92話【四日目~サクラの心境~】
誤字修正しました。
◇四日目~サクラの心境~◇
昨日の話し合いの後半は、もう何が何だか分からないまま過ぎて行っていた。
あたしがローザさんの代わりに戦いに出なければならない。
会話の途中でそう気づいて、何も考えられなくなった。
そしていつの間にか王女様達は帰っていて、あたしは大浴場の湯船に沈んでた。らしい。
【忍者】とメイリンさんが見つけてくれなかったら、死んでたかもしない。
気が付いた時には、全裸でベッドに寝てた。
丁寧にシーツは掛けられていたけど、普通そのままにする?
どうせ【忍者】が、「大丈夫だろう」とか言ったんでしょ。
あのメイリンさんが、年頃の乙女を全裸で放置するわけないもん。
多分、多分ね。
そして今、あたしは食堂にいる。
流石にお腹が空いて、こうして硬いパンを食べているわけだけど。
「……ど、どうしたの……?エド君」
目の前で、あたしの“契約者”である同い年の少年が、ものすご~くにこやかに笑ってる。
もうなんか――怖いくらい。
「いや……サクヤがさ、サクラが元気がないから……って」
あの【忍者】――余計なことを。後で電撃浴びせたるっ。
でも、エド君に心配されるのは――その、悪くない。
やけに心配されてる気もするけど――って、なんか近くない!?
いつの間にか隣に座るエド君は、あたしの顔を覗き込む感じで近くにいて。
ああ、ドキドキする。【日本】にいた頃も、男の子とこんなに近づいたことなんてなかったのに。
「な、なにエド君……近いよ、ちょっとキモイ」
(ああ!ごめんエド君……思ってもない事を……いや、近すぎなのはちょっとキモかったけど)
顔を赤くし、あたしは席を立つ。
何故かエド君も同じく立って。
「そ、そっか……あ!そうだサクラ!何かしてほしい事とかない?……なんでもいいよ?なんでも」
いきなりどうしたのだろう。
エド君が変なおっさんみたいなこと言いだして、何か本当に怖く感じるんだけど。
「――な、ないよ。あたし、行くね」
あたしは逃げる様にエド君から離れて部屋に戻った。
閉められた扉は、多分思いっきり閉めたせいで、大きな音を鳴らしたと思う。
「はぁ~~。何やってんだろ、あたし……」
ここは異世界【リバース】。
【日本】じゃない。戦いなんて知らないし、ましてや人が、自分が死ぬかもしれないなんて、考えたこともなかった。
でも、折角友達になった女の子が、無理矢理結婚させられて。しかも相手がアレな男ときたら、そりゃあ止めたいと思うよ。
だけどさ、あたしは身体能力が特別高いわけでもなければ、《魔法》が使える訳でもないんだよ?数合わせで戦ったとしても、絶対に足を引っ張る事確定。
「確かに、ここに来ることを決めたのはあたしだけどさぁ……」
ベッドに寝転んで、考える。
現実に嫌気がさして、異世界に逃亡してきたあたしは、たぶん卑怯者なんだろう。
でも、誰だって簡単に死にたくはないだろうし、かと言って、あたしは誰かを傷つける勇気もない。
「ああ~!どうしようどうしようどうしようっ!――痛っっったぁ!!」
ベッドの上でジタバタ手足を暴れさせて、ヘッドボードに手をぶつけた。
「……はぁ~」
痛みを耐えて、気分転換にあたしは廊下に出る。
一階に下り、ロビーから厨房に向かって水を飲もうかと思ったのだが。
そこにある窓から【忍者】の声が聞こえて、自然と耳を澄ましていた。
◇
厨房の裏側にあたる、庭の広い空間で、サクヤはローザの《魔法》を見せてもらっていた。
「これが《魔法》か……確かに凄い。が、対処法はいくらでもあるのではないか……?」
ボゥッ――と、右手の炎を消し去りローザは言う。
「その通りよ。今のだって、対処は簡単……だけどね、戦場ではそんなに冷静ではいられないのよ。大体が戸惑って、混乱して……考えが及ぶ前に殺される。経験が浅いものほど、これに陥るわね」
「……であろうな。距離を取ろうとすれば燃やされて、近づけば斬られる。さぞ斬ってきたのであろう?」
「――まぁね。戦争が多い国だったから……特にね」
サクヤは、座っている切り株から足を投げ出し上を向いて呟く。
「わたしからしたら羨ましい話だな……わたしのいた国も戦時中であったよ……でも、わたしは戦に出たことがない。なまじ知識はあるのだが、実戦は全然だからな」
ローザはもう一度炎を出し、それを剣の形に整えると、サクヤに渡す。
「それであの【大骨蜥蜴】と戦えたのなら、大したものだと思うわよ……――これで、どうかしら?」
「で、あるか?……――これは?随分と短いが……」
サクヤが受け取った剣は、刃渡り50センツ(cm)の短めの剣だった。
ローザが使うにしては、リーチが足りない気もするが。
「これはまた……綺麗な刀身だな。何か、不思議な……」
真っ赤に煌めく刀身は不可思議な熱を放ち、持ち主に暖かさをくれている。
峰は無く、所謂西洋剣であり、サクヤからすれば使いにくいかもしれない。
サクヤは、腰から小太刀を抜き、見比べる。
「う~む。職人が手打ちで造るのと……遜色ないな、見事だ!」
むむむ、と目を細めて小太刀を見比べる。
サクヤは鍛冶職人と、ローザが魔力で造った剣を比べていた。
時間を掛けて作られる一品と、魔力を以って一瞬で造られた剣は、全く遜色のない作りをしており。
むしろローザが魔力を籠めている分、性能がいいだろうと思わせる。
「で、どう?……あの子が使うにしては、まだ長いかしら」
サクヤはローザに剣を返し。
「いや、丁度よいかもしれない……?長すぎては扱えないであろうし、短すぎても困るであろうしなぁ……落としどころとしては、妥当だと思うが……――ふはっ」
サクヤはついつい、長い剣に振り回される少女を想像して笑う。
「――なに?どうかしたの?」
「いやなに。あ奴が長い刀に振り回される姿が浮かんでな……見事に転びおったのだ、それが可笑しくてな」
「……そういうものかしらね。私には分からないわ」
笑うサクヤを、ローザは微笑ましく見る。
ローザにとっての武器は、敵を倒せるかどうか、それ一点だけで、安全性や利便性は求めていなかった。
自分の使う【消えない種火】が造り出す剣は、機能性などは度外視で造られていて、敵をたたき伏せる為なら、何でもよかった。
サクヤに「あ奴の為に剣を作ってほしい」と言われた時、エドガーに渡した剣を初めは造ろうとしたが、事前に却下された。
先ほどからも、実は何度も造っていたのだが。
今回の、剣としては短くナイフとしては長いこの剣がピッタリだと依頼者は言う。
「ああ。これでいこう……当日はこれを頼む……本当は……戦わせたくなどないが……」
「了解よ……でも、貴女も心配性ね……まるでお姉さんだわ」
ローザは剣を消滅させ、感謝するように右手の《石》を撫でる。
「――!……し、仕方がなかろう。死なれても目覚めが悪いしな!それだけだぞっ」
「……はいはい」
ほんのりと頬を染め、そっぽを向くサクヤは。
まるで危なっかしい妹を心配する――お姉ちゃんのようだった。
◇
厨房でしゃがみ込み。自身の身体を抱き寄せる。
膝を抱える腕には力が込められ、外から聞こえてきた会話の内容が、自分の事だと直ぐに理解できた。
「……」
サクヤとローザが、意外にも心配してくれていた。
しかも、サクヤは自分のためにローザに頼み事までしてくれていた。
それでも――怖い。
死への恐怖はそう簡単に拭えず、自分が殺されるかもしれないビジョンが何度も浮かび上がる。
『……死ねばいいのに』
『死ねば?』
『死んでくれないかな……』
『死ねよ』
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
「……っ!」
頭を膝に打ち付けて、ギュッと身体を抱きしめる。
元の世界で受けた、思い出したくない事を、鮮明に脳裏に浮かべてしまう。
ローザとサクヤの言葉を受けても、サクラの心には《死》と言うものが、こびり付いて離れてくれなかった。




