09話【愚行への一歩】
◇愚行への一歩◇
卒業式と昇格式を終え、静かになった深夜の騎学。その屋上で。
一人の生徒、いや、元・生徒が、植えられた屋上の花壇を踏み荒らしていた。
「くそっ!くそっ!くそがぁぁぁぁぁっ!!」
綺麗に咲いていたはずの花の一つ一つを念入りに踏み付け、見る影も無い姿へと変貌させる。
「くぅっそぉぉぉっ!!!」
ダンッ!!と右足を踏み込み、土に埋まった球根までもを潰す。
右手にはナイフを持ち、切り刻んだ花や葉が蓄えた水分が、滴っている。
「ロヴァルトォォッ!」
恨みを込めた一撃が、屋上の金網に繰り出される。
切れ味鋭いナイフは金網を裂きズタズタにする。
「――いやはや、随分と荒れているねぇ」
そんな荒れる男に、背後から声を掛ける人物がいた。
「――ッ!?だ、誰だぁぁぁっ!!」
荒れる男は、振り向きざまにナイフを投擲し、声の主に目掛けて飛翔する。
「はぁ、乱暴だなぁ」
ナイフは声の主、青いフードを目深に被り、涼しい声をさせる人物に刺さった。
「なっ!?」
そう、刺さっている。
しかし、フードの人物は痛がる様子もなく、荒れる男に話しかける。
「ねぇ君、君のその負の感情、コレにぶつけてみない?」
フードの人物は、男とも女とも聞こえるような声音で強引に話を続ける。
「今日、君を見ていたよ。残念だったねぇ、あの子にリベンジ出来なくてさ」
「だ、黙れっ!!貴様何者だっ!?」
「ボクが何者か……なんて、君にはどうでもいいことさ。それよりも、しっかりと話を聞いた方がいいよぉ?」
ナイフが刺さったままの身体を揺らしながら、フードの人物は右手に持った何かを差し出してくる。
「コ~レ、何に見える?」
先程まで荒れていたとは思えないほど、フードの人物に怯える男。
咄嗟とは言え、ナイフを投げ刺したのは自分だ。
その姿に怯えるのも無理はない。フードの人物は、右に左に身体を揺らし、まるで踊っているかの様に男に近付く。やがて男の目の前に辿り着くと。
「はい、ナイフ」
と、左手で刺さっていたナイフを抜き取ると、男に渡す。
「な、なんなんだよ!?あんた!一体なんなんだっ!!」
完全に怯えきった男は顔面を蒼白させ、ついには尻餅をつきながらもフードの人物から後ずさり、逃げようとする。
やがてガシャン!と金網にぶつかり、追い詰められた小動物のようにプルプルと震えだす。
「はは、恐いのかい?こんな無害で、善良な人間がさ……」
今、男が釘付けにされ見えているもの。
それは、フードの人物に刺さっていたナイフがあった場所だ。
完全に空洞になり、切れ目状に穴が空いている、その先。
男の目には、フードの人物が着る青いローブの、更にその先が見えているのだ。
血や内臓は見えず、ただ空間がある。
それは、まるで奇術のようで、しかし生々しく蠢く肉でもあった。
「や、めろぉ!来るなっ!」
「ほらほら、コレを見なよ!キレイだろう?ほら!ほぉらぁ!!」
フードの人物は、男の目の前に右手に持つ物を掲げる。
《石》。それは《石》だった。
完全に片手よりも大きく、岩を砕いたような加工されていない雑な形。
そして、怪しく紫色に光る《石》。
その《石》を見た瞬間。
たった一瞬で、男の心から恐怖心が解かれる。
「なんだ、それ……なんて不思議な」
男は、まるで酩酊状態の様な感覚に陥り。
勝手にその《石》に手を伸ばす。
「おっと、ダメダメ、まだ答えを聞いていないよ」
フードの人物は、まるでイタズラをするようにその《石》を男の前から逸らす。
「どうする?君の負の感情、この《石》にくれるかな?」
男は、既に自我がないように見える。
まるで《石》に操られているかのように、男は《石》を求め始めた。
「――わ、分かった!何でもやる、やるから!それを俺に、アイツに一泡吹かせる力をくれぇぇ!!」
「はぁい!!契約成立だねぇ」
フードの人物は、《石》を男に渡す。そして。
「では……商品のご紹介です。こちら【魔石】と申しまして、数百年前に封じられた悪魔……その力が封印されています」
「あ、悪魔だって?ははっ。そんなもん存在はずがない!こんな綺麗な《石》に、悪魔なんて!」
男は、完全に《石》に飲まれているようだった。
「そうだ、じゃあ君。確か君には仲間がいたよねぇ、そいつらを使って、面白い事をしようじゃないか!」
仲間。この男には二人の仲間がいる。
使い物にならないような二人の仲間が。
「その仲間を使って、憎いアイツを誘き出すんだよ。そうだなぁ明日、うん。明日がいいよ。そうだ、明日にしようっ!」
「あ、した……あの二人を、使って……」
まるで、催眠にかかっているかのように、ブツフツと呟く男。
既に紫の《石》は、男の手から無くなっていた。
男の右手には、まるで石を埋め込んだかのような、紫色の欠片だけが見えている。
とぼとぼと歩き、屋上を後にする男。
そんな男を、フードの人物はじっと見ていた。
まるで、愛しい子を戦地に送り出す母親のような心境で。
「くくくっ、あはは……いってらっしゃい……グレムリン」
フードの人物は、下町第一区画を見つめる。
北門の直ぐ傍、下町の建物にしては大きな建造物。
――宿屋【福音のマリス】を。
「はぁ、楽しみだよねぇ……【召喚師】。君は一体、どんな力を持っているのかな?あぁ、楽しみだ」
そうして、夜は更けていった。




