第三話
俺とアルス、そしてサトシは旅の準備をしていた。
「ねぇアルス、テントとかって持って行ったほうがいいのかな?」
「寝袋でいいんじゃない?そんなに寒くもないし」
「二人は野営したことあるの?」
サトシが突然俺たちに聞いてきた。その問いに対して俺たちは声を揃えて答えた。
「「ないっ」」
「大丈夫かな…この人たち…」
準備も終わり、俺たちは早速出発しようとした時だった。
「お前たち、これ持っていけ」
「なんですか、これ?」
「七大ギルド、通称G7が協力して開発した通信端末だ。それがあれば緊急時の連絡とか便利だと思ってな。使い方はサトシに聞いてくれ、そいつはヤパンから支給されてるはずだからな」
「ほんと適当だよね。面倒だからって他人に押し付けるところは変わってない…」
サトシは心底呆れたような顔と声でそう言った。そんな二人を見て俺は疑問に思った。
「ねぇ、二人はどういう関係なの?」
「なに、ちょっとした腐れ縁さ。なぁ、サトシ?」
「ほら、もう行こうよ。ここなんか空気が臭いからさ」
「お、おう…?」
俺たちはサトシに半ば強引に外に連れ出された。
「んだよ、可愛くねぇなぁ。昔はあんなにくっついてきてたのになぁ」
「うるさい!◯ね!」
「…本当にどういう関係なの…?」
俺は気にしながらもサトシについていき外に出た。
「それで…どうしよう、目的地も何も決まってないよね?」
サトシは心配そうにそう言った。
「そういやそうだな…どうしようか」
「お前ら、お困りかい?」
「困ってません。お帰りください」
後ろからひょっこり顔を出してきたジャンに対して、サトシは辛辣な言葉を放った。
「まぁいいから、少しは俺の話を聞いてくれ。お前たちにとって有益なことだから」
「有益な事?」
「さっき端末の方に地図情報を送っておいたから開いてみてくれ」
俺はポケットに入れていた端末を取り出して開いた。
「その地図に赤い印が入っているだろう。さっき見せた地図の印と同じ場所が赤く光ってるんだ。今後はそれを目印にしてくれ」
「えっと、ここから一番近い場所…ミーミルの泉、かな?」
「とりあえずここに行けばいいんだね。それじゃ早速行こっか」
アルスとサトシが話を進める中、俺は心中複雑だった。
ミーミルの泉には、強力な魔獣がいる。いわゆるドラゴン種の魔獣で、超大型魔獣の比にならないくらいの力を持っている。
俺はその昔、一人で森に入り、ミーミルの泉に迷い込んだことがある。まだギルドにも入っていない頃だ。そこで俺は例の魔獣と出くわしてしまう。武器なんか持っていない俺は逃げることしかできず、それでも魔獣の足に敵うわけなく攻撃を受け、瀕死の状態に追い込まれてしまう。
そんな時、誰かが魔獣を一瞬で倒してくれた。それが誰だったのか、今もまだわからないままだ。
俺はその時のことがちょっとしたトラウマになっていて、どうしてもミーミルの泉には近寄りがたいというか、行きたくないというか…正直、怖い。
そんなこと考えながらも、気がつけばミーミルの泉に来てしまっていた。
「ユーク、どうしたの?顔色が悪いけど…」
「な、なんでもないよ、大丈夫」
俺は平静を装ってそう答えた。しかし、どうしてもフラッシュバックしてしまい、手足が震えてしまう。もしこんな状態で魔獣に会ってしまったら、俺はまともに戦えるだろうか…?
「ちょっと待って、なんかいるよ…ほら、あそこ」
「あれって…もしかしてドラゴン種…?」
アルスとサトシの会話に、俺はビクッとしてしまう。心臓が飛び出そうなくらいドキドキしている。それに伴って身体の震えが激しくなる。落ち着け、落ち着くんだ俺。
「消えた…?」
「違う…後ろ…!」
俺は瞬時に振り返った。そこにいたのは間違いなくドラゴン種の魔獣…のはずなんだが…
「妙な気配を感じてきてみたら、なんや人間かいな。どっかの流れ魔獣かとおもたやないかい」
「…は?」
「そうかそうか、あの時のボウズか!そら申し訳ないことしたな!」
「は、はぁ…」
俺たちは彼に連れられて泉の畔にある小屋に来ていた。
彼はミーミルの泉を守護しているデラゴンという亜人でドラクロワというらしい。度々魔獣と間違われるらしいが…それもそうだ、どこからどう見ても魔獣にしか見えないくらいデカい。威圧感半端ない。よくこんな小屋で生活できてるなと思ってしまうくらいだ。
「えっ、それじゃあ、あの時の魔獣ってドラクロワさん…?」
「おう、そうやで。あの時はすまんな、目くらまし受けた直後で気配だけでつい攻撃してしもて…まさか人間やと思ってなかってん。堪忍な?」
「気配だけで攻撃してくるなんて、物騒な人もいたもんだねぇ」
「まぁ人ちゃうんやけどな」
サトシの手痛いツッコミにドラクロワは豪快に笑って返した。
「それで、今日はこんなとこに何の用や?」
「ドラクロワさん、ここに神器ありませんか?」
「ほう、神器ねぇ…」
俺の質問に、ドラクロワは渋い顔をした。少しストレートに聞き過ぎただろうか。
「なぜ、神器を求める?」
「それは…魔王の封印が解かれるかもしれないんです」
ドラクロワの目をまっすぐ見つめて訴えた。しばらく見つめ合っていると、ドラクロワはふと目を閉じた。
「なるほど、戯れ言ではないんやな。なに、事が事、物が物やからどうしても警戒してしまうんや。堪忍な」
そう言って立ち上がり、外に出て行った。
「なにぼーっとしとるんや、はよついてきぃや」
「は、はい」
俺たちは言われるがまま、ドラクロワについて行った。
連れてこられたのは、小屋の近くにあった小さな祠だった。
「これは?」
「神器が祀られていると言われとる祠や。俺の爺さんの代からあるらしいんやけど、ここは開けちゃならんって掟があってな。ほんまにあるんか俺も知らんねん」
「そんなのを開けていいんですか…?」
「しゃーないやろ、魔王が復活するかもなんて聞いたらな。ほな、開けるで」
ドラクロワによって祠の扉が開かれていくのを、俺たちは固唾を飲んで見守る。
「これが…神器…」
開かれた扉の先には、一本の鎌が置いてあった。
「想像してたより全然普通だね。こんなのが本当に神器なの…」
アルスが手に取ろうとした時、バチっと大きな音を立てて弾かれた。
「な、なに、今の…?」
「あぁ、多分あれやな、選ばれしものしか手に取れんっちゅーやつ。おとぎ話とかによーあるやろ?」
「今度は俺が…って、あれ?」
「うっそ…でしょ…?」
「えっと…取れちゃった…」
アルスと同じように弾かれると思っていた俺は、拍子抜けしてしまった。
それを見ていたドラクロワはニヤニヤしながら俺の前に立った。
「どうやらボウズは選ばれし勇者みたいやな。よかったやないか」
「いい、のかな…」