95話【四日目~緑石は地下室に光って~】
一部【地下室に光る緑】と重複しています。
◇四日目~緑石は地下室に光って~◇
エドガーとサクラは、地下室【召喚の間】に到着した。
サクラが自分の世界の力を使用する条件として、エドガーの“召喚”を見たいと言い出し。
エドガーがそれを了承した結果、二人はこうして地下にある【召喚の間】へ来た訳だが。
「うわっ……あれ?こんなに暗かったっけ!?」
「いや……本当は【明光石】があったんだけどね……」
一度取り込んだ光を、一生光らせる《石》。
この地下室には、無数に設置されていたはずなのだが、今はその数が凄く減っていた。
「あはは……前に、ローザの炎で壊れちゃったんだよ」
【明光石】は、貯め込んだ光を中で循環させるのだが、ヒビが入ったり、割れたりしたら、効果は一切無くなるのだった。
前に、ローザとサクヤが訓練をしていて、結界を使わないまま行ったため、その殆どが破壊されてしまっていたのだ。
そんな事があったことを思い出しながらも、エドガーは中央まで進んで魔法陣の名残を確認する。
「うん……まぁ、そのままだね……ん?」
(あれ……?魔法陣の形状が……少し、違う?……あれ?)
サクラとサクヤを“召喚”した以来なので、変わっているはずはないのだが。
不意に、様々な箇所や棚を気にするエドガー。
「どうしたの?」
「――ああいや、何でもないよ……多分」
一度疑問に思うも、いつもより暗かったことと、優先しなければならない作業の為に、エドガーは頭を振るい、サクラと共に反対側の棚に移動していった。
そこに、自分の知らない緑色の《石》があったことに、気付かないまま。
◇
棚を覗くサクラの顔は、意外にも楽しそうだった。
「これなんだろ……ハサミかな?……うわっ、虫の死骸ぃ!?なんでこんなのまであるの!?」
「キモイキモイ」と身体を擦るサクラ、エドガーは笑う。
「はははっ。それは【銀蟹の鋏】だね……そっちは、うん……虫の死骸だ……」
昔に、父エドワードが運んできた荷物に混ざり込んでいたのだろう。
「これは……?」
サクラは、この世界には不釣り合いの物に気付き、それを持ってエドガーに見せる。
「それは……う~ん。正直よく分からないんだけど……大昔の遺産?らしいよ。確証がなくて断言出来ないけど」
サクラの持つそれは、どう見ても大型のゼンマイだった。
ギザギザの凹凸が並んだ、円形状の何かのパーツ。
大きさはサクラの掌サイズで、中央に穴が開いている。
その穴から、サクラはエドガーを覗きながら言う。
「エド君……これ、機械のゼンマイだよ。あたしの世界でも似たものがいっぱいあるもん」
気になったのは、このゼンマイが大昔の遺産だ言われた事だ。
「……大昔の遺産……ねぇ」
この世界の文明レベルは、お世辞にも進んでいるとは言えない。
サクラが手に持つこのゼンマイが大昔のものだとしたら、昔の時代は進んでいたことになる。
「まぁ、それも異世界ではあるあるなのかなぁ……」
過去の世界は進んでいた。と言う物語ではよくある話に、サクラはそれ以上深く考えることはなかった。
「……どうかな、大体見終わったみたいだし……そろそろ始めようか」
エドガーは、サクラが満足いくまで【召喚の間】の中を説明していた。
粗方見終えたサクラも、随分楽しんでくれたようで良かった。
「うん!面白かったよ……変なものばっかり置いてある博物館みたいで」
「へ、変な……いや、普通そうなのか」
エドガーに取っては貴重なものであり、大切な父の財産でもあるが。
価値観は人それぞれである。
一度は「変なものって!」と思ったが、最近自分の感性と他人の感性が違うと気付き始めた為、言うのを止めたエドガー。
この“魔道具”や素材の山を見て歓喜するのは、現状ローザだけだった。
「じゃあ、お願いしようかな……なんでもいいの?」
サクラは、中央の魔法陣があった場所にしゃがみ込んでエドガーに問う。
「なんでも……は、無理かな。“召喚”も、一応は《魔法》だからさ……」
「あ!そっか……魔力使うんだね、じゃあ簡単なのでもいいよ?」
エドガーは手に持った黒い石で、魔法陣を書き始めながら。
「うん。僕も試してみたいことがあったし……ある程度の物ならいけると思うんだ。前は、こんなに小さなものでも、一日かけて“召喚”してたんだけど……」
この【召喚の間】は、一定数魔力が固定される。
ローザが魔力を気にせず訓練できるのも、この【召喚の間】だけだ。
しかし【召喚師】は違う。魔力の固定も無ければ、使用される魔力も当然ある。
異世界人だけが、魔力の消費を抑えて行動できた。
ただし、この【召喚の間】だけだが。
「うえぇ……効率悪いね、燃費も……」
苦いものでも食べたのだろうかと思わせる程の渋面で、【召喚】の難点を嫌がるサクラ。
「はは……本当にね」
その乾いた笑みは、今までの苦労を思い浮かべたものだった。
「……何がいいかな~……あっ!そうだ、これ」
サクラは、肩にかけていた鞄に付けられたキーホルダーを触り。
「エド君……これは?このキーホルダー。こういうのはどうかな?」
絶妙にブサカワな猫のキーホルダーだ。
サクラが元の世界にいた時、気まぐれで行ったガチャガチャの商品だったが、妙な愛嬌を感じてそのまま付けていた物だ。
「うん、それくらいなら丁度いいかも」
準備を終えたのか、エドガーはサクラのもとに来て、そのキーホルダーをまじまじと見る。
(わっ……真剣な顔)
「なるほど……うん。これなら大丈夫……さて、どれくらいかかるかな……」
キーホルダーの情報。
形や素材を見て、エドガーは出来ると確信する。
問題は消費魔力と、掛かる時間だ。
「……じゃあ、始めるね」
「あ……う、うん」
(あっぶな……ドキドキしちゃったよ……)
魔法陣はかなり小さいものだが、それでも魔法陣な事には変わりはせず、集中するエドガーが魔力を注ぐと、みるみるうちに発光する。
「……綺麗……」
自然と言葉を発していたサクラは、輝く魔法陣を見て感動しているようだ。
「……」
エドガーは掌を魔法陣の中央に差し出し、その上に魔力を集中させる。
細かい微粒子が掌で形を形成していき、あっと言う間にエドガーの手の上には、サクラが要望した猫のキーホルダーがあった。
「出来た……あ~でも、やっぱりパーツは一つだったか……」
エドガーが“召喚”したキーホルダーには、金具がなかった。
「それでもすっごいよ!見せてっ!?」
エドガーの近くまで来たサクラは、嬉しそうに猫のキーホルダー、金具が無いからフィギュアなのだろうが。それを見比べる。
「凄い……全く一緒だ……しかも新品同然」
“召喚”は成功だった。魔力の消費も大したことはない。
だがやはり、“召喚”の対象はパーツ一つだけだった。
どうやら、それだけは変わらないらしい。
「その金属も“召喚”した方がいいよね?」
エドガーはもう一度“召喚”しようと手を翳すが。
「――ねぇエド君、ちょっと待って……あ、あれって何かな?なにか、光ってるけど……あれも“召喚”関係ある……?」
サクラがエドガーの背後を見て、不思議そうに口に言う。
「――えっ?」
サクラが指をさす場所は、入り口近くの棚だった。
エドガーもそれに合わせ、確認しようと振り向いた。
しかしそれを待っていたかのように、光は急激に強さを増す。
「――うわっ!な、なんだっ!?……あれって、まさかさっきの!……――ぐっ!ま、魔力が……何でっ!?」
一度は気に留めたはずの、棚の違和感。
その場所にあった、見覚えのない――《石》。
そして、その緑光に吸い取られるように、物凄い勢いで減っていくエドガーの魔力。
疲労感に膝を着くエドガー、サクラも怖さに耐えきれずにエドガーに抱きつく。
「な、な――なになになにっ!?」
緑光に合わせるように、エドガーが書いた小さな魔法陣も形を変えていく。
小さな魔法陣だったそれは、大きさを広げ五芒星を形どる。
「何あれっ!魔法陣が、星みたいに……!」
更に、カタカタ音を鳴らして、棚に置いていたゼンマイが宙に浮かび上がり、魔法陣に吸い込まれていく。
「――そうか!さっきの違和感、あの《石》か!くそっ……何で見逃したんだ!?……くっ、眩しくて確認できない!!」
「め、目がああぁぁぁぁぁ!」
超絶な光が発生し、緑色の魔力が【召喚の間】に充満していく。
エドガーは腕で顔を覆い、サクラは両手で目を塞いだ。
黒かった魔法陣は完全に星形になり、発光色に合わせるように色も変え、部屋に在った数個の“魔道具”が魔法陣に吸い寄せられる。
「なんなのぉぉぉ~~~~っ!!」
サクラのその一言で、光は加速度的に膨れ上がり、とうとう何も見えなくなった。
「――これは、まさか……」
(……【異世界召喚】!?)
二度行った、【異世界召喚】と同じ感覚。
エドガーは、発光する魔法陣に吸われる自分の魔力が、新たな出逢いを予感させるも。それは予期もせず、更には望んだ形でもないものだった。
◇
光が納まり、エドガーとサクラは目を開ける。
「……無く、なってる……?」
「ホントだ……《石》が、無い」
確認しようと、二人は前に出ようとした。が。
「――フリーズ。動かないでください」
突如告げられた停止命令に、背筋を凍らせる。
「手を上げて下さい……手は頭の後ろです」
このセリフにピンと来たのはサクラだ。
「刑事か!」と思うも、素直に従うしかないと判断する。
「分かったから……撃たないで。エド君、あたしの真似して」
「……わ、分かった」
と言うものの、エドガーは分かっていない。
サクラに促されて、エドガーも手を上げる。
ちらりと後ろを確認する。背後にいる人物は、何か武器のようなものをエドガーに向けている。
サクラは何か心当たりがあるのだろう。深刻そうな顔が、横目に映る。
突き付けられた銃口に、エドガーとサクラは両手を上げて降参する。
エドガーにも心当たりはある。
それは【異世界召喚】だ。この【召喚の間】は、【召喚師】とそれに関りを持つもの、つまり“契約者”の異世界人しか出入りできない。
(いや……僕は【異世界召喚】なんてしていない……でも、彼女は……何処から来たって言うんだ……まさか、僕は無意識のうちに使っていた?そんな馬鹿な事……)
“召喚”の為の“魔道具”も、祝詞も、なにも用意はしていない。
――ならば何故。
しかし、自分の知らない《石》に反応した魔法陣。
その魔法陣に吸い込まれた、【機王のゼンマイ】と複数の“魔道具”。
そして、大量に吸われたエドガー自身の魔力。
答えは、一つしか浮かばなかった。
エドガーが一人で思考しているうちに、謎の女性は更に近づき。
「ここは何処です……この座標は……」
「わ、分かりませんっ……ひぃっ!銃を向けないでっ!!」
サクラが答えるが、ふざけていると取られたのか、サクラの背中に当てられる銃と言う武器。
「……やっぱり、異世界人……なのか」
奇妙な武器に、見た目も奇抜だ。
異世界から“召喚”されたという事は確定だ。
だが、エドガーが自分で“召喚”した訳ではない。
<サクラがあんなこと言うからっ……>
<こんなことになるなんて誰も思わないじゃん普通っ!>
【心通話】でひそひそ話をするも、どうやら新たな異世界人にも、その心の会話は聞こえているようで。
「当機に無断で、会話を許した覚えはありませんが……」
彼女が異世界人なのは確定だ。
【心通話】が聞こえる事からも、それは伺える。
チャキっと銃口をエドガーの後頭部に当て、威圧する異世界人の女性。
グリーンに輝く髪、光沢のあるレザーと思われる服装と腕や脚に付けられた武装、そして。
その銀色の瞳は冷たく、まるで熱の通らない金属塊の様な重厚感を帯びている。
「――あ、あなたも異世界人なんでしょっ!?同意したのはあなたのはずよっ!?どうし――ひぃぃっっ!!」
サクラが説得しようと、“召喚”される際の《謎の声》とのやり取りがあっただろうと言おうとしたのだが、新たな異世界人は聞く耳持たずで、銃をサクラに突き付ける。
「フリーズ。喋らないで……」
青ざめた顔で、コクコクと頷くサクラ。
「検索開始します……――……。完了。該当無し……この世界は、どの惑星にも当てはまりません。どうすればいいのでしょうか、マスター・ティーナ……指示を求めます」
一人ブツブツと話だし、機械音声のように棒読みで語る新たな異世界人は、周りを見渡し。突如。
「――反応有り。上部!!」
右手に持った銃はエドガーとサクラに突き付けたまま、反対の左手に持った銃を天井に構えると同時に、天井から落下してくる影。
「ちっ!――隙は無いがいただくぞっ!!」
エドガー達と新たな異世界人の丁度間に、勢い良く落下しながら短刀を振るう【忍者】サクヤ。
「!――理解不能。センサーに反応していませんっ!!」
サクヤは落下と同時に、短刀で相手の銃を叩き落とし、新たな異世界人はものすごい勢いで後方に距離を取る。
脚に火の“魔道具”でもついているような勢いだ。
その正体は、ジェットブーツと呼ばれる装備だ。
【機動兵器ランデルング】の、加速ブースターである。
「【忍者】っ!!助かったよ~――ふぎゅっ!!」
「まだ安心できぬぞっ……」
助かった喜びでサクヤに飛びつこうとするサクラに、サクヤは手で制し、サクラの顔を潰す。
「サクヤ!」
いつからいたのかも気になるが、助けてくれたことは大いにありがたい。
「主殿っ……あの不届き者はどういたしますか!?懲らしめてやりますかっ!?」
最近サクラの【スマホ】で見ている《時代劇》の台詞を言い、サクヤはご満悦だ。
「くぅぅ……あんたそれ言いたいだけでしょ!」
鼻頭を抑えて、サクラはツッコむ。
「――理解、不能……」
ドサリと、新たな異世界人は倒れた。
「え?あれっ……??」
「……【忍者】、あんた……」
「ち、違うぞ……わたしはまだ何もしていない」
突然倒れた新たな異世界人は。
可愛らしくクゥゥゥと、お腹を鳴らし。
――気を失った。
「「「は?」」」
緊張感が一気にとける中。
気を失う寸前に、新たな異世界人は言葉を発する。
「――当機は、認めない……お前が、当機のマスター……などとはっ……」
「――えっ?」
その言葉は、エドガーを完全否定する言葉だった。
倒れた新たな異世界人は、エドガーに敵意を持っていた。
その為、駆け付けたサクヤが縛を取る。
「これで良いでしょう。だが、なんだかゴツゴツした服で、縛りにくいです、主殿……」
「ねぇ【忍者】……何時からいたのよ、あんた」
サクラが疑問を投げかける。
「ん?最初からだが?……お主があそこで道具を見ていた時も見ていたぞ……?」
「――はぁっ!?」
サクヤは初めからこの部屋にいたのだ。
忍んで、二人を監視。いや、護衛してくれていたのだろう。
「ローザ殿に言われてな……」
「むぅ……ロ、ローザさんなら仕方ないか……」
理不尽だが、ローザが何かをしてくれていたのなら納得できたサクラ。
「……」
「主殿?」
「……あ、ごめん。なに?」
「いえ……大丈夫ですか?」
「……うん。ありがとう」
何かを考えているのか、エドガーは縛られて倒れる新たな異世界人を、複雑そうに見つめるのだった。




