109話【決闘~そう言えば、妹~】
◇決闘~そう言えば、妹~◇
戦いの為にわざわざ造られた舞台は。
四角形の石が何十個もつなぎ合わされたもので、丁寧に研磨されている。
大理石に近いのではないかと、サクラは思っていた。
四方には木で作られた観客席が三段で用意され、既に満員だった。
大半の客は王家が用意した貴族であり、下町民はあまり見られない。圧倒的アウェイだ。
それでも、たった二日で用意されたとは思えない出来に、エドガーは感心していた。
(凄い造りだ……けど)
造ったのは下町の職人、しかし客は貴族。感謝も、労いの一つも無いのは、いかがなものだろうと思った。
◇
どこにでもありそうな前置きや挨拶が終わり。
舞台上に出場者が入場して並び立つ。
「……」
下町の職人が二徹で造り上げた舞台を、ロヴァルト陣営とシュダイハ陣営、計八人が並びっていた。
シュダイハ家が五人、ロヴァルト家が三人だ。
そう――三人だった。
(に、兄さん……っ!)
ぎりりと歯噛みするエミリア。
兄アルベール・ロヴァルトが到着していなかったのだ。
(ど、どうしようエド……)
(どうするって言われても……アルベールを待つしかないんじゃ……)
ひそひそ話で会話するエミリアとエドガーに、隣の陣営からクレームが。
「そこっ!開催の挨拶中に随分と余裕じゃないか……」
真面目そうな男、フェルドスに指摘されて、二人はピシッと背筋を伸ばす。
「へぇ……本当に余裕じゃないか。だけどどうかな、どうやらそちらは二人も足りないみたいだけど、どうしたのかなぁ?……いないのは、ああ……エミリアの兄上様じゃないかな?つまり君たちは、今いる三人すべて勝たないといけないんだよ?くくく……それが分かっているのかな?」
紛れもない事実だが、相手に言われると異常に腹が立つ。
顔を斜めに傾かせ、目線だけをこちらに向けるセイドリックの嫌味に、エミリアは嚙みつく、というか舌を出して。
「――べーーーーーっだっ!!」
「――なっ!」
エミリアの態度に顔をひくひくさせるセイドリック。
声を出そうとしたが、音声拡大“魔道具”から『ごほんっ!』と咳払いがされて、本当に背筋を伸ばした。
◇
【貴族街第三区画】の会場である騎士学校まで、もう直ぐと言った地点。
約束の時間に遅れてしまい、近道をしようとした結果。
アルベールの前に、数人の男達が現れた。
薄ら笑いを浮かべ、各々武器を持つ男達。
「なんだあんたら……」
あからさまに不審な集団に、アルベールは手を横に出して、隣にいた女性を庇う。
「ア、アルベール……」
「大丈夫だ、メイリン……」
二人は逢引き、ではなく一緒に会場に向かっていた。
しかし何度か不審な出来事が起こり、不安視しながらも慎重に会場に向かっていて遅くなっていたのだが。
会場直前まで来て、最後がこれだ。
「……そうか、やっぱりシュダイハ家の差し金かよっ……ちっ!」
後ろからも数人現れ、舌打ちをするアルベール。
完全に囲まれていた。
「アルベール、後ろっ!!」
「分かってるさ、俺から離れるなよっ!!メイリン」
アルベールは剣を抜き、構える。
「……へへへっ……――やれぇっ!」
一人の男が笑い、パチンと指を鳴らしたのが、戦いの始まりだった。
◇
開会式が無事行われ、エドガー達はチーム専用の席に座る。
「……どうしよう」
「お兄さんの順番を変えてもらう?」
アルベールの出番は、一番手だった。
「もう無理だよ……時間がない。せめて開会式の前に分かれば……」
懐中時計を見ながら、悔しそうに答えるエミリア。
もし不戦敗になったら、それだけで一敗だ。
それでなくても一人足りロヴァルト陣営なのだ、それだけで二敗になってしまう。
「流石にまずいわね……」
「も、もしかして邪魔されて……」
エドガーの一言に、全員がピンとくる。
「……だからさっき、セイドリックはお兄さんを名指しした……?」
サクラは、シュダイハ家側の専用席を見る。
出場者は事前通告していない。
もしも、シュダイハ家側がエミリア陣営の出場者を完全に予測していたら、アルベールを邪魔することも容易なはずだ。
それでなくても主役の兄だ、出場者としての予想は当てやすい。
「くぅ~……兄さんを無理矢理にでも馬車に乗せるんだっ――あっ!!」
「エミリア?」
エミリアは顔を青くする。
「――兄さん……メイリンさんのところだ!……多分」
「――ちっ!」
<……メルティナ!上ね、聞こえていたら返事を……>
ローザは直ぐに思考を切り替える。
戦えないメイリンが一緒にいれば、アルベールが彼女を守るのは必然。
妨害を受けている可能性があるなら、命の危険もあるえる。
ローザは《石》の反応を頼りに、メルティナへ【心通話】を試みる。
<――イエス。聞こえていました……ですがローザ、これは交換条件に含まれますか?>
上空にいるらしいメルティナは、ローザからの【心通話】受けると、先日交わしたローザとの約束を確認させるように告げた。
ここで揉める訳にもいかず、ローザは二つ返事で頷く。
<――勿論よ、頼むわ!>
<……イエス>
シュダイハ家の妨害工作の可能性を、ローザは舌打ちをして上を睨む。
そんなローザを、エドガーは気にしていた。
「ローザ?」
「大丈夫よ。信じなさい……」
その意味は、アルベールを、なのか、ローザを、なのか。
訳も分からないまま、エドガー達は頷くしかなかった。
◇
騎士学校の会場、その観客席で。
一人、出場者の少年を睨む少女がいた。
明るめの茶髪に、成長著しい体型。
睨みつける少年と同じ目の色をした、少女。
(どういう事なのっ!?なんでお兄ちゃんがエミリア先輩と一緒に戦うのっ!?)
少女リエレーネ・レオマリスは、騎士学校の先輩であるエミリア陣営を応援するために、学友の仲間たちと一緒に見に来ていたのだが、思わぬところで兄を発見し狼狽していた。
わなわなと震える手で、木製の手摺を掴んで眩暈を我慢する。
先程から何度もそれを繰り返していた。
もしかしたら見間違いかもしれない、いや、そうに違いないと考えて。
自分にそう言い聞かせて、何度目かの顔を上げる。
「……――いるぅぅぅぅっっっ!!」
つい、叫んでしまった。
会場は既に一杯で、多少の大きな声でざわつくことは無かったが。
隣にいた友達の三人は驚き、声を上げた。
「――わぁっ!?」
「ど、どうしたのっ?リーちゃん!」
「ビビ、ビックリすんだろぉ!?」
上から。レイラ、ピリカ、ラルンの三人は、リエレーネ・レオマリスがおかしくなったと思っただろう。
「ご、ごめん……」
やはり、間違いではなかった。
兄がこの場にいると言う不釣り合いな状況で頭がいっぱいなのに。
――更には。
「ねぇ、リーちゃん……あの赤髮の人ってさ、財布の人……だよね」
「――えっ!?」
ピリカの一言に、リエレーネは度肝を抜かれてしまう。
「……ほ、本当だ!……おっぱいの人」
リエレーネが以前、屋台広場で財布を無くして困っていたお姉さんを助けたのだが。
まさかその人が会場にいるとは。
しかも兄や先輩と仲良さげに話している(実際は切羽詰まってる)。
「うおっ!ホントだ、あのねーちゃん、エミリア先輩と知り合いだったのか!?スゲー!」
ラルンは楽しそうに笑う。
「でも、出場者じゃないわよ?さっきの開会式にいなかったもの……」
レイラは冷静に言う。
「それで、リエは何で馬鹿みたいになったんだ?」
「――ばっ!?」
「こらラルンっ」
「ダメでしょラルンちゃん」
学友の痛烈な一言に、リエレーネは固まる。
レイラとピリカが口を塞いで黙らせてくれたが。
リエレーネは確実にダメージを受けていた。
「……うぅ、あれ。私のお兄ちゃん……」
泣き顔になりながら、エドガーを指差す。
「ええっ!?あの男の人!?」
「私は知っていたけれど……」
「し、【召喚師】、だよね……」
ラルン以外は知っていたようで、然程驚いてはいなかったが。
ピリカはちょっと怖がっているようだった。
「ご、ごめんね……お兄ちゃんが……」
兄を|恥じる訳ではないが。
その兄から「自分の事は話すな」と言われ続けてきた妹の立場上、何故か謝ってしまった。
「何でリエが謝んの?」
「リエが謝ることないわ」
「リーちゃんが悪いわけじゃ……ないよ」
ラルン、レイラ、ピリカの順番でリエレーネをフォローする。
この三人だって分かっている。
リエレーネは【召喚師】ではない、その家族だ。
【召喚師」は侮蔑しても構わないが、その家族は対象外と言う歪んだルールだ。
だからといって、【召喚師】であるエドガーを侮蔑するほど、四人の友情は腐ってはいない。
「……うん。ありがとう」
物凄く歪んで歪になった国のルールに、リエレーネは笑って誤魔化す。
そんなリエレーネだが、一番兄エドガーを奇異の目で見ていたとみられたピリカが、何故か顔を赤らめていることに、妹は敏感に察知する。
――熱視線というものだ。
「……ピ、ピリカ?」
「……」
ラルンとレイラもそれに気づいて、ピリカの正面で手を振ったりするが。
完全に熱に浮かされていた。
「だめだこりゃ……」
「リエのお兄さんを見てるわね」
「……噓でしょ?」
ピリカと兄の接点などないだろう。
単に一目惚れ?だが、ピリカは【召喚師】を知っていた。
【召喚師】と知って恋に落ちる?否!断じて否だ。
「ピ、ピリカ……?お兄ちゃんを知ってるの?」
「――ふえぇっ!?ちち、違うよっ!?私はね、エドガー先輩を見てたわけじゃなくて……その、えーっと、違うのっ!!」
「……噓でしょ……?」
どうやら確定のようです。
先輩と呼んでる時点で、一応エドガーが騎士学校の先輩である事を知っている。
ピリカは初めからエドガーを知っていたのだろう。
かつ、【召喚師】であることを知っていながら熱視線を送るほどだ。
「噓でしょぉ~……」
しかも残念ながら、視線を送る先の兄エドガーの周りには、エミリアを始め、赤髪の女性に、黒髪の少女が二人いる、どれも仲がよさそうに見える。
「……ははは、噓だぁ……」
自分が帰省しない間に、いったい兄は何をしていたのだろうか。不思議でならない。
四度目の「噓だ」を呟き。
エドガーの妹、リエレーネの目の前は、真っ暗になったのだった。




