110話【決闘~一回戦~】
◇決闘~一回戦~◇
「ど、どど、どどど、どうしようっ!!」
頭を抱えて完全にテンパっているエミリアを、隣でサクラが宥める。
「落ち着いてってば、エミリアちゃん!」
向かい直って、エミリアの両肩を掴み。
冷静にさせようとするが、混乱は増すばかりだった。
「だ、だ、だって兄さん、メイリンさんも……やばいよっ!どうしたら……」
「いやいや、ローザさんが信じろって言ったでしょ?信じようよ、お兄さんっを!」
しかし、言うのは簡単というやつで。
刻々と一回戦の時間は迫りつつある。
ロヴァルト家の専用席から見た対角線には、審査員とみられる三人の男が順に着席していく。
「あれが……セルエリス殿下が用意したっていう審査員か……」
確認して、エドガーが言う。
セルエリスが改変したルールに、三人の審査員を設けるとあった。
いずれも【元・聖騎士】の御老人であり、審査員ではあるが、実情はただの観客に等しい。
一試合は十刻(10分)に定められ、決着がつかない場合のみ審査員により判定がなされると言うわけだ。
審査員を導入した理由は、時間の短縮が理由とみられるが、実態は分からない。
「エミリア。あの三人が誰だかわかる?」
「え?……ん~、一人……くらいなら」
ローザの問いに、エミリアは審査員を見て少し考えると、詳細を述べた。
「一番左の方は、確か騎士学校の訓練に来てたことがあるよ……去年だったかな、剣の腕は良いって評判だった記憶があるけど。名前は……ごめん、忘れた」
エミリアは槍術使いだ。
剣技の講習は受けてはいないので仕方がないかもしれない。
「後のお二人も、【元・聖騎士】の方なんだろうけど……全員、年齢的に引退したご老公様じゃないかな……」
今エミリアが言った一人は、よくて五十代。残りの二人の見た目の年齢は、若くて六十代~七十代だ。
二~三世代前の貴族までは、騎士学生のエミリアは知らなかった。
貴族のエミリアは、本来知っててもおかしくはない筈なのだが。そこはエミリアだと言わせてもらおう。
「……そう。まぁ、確定ね……」
ローザは小さく呟く。どうやら何かを確信したようだが。それは誰にも聞こえなかった。
そしてそれと同時に、舞台から音声拡大“魔道具”を使った進行役が声を出す。
『皆様!!大変お待たせ致しました!これより、エミリア・ロヴァルト伯爵令嬢と、セイドリック・シュダイハ子爵子の結婚を賭けた、計五回戦による決闘を取り行います!!進行役は私、ソイド・ロロイアがお送りいたします!』
「「「「「わあぁぁぁっ!!」」」」」と、大歓声が起こり。
どれだけの観客が入っているのかが分かる。
司会進行役の男、ソイドは歓声に気分を良くし、声を大きくして続ける。
テンションがチョットおかしい。
『先ずは西側ぁ、選手の紹介です!ここ【貴族街第三区画】の警備隊に所属しぃ、今回の決闘に自ら名乗り出たと言う勇敢なる戦士ぃ!シュダイハ家の第一選手は!ジュダスぅぅ!!トルターーーーン!!』
歓声と共に、舞台へ上がる男。
大剣を持ち、左手を掲げて舞台へ上がるさまは、さながらグラディエーターだ。
ジュダス・トルターンは、戦いが待ち遠しいと言わんばかりに邪悪な笑みを作り、舞台の中央で待機する。
『それではぁ!第一回戦、続いて東側ぁ!エミリア嬢の兄にして、昨年度唯一の【聖騎士】昇格を果たした秀逸なる騎士!アルベーーーール・ロヴァァァァァルトーーーー!!』
三度「「「「「わぁぁぁぁっ!!」」」」」と歓声が起こるも。
呼ばれたアルベールは舞台に上がる気配がない。
『……おおっと、アルベール選手、出てこない!これはどうした事かぁ!』
登場どころか、控え場所にすらいない。
観客も段々とそれに気づいてきており、ざわつき始める。
しかし、一番イラついているのはジュダス・トルターンだった。
その事情はエドガーとエミリア達も、観客も知らない。
それどころか、実はセイドリック・シュダイハも知ってはいない(知ろうともしていない)。
ジュダスは、まさかアルベールに自分側のメンバーが画策した刺客が送られていることなど、知る由もなかった。
「……ヤバいヤバいヤバいっどうしようっエド!!」
「何とか時間を、もしくは対戦順を変えてもらえるか……」
「無駄よ。エミリアの立場が悪くなるだけだわ……止めておきなさい。審査員がいるのよ?」
思案するエドガーとエミリアに、ローザは無常に告げる、しかし。
「――ほら、間に合ったわ……」
ローザが言う。
と、入場ゲートから走ってくる男性が。
「――兄さんっ!」
「アルベール!!」
「はぁ、はぁ……わりぃ。遅れた」
息を切らして、ぎりぎりで会場入りしたアルベール。
軽鎧の下のシャツが、素肌に張り付くほどに汗だくだった。
「聞こえてたよ、直ぐに出番だな……行ってくる!」
「ちょっ、大丈夫なのかいっ!?」
後ろ姿のアルベールは、エドガーの言葉にグッと拳を作ってサインする。
「……」
<……メルティナ、どう?>
<イエス。数人の人間に襲撃されておりました。ですので、上空から狙撃して援護し、ルートを確保しました>
<……そう。助かったわ>
【心通話】をメルティナと行いながら、ローザは会場を見渡す。
すると、窮屈そうに観客に挟まれながらも、ロヴァルト兄妹を応援するためか、メイリンがいた。
どうやら無傷のようだ。
「一つ……安心ね」
(メルティナが何をどうやって援護したのかも気になるけれど……)
「――ローザ殿。メイリン殿も来ているな、どうする?……見ておくか?」
「そうね。頼める?」
(この子、メイリンが危ないことに気づいてる?)
「承知した。メイリン殿の傍にいる。兄上殿の戦いが終わるまでなっ!」
――シュバッ!と消えるサクヤ。と思った矢先にはメイリンのすぐ傍で隠れる様に見守り始めた。
<せめて隣に居なさいよ……>
<むっ……わたしは忍びだぞ?忍ばないでどうする>
目を細めてローザを見てくるサクヤ。
それだけは譲れなかったのだ。忍びとして。
(……まぁこれで、メイリンの心配はいらないわね。後は……)
舞台に向かうアルベールだ。
肩で息をし、そこら中に見える切り傷擦り傷が、妨害を受けた証拠になる。
だが、それを王女や審査員に抗議したところで、シュダイハ側が認める訳もない。
唯一証拠になりそうなのは、シュダイハ側の待機所でアルベールを睨む、出場選手の一人だが――
(――誰だったかしら……あれ……)
ローザは、シュダイハ側の選手の名前を覚えていなかった。
◇
舞台中央に着くと、大柄な男がアルベールに声を掛ける。
「来ないかと思ったぞ、アルベール・ロヴァルト。随分とボロボロではないか……」
長身のアルベールを、さらに上から見下ろすジュダス。
「へっ……よく言うぜ、あんなことしておいて……」
「――?……何の事だ?」
アルベールの返答に、首を捻るジュダス。
「――は?あんた……」
何をとぼけた事を。と言うつもりでいたアルベールは、ジュダスの反応に戸惑うが。そんな時間はもう無かった。
「――まあいい。俺は、お前を倒すだけだ……殺された――イグナリオの代わりになっ……!」
「――!!……イグナリオ!?……イグナリオ・オズエスの事か!」
意外な名前に、アルベールは聞き返す。
「ふん。忘れている訳ではなさそうだな……そうだ。お前が殺した、警備隊のイグナリオだ」
「……こ、殺した……?」
イグナリオ・オズエスは、【魔石】を体内に取り込んで“悪魔”と化し、ローザに討たれた。
ジュダス・トルターン、この男がそれを知っている?
「……」
「なんだ。驚いて声も出ないか?……証拠はないさ。お前が無罪放免なのも王城の騎士が証明している……だがな、俺は信じる。この情報は、確かだとな」
「情報?おい、それはいったい誰――」
会話はそれ以上できなかった。
時間いっぱいになり、進行役のソイドが音声拡大“魔道具”で叫ぶ。
『――さぁぁ!時間いっぱいです!両者、構えぇ!一回戦~!開始ぃぃぃぃぃ!!』
ソイドの合図で、試合時間を計る大型の砂時計が反転し、時間を計り始めた。
銅鑼の音と共に、ジュダスは大剣を振り回してアルベールに斬りかかる。
「――くっ!」
アルベールは短跳躍で躱し、避けざまに剣を抜き態勢を整える。
開始前の会話のせいで準備不足だったため、見ているエドガーとエミリアは動きが鈍くなっているように見えていた。
「――アルベール!」
「兄さん、頑張って!」
二人の声が聞こえて、アルベールも気を入れる。
(……くそっ!――変な事考えてる場合じゃねぇ!下手すりゃ死ぬぞっ!?集中しろ!)
イグナリオの事を出され、初手で動揺してしまったが。
戦いは止まらない。これは試合だ、勝つか負けるまで続く。
考えながら戦えるほど器用ではないと、アルベールも自覚している。
剣を構えるアルベール。左手には中サイズの盾が。
その盾も、エミリアの槍と同じく赤い装飾を施されていた。
(折角ローザさんが用意してくれたんだ……使わないまま負けてたまるかよ!!)
アルベールのこの盾は、前日にローザが創った物であり、エミリアの装備とお揃いだ。
名は【バックファイア・シールド】。
その名の通り、反撃による炎症を与える事ができる盾だ。
因みに名付けはサクラ。ローザの説明を聞いて名付けたらしい。
「――おおおおっ!!」
追撃の為に、ジュダスは走り込んで大剣を振るう。
アルベールはその攻撃に合わせて、盾と剣を合わせて防ごうと構えた。
「来やがれっ!」
ジュダスの大剣が盾に接触した瞬間――ゴウッ!!と炎が発生してジュダスを襲う。
「――ぐ、ぐぁぁぁぁぁっ!!」
苦しむジュダス。
しかし、炎に苦痛を受けながらも、ジュダスは剣をしっかりと振りぬき、アルベールを盾ごと吹き飛ばす。
「――うおあっ!……ぐっ!っと」
ドサッと背中から舞台に落ちるが、その反動で直ぐに起き上がる。
会場からは大歓声。
見たこともないような炎の盾。
吹き飛ばされる青年に、苦しむ大男。
普段なんの刺激もない民衆にとっては、今後もこの様な試合の戦いが娯楽になりそうだ。
特に貴族の道楽には最高だろう。
「くっ……こんな力が――っ!……そうか、そうかぁ!……この力で、イグナリオを灰に……そういうことか――アルベール・ロヴァルトォォォ!!」
焼け焦げた右腕から消炎を立ち昇らせるジュダス。
しかしジュダスはアルベールを睨むだけで、何かに納得しているようだった。
「――なんだよっ!あんたは……!」
アルベールは、一人納得するジュダスに声を荒げる。実にやりにくそうだった。
「なるほど納得だ……この力があれば、【聖騎士】にも成れるだろうな……どうりでイグナリオが羨むわけだっ……!」
ジュダスは右腕に張り付く焼けた服を剥ぐ、と。
衣服に張り付いた皮膚ごと一緒に剝がれ、血が噴出する。
苦悶の表情を見せるジュダスだが、とてつもない精神力で堪え、復讐心を募らせる。
「あんた……イグナリオの先輩なんだろっ!なんでこんな事……アイツが何をやったのか知っているのかよ!!」
「――知らぬっ!!関係のない事だ、俺にはぁぁぁぁ!」
ジュダスにとっては、イグナリオが何をしたかが問題ではない。
イグナリオが死んだ事が問題なのだ。
「くっ……!!」
気迫は完全にジュダスが上だった。
「……聞いてはいるさ。あの馬鹿が何かとんでもない事をしたと言うのはな……それを、ミッシェイラ公爵の息子が引き起こしたと言うのも、それをお前がなすり付けたという事もなぁ!」
ジュダスはそれを叫びながら。
全力でアルベールに向かい、焼け爛れた右腕で剣を振るう。
「おいっ!あんた何か勘違――くっそっ!」
ガギンッ!!と大剣と盾が再び接触し、バックファイアが起こる。
「――ぐぅ!――う、うおおおおおおおっ!!」
「なっ!こいつっ!?」
ジュダスは、バックファイアを物ともせず、大剣を振りぬく。
アルベールは、ジュダスが盾の炎を避けると踏んで、防ぎながら剣を振ろうとしていたため、力が弱まっていた。
そのせいで容易に押し出される。全体重を乗せて振りぬいた剣と、力のない盾、どちらが勝つかは想像も容易い。
「――がっ!!」
盾ごと押し出されたアルベールは、自身の肘を腹にめり込ませて吹き飛び、三度バウンドして止まる。
舞台外ギリギリで踏みとどまったアルベールは、立ち上がりながらだらしなく下がる左腕を見る。
「……やっべ……――肩外れやがった……」
凄まじい威力の一撃を防ぐことは出来ず、アルベールの左腕は力を失って無情にも垂れ下がる。
直ぐに右手で盾を外し、持ち直す。
(盾が、今一番の武器だ……捨てるわけにはいかねぇ!)
痛みながらも、左手には何とか剣を持たせる。
疲労とダメージが蓄積しているこの状況で、長時間の戦いは出来ない。
ましてや審査員がいる以上、受け手側になっているアルベールの方が不利だ。
(攻めるしか……――なっ!)
攻め手に転じようとしたアルベールだったが、ジュダスは既にこちらに向かっていた。
全力で、しかし声を荒げることもなく、鬼神の如き形相で。
「――マジかよコイツ!!」
アルベールは大剣を盾で受ける。
右手に持ち替えた盾は、炎を噴き出してジュダスを襲う。
「ぐおぉぉぉぉ――!!」
「くっそ……!ぐっ!?」
短く呻いた瞬間、アルベールの右足が沈む。
圧力に負けて膝をついたと思い、アルベールは歯痒む。
しかし、視点が下がったことでジュダスの体が隙だらけなのも同時に分かり、痛みを堪えて左手の剣をジュダスに突き刺した。
「うおおおおおぉぉぉぉっ!」
肩がうまく上がらず、横っ腹に刺さる剣を、アルベールは引き抜かずに横に薙ぐ。
これで終わりにすると、最後に気合を入れた。
もう一度剣を突き立てようと、痛む肩を無理に上げて剣を突こうとする。
――しかし。
『――終了ぉぉぉぉぉぉっ!!それまでぇぇぇ!両者、剣を収めてください!!』
「……なっ!?」
後一歩、後一歩でトドメを刺せたのに、何故かストップが掛けられた。
「おいっ、どういう事だよ!決着は……時間だってまだあるはずだ!!」
そう、時間はまだ残っている。
開始と同時に落ち始めた大型の砂時計は、まだ砂を残している。
しかし、審判を兼ねたソイドが無情に告げる。
『……アルベール選手……自分の足元をご覧ください。そうすれば分かります。どちらが勝ったのかを……』
ソイドの言葉に、アルベールは足元を見る。
「……――っ!……あ、足が……」
アルベールの右足は、舞台から落ちていた。
膝から崩れたと思っていた右足は、ジュダスの攻撃に押されて場外に出ていたのだ。
『――勝者ぁ……シュダイハ側!……ジュダーース・トルターーーン!!』
そうして、アルベールの場外負けという形で、ロヴァルト家側の一敗が、確定した。




