルティナは捉えている。
「サクラの数値では……勝てません」
サクラの向かいに待機している対戦相手。
カリーナ・オベルシア。セイドリック・シュダイハ側のメンバーで、唯一の女性だ。
彼女はサクラを睨んでいた。
試合前から威圧を掛けているのか、それとも若さに嫉妬しているのか。
メルティナは、先程【解析】したカリーナのステータスを網膜に映す。
丁度、サクラのステータスと並べる感じに。
【解析結果】
・カリーナ・オベルシア/【娼婦】
|LV:30
|HP:4282/4282
|MP:0/0
|STR:243
|INT:096
|VIT:201
|MEN:187
|AGL:178
特殊な能力は無いようだが、基本的なステータスはサクラと全然違う。
「厳しいでしょう……」
自頭の良さは圧倒的にサクラが上だが、それ以外は素早さだけ。
カリーナの得物を見ても、それが言える。
フレイル――またはモーニングスター。
形状はモーニングスターだが、鎖が見えているのでおそらく分離する。
「肩にかかっている布は、遺物でしょう」
メルティナの言う遺物とは、“魔道具”の事だ。
やはり、シュダイハ陣営も“魔道具”は用意してあった。
ルールとして決めたことを使わない手はない。それは両陣営が許諾した事なので、誰が文句を言えることではない。が、この国の国民は元々“魔道具”や《魔法》を知らない。
戦闘経験のある人物すら少ないのに、一般市民が《魔法》を見たら、どんな反応をするか。
アルベールが使った盾の反応を見ても分かるように、大変興奮するのは間違いない。
「……始まるようですね……」
舞台上では進行役が、音声拡大“魔道具”を握りしめ、気合を入れて叫んだ。
『それでは!!二回戦を始めまぁぁす!!』




