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母の裁縫箱とミサンガ

ネルとニルを守るためにはどうすればいいのか。それを私はこの一日ずっと考えていた。

 一日の仕事も終わり、ベンスに渡さなければいけない分は残して私達はパンを買い、私は一日ぶりの食事にありつくことができた。

 今はネルもニルも川で体の汚れを落とし終え、もう寝ようとしているところだ。私は藁のベッドの上ではしゃぐ二人を見ながら、机に座って今後のことに思いをはせる。


 この国の身分制度は五つ。上から王族、貴族、聖職者、平民、貧民。聖職者は神に仕えるものとして身分制度でも別枠で、神に誓いを立てさえすれば誰でもなれるので、平民と同じくらいのものからそこら辺の貴族よりも偉い高位の聖職者もいるらしい。けれども、神に誓いを立てるという事は神に永遠に仕えるという事なので行動に制限が出る。完璧な自由でなくなるということは、ネルとニルにとって幸せでないかもしれない。誓いを立てさえすれば誰にでもなれる聖職者は、二人が大きくなって自分で自分のことを決めれるようになってから考えよう。


 そうなってくると、やはり今一番目指すべきなのは平民だ。貧民が平民になる方法はある。その土地の領主から『平民昇格権』を買えばいいのだ。平民昇格権を買えば、同時に市民権も付いて来て『一人の人間』として認めてもらうことができる。しかし税金を納めることができるという証明代わりの『平民昇格権』はかなりの値段がする。150000ぺズ。日本円でいえば約150000。私達三人分となれば450000ぺズ必要になる。これが富豪よりの平民などによればたやすい金額なのだろうが、1日で500ぺズが平均の稼ぎの私達からすれば途方もない額だ。それに私達姉弟の場合ベンスという存在がいる。あれは一度金を渡せば数日返ってくることはないが、帰ってくるたびに800ぺズは渡さなければいけない。


 いつも買っている売れ残りのパンが10ぺズ。それを3人分。冬に向けての支度で使うお金が3,000ぺズは必要になってくるのに今の私達が持っているお金は170ぺズだけ。パン代の事を考えたら冬に向けての支度に当てられるお金がない。


 平民昇格権なんて夢のまた夢になってしまう。今日私が煙突掃除と肉屋の生ごみ処理の仕事で稼いだ稼ぎは700ぺズ。煙突掃除があったからいつもより稼ぎがよかったが、そのうちの500ぺズはベンスに渡す分に当ててしまい、そのうち30ぺズは私達のパンで、冬支度に100ぺズ残すとして私達が使えるのは70ぺズ。2回分の食費にしかならない。何か他に内職をしなければ。


 そう思って家の中を見渡してみる。雨漏りする屋根に、隙間風が入ってくる壁。ベンスが暴れた時に壊れた一番上の段が開かない引き出し。ふと思い出して一番下の引き出しを開けると、そこにはちょっとした模様が描かれた木箱が入っていた。出て行った母親のものだ。


 私が取り出した木箱にネルとニルは興味深げに私の元に駆け寄って「それなあに?」「何が入ってるの?」と訊ねてくる。母親のことを一切覚えていない二人はこの木箱のことも知らない。父親の機嫌が悪くなるから、好奇心旺盛な二人には母親の事を教えていないのだ。二人も母親のことは聞いてこない。気になってはいるだろうに空気を読んでいるのだろうか。


 「母さんの裁縫箱だよ。ほら」


 ふたを開ければ色とりどりの糸と光る針、メジャーやハサミなどの裁縫道具が入っていた。双子はまるで宝箱を見るようにわあっと歓声を上げて瞳を輝かせる。その様子が可愛くて、思わず笑みがこぼれた。


 裁縫箱の中に視線を戻して、使えそうなものがないか探してみる。


 前世は女子力が高かった友人に誘われて、いろいろなハンドメイキングに挑戦したりしていた。だから糸と布さえあればたいていのものは作れると思う―――けれど、


 「布がない……」


 針子だった母親とはいえ、布を貰うことはなかったのだろう。裁縫箱の中には本当にただの端くれの布きれしか入っていなかった。何か作れるとは思えない。唯一、何か作ることができる物は、糸しかなかった。


 「ミサンガくらいは作れるけど……」


 そこそこの長さはある数種類の糸を見て、私は眉を顰める。糸だけで何か作るなんてことをした経験は少ない。かぎ針があれば編み物をすることはできるが、裁縫箱の中にはかぎ針なんてものは入ってなかった。


 「とりあえず、作るだけ作ってみよう」


 そうして私は四本の糸を取って簡単なねじり結びと平結びのミサンガを二つ作ってみた。作り上げたミサンガを見て首を傾げる。


 「いくらくらいで売れるかな……?」


 出来映えは悪くはないはずだ。しかしこれを売るとしても相場が分からない。この世界でミサンガを見たことはないし、存在はしていないと思うけれど、糸で簡単に作れてしまうものだ。前世でも売っていたとはいえ、この世界でどれだけの値段で売ることができるのか。


 「すごい‼お姉ちゃんすごいね‼」

 「こんなのみたことないよ」

 「そう?」


 私が悩んでいる隣で双子は絶賛してくれた。欲しそうにしていたので試しに作った二つのミサンガをそれぞれにあげた。双子は嬉しそうにはしゃいでいる。


 「これ、売れるかな?」

 「売れるとおもう‼お花とかよりもいいと思うし、すっごくかわいいもん‼」


 ネルは手首に着けた平結びのミサンガにきらきらと目を輝かせて嬉しそうにはにかんだ。貧乏さ故、甘い物や可愛らしい女の子が憧れるようなものは買ってあげたことがない。でも町に花売りに出かけた時に、ショーケースから見える可愛い雑貨やドレスに目を輝かせているのは知っていた。賢いネルは普段はニルの手前、少しおませな態度をとることが多く、自分の我儘をいう事は少ないが、彼女もまだ五歳。甘い物や可愛い物に憧れるに決まっている。ネルは普通の女の子なのだから。


 「ふふ、喜んでもらえたようで良かった。そうだネル、結い紐も欲しい?」

 「えっ⁉いいの⁉」


 私の提案にネルは大きな瞳が零れるんじゃないかと心配になるほどに目を開いて、でも嬉しそうにピョンピョンと跳ねた。


 ネルとニルの髪は二人揃ってうねうねとしたカーブを描くくせっけで、ネルは肩より少し長いくらいまで髪が伸びている。いつもはポニーテールをしているが、私はネルにさっきとは違うハート模様が描かれたミサンガを二つ編んで渡した。


 「すごーい‼さっきのよりかわいい‼お姉ちゃんありがとう‼」

 「うん。ネル、ちょっとそれ貸してくれる?」

 

 編んだばかりのミサンガをネルから渡してもらい、そのままネルの髪を結っていく。毎日川で水浴びをするようになってから、以前よりも指の通りやすくなった髪を左右で持ち上げ、リボン結びで止めたら、緩くカーブするツインテールの出来上がりだ。


 「ネルかわいいよ」

 「ほんとう?ありがとうニル。ありがとうお姉ちゃん‼」

 「今日はもう川に行っても分からないから、明日見に行こうか」

 「あしたもこれやってくれるの?」

 「うん。毎日でもやってあげるよ」

 「やったー‼」


 ぴょんぴょんとジャンプして、嬉しさのあまりか椅子に座っている私の腰に抱き着いてきた。ぐりぐりとお腹に頭を押し付けて、結ったばかりのツインテールを揺らしている。


 「お姉ちゃん。ネルのこれも売るの?」


 ニルがネルの頭に付いたミサンガを指さして聞いてきた。


 「ううん。これはさっきのより手間がかかるからいっぱい作るのは少し難しいの。それに糸もたくさん使うから、売るとしたらさっきのネルとニルにあげたやつかな」

 「そうなんだ」


 新しく糸をたくさん買うことができるようになれば話は別になるけれど、手持ちの糸しかない状態ではあまりいっぱい糸を使うものを作りたくはない。


 「それじゃあ、二人はもう寝ようか。私はもうちょっとこのミサンガを作ってから寝るね。明日、三人一緒に町に売りに行こう」


 「「うん‼」」


 元気よく返事を返してくれた双子の頭を撫でる。ネルはずっと嬉しそうな笑顔を浮かべながら、大切に髪からミサンガを外し、その小さな手でそっと包んだ。


 「ネル、床に落ちたら汚れちゃうから私が持っていようか?」

 「ううん。いいの‼これはネルの宝物だから‼」

 「じゃあ今日はネルがまんなかでねていいよ?はしっこだとそのミサンガ落としちゃうかもしれないし」

 「まんなかはニルの場所でしょ?いいの?」

 「うん。いいの」

 「ほんと⁉ありがとう‼」


 仲のいい双子で何よりだ。抱き合っちゃって、もうなんかとにかく可愛い。一日の疲れがすべて吹っ飛ぶくらいの癒し効果。素晴らしい。


 「お姉ちゃん。おやすみなさい、愛してる‼」

 「僕も、愛してる。おやすみなさい、お姉ちゃん。」


 仲良く手をつないで双子はそういった。最初に私が言い出した日から必ず眠る前に双子は『愛してる』と言ってくれるようになった。やっぱりちょっとくすぐったい。


 「私も、愛してるよ。おやすみなさい、ネル、ニル」


 愛しい双子のおでこにキスを落とし、さっそく私はミサンガ製作に取り掛かった。



ふわふわツインテールって可愛いですよね。

作者は不器用なのでルリアみたいにミサンガを作ることは出来ないです。器用な人が羨ましい(¯﹃¯ )


誤字、脱字とうあれば報告してくださると嬉しいです!!

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