第五話
我が家に帰った俺は、先刻手に入れた神器を眺めていた。
「これが神器か…見た目はただの鎌だけど、何か特別な力でもあるのかな?」
俺はなんとなく、その場で神器を振り回してみた。
「うーん…結構重いし、機動性は見込めないかな。あれ、なんだろうこれ…」
柄の先端部に付いている半球のようなものに気づいた。それに触れた時、半球が急に光りだした。
「なんだ…何が起きているんだ…!?」
しばらくすると光が収まった。
「一体なんだったんだ…今の…」
怖くなった俺は、神器を少し離れた場所に置いて、寝ることにした。
その日、俺は夢を見た。
「あーあ、これじゃダメダメね」
「仕方ないさ、まだ子供なんだから」
「子どもといっても、十分すぎるほど成熟している。ならば___してもおかしくはない」
ーだれ…なんの話をしているんだ…?
「焦りは禁物。まだ___の封印は解けていないんだ、時間はある」
「そんなこと言って、フランメは抜け駆けしてたじゃん。ウチも早く活躍したいー」
「落ち着きなさい、___。今の私たちには待つことしかできないんですから」
「そうじゃな、ワシも焦れったくてウズウズしとるが、今は我慢じゃ」
ーフランメって炎の精霊の名前…ダメだ、所々聞き取れない…
その会話は次第に聞こえなくなっていき、気がつくと俺は目を覚ましていた。
「変な夢だったな…あんまり寝れた気がしないし、もう一眠り…って、もう昼じゃないか!」
窓の外には高々と登る太陽が見えて、俺は慌てて支度をして家を出た。
「ユーク遅いよ!何してたの?」
ギルドに着くと、すでにアルスとサトシが待っていた。
「ごめん、シンプルに寝坊した。ジャンさんは?」
「あいつならさっき出かけたよ。通り魔に刺されればいいのに」
相変わらずのサトシに対し、俺たちは苦笑いするしかなかった。
「そんなことより、次の目的地はどうする?僕のオススメとしてはギースがいいと思うんだけど」
「ギース?なんでそんなところに…」
「あの国は魔王を封印した戦士が眠ると言われているんだ。ほら、ジャンに貰ったデータを見てごらんよ。ギースあたりに印があるでしょ?」
俺は端末を取り出して確認した。
「ほんとだ。でも結構遠いな」
「そういうことなら、あれに乗って行こうよ!私一度乗ってみたかったの!」
アルスが指差す場所に、クッカ屋と書かれた看板があり、そこには大きな鳥がたくさんいた。
「この鳥はクッカドゥって言って、人を運ぶために育てられた鳥なの。鳥といっても飛べるわけじゃないんだけどね。でも脚力は折り紙付きだよ」
「へぇ、すごいな。この国にはこんな鳥がいるんだね」
アルスの親切な解説に、サトシが感心していた。実のところ俺も見るのは初めてで、予想以上のデカさに言葉が出なかった。
「なんだ、お前たち、クッカドゥを使うのか?」
「ジャンさん、いたんですね。これからギースに向かおうと思って」
「なるほど、それでこいつを…大将、いい感じのクッカドゥを三羽見繕ってくれ」
「はいよ。ギルドのツケでいいんだろ?」
みたところ、ジャンはこの店のお得意様みたいだ。それにしても、何も言わずにツケにできるってすごいな…
ジャンのおかげで移動手段を手に入れた俺たちは、善は急げとジャーツィを出ることにした。
ギースはジャーツィから北東に位置する王国で、王子はギルドに所属し、活躍しているらしい。
端末に記されていたのはおおまかな位置情報だけで詳細な場所まではわからない。そのため、俺たちはギースに着いたらまず情報収集をしなければいけない。
「それにしても、本当に遠いんだな…もう何時間走った?」
「まだ3時間くらいだよ。ユーク、もしかしてもうへばったの?」
「べ、別にそんなわけじゃ…」
ジャーツィを出てからずっと草原を走り抜けていた。
「僕お腹すいたし、ここらで休憩しない?」
サトシが俺に気を使ったのか、そう提案した。俺は待ってましたと言わんばかりにクッカドゥから降りてバッグの中身を広げた。
「ちょっと、ユーク!」
「いいじゃんいいじゃん、アルスも少しは休もう?」
アルスは渋々クッカドゥを降り、俺たちのそばに座った。
俺はバッグから取り出したお菓子を食べながら周りを見渡してみた。
「なんか…こんなに広いのに俺たち以外の生き物の気配がまるでないよな。どうなってんだ?」
サバンナと草原を足して二で割った感じの広大な場所。どこをみてもほぼ同じ景色。
東西南北、どこを見渡しても…
「ずーっとおんなじ景色でございますねぇ…」
「だ、誰!?」
突然目の前に現れた鳥の仮面を被った男。見るからに怪しい…というか、怪しいという言葉が具現化したような存在だった。
「これはこれは失礼いたしました。私通りすがりのネ・コと申します。あ、決して怪しいものではございませんで、ご安心くださいませ」
「いやどう見ても怪しいだろ…てか、どこから湧いてきたんだ?」
「私は常にあなた方のそばに…」
「だから怪しいって…」
ネ・コはふざけているのか真面目に言っているのかわからない。仮面のせいで。
「と、まぁ冗談はこの辺にしておきまして、あなた方に天啓を授けるために私は馳せ参じました」
「天啓…ってことは神様の使いみたいな感じ?」
「どちらかというと地獄から来たって見た目してるけど…」
俺の後ろからなんか失礼な言葉が聞こえてくるけど、あえて無視しておこう。
「その天啓ってのはなんなんだ?」
「ユーク様、あなたは夢をご覧になりませんでしたか?」
「な、なんでそのことを…」
誰にも話していないはずのことを言い当てられ、俺はたじろいでしまった。
「ユーク、そうなの?」
「あ、あぁ…知らない奴らが俺抜きで会議をしているような夢だったんだ」
「やはり…」
ネ・コはどこかの探偵のようなポーズをとった。
「あの夢のこと、何か知ってるのか?」
「その夢に出てきたものたちは、あなたの中に眠る精霊たちでございます。声が聞こえたということは覚醒の時が近いということです。しかしながら、今のあなたでは間違いなく精霊の力を制御することはおろか、最悪の場合精霊が暴走して命を落とす危険も…」
「なっ、命を落とすって…それじゃ、どうしたらいいんだよ」
俺は衝撃のあまり、声が震えてしまった。それもそのはず、突然命を落とすなんて言われたら誰でも怖くなるだろう。
「おや、その対策として神器を集めているのではなかったのですか?」
「神器は魔王の復活を防ぐために…って、今対策って…!?」
「はい、神器とは精霊を収めることでその力を引き出しつつ、暴走のリスクを限りなくゼロにするための、いわゆる精霊のための制御装置のようなものです。既にカザキリに風の精霊を収めてらっしゃるのでご存知なのかと」
「カザキリ…?って、もしかしてこれのことか?」
俺は背に付けた鎌を手に取り、隅々まで見てみた。
「ほら、そこにいるじゃないですか。風の精霊ヴィントが」
「どれ…?」
「これですよ、これ」
ネ・コが指したのは、鎌の柄の先端についている半球だった。
「ここに精霊が…」
俺はしばらくその半球を眺めていた。
「あれ、そういえばなんで神器とか精霊の名前知って…」
顔を上げた時、そこにネ・コの姿はなく、なんだか狐につままれたような気持ちになった。
俺たちは程なくして休憩を終え、旅を再開させた。