97話【四日目~役目~】
◇四日目~役目~◇
~【貴族街第一区画】~
新たな異世界人メルティナが、機械と人体の構造に惑わされ、見事に腹を空かせてブッ倒れている頃。
「エドー!お待たせっ、ちょっと遅れたちゃった……」
約束の時間から数刻(数分)だけ遅れて、エミリアがやって来たのだが。
「いや……うん。それはいいけどさ、その……後ろの人って、もしかして……」
待ち合わせ場所で待っていたエドガーは、エミリアと共に来た人物が、やけに見覚えがある寸法であることに違和感を覚えた。
「……あはは……えーっと」
「いや……まさか」
フードを目深に被ってはいるが、どう見ても高級品のそのフードは、一般人には手に入れる事が出来ないものだった。
「フフフ……流石はエドガーと言った所か……そう!私よっ!!」
高級品のフードの頭を思いっ切り両手で取り、姿を現したのは。
「や、やっぱり……ローマリア殿下っ!何をしているんですかっ!?こんな……出歩いて!」
キョロキョロと辺りを見渡し、誰かに気が付かれやしないかと慌てるエドガー。
「大丈夫だよエド、殿下を知っている人は、ほっっっとんどいないから」
殆ど。をやけに強調するエミリア。
下からジト目をエミリアにぶつけるローマリアは、何か言いたそうなことがありそうだが。
「あ、殿下……どうかしましたか?」
「いや……エミリア。貴女は中々にズバッと言うのね……」
何かにショックを受けたのか、ローマリアは伏し目がちに言う。
「えっ……私何か失礼しましたか……?」
キョトンとして、本気で分かっていない様子のエミリアにローマリアは。
「……いや、事実だしな……は、はは……」
(こんな些細な事で怒る馬鹿王女とは、言われたくないしな)
ローマリアは、産まれてから一度も国民の目に出てはいない。
そのため、知っている者などそれこそエミリアが言ったように殆どいない。
この国の国民は『この国の第三王女の名前はローマリア』程度にしか知らないのだった。
天然の娘に事実そのままを言われ、怒ることも出来ない王女は、その複雑な表情をエドガーに向けると。
「さぁ、行きましょうエドガー。あと、私の事を名前で呼ぶのはやめるのよ?……名前は知られているのだからっ!」
多大に気にしているローマリア王女。
「……すみません。エミリアが……」
何となくだが、謝らなければと思ったエドガーだったが「どうしてお前が謝る」と言われて、王女はいい人なんだな。と感じたエドガーだった。
「ほら、行こエドっ!」
「あ、うん……え?……あれ?」
済崩しのまま、エミリアと王女と共に、区画を回ることになったエドガー。
自分の役目は、この二人をフォローすることになりそうだと、身震いするのだった。
◇
~【下町第五区画】~
区画の中程まで来たメイリンとサクラ、サクヤの三人は、大量の荷物を分担し持ち歩く。
区画の入り口までは馬車で来れたのだが、馬車代も馬鹿にならないために、区画内からは歩いていた。世知辛いものだ。
農業区画であるこの場所に、メイリンの買い出しの手伝いとして訪れたサクラは、余りの広さに驚いていた。
「ホントにスッゴイ……なにこれ、本当に町なの?」
ここまでの道程で、目に映る数多の動物、柵で分かたれた牧場の敷地、舗装のされていない道。
【日本】の田舎でも、ここまで広い一つの敷地はそう無いのではないかと思わせるような程に何もないので、ビックリしている次第のサクラ。
「うふふ。昔はもっと建物があったのよ?大半が壊されちゃったけどね」
サクラの隣を歩くメイリンが説明してくれる。
「数年前に大きな戦いがあったのよ……ここでね……」
何かを懐かしんでいるのか。
廃墟のある建物を眺めるメイリン。
「戦い、ですか?……あそこ、何かあるんですか?」
サクラは戦いがあった事よりも、メイリンの見つめる先が気になり問う。
「え?あ~、あそこ。見えるかな?」
メイリンは少し恥ずかしそうに、廃墟と廃墟の間にある小さな小屋を指差して、サクラに顔を寄せた。
「えっと?……え~……あ、はい、見えました……」
残念ながら裸眼では見えず、【スマホ】の拡大機能で何とか見えた。
どうやらこの世界の人間はかなり目が良いらしい。
「あそこね……私の産まれた場所なの……」
「へぇ……えっ!?あんなボ――!」
(――やばっ!!)
言いかけて、サクラは瞬時に自分の手で口を塞ぐ。
だが、それだけでメイリンは当然気付く。自分も思っていたからだ。
不味い事を言った。そんな顔をするサクラを見て、メイリンは笑いながら言う。
「うふふ……いいのよ別に、確かに小さくてボロボロだったしね」
「す、すいません」
ついつい本音が飛び出しそうになって(半分以上出ていたが)、謝るサクラを、メイリンは笑って許す。
そもそも怒ってなどいないのだが。そんな二人の様子を見る、後ろでやる気のないサクヤは。
「……そんなことより、早く用を済まさないか?帰りたいのだがぁ」
ダルそうに荷物を持ち、やる気の無さが全面に出ていた。
既に大量の荷物を両手で抱えており、これ以上の重荷は御免被りたい状態だった。
「あんたねぇ……エド君に言われた時はあんなにやる気出してたじゃない!なによその変貌っぷりは!?あの時のやる気は何処に行ったのよ!」
両手をブンブン振り、憤るサクラ。
「まぁまぁ」と宥めるメイリン。しかし、そのサクヤは突然。
「――っ!!……サクラこれ。持ってくれ……」
「はぁ!?ちょっ!おもっ……なによ突然――に、【忍者】っ!?」
サクラの許可を得る前に、荷物を押し付け、颯爽と消えてしまうサクヤ。
「――ええぇっ!?サクヤさん!?」
突然消えたサクヤに、当たり前だが驚くメイリン。
何度も目をパチクリし、最後には目が点になっていた。
<バ、バカぁぁぁぁぁ!!この人の前じゃダメでしょ!!――ってかどこ行くつもりなのよ!?>
脈絡もなく消えたサクヤ。
多少の理由は分かるのか、サクラは直ぐに【心通話】で文句を言う。
反応は直ぐに返ってきた。
<す、すまぬっ!……遠くにルーリアが見えたのだっ!何者かに追われている、助けねばっ>
<――ルーリア……って、セイドリック・シュダイハのお姉さん!?>
サクヤが消えたであろう方角を【スマホ】で見ながら、サクラはアプリを起動する。
発信機を取り付けてあるサクヤの位置を確認するために。
「あっちって……確か……」
【貴族街第四区画】、シュダイハ家がある方角だ。
服に発信機が付いてるとも知らずに、サクヤはドンドン進んで行く。
「……最悪なタイミングじゃないっ」
<【忍者】!その人絶対に助けてっ。シュダイハ家に何かあったのかも知れない……>
決闘は三日後だ。このタイミングでシュダイハ家の人間にトラブルが生じたとすれば、こちらにも何か嫌なものが回ってくる可能性がある。
<分かっているっ!……任せておけっ!!>
そう言い【心通話】を切るサクヤ。少しでも魔力の節約をしなければ、動くにも身体が重かったからだ。
【下町第五区画】の中程で、大量の荷物を放置されたメイリンとサクラ。
「こ、これ……どうしましょうか」
「荷馬車、もう一度お願いしましょう……」
二人でこの荷物を運ばなければならないと言う役目に、途方に暮れるのだった。
◇
~宿屋【福音のマリス】~
出された食材を、ガツガツと胃に運ぶ。
そう。食材だ、料理ではない。
「それを出した私が言うのもなんだけれど……本当に美味しい……?」
この食材を提供したローザは、何も言わずにモクモクと食べる異世界人の女性に。
「……そう言えば、貴女名前は?」
「――ガッ……ガッ……んぐっ……むぐっ」
バリボリと、出されたそのままの野菜を口にし、銀色の目を光らせる女性。
人工知能【M・E・L】は、ごくりと喉を鳴らすと。
「……当機に名称は存在しません……敢えて言うのならば……そうですね、メルティナとお呼びください」
“召喚”される直前に、あの人かどうかも判断できない人物に言われた。
『メルティナ・アヴルスベイブ』と言う名。
自分のマスターである、ティーナ・アヴルスベイブの名を模した名を、【M・E・L】は呼称する。
「メルティナね……で、メルティナ?……それ美味しい?」
「?……はい。これが食事なのですね……マスターが食べていたのを見ていた記憶がありますので、おいしいのだと思います」
満たされる胃袋の充実に、メルティナは満足そうに言う。
「……そ、そう。ならいいけれど」
本当は料理をする予定だった。
でもローザは、メイリンの様に調理をすることが出来ない!と厨房で挫折したので、そのまま食材である野菜を出したのだが。
(まさか文句も言わずに食べるどころか、美味しいなんてね……あ、土付いたままだったわ……)
「イエス……では、貴女の名称は何でしょうか」
「――ロザリーム・シャル・ブラストリア……ローザでいいわ」
「登録しました……ローザ。次に、あの少年少女のデータ開示を求めます」
<……速やかに情報の整理をし、あの少年に問質さなければいけません……マスターは何処かと>
素のままの食事を終えたメルティナは、ローザに情報を提供しろと迫る。
「……はぁ~……」
(まだ【心通話】をうまく使えないみたいね……)
聞こえてくる心の声を聞き流しながらも、不思議と嫌な感じはせず、いずれこの新たな異世界人メルティナも、直ぐに仲間になるのだろうと感じたローザは。
今の自分の役目は説明役なのだと、自分を納得させたのだった。




