101話【サクヤとメルティナ】
◇サクヤとメルティナ◇
手足を穿たれて阿鼻叫喚する傭兵達を尻目に。
メルティナは呆然とするサクヤに自己紹介を始めた。
「こんにちは。サクヤ……当機の名称はメルティナ。メルティナ・アヴルスベイブです。これはお近づきの品です、お受け取りを」
そう言ってメルティナは、両腕の大型リングを外す。
それを宙に浮かせ、左右に浮いた二つのリングは反対方向に回転し、不思議な光を放つ壁を作る。
赤子サイズの筒の様になったリングは、中で光子を発生させて何かを形作っていた。
この両腕両脚のリングは、メルティナの補助ユニットでありながら、創作装置でもある【クリエイションユニット】と呼ばれる万能ツールだ。
成分や情報をメルティナの記録媒体からロードして、記録されているあらゆるものを物体化する事ができる。
この世界【リバース】の仕様上、魔力が消費されるようだ。
あっと言う間に作業を完成させたのか、縮んで連結されたリングの穴から、細長い筒のような物が出てくると、メルティナはそれをサクヤに渡す。
「どうぞ」
サクヤに渡したのは【解毒アンプル】だった。
固定されたスイッチを入れる事で針が展開し、そのまま使用できるものだ。
元の世界では毒を持った生命体とも戦っていたメルティナ。
パイロットスーツの上からも使う事が出来るこの【解毒アンプル】はよく使われていたものであり、【M・E・L】としてマスター、ティーナ・アヴルスベイブをサポートしていたころからよく作っていた。
消費も少なく、メルティナの世界では割と安価なものだった。
「……へ?」
座り込んでいたサクヤは、ルーリアに支えられながらそれを受け取るが、使い方が分からずに眉根を寄せてメルティナを見る。
「解毒薬です。サクヤの体内で増殖する毒性物質【ウルゼリン】を除去します……それをこうすると針が出ますので注射してください」
メルティナは球体関節を鳴らし、身振り手振りを交えて説明するが。
サクヤはチンプンカンプンで更に混乱する。
「うる……え?」
ジェスチャーが下手なメルティナだった。
単に身体の動かし方がまだ慣れていないだけかもしれないが。
「む?……それを、こう……?どう?」
「貸してっ」
見かねたルーリアが、その注射器を掻っ攫って代わりに操作し始める。
横にある小さなボタンを押すと、カシュッ!と下方から針が飛び出した。
「おおっ!凄いなルーリア、わたしはさっぱり――っ!!ああああああああああっ!!」
ルーリアの適応に関心していたサクヤだったが、そのルーリアは何の戸惑いもなく注射器の針をブッスリとサクヤの青白くなった腕に刺す。
針はちゃんと血管に刺さっており、装置が起動して勝手に薬液が注入されていった。
「ル、ルル、ルーリアっ!いきなり何なのだぁっ、ビ、ビックリするではないかっ!心の臓がバクバクしているぞぉっ!?」
針の痛みはほぼ無かったようで、痛みよりもいきなり行為をされてことに驚いていたサクヤ。
「……ノー。サクヤ、それは毒の症状です」
メルティナは、頭部(耳の付け根)の【高性能センサー】によって、サクヤの症状を的確に把握している。
既に全身に回っているはずの猛毒【ウルゼリン】を、早く解毒させるために促したつもりだったが。
「――分かっておるわっ!!」
と、サクヤは目に涙を浮かべて声を上げたのだった。
幸いにして、毒は直ぐに中和されてサクヤの顔色は見る見るうちに良くなっていく。
毒を中和している最中、メルティナは周囲を警戒していたようだ。
その中でも特にボルザは、何も言葉にできずにルーリアを見ていたが。
ルーリアが、屋根に傭兵がいないことを確認して、ボルザに歩み寄る。
「ボルザ……」
「お、お嬢さん……オレは、オレは……」
ルーリアを叩いてしまった拳を握り、自分がしてしまったことを悔やむボルザ。
「ボルザ、立って」
「お嬢さん?」
「いいから、ほらっ」
ボルザの手を取り、無理矢理立たせる。
ルーリアの顔には笑顔が見え、ボルザは「許された」のだと思い、ルーリアを抱きしめようと前に出る。が。
「――この、馬鹿垂れがぁぁぁっ!!」
「お嬢――へっ……?――ぶっっ!!」
ビンタではない。グーだった。
――ルーリアは、渾身のグーで殴ったのだ。
「いだぁぁぁぁぁい!」
殴られたボルザは、ひっくり返ってルーリアを見る。
「――お、お嬢さん……」
一方殴った側のルーリアは、手をひらひらとさせて痛がる。
物凄く痛がる。
「ゆ、許すとは言わないけど……さっきぶったことは無しにしてあげる」
そっぽを向きながら、半テレで言う。
「……はは、ルーリア。やるではないか……よっ……と!」
サクヤは、ルーリアのお嬢様らしくない行動に誰かを連想させながらも、立ち上がりボルザに言う。
「お主がルーリアを大切にしていることは伝わった……だが、選択は間違いだったな」
「……!くっ……」
ボルザは、恋仲であったルーリアとの関係をルーリアの父、デトリンクに咎められ。離れ離れにされた。
デトリンク・シュダイハは、娘には死んだと伝えておいて、裏ではボルザを自分が仕切る店の支配人としてこき使っていたのだ。
ボルザは、ルーリアが屋敷を脱したと知らせを聞き、助けるためになけなしの金で傭兵を雇ったのだが、その傭兵達は二重契約で子爵からも依頼を受けていた、だからボルザの指示を聞かなかったのだ。
「ああ……そうだ。そうだな……オレは間違ったんだ。自分の危険を顧みて、お嬢さんを諦めたんだ。でも……これが最後のチャンスだと思った」
ボルザは、ルーリアに殴られた頬を擦りながら悔しそうに続ける。
「隙を見てお嬢さんを助けられれば、その後に幾らでも王都を逃げることが出来るんじゃないかって……」
デトリンク・シュダイハ子爵はボルザを殺さず、気概があると褒めて重宝した。
かなりあくどい事もしてきたのだろう、顔や身体は傷だらけで、元々使用人だったとは思えないほど無骨になっていた。
「ボルザ……私は、貴方は死んだと思って……お父様も、セイドリックも……貴方は死んだ、忘れろって……理由も、何も教えてくれなくて……うぅ、うっ……」
だから、先程顔を見たときは本当に驚いた。
ルーリアは、ボルザにしゃがみ寄って涙を見せる。
(そうか……この男が、ルーリアが自暴自棄になっていた理由の一つでもあったのだな)
サクヤは笑う。
だがしかし、この状況が解決したわけではなく、あくまでも一時凌ぎにしかならない。
「はぁ……これからどうするべきか……そうだ、めるてな殿」
「メルティナです。サクヤ」
名前を言えないサクヤに、メルティナは直ぐに訂正する。
「う、すまぬ……めるて、いな……殿?……心の中では言えるのだが……むむぅ」
回らない舌に、腕組みして唸る。
「……では、メルで構いません」
メルティナが計算したところ、サクヤが横文字の長文をすんなり言えるようになるまで、五日かかると出たため。メルティナと呼ばせることは断念した。
「それでサクヤ。問いは何でしょう?当機としては、すぐにこの場から離脱することを推奨致しますが……」
「助かる、メル殿!!それでだな、わたしもそれを言おうとしていたのだ!……見るに、メル殿がここに居るのは、あの牛乳――ではなく、ローザ殿の差し金であろう。ローザ殿は何か言ってはおらぬのか?」
名前の略称に感謝し、メルティナに同意するサクヤ。
周りを見ながら話すあたり、やはり感はいいのだろうとメルティナは思った。
それにしても、本人が居ない所でそう言う呼び方をしているのか。知られたらどうなることやら。
「イエス。もう既に数十の反応が近づいています。因みにですが、当機が対象全てをデリートするには、二十八分要します」
「わ、わたしが手伝えばどうだ?」
「ノー。逆に所要時間が増えます。端的に言えば、今のサクヤは、足手纏いです」
機械的な答えに「ぐぅ、端的すぎであろう!」と言いつつも、それでも自分で理解しているのか反論はしなかった。
「もう一つの問いですが。ローザは、マークスと言う人物のところに行け。そう言っています」
「……【鑑定師】殿のもとに……?しかし……どうやって行くか、だな」
サクヤは、目視出来た傭兵や雇われ騎士の援軍に、口の端を吊り上げて薄笑いを浮かべる。
「……ノー。戦っている時間はありません。当機には目的があります。ですので、サクヤ。それからルーリア……後そこの男性、当機に搭乗……いえ、掴まってください。飛びます」
大型ロボットのサポート【M・E・L】であった頃の対応が抜けず、乗れと言いかけるも。
メルティナは背中のウイングバインダーを再展開する。
「――おぉっ!?」
ガシャン!と、背中から脚付近まで展開し、足を掛ける場所が露出する。
「サクヤとルーリアは、ここに足を掛けて、当機の背中に手を。無傷の貴方は……根性で掴まってください」
「お……おう……」
随分と雑な扱いだが、キチンとボルザも助けてくれるらしい。
それにしても、根性とはまた機械的では無い。
「こ、これでいいのかしら……」
「多分な……わたしも分からぬ」
メルティナに掴まったサクヤとルーリアは、不安げに見合う。
ボルザも、何が何だか分からないままにメルティナの脚に掴まっている。
顔は臀部に近く、ほんのり顔を赤くするボルザ。
「――なんでしょう……この感覚は……いえ、では、行きます」
メルティナは不快そうな顔をしつつも、背中のブースターには火を入れず、ウイングバインダーの出力と、脚のジェットブーツ、両手の大型リングからエネルギーを噴射すると。
「――テイクオフ!!【ランデルング】!」
と、抜けない大型ロボットの発進シーケンスを行い。
――大空に飛び立った。
「え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっっっ!!」
「――あああああああああっ!!」
サクヤは、飛ぶ=跳躍だと思っていた。
まさか、文字通り空を飛ぶとは、思いもよらなかったのである。
例え、メルティナが空から降下してくるのを目撃していても、だ。




