104話【五日目~急転~】
◇五日目~急転~◇
元・人工知能【M・E・L】こと、メルティナ・アヴルスベイブは、自分との契約を結んでいると言われる少年、エドガー・レオマリスを観察していた。
それも、異世界人の先輩であるロザリーム・シャル・ブラストリア。
略名ローザが、メルティナに出した交換条件を守るために。
ローザは、メルティナがこちらに協力すれば、メルティナの目的をサポートする。と確約したのだ。
だから、サクヤと言う少女を助けるのも協力した。
メルティナの視線に、エドガー・レオマリスはむず痒そうに身を捩る。
向かいに座るサクヤに似た少女サクラは、先程からメルティナを警戒しながらチラチラと様子を伺って来ているが、構ってやるつもりはなかった。
メルティナの目的、それは。
この世界にある。
――マスターの反応を探るため、だ。
メルティナのただ一人のマスター。
ティーナ・アヴルスベイブは、元の世界で別れた。
具体的に言えば、彼女を未開惑星と思われる星に逃がした、だ。
そうして、自爆装置を起動させられたはずの【M・E・L】は、あの謎の空間で目を覚ましメルティナとなった。
姿を人間の形に変え、生まれ変わっていたのだ。
だが、この世界【リバース】に転移されてからも、何故か反応があるのだ。
当然、ティーナ・アヴルスベイブを逃がした未開惑星とも照合し、文明レベルからして違う星だとも確認した。
だが、消えないマスター・ティーナの反応を、メルティナは探さないわけにはいかない。
自分のマスターは、ただ一人なのだから。
この少年ではないと、否定するために。
そうであって欲しいと、願う為に。
ティーナ・アヴルスベイブを探す事にした。その為に、ローザの協力を得たい。
初めにローザと相対した時、想像以上のエネルギーにシステムがエラーを起こしそうになるほど、ローザの能力はすさまじいものだった。
【解析】を使っておけば良かったと、システムが後悔に似た症状を起こすまでに、メルティナはローザの潜在能力に惹かれている。
それにも理由がある。マスター・ティーナの反応を探すにも、非常に存在が希薄すぎた。
契約の制限が掛かっているせいで、エドガー・レオマリスと距離を離すこともできない以上、ローザの協力を得て、共にマスター・ティーナを探して貰おうという魂胆だ。
初めは、エドガーの事を排除して勝手にするつもりだったが。
昨日のローザの話を聞く限り、それも困難になりそうで、協力を得た方が得策と判断した。
現在、エドガーとサクラは紙に数字を記入していっている。
メルティナからすれば、何とも原始的なやり方だ。
「――ノー。そこは間違いです」
「えっ!?」
つい、訂正してしまうメルティナ。
流石に人工知能なだけあって、計算には強かった。
「……ここはシルバー……銀貨50枚で事足ります……」
帳簿に書き込まれる文字や数字を瞬時にメモリーに登録し、昨日空を飛んだ際に記憶した、この街の情報を照らし合わせて、エドガーの間違いを指摘する。
「この街。特にノース側の物価は上昇傾向にあります。ですので、備品を購入する場合は……サウシスト……南東がお勧めです」
メルティナの指摘に、サクラは帳簿を覗き見る。
「――そ、そっか……この間の蜥蜴の事件で、下町の一区画と二区画は建物もいっぱい壊れてるから……」
メルティナのデータに蜥蜴と言うワードはなかったが、サクラは感心しているようだった。
「それよりもサクラ。その態勢では、胸元がはだけています。エドガー・レオマリスの視線が、先程から三度そちらに行っていますが……」
「――えっ?……きゃっ!」
「……ご、ごめん……」
サクラは自分が前のめりでエドガーに向いていることに気付き、パッと胸元を隠す。
エドガーも、顔を赤くしながら、正直に謝った。
「う、ううん……あたしも無防備だった……ありがと、メルティナさん」
「……メルティナで構いません。もしくは、メルとお呼びください」
どうやら、サクヤにメルと呼ばれた事が気に入っているらしい。
メルティナは無表情のまま告げるが、どことなく期待感が出ている気がする。
「うん……じゃあ、ありがと、メル」
何故か、簡単にサクラとメルティナは打ち解けた。
逆にエドガーはサクラとちょっと気まずくなったのだが、それはエドガーのむっつりがいけない。
メルティナは何度かエドガーの間違いを指摘した。
その度にサクラは嬉々とし、エドガーは困ったような顔をして引きつっていた。
「あれ……メル、そんな顔も出来るんだね……クールな人だと思ったけど、笑った顔も可愛いねっ……」
サクラの言葉に一番動揺したのは、メルティナ本人だった。
「……え?」
(――笑っている?当機が……?機械の、ワタシが……?)
ジジジ――と、メルティナのメモリーがノイズを放つ。
「くっ……!!」
「メル!?」
「メルティナさん!」
ガタリと椅子を飛ばして、メルティナは頭を抱える。
その様子は、どう見ても頭痛に苦しむ姿そのものだったが、メルティナには分からない。
「……少し、冷却する必要がありますので……当機は、この場を離れます……」
そう言って、メルティナは場を離れて行った。
「大丈夫かな……メルティナさん」
「……多分――っていうか、エド君の方が分かるでしょ!?“契約者”の事なんだから」
立ち上がっていた二人は気を取り直して座る。
勿論、メルティナが吹っ飛ばした椅子を直して。
「うん、そう……なんだけどね」
「なにそれ……歯切れの悪い」
エドガーの態度に、サクラは首を傾げる。
エドガーは直ぐに答えた。
「いや、なんかね……メルティナさんが僕を認めてないからかな……?よく伝わってこないんだ、彼女の感覚というか、心というかさ……正直、僕にもよく分からないんだよ」
メルティナは、エドガーが任意で“召喚”した訳ではなく。
なにか事故に近い形で“召喚”されていた。
“召喚”に使われた魔力はエドガーのもので間違いはなく、触媒に使われた“魔道具”も、あの場に在ったものだろう。
ただ、一つ気がかりな事。
あの場に在った“魔道具”で、エドガーに心当たりのない物が在った。
それが、“召喚”後に消えていた事を考えると、その分からない“魔道具”が、鍵になっているとエドガーは思っている。
それは――《石》だった。
そしてその《石》は、メルティナの背につけられている。
綺麗に輝く、緑石だ。
大きさは手の平ほどの四角形だ、しかしその《石》に覚えはない。
「そういうものかなぁ……もっと簡単だと思うけど」
「――えっ?」
「ううん、何でもない……ほら、続きを……――あ!馬車の音だね」
「――えっ?」
二度同じ工程を繰り返し、エドガーは振り向く。
確かに、カラカラと回る馬車の車輪の音が、宿の入り口で止まり、馬が鳴く声に合わせてカチャリと馬車から降りてくる人物がいた。
その人物は優雅に降りてくると、昨日とは別人のように振る舞う。
「御機嫌よう【召喚師】。今日はローマリア殿下の名代としてまいりました……昨日は迷惑をかけたわね」
スカートの裾を摘まみ上げ、エドガーに挨拶をするのは。
メイドを数人引きつれたメイド、ではなく【聖騎士】ノエルディア・ハルオエンデだった。
「……ハルオエンデさん?……あっ、殿下のお荷物を取りに来たんですね――こちらにあります」
エドガーは笑顔で対応する。完全に接客サービスだった。
ローマリアが昨日大量に購入した物は、エドガーが丁重に保管してある。
昨日の帰りの馬車内でのことは殆ど覚えていない。
考えることが多すぎて思考が麻痺していたのもあるが、家まで送ったエミリアが、悲しそうにした――気がしていた。
急にそれを思い出して、エドガーは言葉を詰まらせる。
「……」
「……【召喚師】?」
「あ、すみません……こちらにどうぞ」
「……?」
当然理由など分かるはずもなく、ノエルディアは訝しむこともなく、エドガーについていった。
ただ、ノエルディアの後ろに控えていたメイド数人は、エドガーを奇異の目で見ていたが、それを知るのはサクラだけだった。
◇
倉庫代わりに使った一階の娯楽室(ロビーの西)のテーブルに、何重にも重ねられた箱。
それを見てノエルディアは、首を痛くしていた。
「殿下……こんなに買って。支払いは大丈夫だった?」
「ええ。ご自分でお払いになっていましたよ……何でも、自由に出来る小遣いが入ったから……って……」
「「……」」
「……え?」
どうやら、渋い顔をするノエルディアの反応を見るに、ローマリア王女は無断で金を持って来たのだろう。
「ま、まぁとにかく……さぁ貴女達、これを馬車に運んでくれる?」
「「「かしこまりました!」」」
ノエルディアの命令に従うメイド三人。
テキパキと作業を進める連携は見事なもので、掛け声もなくスムーズに事をなす姿はさすがは王城に仕えるメイドだ。
少しして、タイミング良くメイド全員が居なくなった時、ノエルディアは待ってましたと言いそうなほど笑みを浮かべて言う。
「【召喚師】エドガー……これを。殿下からよ」
「え?……これって」
驚くエドガー。
しかしそれも当然だった。それは、ローマリア王女の印が押された封書だったからだ。
ノエルディアは頷き告げる。
「殿下も、一応苦労してるのよ」とだけ言い、顎で読めと促す。
少しガラが悪い。やっぱり時々素が出るようだ、この人。
「……『決闘促進状、エミリア・ロヴァルト伯爵令嬢、及びセイドリック・シュダイハ子爵子へ……期日変更のお知らせ』っ!?」
期日変更。決闘は二日後のはず、これ以上早めるということは。
「……あ、明日……!?」
「そういうことよ……でも誤解しないで、ローマリア王女殿下が決めたわけじゃない」
では誰が。
「……セルエリス様がお決めになったのよ」
「……昨日の夜……ですか」
セルエリス・シュナ・リフベイン第一王女。
今や、王に代わり実権を握っているともいわれる、聖王国の第一王女だ。
「……ええ」
ローマリアを迎えに来たノエルディアは、セルエリスが呼んでいると言っていた。
その後に、これが決まってしまったという事だろう。
「ローマリア殿下は悪くないわ……でも、セルエリス様は【召喚師】がどう扱われているかを……知っている。ローマリア殿下は……それを知らないのよ」
やはりローマリアは、エドガーが。
――【召喚師】が国に決められた“不遇”職業だということを知らなかったのだ。
それならば、あの態度も納得できる。
「でも……こんな……また、僕のせいで……」
横暴だろう。
エドガーは、自分が【召喚師】だという事で期日を早められたことを自覚して、悔やむ。
この一日は大きい。
たかが一日――されど、一日だ。
今のエミリア陣には、一日の差は大きくなる。
それでなくても、今日行っていた“魔道具”を購入する為の資金繰りだって、そのためだ。
ローザ抜きの作戦や戦略を考える時間も、明日取るつもりだった。
「――!……【召喚師】……これをっ」
メイドが戻って来る気配を察知して、ノエルディアはエドガーに何かを握らせる。
それは、大凡手紙とは言えない、一枚の紙の切れ端だった。




