この町の空
この町は嫌いだ。
久しぶり。3ヵ月ぶりだね。
3ヵ月間どこ行ってたのかって話もしたいんだけど、今日はまずその前に。
紹介したいんだ。こいつが、私の相棒。改めてって感じだけどさ。ようやく名前が付いたんだ。ソウっていうんだよ。君は嫌かな、この名前。私は結構しっくりきてて好きなんだけど。
こいつに名前がついたのは旅の途中。ふと思い当たってさ。やっぱりこの名前じゃなくちゃいけないかなって思ったんだ。とうぜんだけど、それまではただのスカイランナーだった。でも相棒には名前が欲しいかなって、思ってさ。
あ、ちょっと脱線するけど、「スカイランナー」って単語、一般的じゃないのかな?「空飛ぶバイク」とかそんな名前なのかな?さっきこの名前で調べたら商品としてヒットしなかったんだよね。正式名称は一体なんなんだろう?まぁ、別にどうでもいいことだけど。
にしても、こうやって話してると思い出すなぁ、こいつを手に入れて君に見せた日のこと。実は一番最初に見せた相手が君だったんだよ?こいつのことは君に一番に自慢したかったんだ。この色、すごくきれいでしょ?って。それに対して君は適当にうなずいただけだった。あれ、実はちょっと悔しかった。もうちょっとはなんかあるかなって期待してたのにさ。
相棒はちょっと重いのと整備をちょくちょくやらなきゃいけないのが難点だけど、エンジン音は静かだし、ギアも固まらずすんなり変えられるから気に入ってるよ。速度も結構出せるし燃費もいい。そして実はハイブリッドなんだ。自分の使った燃料で電気を作ってそいつで走行できる。すごくない?だからオプションでつけたって言った排ガスフィルターも排液タンクも実はそんなに清掃しないですんでるんだ。なにより小遣い程度の額で燃料を補給できるってのは、金のない私にしたら最高の相棒ってわけさ。
でもまぁ、そんなこいつとでもこの町は走りたくないね。
この町のこと、君は好き?比較対象がないから分からないか。私は嫌いだ。
スカイランナーで走るとさ、ビルが視界を遮るようにいくつも建ってるじゃんか。エアドライブはうるさい音をがなり立てながら空を我が物顔で飛んで行くし。ついでに、空路がまだ法的に整備され終わってないってのにままならない交通法だけを引っさげた信号兼監視ロボットがルールを順守させようと躍起になってる。そのせいでスカイランナーはビルとエアドライブとロボットの間で窮屈な思いして走らなきゃいけない。嫌な町さ。
でも、スカイランナーで空を走るようになる前からこの町は嫌いだったよ。
この町、臭いじゃん。なんせ上からも横からも排気ガスが撒き散らされてるんだからね。酷いとエアドライブの排液が雨みたいに降ってくる。やけに交通量の多いとこじゃひっきりなしにクラクションやら警告音が鳴りまくって、夜になれば道が昼間より明るく照らされて眠れやしない。道路じゃないところを走りやがる法律違反共やら暴走族がいたる所の空とか窓を照らして睡眠妨害。家の傍でエアドライブが取締ロボットとチェイスしてるのを見たときなんて、突っ込まれやしないかって冷や冷やした。
車の交通量の多い道にはガラス屋根やらプラスチックの屋根が歩道の上にたくさんあるじゃん?で、作られた当初は透明だったやつとか、今じゃ見れたもんじゃないよね。気付けばどれも真っ黒に汚れて電気は昼でも点きっぱなし。毎日排液除けの帽子を被って、排気ガス除けのマスクを付けなきゃいけない日々。それでいて一番叩かれるべきエアドライブはまだまだ法的にほったらかされてる始末。
スカイランナー乗りからすれば、スカイランナーは危険とか邪魔とか言い出す浅はかなエアドライブ乗りになおさら嫌気がさす。先にできたのはスカイランナーなのにさ。でも正直、エアドライブが生まれた以上はスカイランナーを保護するような法律ができなきゃ、こういう町でスカイランナーに安心して乗れる日は来ないだろうね。
静けさとは無縁の町、眠りとは無縁の町、それでいて人々はすれ違っても挨拶すらしない孤独ばかりが巣食う町。それを当たり前だと言って現状に見向きもしない町。今の私はそんなこの町の常識ってのが大嫌いさ。でも元から空の見れないこの町が大嫌いだった。
君はしょっちゅう、私が空を見上げようとすると私の帽子のつばを上から押して見させないようにしてきやがったよね。その度に空が好きだって話したっけ。晴れた日の青空が好きだって話は君の耳にタコができるほど話した覚えがある。でも実は、それだけじゃないんだよ。
雨の白い線を映す灰色の雲の色も好きなんだ。台風の後に風が雲をさらっていく姿も好きだし、なんでもない日にぽわっと浮かんでいる雲も好き。晴れた日の夜空の深さは安心感があって好きだし、雲が陰ってさえぎった光が雲の割れ目から漏れだす様子も好き。月のない夜に描き出される星も好きだ。でも実はね、一番好きなのはオレンジ色に染め上げられた夕方の空なんだ。知らなかったでしょ?
私はね、ずっと空を見たかったんだ。きれいな空を見たかった。なのにこの町は空が見えない。見上げた空はエアドライブの車体が隠すし、酷いところじゃ屋根が空を阻む。排液が目に入れば一大事だからって君がエアドライブのいるところで私の帽子を押し下げてたのは知ってたけどさ、それでも好きな時に空を見上げられないってのが私には歯がゆかったんだ。でもさ、気づいてもいたよ。この町はどこへ行ってもビル、ビル、ビル。四角く切り取られた空じゃいくら見上げても息苦しいだけだって。え、なんでそれでも空を見上げてたのかって?多分、癖。空が見たすぎて、癖が付いちゃったんだ。でも見上げても見上げても本当に見たい空は見えない。だから遠くへ行こうって決めたんだ。
それがざっくり1年前。でもバイクや自動車は自由じゃない気がしたんだ。自動車はお金がかかる。エアドライブは嫌い。だから私は消去法でスカイランナーを選んだ。
それを決めてからは一生懸命調べ物してさ、色んな店を探して、色んな情報を得て、欲しい型を探して。そうしてようやく、私はこの型を見つけた。
店員さんとたくさん話して仲良くなって、購入を決意したのが半年前。整備を教わるために何度も足しげく通った3ヵ月間。ようやく納品になって、こいつを手に入れてなおも整備を教わる1ヵ月。そうしてこうして、大体の修理も整備もできるようになった頃、親と大喧嘩して家を飛び出した。理由は、なんだったっけ。クソくだらなかった気がするな。その話は君にも伝わってたんだってね。ご迷惑をおかけしました。
私は家出してから今日までの3ヵ月間をこいつとずっと一緒に過ごしていた。初めての遠出、家出のくせにわくわくしてさ、もう家に帰らなくていいかなって思えたほどだった。私は毎日空を見上げて過ごしてたよ。聞いてよ、他の町ではやっぱり廃液除けの帽子なんて誰も被ってなかったんだ!排気ガス除けのマスクだって要らなかった!廃液除けの屋根なんてどこにもなかったんだ!それに、私が見たかった以上の素敵な空があったんだ!
でも逆に、スカイランナーのことを知らない人が結構いてさ。スカイランナーが普通の給油所で給油できて本当によかったよ。じゃなかったらどっかでこいつを手放さなきゃいけないことになってたもん。
旅の朝ってのは結構自由なんだけどね、私の場合、寒さで目を覚ますことが多かった。でもね、冷えてるはずなのに空気はじんわり暖かいんだよ。だから動けないって程じゃないんだ。私は朝のストレッチしてから、すぐこいつに跳び乗って東の空に向けて走る。これが最高なんだ!視界にずっと広がる木々や農村や荒れ地の先に、薄らぼんやりと山だか雲だかが淡い青とも紫とも言えない色で地平線を埋め尽くしていて、その先から太陽が強く光を放って現れるんだよ!空が白とも青とも言えない澄んだ色で夜の深い青を打ち消していく、そうして新しい日の幕開けを飾るんだ!そうしてぶ厚いカーテンから差し込む光みたいに、新しい日を祝う光が西へと広がっていくんだよ!
そんな朝は、いつも嬉しくなっちゃうんだ。そして好きな所へこいつと一緒に走り出す。私は好きなところでご飯を食べて、好きなところで休憩して、好きなところで寝た。ソウは乗り心地もいいんだ。椅子が柔らかくて、ずっと座ってても痛くないんだ。だから見たい景色の方にソウを走らせてずっと進むこともできるんだ。青空の下をなんのストレスも無く走るのって、とっても気持ち良いことでさ。それに行先も決めてないからさ、風が吹いたら風下に向けて走ったっけなぁ。おかげでしばらくは延々と西へ走り続けて、海が見えたあたりでやばいって南に進路を変えたんだ。こいつももはや懐かしい思い出かな。
あ、でもこの旅で私、雨がちょっと嫌いになったよ。体力を持ってかれるからね。でも日長一日、ずっと木の下で雨宿りして透明な雨粒を眺めたのはなんだかんだ言って楽しかった。さすがに腹減ったってことで近くの町に出たら知らないおばあちゃんに「びしょ濡れで、まぁまぁ!」なんて言われて。おかげでご飯にありつけた、なんて、君じゃなきゃ口が裂けても言えない話だね。
ちなみに、食費はケチりにケチってた。タダ飯が食える日には死ぬ気で食ったよ。もちろん、どれもこれもこいつのガソリン代のためさ。そのために何度食べたいものを我慢したことか。でも美味しい物を食べるより空を見る方が私にとっちゃ大事だったからさ、それでよかったんだ。
田舎の空は気持ちよかったよ。特に盆地。風のない町を走り抜けた感覚は忘れられない。谷の上を走り抜けた時の爽快感も忘れられないな。丁度川があって、その上を低空飛行で走り抜けたんだ。飛沫が気持ちのいい、流れの激しい川だったよ。前から小さい舟が激流下りしてるのが見えた時は慌てて高度上げたっけな。
夜空を彩る満天の星を見た日には、驚きすぎて言葉を失ったよ。プラネタリウムでも教科書でもテレビなんかでも空にはたくさんの星があるってことは教わってたから知ってたけど、私はどうしても満天の星空ってのを信じられなかった。だって、あんなにはっきり星が見えるわけがないじゃんか、この町では。だからずっと偽物だと思ってた。でも本当の星空を見て、あれらが嘘じゃなかったことと、別の意味で偽物だったってことを私は感動と一緒に理解したよ。みんなして本の絵図とパソコンの情報ばっかりに目をやってるからさ、本物の色も大きさもわかってないんだ。星空は天球儀の情報なんかとはまるで違ったよ。地学の教科書なんて大嘘つきになるぐらいだ。星空ってのはもっと幻想的で、神秘的なんだ。聞いてよ、星って本当に瞬いてるんだよ!それにね、瞬くたびに色が変わるんだ!知ってた?知らなかったでしょ?だってこんなこと、親も先生も偉い学者ですら本当のことを知りやしないんだからね。
でもやっぱり、旅の中で一番きれいだと思えたのは夕陽の迫る空だったなぁ。
その日、私は東に向けて走ってたんだ。夜も近かったから焦り始めててさ。ちょうど山が影になっていたのもあって夕焼けなんて全然見えていなかったし気づきもしていなかったんだ。
背中がやけにあったかないなって、そう思ってふり返ったんだ。そしたらね、驚いた!空が紅かったんだ!知ってる?空って紅くなるんだよ!オレンジだと思ったでしょ?私も初めて知ったんだ、空が紅くなるってこと!
それは徐々に徐々に濃さを増して行って、私は目が離せなかった。ハッとして南北に目を向けるとね、夜の闇がじわじわと頭上を隠し始めていた。でもそれにしてもその赤は強くて、明るく強い赤から夜闇の迫る暗く青までの色調を全部その一目に押し込んで溢れさせていたんだ!あの空を、君にも見せたかった。
そんな中を速度を上げて走ったり、高度を上げて見るのは本当に田舎ならではだった。なんせ、どんな高度で走ってもどんなに速度を上げても怒って切符を切ってくるドローンなんていないからね。そもそも田舎は車と自転車で事足りるからスカイランナーもエアドライブも需要がないってされてるんだって。だから、スカイランナーに課せられた法を誰も知らなかった。つまり、空が私の独壇場なんだ!それに、あの真っ黒な天井はどこにもないからどこにでも降りられるし、どこからでも空が見れるんだよ!しかもどの建物も背が低いから、空がとっても広いんだ!
でもその感動をその町の人たちに伝えたら、は?って顔をされたよ。むしろ、都会はこいつみたいな機械であふれているって言ったら目をキラキラさせた人たちすらいた。
この町がうらやましい、なんて言ったら返ってきたのはなんで?って言葉さ。酷いよね。空が広いから、って返したら盛大に笑われた。私は、そんなに変かな?って聞いたよ。そしたらなんて返って来たと思う?「空が広い?当たり前じゃん。」だって。彼らにとって広い空は当たり前だったんだ。
でも、君にはわかるだろ?この凄さ。君は知らないだろ?空ってのが本当に広いってこと。知識として知ってても理解としては知らないでしょ?四角で囲まれて地平線を奪われた空じゃ、空の広さどころか本当の朝焼けだって見られないんだから。新しい朝の光も、あふれかえった白や黄色も、濁ることなく澄み渡った青も、頭の一点にしか広がっていない狭い空じゃ見られやしないんだから。
他のスカイランナーやエアドライブが行き交って、車や電車用の立体道路に阻まれて、ガラスや屋根に隠されて見えない空がどんな色をしているのかだって、君は知らないだろ?澄んだ青色だったり、くすんだ灰色だったり、ぽあぽあした雲を浮かべた群青色だったり。空が短い時間でも色を変えていることだって君は知らないだろ?
街灯や信号やエアドライブや車の光がスポットライトみたいに町中の地面に反射して空を照らして、空には空路統制のドローンが年中無休で休みなくチカチカ光ってどこかのビルはずっと明かりをつけたまま。そんな夜空がいかに虚しいか、空虚か、君は知らないはずだ。この町の夜空は今の私には空のペットボトルに水を求めるのにも似た悲しさを覚える。君にはわかんないだろうなぁ、だって君はまだ、本当の星空を知らないんだから。
だから、君に空を見てほしかった。
この町は嫌いだ。空を見ることができないから。上を見上げれば空を覆い尽くすエアドライブに蛇行を繰り返すスカイランナー、交通整理を行うドローンに高速道路や新幹線の線路、廃液除けの屋根たち。頭の上にも屋根をつけて、運が悪いと排液が顔に落ちてくる。排気ガスで汚れた空気をあまり吸うのはよくないと言って、道では誰も彼もが必要最低限しかしゃべらない。挨拶は俯いた手の中にある携帯で行うばかり。室内に入らない限り誰も口でしゃべろうとしない。時間を手元の端末で確認して、電子カレンダーで誕生日を共有して文字で祝い合うだけ。娯楽も感情も言葉も思いもみんなみんな、手のひらサイズの機械の中。
君はいつも、私が話しかけても端末で返事をしてきたよね。でも毎度、「口を開いてしゃべるなんて非常識」だとか言って会話を切られた。実はあれ、悔しくて仕方なかった。学校では普通にしゃべってくれるのにさ、空の下じゃ君と言葉でしゃべることはできない。それがどんだけ嫌な思い出だったと思ってるんだ?もう、いい思い出になっちゃったのがなおさら悔しくて仕方ないってのに。
この町の人たちってさ、君も含めて、どんな天気も嫌いだよね。太陽が照って暑いのも嫌い、雨が降って排液が広がって足元を汚すのも嫌い、排気ガスを吸って黄色くなった雪が家や車にべとべと張り付いて見てくれを悪くするのも嫌い、雷で機械が壊れるなんて本当に嫌い。でもそれが全部自分たちのせいなんだってことに、この町の人たちは気づいてない。私はそんなこの町が嫌いだった。隣で携帯ばかりに目を落として目すら合わせてくれない君を見るたびに、何度すべての電波が狂ってしまえと思ったかわからないぐらいに。
ただ、それがこの町の普通だってことぐらい、私だって知っている。この町で私も生きていたんだ。みんなのそういう気持ちも理解できる。
でもね、私は今日、もっとこの町が嫌いになったよ。この町の空が、とっても汚いってことに気付いたんだ。このことは私ですら初めて知った。だからきっとこの町の誰も彼も、君だって知らないんだろうね。この町の空がかなり白いってことなんて。よく見たら、若干黄色いってことなんて。気づいてた?やっぱり気づいてないだろうな、だって君はこの町から出たことないんだから。本当の空の色なんて知らないんだから。私は知っちゃったよ、それが全部、排気ガスの色だってことをね。
だからようやく、君が私に「しゃべるな」って言った理由がわかったんだ。この町の空の色を知って、さっき調べて理解した。君は何年も前から知ってたんだよね、この町の空気は排気ガスで汚れているってこと。排気ガスに含まれる有害物質は空気と結合してもっとよくない物質に変わって体に悪影響を及ぼすってこと。余計な会話をすれば私の肺にその有害物質が溜まっちゃうってこと。
君は頭がよかった。でも私は頭が悪い。だからきっと君の指先から伝えられる言葉じゃ私はこの状況を理解できなかっただろうね。する努力もしなかったと思う。だから全部君にどういう意味って食いついて、結局君に話しかけるのをやめなかったと思う。君にはわかってたんだろうね。だから結局あんな風にして会話を切ることで私を守ろうとしてくれていたこと。今さらになっちゃったけど、謝らせてよ。本当にごめん。もう二度と、この話が終わったら、この町では室内以外でしゃべったりなんてしないよ。約束するよ。
空ってさ、伝えたいことを色で表すんだ。誰にだってわかるように伝えようとするんだ。素直なんだよ、すごくすごく。泣きたいときに泣いて笑いたいときに笑う。私たちの行いが良くないと思ったらくすんだ色になって教えてくれる。私たちがスカイランナーやエアドライブや車やバイクなんかで輩出した毒を、私たちをそっくり写した色で映し出してくれるんだ。鏡みたいに。でも、そんな風に教えてくれる空のことをこの町の人たちは誰も見ない。汚いところをそのまま反映する空をこの町の人たちは嫌う。自分の汚い見てくれから目をそらすみたいにこの町の人たちは空を見上げない。でも君は違うだろ?だから私は君に空を見せたかった。
この町は嫌いだ。ソウと走っても全然楽しくないし、規制は厳しい。エアドライブには相変わらず轢かれそうになるし、空は見えない。だけど君がいるこの町に戻らないなんて考えられなかった。だから戻って来たんだ。君を連れて行こうと思ったんだ。そうしたらこの町に戻ってくる必要はなくなるから。
だからもう、この町に戻ってくる必要はなくなった。
バカヤロウ、君が乗っていた相棒、グッチャグチャだったぞ。原形すらなかったぞ、バカヤロウ。2回も撥ねられたって聞いたよ。エアドライブと車の2つに追突されてさ、それでも君はまだ生きていて、病院で散々苦しんだって。
おかげで帰った矢先に親から勘当しないと行かせない、なんてことまで言われたよ。だから勘当してやったさ。私が君と同じように死ぬわけがないから。例え、君が乗っていたスカイランナーがどんなに私の相棒に似ていたってさ。どんなにきれいな空色だったとしてもさ。
もっと早く帰ってくればよかった。もっと早く、こいつの名前を教えに来ればよかったよ。でも、1つだけ言い訳させてよ。君ってば指先だけはとんでもない合理主義だっただろ?だから君の指先だけはどんなに空の素晴らしさを語ってもスカイランナーの楽しさを話しても価値がないと言うと思ったんだ。この町を出ようって言っても、夢見てないで大人になれって言うと思ったんだ。指先だけは。
だから、しっかりと旅を楽しんでから帰って来て、素敵な発見をたくさん語ってみせて、それから言おうと思ったんだ。一緒に空を見に行かないかって。そしたら今度こそ、言葉で返してくれるかなって。そしたらいつも掌の中の機械ばかりに目を落として、下ばかり向いてる君の顔をもう一度上げられるかなって、私は思っちゃったんだ。
この町は嫌いだ。ずっとずっと嫌いだった。何もかも楽しくなかったから。でもこの町には君がいた。だからこの町にいられた。だからこの町に戻ろうと思えた。だから戻って来た。そして君を連れて行こうと思った。そうすれば、この町をこれ以上嫌いにならずにこの町から出て行けると思った。
この町は、大嫌いだ。スカイランナーに乗るのが怖い。空は見えないし、見えたところで澱んでいる。息苦しい。なによりここに君はいない。だから私は二度とこの町に戻らない。そしてどこか遠く、空がきれいに見える場所で、ソウと一緒に生きていく。
覚えていて欲しいんだ。私の相棒はソウっていうんだ。ちょっと重くて、整備をちょくちょくやらなきゃいけないけど、音が静かで、ギアのチェンジもすんなりできて、速度も出せて燃費もよくて座り心地もいい、大好きな色をした大切な相棒だ。頭が重くてご機嫌取りをちょくちょくやらなきゃいけないけど、物静かででも切り替え早くてやると決めてからの行動は速くて、一緒にいると楽しくてそれでいてなんだか安心する、君によく似た素敵な相棒だ。私はソウと一緒に、どこまでもいきたいって願ったんだ。本当だよ?
これは憶測なんだけどさ。君はもしかして、君の相棒にソラって名付けてたんじゃないかなって思うんだ。それで言い訳みたいに言うんだろう?「お前を意識したわけじゃない」って。「青い空の色が好きだからこうしたんだ」って。それで最後にこう言うんだ。「お前だって人の名前をスカイランナーにつけてるだろ」って。
今、その時の言い返しまで思いついちゃったよ。「2つ合わせて『空』を『走』る、スカイランナーだね」って。
君が私のいない3ヵ月をどう思って過ごしていたのか、何を考えて過ごしていたのかを今になってようやく知った。それが今さらだってことぐらい、わかってる。そして君が今こんなことをしてほしいと望んでいないこともわかっている。
だけどどうか今だけは、君に伝えたい言葉を発することも、涙を流すことも許してほしい。
さようなら、ソウ。私は3ヵ月の思い出も、どんなにきれいな空の色も、初めて君が顔を上げて、初めて君が口から感動の言葉を発した、あの日見たこの町の夕日には敵わないってことを、今になってようやく知った。
辛くても苦しくても、顔を上げて、言葉にして、笑って泣いて、
精一杯生きてほしい。
そんな簡単で難しい願いを込めて。