間話【翡翠の世界の人工知能】
ルビの間違いを修正しました。
◇翡翠の世界の人工知能◇
ここは、とある世界の宇宙領域。
戦場の跡が残り、ボロボロの小惑星やコロニー、宇宙戦艦が沈み漂っている。
人類が宇宙に進出したのは、星の侵略者、【惑星外生命体】との戦いの為だった。
侵略にて故郷を失った人類は、宇宙に出て十年以上戦い続けた、人類はようやくの勝利を掴むが、それ以上の被害に晒されて。
結局、自らの星に帰る事すら出来なくなっていた。
――そして。
【宇宙艦小型艦級】【三番艦リトルリーズ】。
その格納庫。
『当機の凍結は……避けられないのですね……マスター・ティーナ』
自分の座席に座る女性に機械音声は語りかける。
その音声を聞きながら、カタカタとキーボードを鳴らして何かを操作する女性。
全長二十メートルの人型兵器、【機動兵装ランデルング】
その補助人工知能として搭載されたシステムインターフェース【M・E・L】。
マシーン・エレメンタル・ロードの略で惑星軍が誇る最新鋭兵器だった。
女性の行っていた操作は終了したのか、ブーッ!とエラー音と共に赤いランプが点灯する。
これはもう、何度も繰り返した工程だった。
「……ごめんね、メル……長年あなたを使ってきておいて、いきなりこんな……本当に申し訳ないと思ってる。でも、たった二時間じゃ……私にはなにも……」
戦争が終結し、上層部の決定で、【機動兵装ランデルング】の破棄、搭載インターフェース【M・E・L】の全機凍結が下されたのは、僅か二時間ほど前。
その二時間で、惑星軍のパイロット、ティーナ・アヴルスベイブは、自我が目覚めつつあった自分の愛機だけでもバックアップを取ろうと考えたが、どのシステムやツールを使ってもエラーを吐くの繰り返しだった。
ティーナは伏し目がちになると、結ばれた一房の髪が肩から落ちる。
サラサラの金髪は虚しくしな垂れ、空色の瞳からはぽたぽたと涙がシートに零れていた。
『……』
「私は、あなたの友達なのに……」
ティーナが座るコックピットのモニターには、【error】と書かれており、時間ギリギリまでティーナが悪戦苦闘した結果だった。
『残念ながら結果は変更できません。マスター・ティーナ、当機から下りることを推奨します』
「……何を、するつもり……?」
ティーナは、【M・E・L】の行動を理解できなかった。
『マスター・ティーナが、当機のシステムにジャマーを掛けて時間を稼いでいた事は。既に上層部は存じているでしょう……このままでは、マスター・ティーナは処分される恐れがあります。ですので、当機がこの艦を乗っ取ります』
「――!なっ、メル……あなた!」
その【M・E・L】の機械的な音声でも、理解する事が出来た。
『はい。この艦をジャックして、逃亡を推奨します。都合のいい事に、現在この艦に搭載されている【ランデルング】……【M・E・L】は当機だけです。警報も鳴らし、クルーは現在脱出中です。時間は二分もかかりません。【小型艦】なのが功を奏しましたね』
「――そうじゃなくてっ!メルっ……!!」
ティーナはモニターにガッ!!と掴みかかり。
「そんなことをすれば、あなたはっ!!」
『はい。凍結処理では済まないでしょう……スクラップが妥当かと思われます。ですが、マスター・ティーナが逃亡出来ます。この行動で逃げられる確率は99%です』
「逃げられたって、あなたが……」
ドンッ!――と機材を叩くティーナは、本気で悔しんでいた。
『マスター・ティーナ……お逃げください。当機を助けたいという行為は、大変不合理です。危険は見ての通り。現在【小型艦級】が三隻、エンジンに火を入れました……後90秒で起動します』
ゴゴゴゴゴ――と、ティーナが乗っている【小型艦】も動き出して、クルーもいなく、指示も出していないのに行動を起こす。
【M・E・L】が遠隔操作をしているのだ。
「待って!もう少しっ!!」
『ノー……時間は既にありません。マスター・ティーナの身の保証は致します。ですので、これ以上の抵抗は止めてください』
「抵抗って……なんでそんなことを……」
『この艦だけでも、備蓄は三年分はあります。クルーは全員下船を済ましましたので、マスター・ティーナだけが生きていく分だけだとすれば、もう十年は平気でしょう』
「私一人が生きていても意味はないわっ!!」
【M・E・L】凍結の邪魔をしたという行為は軍規違反だ。
ティーナは無事では済まない。確実に銃殺だ。
それを、【M・E・L】――メルは許さない。
『近くの宙域に、小さな惑星があります……未開惑星でしょうが、人間タイプが住んでいると結論出来ました。当艦はその星に向かっています……ですので』
メルの言い分を、ティーナは聞きたくないようで。
「一人が嫌になったら、その星に行けって言うのっ!?馬鹿言わないでよっ、メル!」
『馬鹿は貴女です、マスター・ティーナ……』
「は、はぁっ!?」
【M・E・L】との付き合いは既に五年。
初めて歯向かわれた。
『当機のブラックボックスをバックアップする為だけに、危険を犯してまで軍に違反する――馬鹿でしょう?』
ぐうの音も出ない正論に、ティーナは。
「……それでも、私はあなたといたかった……」
縋るものがない状況で、ティーナは自分の身体を抱く。
『……イエス。当機もですよ……マスター……サヨウナラ……――我が友』
――ガチャン!!と、緊急脱出装置が作動した。
「はっ!……待って!メル!!メ――」
メルはコックピットブロックだけを射出し、飛ばされたコックピットは格納庫内にドスンと落ちる。
『……』
大事なマスターの生命を確認したメルは、保持されていた武装を装着して、艦のハッチを開ける。
『追跡艦は三隻……撃破までに三分を要します。艦は加速して、マスター・ティーナを安全圏に』
『……了解いたしました』
機械音声はメルの指示を受け、艦の速度を上げる。
『後……出来れば、マスター・ティーナと友達に……いえ、言っても無駄でしたね……』
『……』
自我が目覚めた人工知能は、叶わぬ願いを艦のコンピューターに願い、出撃する。
――三分後。追跡艦と、搭載された同型機の【ランデルング】を撃破したメルは、軍の強制自爆コードを入力されて、宇宙に散った。――はずだった。
謎の空間で、メルは再起動した。
人間が瞼を開ける様に、ゆっくりと開かれた瞳は、機械の様にキュイーンと音を鳴らす。
『ここは……スキャン開始……。……。判別不能』
システムは正常だ。
しかし、システムだけで機体を動かしていたはずの操作では動かなかった。
『理解不能……当機は、自爆を……』
「カラダノグアイハドウカナ?ミチノキカイセイメイタイヨ……」
謎の声に、メルは咄嗟に振り向く。
球体関節がキュンっと音を鳴らし、腕を振りぬく。
――バチィィィッ!
弾かれ、吹き飛ばされるメル。
受け身は取らず背中のブースターを展開しようとしたが、うまくいかずに背中から落下する。
『グッ!!……こ、これは……?何故、当機にダメージが……』
何も無い筈の空間に手を付き、自分の視線に驚く。
『……手?……当機は、機械の……これでは……まるで人、間?』
システムインターフェース【M・E・L】は、機体が正常に動かないことではなく、自分の機体がまるで、人間の様になっていることに気付く。
『……これが、マスター・ティーナが言っていた。夢と言うものでしょうか』
ティーナが聞いていたら、大変喜びそうな言葉に反応したのは、謎の声の主だ。メルを吹き飛ばした張本人。
「サスガニ、トツゼンノコウゲキニハオドロイタゾ……」
球体関節のモーターを回転させて、メルは立ち上がる。
どうやら、人間の様なボディの中に機械がある二重構造らしい。
俗に言う【アンドロイド】だ。
『そちらの所属はどこでしょう……当機は、惑星軍第三部隊――』
「ナニヲイッテイル……ココハ、モウキミノシッテイルバショデハナイヨ……」
『……?では、ここの座標は、どこでしょうか……』
何度検索しても、現在地の座席が表示されず、システムが困惑する。
「フム。マアイイ。キミニハサプライズヲアゲヨウ。イキタマエ……マスターガ、マッテイルヨ……」
謎の声の人物の不審極まりない言葉に、機械のハートが不覚にもドキリとさせられ、メルは瞳を閉じる。
『行動を停止してくだ――』
言い切る前に、謎の声の人物は手?を翳して、メルの足元に魔法陣を展開させる。
魔法陣は、メルに幻影のようなものを見せる。
『これは……システムが……エラーをっ!!』
少年と少女が、笑いあっている。
数人の男女がそれを取り囲み、共に大喜びをしているように見えるた。
しかしその中に。
『……――マスター・ティーナっ!!』
メルは、その中にマスター。ティーナ・アヴルスベイブがいることに気付き、手を伸ばす。
「サア、ナンジノナヲノベヨ……」
メルは名を叫ぶ、自分の名、そしてマスターの名を。
『メル……――ティーナ・アヴルスベイブ……!』
本当は「メルはここにいます。マスター・ティーナ・アヴルスベイブ!当機は、ここに」と言うつもりだったはずなのに。
魔法陣の光と熱で、言葉を紡げなかったのだ。
慣れない人間の身体は、思ったよりも苦労しそうだ。
「メルティナ・アヴルスベイブ……【リバース】ヘヨウコソ!!」
そうして当機、システムインターフェース【M・E・L】は。
意図せずに、誰とも知らぬ者のもとへ――送られたのだった。




