94話【心遥かに、願いは空に】
◇心遥かに、願いは空に◇
気を取り直した二人は。転がったサクラの椅子を直して元の位置に戻すと。
「じゃあ、話しを続けるよ?大丈夫?」
エドガーの言葉に、椅子へ座り直したサクラは「うん!」と、気合を入れて頷く。
今度はキチンと、前を向いてエドガーの話を聞こうと思った。
後ろ向きにならない様に、背筋を伸ばして。
「さっきは、僕も言葉足らずだったよね……ごめん」
「ううん。あたしも悪かったから……」
柱の影からちらりと見えるサクヤのポニーテールが気になるが、気にしない様に心掛けようと思う。
ローザに至っては隠れるつもりはなさそうで、壁に寄りかかってる。
いつからそこにいたのだろうかと、内心疑問を抱くが、一瞬だけローザと目が合って、サクラはビクつく。
またヒステリックになったら、もう一度殴られるかも知れない。
「決闘の話だけどさ……僕達は人数が足りない。でもサクラが出なくてもいい方法もある……そう言いたかったんだけど……本当にごめん。誤解させたんだろうね」
「……うぅ。そうかも」
自分の勘違い。
早とちりしたんだと気付いて、恥ずかさが増していく。
「僕がさっき言った「出なくてもいい」は、サクラが出なくても大丈夫な方法の事だよ、それはいくつかあって。一つは、マークスさんに助っ人を頼む事……」
「【鑑定師】さん……?」
「そう……でも、多分見込みはない。マークスさんは王家御用達の【鑑定師】だから、危険な戦いに参加するなんて、王家は許可しないと思うんだ。後、ローマリア殿下が許可できないと思う」
「……肩入れしてると思われるからだね」
ローマリア王女が、王家と少しとはいえ、関わりがある人物の助っ人を許可する訳がない。出来ないのだ。
「そうだね……そして次だけど、サクラを大将にする事……」
「……あたし?」
「うん。サクラを大将にして、先に三勝してしまえばいいんだ……」
可能性はなくはない。だが、相手のメンバーが分からない以上、確証のないことをすることはリスクがある。
反面、最終的にサクラが勝たなければならない状況が出てくる可能性だってある。
「でもさ……多分大将はエミリアちゃんじゃないと認められないんじゃない?」
「そうだね……その可能性が高い。セイドリック・シュダイハが認めるとは思えないし……副将にしたとしても、一敗したら出番が来てしまうからね」
逆を言えば、三敗すれば出番こそないが、その時点でエミリアは結婚させてしまう。
「そこでね……エミリアが言い出した条件だよ。覚えてる?」
指を顎に当てて、考える。
本当は考えなくても出てきてはいたが。
「……えっと、確か。“魔道具”の使用許可……だよね?」
「うん。だから、サクラの鞄……そこから取り出したものを、“魔道具”ってことにすれば、何でも持っていける……個数に制限はないからね」
「いや、でも……」
サクラは、極力【地球】のテクノロジーを持ち込まないようにと思っていた。
だがそれは、異世界で与えられた能力を切り捨てているも同義であり、自分の力を自分で下方修正しているみたいなものだ。
「何かないかな……役に立ちそうなもの。自衛するものでもいいよ……この間使っていた、【電気棒】でもいいし」
エミリアを助けるために取り出して使った、【ロングスタンガン】の事らしい。
エドガーも、無理にと言っている訳ではない。
それはサクラにも分かる、言葉も声も優しいし、サクラに気を遣っているのが分かる。
でも、伝わってくる必死さは、エミリアを助けたいという思い一心なのだ。
だからあの時だって、怖いけれど騎士や傭兵と戦ったのだ。
しかし、その時はローザもサクヤもが守ってくれていた、一対一の決闘とは訳が違う。
「……むぅ」
エドガーの真意が深く伝わって。
エミリアが大事だ、と言うのが分かってしまい、自然とむくれっ面になってしまう。
「えっ?……なに?その顔……どういう感情!?」
初めて見るサクラの表情に、エドガーも驚いている。
子供のように頬を膨らませ、何かに対していじけているような、そんな顔。
しかしサクラは、直ぐに表情を戻すと。
「……分かった。いいよ。あたしの世界の武器……色々使ってみても」
サクラの世界、【地球】の近代兵器。この世界には異質のテクノロジーだ。
エドガーがエミリアを助けたいという想いは、サクラにも痛いほど伝わっているし、サクラだってエミリアを助けたいという想いは同じなのだ。
ただ、自分の度胸と覚悟のレベルが低すぎるだけだと、サクラ本人は思っている。
「いいの?……って言うかさっきの顔は何!?凄く気になるんだけど!」
「……だけど、条件があるよ……あたしの世界の武器は、多分この世界からしたらオーバーテクノロジーだから、もしあたし以外の人間が使用したら……世界が変わっちゃう。【忍者】は触ったら痺れてたりしたけど、他は分からないからね」
弄られたくないのか、完全にエドガーの話をスルーして話を進める。
ペラペラと言葉を並べて、膨れた顔を隠す。
「え、無視……!?」
「――もうっ!いいから……!!」
「いたっ!」
意外としつこいエドガーの腕をポカッと叩き、サクラは立ち上がる。
「ローザさんにもお礼言わなきゃ……エド君、ちょっと待ってて!」
「――ええっ?サクラっ!?」
もの凄く痛かったが、ローザが殴ってくれなければ今も混乱して、勝手にエドガーの言葉を悪く取っていたかもしれない。
最悪の場合、エドガーに何を言ったか分ったものではない。
こんなことで嫌われたら、本当に異世界に来た意味も無くなる。
サクラは、一階廊下の曲がり角にある柱に寄りかかるローザと、隠れているサクヤのもとに小走りで駆け寄り。
「ローザさんっ……さっきはありがとうございました。殴ってくれて」
「――!?……フフっ……人聞き悪いわね……殴ってないわよ、ビンタよビンタ」
ローザは一瞬驚き、笑いながらも殴ってはいないと否定する。
「ええっ!あんなに吹き飛んだのにっ!?メチャクチャ痛かったんですけど!」
サクラは椅子から転げ落ちるくらいは吹き飛んでいたが。
「――確かに、殴ってはいなかったが……ものすっごい飛んでいたな」
柱からひょこッと顔を出すサクヤも、目撃者として証言する。
「……(ギロリ)」
「――いっ!」
ローザに睨みを効かされ、サクヤは逃げる様に柱の影に戻った。
そんなサクヤにも、サクラは聞こえるように。
「【忍者】もさ……多分見ててくれたんでしょ……サンキュ」
ササっと話をすると、エドガーのところに戻っていくサクラ。何だか軽やかだ。
「……少しは元気になったみたいね」
「だなぁ。しかしローザ殿……あの平手打ちは酷かったぞ……炎をまとった平手打ちなど、初めてみた……」
エドガーとサクヤしか知らない、目撃談。
「仕方がないでしょ……あの子、そうとう心が弱っていたわ……」
ローザがここから出て行った時、まさかサクラを叩きに行くとは思わなかったが。
「何か意味があったのか?そういえば、火傷などはしていないみたいだが……」
あれだけの炎を散りばせながらビンタをしたはずなのに、火傷どころか火花すら散らなかった。
サクラがその光景を知ったら、どう思うだろうか。
不思議に思うサクヤの視線は、ローザが行った事を知りたいと言う欲求で埋め尽くされてローザを|射抜《》いぬく。
「……わ、分かったわよ。そんなに見なくてもいいでしょう……その眼やめなさいっ」
【破邪炎掌】、それがその技の名前だった。
正式には、破邪の《魔法》だ。それは戦闘には使えず、呪いや病気を倒す祈りの様なものだった
「この炎は癒しの炎よ……悪い気や不安な気持ちを祓ってくれる、燃えない炎よ……使い方は本来の目的とは違うけれど、今のあの子には必要みたいだったから……掌に乗せて使ってみたわ……」
「つ、使ってみたとは……なんとも挑戦的な言い方なのが気になるが、言わばお祓いであろう?」
柱に寄り添いながら、ローザの技を自国の行事に例えるサクヤ。
「ええ。成功してよかった……うん、本当によかった」
「い、意外と無責任なのだな……ローザ殿」
遠い目をしながら、他人事のように言うローザに呆れるサクヤ。
そんなローザが見ている先を、サクヤも見つめる。二人が見るのはサクラとエドガーだ。
先程からの疑問をエドガーはサクラに聞くが、サクラは絶対に答えなかった。
「ま、こんなものでしょう」
「ああ。そうだな」
元気のなかったサクラが、ああして笑っているだけで、少しは道が開けたように感じた。
「お待たせっ」
ローザの元から戻って来たサクラは、何故かさっきよりも元気になっていた。
「もういいの?」
「うん!」
満面の笑みだった。
エドガーも笑って「そっか、所で」と返す。
「――よ~し!やるぞ~!!よしよし、まずはどうしようかなぁ……?」
「いや、さっきの……」
「さあエド君!頑張ろうね!」
無性に元気になっているサクラは、拳を胸元で握り意気込む。
不思議とから元気にも見えるが、本人が前向きになってくれたのだから、そこは良しとしよう。
「はぁ……分かったよ。もう聞かないから……」
「ならよしっ」
「――サクラ、さっき鞄を使うのに、条件がなんとか……って言ってたよね、あれはなに?」
「ん……?あ、ああ。そうだね!」
エドガーの言葉にサクラはニコッと笑うが。
笑顔で誤魔化しても分かった。絶対忘れてた。
「……で、条件って……?」
サクラは椅子に座り「そうだなぁ」と考え、一拍置いて手を打つと。
「そうだっ!あたし、エド君の“召喚”……見てみたいなっ!」
【召喚師】エドガー・レオマリス。
主のはずの少年の業を、サクラは見たことがなかった。
単純に、出会ってからの時間が浅いというのもあるが。
「“召喚”……?そんなのでいいの?」
エドガーも、別段嫌そうな顔はせずに許可をする。
「うんっ!それがいい。それがいいよっ」
サクラは一人で納得する。どうやら決まったようだ。
エドガーの“召喚”は、恐らく強化されている。
三人の異世界人との契約で、最大魔力はかなり上昇しているし、なにより【異世界召喚】と言うエドガーにしかできない事もある。
以前は、通常の“召喚”に使っていた時の魔力量を、今のエドガーは既に上回っている。
もう、パーツ一つ一つを“召喚”するだけでは。
スタミナ、魔力ともにそうは切れないはずだ。そうならない自信も付いている。
問題は、先日の戦いから日が経っていない事だけだ。
「うん。分かった……じゃあ【召喚の間】に行こうか。あそこの方がやりやすいからさ」
【召喚の間】は、サクラとサクヤが初めてこの世界に来た時にいた場所。
サクヤは訓練などで何度か行っていたはずだが、サクラはあの日以来だ。
「オッケー!行こう」
二人は移動を開始する。
地下にある【召喚の間】に。
【消えない種火】は、不吉なものを受け付けない破邪の《石》だ。
邪悪を打ち払う力は、今サクラに披露したように不安なども去ってくれる。
エドガーを抱き寄せながら眠ったのも、実はその力だったりする。
そんな《石》が起こしている反応に、ローザは手を打たねばならない。
「……サクヤ」
「ん?なんぞ……?」
地下に向かったエドガーとサクラを見送りながら、ローザは何かを訝しむように告げる。
「気を張っておきなさい……嫌な予感がするわ。もっと詳しく言うのなら、エドガーとサクラを見ておきなさい」
「……また不穏なことを言ってくれる……」
二人を見送るローザは、天窓から空を見上げて呟く。
「……変なものを“召喚”するんじゃないわよ……エドガー」
残念ながら、ローザの不安は的中してしまう。
――新たな異世界人と言う、来訪者の“召喚”で。




