前世の記憶と決意
初投稿です。
「こんだけしか稼げなかったのか‼」
子供の泣き声と怒声。そして頬に走った衝撃と痛み。吹き飛ばされて、頭を強く打った。それと共に、私は前世の記憶を思い出した。
普通と平和は素晴らしい。常に心穏やかな状態でいることができるから。私はそう思ってごく普通の生活を送っていた。まあそれは不運なことに歩道に突っ込んできた車に轢かれて二十六年で終わってしまったが。
ずきずきと熱をもって痛む頬を抑えて、私はむくりと体を起こす。気を失っていたのだろうか、目の前には赤と青の目以外は瓜二つの双子の泣き顔があった。
「お姉ちゃん‼」
「うわあーん‼」
体を起こした瞬間に同時に抱き着いてきた双子の頭を、気が付いたら撫でていた。この子たちが誰なのか、前世の記憶と混濁して分からなかったが、愛おしいという気持ちがあるのは確かで、ぶつけた痛みでずきずきとする頭を動かし、さっき私を殴り飛ばした男―――父親の姿がないことを確認した。大方、きっとまたせっかく私達が稼いだお金を使って酒を飲み歩きに行ったのだろう。
頭の中は時間が経つごとにだんだんと整理できてきた。
「心配かけてごめんね、どこか殴られなかった?ネル、ニル」
ネルとニル。これが今私に抱き着いて離れない泣きじゃくる双子の名前だ。
亜麻色の髪に赤い瞳の双子の姉、ネルと、亜麻色の髪に青い瞳の双子の弟、ニル。私とは七歳離れている可愛い私の弟妹。
私が頭を撫で続けていると落ち着いてきたのか二人は真っ赤な鼻をすすりながら教えてくれた。
「お姉ちゃんが守ってくれたからっ、ネルたちはっ、だいじょうぶ‼」
「ありがとうっ、ごめんなさいっ‼」
「謝らなくていいんだよ。お腹空いたね、何か買いに行こうか」
「でも、父さんが今日かせいだお金、ぜんぶ持ってっちゃったよ?」
「ああ、そうだったね……」
チッと舌打ちしたい気分だった。
あの人はそういう人だ。自分はなにもせず、いつも私達に稼ぎに行かせ、稼いできたら全部取りあげて、自分の飲み代に当てる。そんなクズ野郎だった。
ぐうっと、お腹が鳴った。最後に食べたのはいつだったか、ああ、昨日の夜だ。今朝の分はネルとニルにあげちゃったし、昼はいつもない。お腹が空いたとさすっていると、ネルとニルもお腹が空いたようで、声には出さなかったが二人ともお腹を抑え、きゅるるとなる腹の虫に可愛らしい眉をひそめていた。
悔しい。お腹を空かせている二人を見てそう思った。
私、ルリアは現在十二歳。二十六年分の前世の記憶を思い出したけれど、身体までは変わらない。一目で栄養失調だとわかる細い腕に、十二歳児には見えない小さな身体。老婆のようだと近所で言われる煤と泥で汚れた、元は青みがかった白髪。瞳はネルとニルの瞳の色を合わせた紫色。
私達三人姉弟はこの世界では王族、貴族、聖職者、平民、貧民と五つある身分のうちの一番下、貧民の身分だ。税金を納めることができない、市民としての権利を持たないもの。一人の人間としての権利すら危うい、そんな存在。
父親であるベンスは酒に溺れて働かないため、ネルとニルは街で花を売って、私が日雇いの仕事をしてこの家は成り立っている。
母親は、とうの昔に出て行った。酒に溺れて税金を納めなくなった父親を見限って、新しい男を作って私達を捨ててしまったのだ。双子は母親の顔を覚えていないが、私は母親の顔を知っている。金髪に、ネルより深い赤い瞳をした綺麗な女性だった。家には母が針子として働いていた時の裁縫道具と、使われることのなかった糸があるだけで、それ以外、この家には母がいたという痕跡はない。
前世の記憶を思い出す前の私は、双子の母親代わりに毎日毎日精一杯働いて、食べ盛りの双子に自分の分のパンを渡して働いていた。それほどまでにこの双子が愛おしい存在だった。それは前世の記憶を思い出した今でも変わらない。
この子たちにひもじい思いをさせたくない。お腹いっぱい食べれるような生活を、こんなぼろぼろで継ぎ接ぎだらけの服ではない綺麗な服を着れる生活を、させてあげたい。そのためには今の、こんな状態でいてはいけない。
「お姉ちゃん?」
立ち上がった私をニルが見上げて呼んだ。美しかった母に似た可愛らしい顔立ちのニルと、つられて顔を上げたニルと瓜二つのネルににこりと笑いかける。
この子たちにつらい思いをさせたくない。そのためにはこの家を出なければいけない。でも、所持金も何もない状態で外に出ても貧民の子供を養ってくれるような心優しい人なんていない。相手にしてくれるわけがない。ある程度の資金がないといけない。
稼ごう。とにかく稼がなければ。
双子の頭を撫でると、二人は嬉しそうにもっとやってと私の手を自分たちの頭の上で持った。そんな二人の様子にほおが緩む。この愛しい、可愛い双子のために、十分な資金を蓄えるために稼がないと。そう強く、双子の頭を撫でながら私は決意した。
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