107話【決闘~開始前~】
◇決闘~開始前~◇
期日が早まってしまった決闘を、一日早めたのは、【リフベイン聖王国】の第一王女セルエリスだ。
参加している出場者の中に【召喚師】エドガーの名を見つけて、その命令を下したという事はだが、その事実は、本人、そして妹王女のローマリア、最後に。出場者達しか知らない。
その結果、ロヴァルト家側は焦り戸惑った。
しかしそれが功を奏し、エドガー達は結束を強めたと言える状況を得た。
もう、期日が短縮されたと言う事実は、エドガー達には関係なくなっていたのだった。
そして、エミリアの結婚を賭けた決闘は本日、行われる。
◇
~宿屋【福音のマリス】~
「――ん、んん~っ!ふぅ……」
大きく背伸びをして、サクラは気分よく歯を磨く。
鞄から取り出した、【日本】で使っていた歯ブラシ。愛用品だ。
右手でシャコシャコと奥歯を磨きながら、鏡を見て左手で前髪をさっさっ!と流す。
「んひ、ひょうおはっひい!」
(よし、今日もばっちり!)
「……終わってからにせいよ」
隣で顔を洗っていたサクヤが、呆れながら言う。
「お主、大丈夫か?……昨日あれだけの魔力を使っておいて、余り寝ていないのではないか?」
何故か無性に心配してくるサクヤに、ペッ!とうがい水を吐き出し、サクラは答える。
「いやもう、全然オッケー!体力も魔力?もバッチリよ」
昨夜、今日の戦いの為に、サクラは鞄から色々と取り出していた。
その結果“魔力切れ”を起こして倒れる様に眠ったのだが、それはエドガーには内緒だ。
本来ならば、魔力の回復に乏しいこの国で、一夜にして魔力が回復することはない。
では、何故サクラが全快なのか。
それは、約一名の赤いお姉さんしか知らない事だった。
「……そ、そうか?……ならいいが、頼むから無理はするなよ。いつでも変わるからな」
「は……はいはい、あんがとっ!」
(なーんで、こんなにあたしを心配してんのかな、この【忍者】は……)
サクヤに手をひらひら振りながら、サクラは食堂に向かっていった。
照れた顔を見せない様に。
残ったサクヤは。
「……あれだけ戦いには消極的であったのに、あれではまるで……別人ではないか」
一人ボソッと呟くサクヤ。
だが、この一言が、サクラの戦い方を表すことになるとは、思いもせずに。
◇
エドガーとローザは【召喚の間】で最終確認をしていた。
「よしっ……特に持っていくものはないし、後は会場……騎士学校に行くだけだね」
そう言うエドガーに、赤い剣を消滅させローザは近づくと。
「――大丈夫?」
「ん?……ああ、作戦の事でしょ?……大丈夫、分かってるよ。でも……少しでも可能性があるなら……頑張るよ」
「……そう」
昨日の会議で、とある結論が出ていた。
それは、エドガーにとっては辛くなることかもしれない。
会議でそれを言われた時、正直心に刺さるものがあったが。
今更だ。と、エドガーは受け入れた。
「……エドガー」
「ん?なに……?」
「今、キミの力はかなり高まっている。多分、メルティナとの契約効果でしょう……きっとあの火炎弾も……使えると思うわ……でも――」
決闘とは銘打っていても、殺し合いではなく対戦。試合だ。
観客も入るらしいので、威力の高い《魔法》や技は危険の他ならない。
「大丈夫。使わないよ……使わなくても、勝つ。勝つから……」
ローザは心配している訳ではないが、もし、万が一暴走や制御不能になったとしたら、エミリアの負けが近付く。
「ありがとう。ローザ……僕やエミリアの事、真剣に考えてくれて……」
「……べ、別に、私は……サクラも、私の剣を使わないって言うし……エミリアも、その……いろいろよっ」
珍しくしどろもどろになってそっぽを向くローザは、少しむくれた横顔をエドガーに見られるが。
そのエドガーが笑顔で見ていたことに、ローザは安堵した。
「……ほらっ、行くわよエドガー……」
「うん!」
◇
【貴族街第一区画】、ロヴァルト伯爵邸。
姿見を見るエミリアの姿は、騎士学校の制服でも、私服でもない。
赤い装飾のブラウスにジャケット。
極薄の赤い糸を何層にも重ねられたプリーツスカート。
ジャケットの上には軽装の鎧。
両肩と胸を守るナイトアーマーだ、それも赤い装飾が施されている。
「……着やすい……しかも軽い……」
昨日ローザが用意してくれたこの衣装を纏い、エミリアは戦いに臨む。
「エミリアお嬢様……アルベール様の準備、整いました……何時でも出られますよ」
コンコンとノックをして、メイドの一人フィルウェインがエミリアを呼ぶ。
「ありがとう、フィルウェイン」
バサリと青いマントを翻して、エミリアは部屋を出る。
と、部屋の外にいた人物に驚く。
「――!……お母様っ!?」
そこには、車椅子に乗った母ミランダが、エミリアを迎えてくれた。
車椅子を押しているのはナスタージャだった。
いないと思ったら、母を連れて来てくれていたらしい。
「エミリア……立派ね、お母さん嬉しいわ」
エミリアは母に合わせる様に膝をついて、手を取る。
「いってきます、お母様……私、自分の未来を切り開きます……」
普段は寝室から出ることはない母ミランダだが、娘の結婚が懸かっているこの状況に、鞭を打って出てきたようだ。
「ええ。頑張って……私の可愛いエミィ。お母さんは、貴女の帰りを、待っていますからね」
娘を抱きしめる母の暖かさに触れ、エミリアは向かう。
「はい。お母様……行ってまいります……フィルウェイン。ナスタージャ……お母様をお願い」
「はい」
「はいぃ」
そしてエミリアは振り向かずに、それだけを言って歩み始めた。
外には、王城から迎えが来ていた。
催し物の主役なのだし、当然と言えば当然か
「遅いわよ、ロヴァルト妹」
馬車の中から顔を出すのは、ノエルディアだった。
「ハルオエンデさん!昨日はありがとうございました!お陰で元気出ました」
「……別に……私は殿下の命令を聞いただけだし……ほらっ!早く乗りなさいよっ!ロヴァルト兄も!」
馬車のドアを開けながら、照れて顔を赤くするノエルディア。
「兄さん……父様は……?」
エミリアは、この場にいない父を気にする。
「ああ、父さんは先に向かったよ……騎学長に挨拶するとかでな」
決闘の会場となるのは騎士学校【ナイトハート】だ。
提供者の騎士学長に挨拶をするのは当然だろう。
「そっか……少しでもいいから、話したかったけど……しょうがないね」
「信じてんだろ。父さんもさ、お前がしっかり勝つってな」
エミリアは「そうだといいね」と言いながら馬車に乗り込む。
「……あれ、兄さん?」
馬車に乗り込まない兄に、エミリアは首を傾げる。
「あ~悪ぃ……先行ってくれ。俺はちょっと……別件がだな……」
「……」
兄を見つめるジト目のエミリアには、思い当たる節があった。
しかしそれを言ったりはしない。野暮なことはしないのだ。
それで兄にやる気が出るなら、それに越したことはないし。
「……じゃあ、先に行くね。遅刻しないでよっ。メイリンさんによろしくねっ」
「――分かってるっ!!」
こうして、エミリアは騎士学校に向かった。
◇
【王城区】中央、【リフベイン城】。
豪華絢爛な部屋で、ドレスを纏う少女。
どう見ても十代前半、下手をすればそれ以下に見えるこの少女。
【リフベイン聖王国】第三王女、ローマリア・ファズ・リフベインだ。
数人のメイドに付かれて支度をするその姿は、どう見ても着せ替え人形の様。
げんなりとしながらも、されるがままのローマリアは、姉である第一王女・セルエリス・シュナ・リフベインに言われたことを思い出す。
『……随分と面白い事をしているようじゃない……マリア』
一昨日、エドガーとエミリアの出かけ先に割り込んだローマリア。
ノエルディアが急いで探していたのは、このセルエリスからの呼び出しがあったからだ。
『……へぇ、決闘なんてまた古臭い事……』
椅子に肘を付きながら書類を読む、桃色の髪の女性。
目が悪いせいか、目つきもかなり悪く見える。そしてなにより、怖い。
『マリア、このエドガー・レオマリスと言う男……どういう男か存じているの……?』
『……エドガー、ですか?……エミリア・ロヴァルトの幼馴染、ですが……それがどうかしましたか?姉上』
エミリアではなく、エドガーを注視する姉に、ローマリアも不思議に思うも、答える。
セルエリスは書類に何かを書き込んでいる。
インクを内蔵した、“魔道具”の万年筆だ。
『……ふぅん、やはり知らないのね――【召喚師】の事……』
ローマリアが知らないと言うと、セルエリスは嬉しそうに告げた。
それは、穢れないものが汚れる瞬間だった。
『――え?』
【召喚師】がどういうものかを。
どういう経緯で“不遇”職業となったのを。
何故国から虐げられるのかを。
『……そんな……そんなものっ!!横暴ではないですかっ!』
セルエリスが告げた【召喚師】と言う“不遇”職業の真実に、ローマリアは叫ぶ。
『そうね。それが正しい反応だわ……』
ローマリアの怒りに、セルエリスは軽く頷く。
『姉上は、それを知っていてそんな事を言っているのですか!?』
『そうね』
セルエリスはまたも受け流す。
ローマリアの意見をまともに取り合うつもりはないようだ。
『……それを私に言って……また、矯正するおつもりですか……私の意思を!』
ローマリアは、姉から過去にされた屈辱を思い出して、涙目になりながらも姉を睨む。
『……まさか。可愛い妹に、そのようなことをするわけないでしょう……?』
セルエリスは持っていた書類を手放すと、数枚の書類はひらひらと舞って落ちる。
すかさず、傍にいた騎士が拾い上げる。
『――ヴェイン、その書類に私が記載したことを、明日中に行いなさい、いいわね?』
『はっ。承知しました……セルエリス殿下』
ヴェインと呼ばれた銀髪の騎士は、セルエリスの専属騎士だ。
隻眼で肌は黒く、編み込んだ髪は肩まで下がっている。
因みに【聖騎士】でなく、セルエリスが見込んで騎士にした逸材、らしい。
『――?……姉上?記載とはどういうことですかっ!?……この決闘は、私が――』
『――黙りなさい第三王女ローマリア……』
『――!』
姉の威圧に、ローマリアは押し黙ってしまう。
いや、その威厳に、黙らせられたのだ。
『政は……みんなで一緒に楽しみましょう……ねぇ、マリア』
ニヤリと口端を吊り上げる姉の笑顔に、ローマリアは戦慄した。
そしてローマリアは自室に帰り。
姉の笑った顔を脳裏に刻みながら、ローマリアはあの手紙を必死になって書いた。
姉に言われたことを、エミリア達が不利になる事を。涙を流しながら。
だが最後に、一枚の紙切れに最大の抵抗を試みたのだ。
結果として、エミリアとエドガー達の決起にはなったが、ローマリアは自分にのしかかる姉の威厳は、やはり重いものだと再認識したのだった。
◇
「……よし、行きましょうか……そろそろエミリア達も到着するだろうし、エドガー達も……」
二日前の苦心を思い出して憂鬱な気分になるが、そうは言ってられない。
エドガーに嫌われてはいないだろうか。
ノエルディアが言うには「手紙は何事もなく渡されました、心配はいりません」との事だったが、何度か失敗しているノエルディアは信用ならなかった。
「自分で確認するしかないわね……エリス姉上がこれ以上何かしてくる前に」
友達になれるかも知れない男の子と、将来のある未来の騎士に会いに。
姉の事は最大限注意したまま、騎士学校へ向かう事にした王女だった。




