100話【ミッション】
◇ミッション◇
天空に浮かぶメルティナ・アヴルスベイブは。
背のウイングバインダーから赤い噴出色を輝かせて、かなりの高度を滞空していた。
「対象の少女……サクヤを確認。肩部に損傷ありの模様。効果は《毒》と推測――残された時間は」
本来ならば、先輩異世界人のローザから受けた依頼通りに助けに入らねばならないのだが。メルティナは、サクヤの様子を見ていた。
「！――あの少女から、毒の中和を確認。少女サクヤの体内構造を【解析】……――完了しました」
メルティナが謎の空間で選んだ能力。
正確には押し付けられた、だが。
【解析】は、対象の身体的特徴や能力を、ステータスとして表示確認出来るものだ。
使い方も簡単で、元の世界で人工知能【M・E・L】として使用していた解析機能の拡張版、と言った所だった。
「これは……」
メルティナの網膜に、サクヤのステータスが投影される。
【解析結果】
・サクヤ/【忍者】
・【猛毒】・【魔力切れ】
｜LV：６５
｜HP：５６３/８５６７
｜MP：０/４４９
｜STR：６７０(＋装備４７２)
｜INT：２３８
｜VIT：３７１
｜MEN：２７７
｜AGL：１１２５(＋装備５５６)
・【忠誠の証】
・【忍術】
・【状態異常軽減】
・【ジュエルスキル・黒瑪瑙】
と、この様に表示され、まるでゲームの様に扱われていた。
「マスター・ティーナがやっていたゲームがモチーフですか……確か【ドラゴニック・ファイナル】でしたか……」
戦争時の唯一の安らぎとして、【M・E・L】のマスター、ティーナ・アヴルスベイブが遊んでいたゲームに、このステータス表示は酷似していた。
「……因みに」
と、メルティナは自分にも【解析】を掛ける。
【解析結果】
・メルティナ・アヴルスベイブ/【機人】
・なし
｜LV：８７
｜HP：１４５８４/１４５８４
｜MP：５２３/５７８
｜STR：８９７(＋５５１)
｜INT：６７５
｜VIT：５６２(＋４６０)
｜MEN：３３６
｜AGL：７８４
・【グラスパー・システム】
・【解析】
・【ランデルングウェポン】
・【ジュエルスキル・禁呪緑石】
「……こういう物なのでしょうか……しかし、【ランデルング】の武装が当機の武器となっていることを考慮しても……」
やはり、自分が人間の姿をとっていることが、不思議でしょうがなかった。
「それに。この姿はマスターの身体的特徴にも酷似しています……――っ！……敵勢力が動きました、行動を監視します」
一旦考えを中断して、動きが見られた下の状況を。
メルティナは、再びサクヤを観察し始めた。
◇
太陽の光を受ける屋根瓦は、陽炎を起こして揺れていた。
更には数人もの男達が踏み荒らし、瓦は砕け割れてしまったものが大半を占める。
なのに、屋根は底を抜ける事はなかった。何とも頑丈だ。
一人の女性が、泣き叫びながら男に食い下がっている。
女性は平手打ちされて、傍らに倒れ伏す黒髪の少女の隣に倒れた。
「きゃっ！――ボルザっ……！」
叩かれて腫れる右頬を抑えながら、ルーリア・シュダイハは睨む。
睨まれる男、ボルザ・マドレスターは、親しき中であったであろうルーリアに憎悪の視線を受けても動じることはなく、わざとらしいため息を吐き出しながら、ルーリアを蔑む。
「お嬢さん……無駄な抵抗は止めろって、毒矢なんて掛けられたくねぇだろ？」
隣接する家屋には、上からルーリアを狙う弓使いがいる。
ボルザの一言で、直ぐにでもルーリアを射かける準備は出来ているようだ。
「ふざけるんじゃないわよっ……あんたたちに連れて行かれるくらいなら、この子と一緒に死んだほうがマシよっ！」
傍らに倒れる黒髪の少女、サクヤを覆うように折り重なるルーリア。
「――お嬢さんっ！」
ルーリアの父である、シュダイハ子爵から出された命令は『娘の捕獲』ではない。
――殺害だ。命令を遂行するため、ボルザはルーリアを捕まえようと手を伸ばす。
「！！」
迫るボルザにハッとし、ルーリアは目を瞑ってサクヤを庇おうとする。
「ちぃっ。相変わらず強情だなアンタはっ！いいから来いよ、俺はアンタをしな――！！……っこ、このガキ、まだ生きて！？」
ボルザが驚くのも無理はなかった。
ルーリアの足首を掴む薄青い手があったからだ。
その手の主は、黒髪の少女サクヤ。
致死量を軽く超えた毒矢を掛けられて、死に絶えたと思っていたが。
「マジかよ……牛が即死する代物だぞ……！？」
サクヤはモソモソと動き、肘で支えながら上半身だけを起こすと。
「……――ふ……ふふっ、悪かったな……往生際が悪い女なのだ、わたしは……」
倒れながらもニヤリと笑い、見下げてくるボルザに視線を送る。
サクヤの顔は青黒く、肩から首にかけて紫に変色していた。
どう見ても毒が回っているその風貌は、痛々しいの他に言い表すことは出来なかった。
「……このクソガキっ！ならば俺がっ！」
直々に手を下そうと、ボルザは腰の剣を抜剣する。
「やれるものなら、やってみろっ……ふっ！んんんっ！！」
サクヤは無理矢理立ち上がり。
肩に刺さった矢を射付節から折った。
出血をこれ以上しないよう、矢じりが抜けない様にして、ルーリアを盾にして後ろに下がる。
唯一、傭兵達がいない死角を選んで。
「――サ、サクヤっ！？あ、あ、貴女平気なの！？」
盾にされたことよりも、サクヤが猛毒の矢を受けて平気なことに驚くルーリア。
サクヤはすっぽりと隠れている為、顔は見えない。
「……平気なわけがないだろぅ……なに、ちと毒には耐性があるだけだ……死にそうなのは変わらぬから、わたしに合わせろ。いいな？」
ルーリアを盾にされ、ボルザは憤る。
「――ク、クソガキがっ！お嬢さんを離しやがれっ！！」
「ほっほぉ……それではまるで、ルーリアを助けたいという風に聞こえるがなぁ！」
(ルーリア、ワザとでいいから驚け！)
サクヤの小声に、ルーリアはわざとらしく驚く。両手を上げて。
「――そ、そうなのぉぉっ……！？」
サクヤの声は、凄く通っていた。
毒が回っているとは思えないほどの声量で、屋根上の傭兵達、下に待機する傭兵達すべてに聞こえる様に叫んでいた。
「――き、きさっ、貴様ぁ！！」
ボルザは初めて焦る。
目線だけで周りの傭兵達をちらりと確認している。
その仕草に、ルーリアの脇の間から見たサクヤは確信する。
ボルザはルーリアをまだ好きなのだと。
――助けたいのだと。
おそらく、ボルザはルーリアを殺したと虚偽を述べて、共に逃げるなりなんなりをするつもりなのだ。
それくらいの権限を持つ職には就いているのだろう。
(この男……見た目のわりに純情なのだな……――あぁ、眩暈がぁ……)
「ふ、ふざけた事をぬかすなよっ……！ちびガキがっ」
剣を構えるが、握るその手は震えていた。
慣れていない事が分かる剣の構えに、不思議とエドガーを彷彿させる。
「――ふざけてこんなことが言えるか馬鹿者がっ……」
(しかし……どうするか。この男がルーリアを助けたいのは分かったが……周りの男共は違うであろうしな……)
サクヤはルーリアの背に額を付け休みながら、周りをちらりと確認する。
今は屋根の端に立っており、下には傭兵がいる。飛び降りることは出来ない。
ボルザも徐々に迫ってきており、考えている時間もあまり無い。
すると、梯子から数人の傭兵が登って来てボルザに告げる。
「おいっ、支配人のあんたが言うから、俺らは手を出してねぇんだ……だがな、俺らにも依頼を受けた責任がある……これ以上は待てねぇ」
「なっ！おい待てっ……契約したのは俺だぞ！？勝手なことを……」
「知らねぇよ。俺らはな、別口で子爵から案件を受けんだ、あんたとは違うな。おいっ！早く来いお前ら！！」
一人の男の合図で、何人もの男がぞろぞろと登り上がってくる。
「……不味い、これは流石に……」
くらくらする頭を必死に働かせながら、サクヤは周りを確認するが、当然逃げ道はなく。
傭兵のリーダー格の男が、手を挙げる。
屋根に上がってきた傭兵達はぞろぞろと弓を構え、矢を番えていく。
「頼むっ！待ってくれ！お嬢さんは俺が……」
「邪魔だって……毒矢が当たんだろうがっ」
「――うわっ！」
ボルザは傭兵の男に突き飛ばされ、屋根瓦にドスンと尻餅をつく。
「ボ、ボルザっ！？なに？どうなって……」
仲間割れの様になっているボルザと傭兵達の様子に、ルーリアは混乱する。
(……やはりこの男、ルーリアにまだ恋慕しておるのだな……しかし、わたしの体力も限界だぞ)
逃げることは出来ない。ルーリアだけを逃がすことも、自分が逃げることも叶わない。
サクヤの思考が完結する前に、視界に弓を構える男達、剣を抜く男達を捉える。
矢を避けられたとしても、剣を構えた傭兵達に斬られるだろう。
完全に仕留めに来ている。
(どうす――ちっ！不味いっ！！)
そしてリーダー格の男が、号令を出してしまった。
「放てぇぇぇぇぇっ！」
号令と共に放たれた無数の毒矢は、サクヤとルーリアを狙って四方から放たれている。
「――サクヤ！」
「ル、ルーリア！？」
サクヤは前に出てルーリアを庇おうとしたが、逆にルーリアが、サクヤに覆い被って守ろうとする。
ボルザも「お嬢さぁぁん！！」と叫んでいた。
「――馬鹿者！ルーリアっ！！」
「「……」」
「……ル、ルーリア？」
「な、何？……何ともない……」
ルーリアの悲鳴は聞こえず、力一杯サクヤを抱きしめる身体は、声と共に硬直を解いた。
その光景に驚いたのは、サクヤとルーリアだけではなかった。
ボルザも、傭兵の男達も、全員が口を開けてポカーンとしている。
屋根の上には矢の残骸が無数に落ちていた。
半ばから折れるもの、矢じりを消し飛ばしたもの、そしてよく見れば、屋根には幾つもの穴が開き、そこからは煙が出ていた。
「――これは……はっ！？――上かっ！！」
サクヤだけが、それに気づけた。
上空には、太陽を背に受け、緑色の髪を風に靡かせた人影がいた。
「お……お主は、何故……ここに」
影はシュィィィィンと謎の音を鳴らしながら、ゆっくりとサクヤとルーリアの前に降り立ち、こう述べ、笑った。
「隙だらけでしたので、頂きました」
それは、今朝サクヤがメルティナに対して言った事の対義。
『隙は無いがいただくぞっ！！』
「――なぁっ！？」
思い出して、サクヤは赤くなる。
それは、メルティナなりの仕返しだった。
そして挨拶代わりに、両手に持った銃【エリミネートライフル】を乱射する。
銃口から放たれたエネルギーの弾丸は、傭兵達の弓を半ばから折り、剣を弾き、脚や手を貫通させて煙を上げる。
「ぐあぁ」
「ぎゃっ」
「うあぁぁ」
「ぐえっ」
と、傭兵達は口々に悲鳴を上げて転がる。
勢い余って屋根から落ちる男もいた。
「任務完了です……」
銃口にフッと息を掛けるという、実に人間らしい仕草をして、メルティナは傭兵達を全滅させたのだった。
