103話【五日目~刺さる視線~】
◇五日目~刺さる視線~◇
鑑定屋【ルゴー】。埃っぽい空気を吸い、ゲホゲホと咳をして目を覚ます男。
昨日の客人のせいで、今日は店を閉めておくつもりだ。
今日だけではなく、近日中だが。
「はぁぁ……また七面倒くせぇ事に巻き込まれちまった……」
葉巻に火を付け、ぷふぅぅぅ――と吹かす。
朝から不愛想に葉巻を吸う男。
この店の主人であるマークス・オルゴは、災害にも似た女、ローザに頼まれて、二人の人物を匿うことになった。
「……あああ~。マジでめんどくせぇぇぇぇっ!」
自室で愚痴るのは、ローザを恐れているから――ではなく。
◇
昨日、突然やって来たローザが「貴方にも理がある」と言いくるめられて、反論する間もなく決まってしまったからだ。
ローザが来てから暫くして、空から四人組のお客が降って来た。
ローザが言った通りサクヤだったが、彼女はついて早々に気絶してしまい、微細は聞けずにいる。
しかもローザは、それを見届けるなり「埃が酷いから帰るわ、サクヤをよろしく」と言って帰ったのだ。
暴君にも程がある。
◇
マークスは二階に上がっていき、角の客室のドアを強く叩く。
昨日の客人たちは、部屋に入るなりぶっ倒れて寝てしまった。
軽く挨拶は済ませていたが、ローザの言う《理》を得る為に、起こしに来たのだ。
「――おい、そろそろいい時間だぞ!起きろ、約束通り、手伝ってもらうからな!?」
マークスの大きな声に、慌てたようにドアを開けたのは、ルーリア・シュダイハ。
子爵家の娘でありながらメイドらしいが、どうゆう事だ?と、マークスには理解できなかった。
「ちょっ!まだサクヤが寝てます!起きちゃうでしょう!?」
「お前の声も十分でけぇよ!」
ルーリアはバッ!と手で覆うが、一歩遅かった。
「……もう起きている、大丈夫だよ……ルーリア、気を使わせてすまぬな……」
一つしかないベッドからむくりと起き、具合が悪そうに呟く。
「ほらぁぁぁぁっ!」
ルーリアはマークスの顔に指をさす。
「俺じゃねぇだろ!もう起きてるっつったろがぃ!!」
マークスは指をさすルーリアの指を取りひん曲げる。逆方向に。
「――いたた、痛い痛いっ!」
その声に、床で寝ていたボルザ・マドレスターも起きた様で。
「……おざます」と、まだ半分以上寝ていた。
この男はルーリアのおまけのような存在で、身体だけを見たら警備隊や騎士に居てもおかしくない風貌だったが、どうやらかなりの小心者らしい。
「おいサク、ヤ……もういいのか?」
「ん?……ああ、大分いいようだ。|【鑑定師】殿もすまなかったな……」
「お、おう……」
サクヤは、昨日ここに連れられてきた瞬間に気絶した。
ローザが来た時に既に嫌な予感はしていたが、まさかサクヤが天から降ってくるとは思わず、あんぐりと口を開けたせいで、まだ顎が痛い。
「【鑑定師】殿……メル殿とローザ殿は……?」
気絶したサクヤは、そのままルーリア達と共にここに泊まっていたが。
「あん?……帰ったよ。エドガーが帰ったって聞いたら、お前を運んできた緑の奴が飛んでいきやがってな……文字通り……」
「――!メル殿が!?こ、こうしてはおれん……」
毒が再び回っているのかと思わせるほど血相を変えて、サクヤはベッドから飛び出す。
「――だ、ダメだよサクヤ!裸っ!!」
「うむっ!?」
サクヤは、肩に大怪我をしている。
その治療のため、服を脱がせていたのだが。
肩付近と首もとに包帯を巻いただけの艶姿に、女の子らしく叫ぶかと思って耳を塞ごうとしたマークスだったが。
「気にしてられぬ!!」と、男前な発言をして、窓から飛び出そうとする。
まさかの行動に、必死に止めるルーリア。
「ダメダメダメダメダメダメ!捕まるから!サクヤもこの人も!」
「なんで俺なんだよっ!!おら馬鹿サクラ!大人しくしろやっ!!」
捕まりたくはないので、サクヤの腰を掴んで引っ張る。
「――なっ!?どこを触っているか!この助兵衛めっ!――それとわたしはサクヤだ!何度も間違えるな【鑑定師】殿!ワザとか?ワザとなのか!?」
「あぁ~!はいはい……いいから落ち着けって!――ってぇな!蹴んなやっ!」
名前間違いに腹を立てたのか、サクヤは留まってくれた。
「サ、サクヤ……怪我人のくせに力ありすぎ……」
「無駄に疲れさせんじゃねぇよ……」
「お、俺は見てませんっ!!」
ルーリアは四つん這いで、はぁはぁと肩で息をするほど疲れ。
マークスは暴れるサクヤに頬を蹴られて苛立ち。
ボルザは裸のサクヤを見まいと、丸くなった毛玉の様になっていた。
「な、なんだこれは……」
「お前が引き起こしたんだろうがっ。エドガーにチクるぞ!」
サクヤの頭をポカリと叩くマークス。
そしてエドガーの名前が効いたのか、怪我人サクヤは大人しくなった。
「うぅ……主殿ぉぉぉぉ!!」
虚しく、忠犬の鳴き声だけが、窓を通して空に響いたのだった。
◇
【福音のマリス】の庭で、エドガーはクシャミをする。
「――へっ!……くしゅっ!!」
「だ、大丈夫?エド君?」
豪快なエドガーのクシャミを心配するのはサクラだ。
二人は今、庭の花壇に水をやっていた。
「いや、うん。大丈夫……ははは……」
ちらりと背後を気にすると、そこにはメルティナ・アヴルスベイブがいる。
彼女は眼光鋭く、銀色の瞳をエドガーに向けて監視していた。
「「「……」」」
気まずい雰囲気の中、エドガーもサクラも無言のまま水やりを続け、メルティナはそれを無言で見続けていた。
花壇の水やりだけではない。
今朝の玄関前の掃除も窓拭きも、エドガーのすることは全て見られていた。
それもこれも、昨日の夕刻、【福音のマリス】にエドガーが帰宅した際の事が起因する。
サクラとメイリンが先に帰宅していたのだが、メイリンは夕の仕事を終わらせてから、農家の父が迎えに来た。
何でも、野菜が盗難されたらしく。
警備隊に届けを出すので手伝ってほしい。そういうことで、エドガーが帰ってきたころにはメイリンは既に帰宅していた。
その後が問題だった。
一人きりで寂しく【スマホ】を見ていたサクラは、エドガーが帰った瞬間に【心通話】でローザにエドガー帰宅を伝えた。
それが――メルティナにも聞こえていたのだ。
【心通話】を聞いたメルティナは、その時マークスの店にいたのだが、文字通り空を飛んできてエドガーとサクラの前に立った。
銃を構えるメルティナに、エドガーは汗を伝わすも。
直ぐに駆け付けたローザのお陰で事なきを得たわけだが。
その後、エドガーはローザから自室に連れて行かれ、「明日話す」とだけ言われて今に至る。
一体、夜にローザとメルティナは何を話したのだろうか。
結局、今朝からメルティナが襲ってくることはなかったが、この様にずっっっっと見張られ続けていた。
「「……」」
そして現在、エドガーとサクラはロビーにいる。
昨日の反省でもある、帳簿をチェックするためだ。
が、本来こんなことをしている場合ではない。
決闘は二日後。準備も相談も出来ていないのに、何を悠長に帳簿をつけているのかと思われそうだが。
エミリアが出した条件でもある“魔道具”の使用。
それを有効に活用するために、資金が必要だった。
端的に言えば、“魔道具”を買おうとしているのだ、エドガー達は。
ローザが出場できない以上、勝てる確率は少しでも上げたい。
シュダイハ側がもし、サクラが鞄から取り出した物を「それは“魔道具”ではない」と主張した場合に備えての購入検討だ。
そのためにサクラに協力してもらって計算しているのだが。
(……しゅ、集中できない……)
メルティナの視線は、返しのある棘の様になってエドガーの背中に刺さっている。
<エド君……正直言って、かなりやりづらいんだけど……>
<うん。僕もだよ……>
「視線が気になるのであれば、こうしましょう」
「「――!!」」
メルティナはそう言って、エドガーの隣に座る。
そして棘の視線は、エドガーの横顔だ。
「よ、余計にやりづらいんですが……というか、あたしの【心通話】……聞こえるんですか?」
この聞こえるんですか?は、エドガーとサクラのチャンネルの会話を。と言う意味だ。
エドガーとサクラは今、どれだけの資金を“魔道具”の購入に充てられるかを計算していた。
非常にやりにくいが、メルティナには関係ない事だった。
だが、耐えるエドガーに対し、サクラは我慢の限界が来ていた。
「……メルティナさん、だっけ?……いい加減、目的を教えてくれませんか?あたし達だって暇じゃないんです、やる事あるんですから!」
「……ノー。だから見ているだけです。この行為がそれらの支障になっているとは考えにくいと思われます。あなた達の集中力の問題でしょう」
確かにもっともな反論だった。
実際メルティナは見ているだけであり、エドガーとサクラが気にしなければいいだけと言われれば、反論しようもない。
「だ~か~らぁ!それだけで邪魔なんですよっ!メルティナさんは、一度あたしとエド君を殺そうと……したかは分かりませんけど、似たようなことしたでしょ!?」
「……イエス。その通りです。ですが、今当機がこの少年を監視しているのとは、関係ありません」
肯定に、エドガーは一瞬だけ身構えるが、メルティナは直ぐに訂正する。
「それに、今はそのつもりはありません。ローザが昨晩、時がたてばチャンスをくれると確約しました。数日後にエドガー・レオマリスを見定めるチャンスをくれると……」
「えっ!ローザさん、何を勝手に……」
「……僕を、見定める……?」
「イエス。当機の目的は、“契約者”エドガー・レオマリスを当機の主としてふさわしいか……それを見定めます。それまでは、直接的な関与はしないと約束しましょう」
真っ直ぐな視線でエドガーを見据えるメルティナの瞳は。
冷たく、何処までも見通してしまいそうなものだったが。
その奥に、何かエドガーを試しているような。けれども寂しげな、不安そうな心意がこもっているように、エドガーは感じた。




