91話【覆す為の条件】
◇覆す為の条件◇
大きな麻袋から、酸素を求める魚のように出てきた金髪の男。
セイドリック・シュダイハ。
【貴族街第四区画】を統治する貴族子爵の息子であり、今回エミリアの結婚相手として元・大臣、ジュアン・ジョン・デフィエルに選ばれた人間。
少し小太りの、勘違い野郎。(サクラの見解)
「――むごぉ!むごごぉっ!?」
口には布地を噛まされ、麻袋の中にいたにも関わらず目隠しもされていた。
エドガーは「貴方はっ!?」と言っていたが、本当に分かったのだろうか。
「えっと……セイドリック・シュダイハ……さん?」
「エド君、分かってなかったんだね……」
「むごぉぉ」と何かを喚いているが、首につけられた縄を、メイド服姿のノエルディアがグイっ!と引っ張る。
「ふんぐぅっ!……」
首に縄が食い込み、一気に黙り込むセイドリック。顔は真っ青だ。
「そう。静かにしていなさい……この愚図がっ……」
ストレスが相当溜まっているのだろうノエルディアは、セイドリックを家畜を見るような視線で黙らせる。
その筋の人が見たら、大変喜びそうな視線を添えて。
「ノエル……一応彼は貴族だから、控えめにね」
オーデインも迷惑をかけられた借りがあるからか、ノエルディアを止めようとはせず「ボディにしなさい」と、不穏なことを言っていた。
「「……」」
「どうしてその屑がここに……?私達への手土産だって言うのなら、直ぐにでもありがたく焼却するけれど……?」
エドガーとサクラは、この状況に何を言おうかと思案していたが、ローザは怒りが優先したのかド直球を口にし、本当に生ゴミを見る目でセイドリックを見下していた。
「ぬふううぅぅぅぅっ!!――んがおぅ!」
ローザの威圧を戦場で一度受けているセイドリックは。
ローザの声が聞こえた瞬間それを思い出したのか、身震いを加速させて逃げようとする。が、ノエルディアに首の縄を引っ張られてすっ転んだ。
「黙れと言ったでしょう!」
静かにしていなさい。とは言ったが――ああ、足蹴りまでしている。
「……ははは……すみません」
「ローザさん……いきなりそれはないよ……」
エドガーは王女に平謝りし、サクラは頭を抱えていた。
「そうだったわね……いくら本当の事でも。言い過ぎ……てはないと思うのだけれど。私は間違っていないでしょう……?」
「そ……そうだけどさぁ……」
あくまでも非ではないと言うローザ。
そんなローザやサクラのやり取りを見て王女は。
「ぷっ。はははははははははははっはぁ、はぁ、お、お腹が……流石に言い過ぎだぞ……ロザリーム殿。まぁ――貴殿のお立場から考えれば、それもそうなのであろうがな……」
「「「……」」」
ローマリアの言葉には、何か色々なことが含まれているようにも感じられたが、気付いたのはローザ本人だけだった。
「いやしかし……はははっ……あはは。あ~笑った……しかしだな、この屑を……おっと。このセイドリック・シュダイハを連れてきたのは、エミリアの婚姻に関係があるからに他ならないのだ……ノエルディア」
「……はい」
そう言われて、ノエルディアはセイドリックに噛ませていた口布を外す。
「ぶはっ……で、殿下!な、何卒弁明を!!」
セイドリックは、口が自由になった瞬間に声を上げ、ローマリアに謝意を示す。
目隠しはまだされているのに、よく位置が分かったものだ。
「ほう……だがな……シュダイハ子爵子よ――誰が口を開いていいと言った……?」
セイドリックを睥睨するローマリアの目には、明らかにエドガー達に対する感情とは別のものがあった。
「――いひぃっ!も、申し訳ございませんっ!何卒、何卒お許しください!!」
目隠しをされ、手も足も拘束されているのにも拘らず、器用に土下座するセイドリックは、それはもう滑稽だった。
「……さて、ロザリーム・シャル・ブラストリア殿……貴女が、ここのエミリア・ロヴァルトと好意の関係だというのは。あの戦いでよく分かったわ。その原動力が、そこのエドガーだという事もね……」
ローザは目を瞑り、王女の話をジッと聞いている。
「……そこで。エミリアの結婚を無効にする方法を私も考えた……それはもう一晩中考えた」
拳をテーブルに叩き付け、涙を拭う仕草をする。
「……で、殿下」
「アピール下手ですねぇ」
二人の【聖騎士】の主の演技評価は豪く低評価だった。
「う、五月蠅いわねっ!……とにかくよ、結婚を破談にさせる方法を、一晩中考えたのは事実。その案を聞いてほしいのよ、あなた達に……」
ローマリアが言った「あなた達」の中に、エドガーも含まれているのだろう。
王女と目が合った。
「それは分かったわ……でも、その条件にもよるわね。くだらない条件なら、私が暴れた方が早い……」
「――!……そうで、しょうね……」
一瞬だけ発せられた超絶な威圧に、オーデインとノエルディアは身構えて、ローマリアを庇うように手を出す。
ローマリアも、気さくな話し方を忘れて王女の口調に戻る。
(副団長……マジでやばいですってこの人……!)
(分かってるよ、だから殿下が自ら来ているんじゃないか)
小声で話し合う【聖騎士】二人に、王女は。
「ええい、退きなさい二人共……!」
両脇の二人を、両手で追いやる。
二人の【聖騎士】は仕方がなく元に戻るが、気は張ったままだろう。
「そう威圧せずとも大丈夫なはずよ。エミリアが了承しているという利点もあるわ」
「……へぇ」
ローザはエミリアを見る。
そのエミリアは、ローザの視線に頷き言葉を述べる。
「……うん。私も今朝聞いた話だけど、私はそれが一番だと思うんだ……可能性って言うか、なんていうか。これが最善で、自分の未来のためになると思う……だから協力して欲しい。エドにも、ローザ達にも……」
エミリアは席を立ち、未だローザに怯えるセイドリックを見て。
「セイドリックさん……私は、貴殿に決闘を申し込みます……私が勝ったら、婚約の話は破談にしてほしいと思ってます……もし負けたら――潔く嫁ぎます」
「――決闘!?エミリアと……その人が!?」
何があっても協力はするつもりでいたエドガーだが、決闘には驚いた。
「……」
そんな決闘を挑まれたセイドリックは、ローマリアとノエルディアに視線を彷徨わせている。喋っていいかを聞きたいのだろう。
「ああ。よし」
(……犬じゃないんだから!)
ノエルディアがセイドリックに喋る許可を出す仕草が、完全にペットを扱うご主人様のようで、サクラは心の中でツッコむ。
「ああエミリア!ほ、本当に結婚してくれるんだねっ!?――ああ!嬉しいよっ」
セイドリックは壁に向かって喋る。
「……私はこっちですけど……」
真剣な空気を壊すセイドリックに、エミリアは呆れる。
「……はぁ……ノエルディア。目隠しを取ってやりなさい」
雰囲気がぶち壊しの中、ローマリアはノエルディアに指示する。
「……はい――ふんっ!」
ノエルディアはセイドリックの目隠しを後頭部から思いッきり外す。
その際髪の毛を一緒に巻き込んでいたのか、ブチブチっ!!となって、セイドリックは悶絶していた。
「ぐっっ!!……あ、エミリア!そこにいたんだね!」
痛みにめげずに、涙目でエミリアを見据えるセイドリック。
「聞いていましたよね……?セイドリックさん……決闘を――」
「ああっ!勿論だよ!受ける、受けるとも!……日取りはいつだい!?今、今かな!?」
どこまでもエミリアを気に入ったのか、興奮して芋虫の様に這いつくばりながらエミリアに近づこうとするが、ノエルディアに止められた。
「喋る。見るは許可したが、誰が近づいていいって言った!おらぁ!?」
「――むおぉぉぉっ!エミリアぁぁぁ!」
セイドリックを見るエミリアの目は、半分死んでいた。
こんな男に嫁ぐ可能性があることに対し、本当に絶望していたのだろう。
だがそれと同時に、自分の運命を変えられるかもしれないと聞かされて、やる気も満ちているようだ。
「……それは理解したわ……協力もする。でもエミリア、私達は何を手伝えばいいのかしら?」
テーブルに両手を乗せ、手を組ませるローザ。
どこかの指揮官のようだった。
「……うん。それはね――」
「待った。それは私から説明するわ」
「……殿下……」
エミリアの言葉を遮り、ローマリアが言を発する。
「……決闘の案を出したのは私よ。何とか姉上の許可も得ることができた……王女である私が直接、王家の印を使って上書きする勅令になるわ……つまり」
「――つまり。条件が多いのね」
同じ王女だからか、ローマリアの言いたいことを直ぐに理解したローザ。
「印を重ねて出して、結婚の書簡の効果を塗りつぶすつもりなのでしょう……けれど、それには条件がいくつも発生する……ま、公式な決闘になるという事ね……」
「……その通り、流石ロザリーム殿……印にも詳しいのですね」
頬から汗を垂らし、ローザの視線を流さず受けるローマリア。
「条件は、私が出す催し物として出すこと。それで結婚を賭けた決闘をしてもらう……場所は、騎士学校【ナイトハート】。時間は、本来の婚姻が予定されていた日……四日後です」
「が、学校……」
エドガーは呟く。
「どうかしたの?エド君……」
「あ、いや……何でもないよ」
少し挙動不審なエドガーを差し置き、ローマリアは続ける。
「姉上から出された条件は三つ。一つは観客を入れる事、二つは団体戦とする事……三つ目は、エミリア側が負けた場合、即座に婚姻式を行う。これだけは王族のメンツを保つ為の物ね……情けない話になるけど、これが取り付けた内容よ」
一度出したものを取り下げる訳だ。それはメンツもそうだろう。
それを帳消しにする為、決闘は許可するが婚姻式も即座にしろ、ということだ。
「……即座に……」
「負けたら、お終いなんだ……」
エドガーとサクラは負けた場合の事を考えてしまっているのか、どうも覇気がない。
ただ一人、ローザは別だった
「……団体戦という事は、エミリアを含めた三人か五人が妥当ね……それ以上の人数は、こちら側が不利になる」
「ええ。五人がいいと思っているわ……【聖騎士】は出られないけど」
ローマリア王女は頷く。
【聖騎士】は出られないという事は、王女は味方できないという事だ。
それを踏まえての五人――エミリア、アルベール、ローザ、サクヤ、エドガーが出ればいいという事だろう。
「だが……条件はまだあるの。これは三つの条件とは別口なのだけど……双方の側から一つずつルールを出す、と言うものよ……」
ローマリアはエミリアに視線を移し、促す。
「はい。殿下……私は、“魔道具”の使用許可を求めます」
本来、この国の決闘と言うのは、力と力、技と技を競い合い勝敗を決めるものだ。
血生臭い殺し合いではない。
しかも、《魔法》や“魔道具”には疎い国柄なため、原始的な戦いが主流だった。
「ええ。それは許可しましょう。だけど、調達は自分達でするのよ……?」
「はい!ありがとうございます!!」
エミリアは胸に手を当てて敬礼する。
「……ではシュダイハ子爵子……そちら側はどうする?」
どうやら待ちわびていたらしいセイドリックは、縛られている手足を器用に使い、どうにかして立ち上がると、決め顔で言う。
「では王女殿下!……私は、そこの赤髪の女!その女の参戦を禁止とさせて戴きたい!!」
「――なっ!?」
「くっ……」
エドガーは驚き、エミリアは歯嚙む。
王女達は無言だが、恐らく想定はしていたのだろう。
「それくらいはさせて戴きたいですね……彼女が出てきたら、私の一敗は確定だ……それはそちらが有利過ぎと言うものではありませんか?」
「……一理ある……どうか?ロザリーム殿……」
席に着いたまま、ローマリアはローザに顔だけを向けて問う。
相変わらず手を組んだままのローザだが、返答する。
「――構わないわ。私は出ない……そうしないと、決闘なんてしないって言い出すのでしょう?」
「クフフっ……そうだね。まぁ、最初から決闘なんてしてやる義理はないけどさ、王女殿下の催し物と言われれば仕方がない……出てやるさ。ただし、やはり君の参加は認めない!」
「いや、ちょっと……」
エドガーは何かを言いたそうに前に出るが、ローザに制される。
「大丈夫よ……勝てばいいのだから」
「……ローザ」
(……そうじゃないんだよ、ローザ……そうじゃないんだっ)
エドガーの不安は、ローザが出られない事ではない。
ローザが出られないという事は、もう一枠「サクラが出るしかない」という事なのだ。
エドガーは、サクラを視界にいれる。
やはりサクラも気付いている。ローザの代わりが、自分だけだという事に。
顔を真っ青にし、身体を震わせるサクラは、死を賭けた戦いが自分に迫っていることを自覚して、もう何も考えられなかった。




