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初めての〇〇

幼少の頃は、引っ越しばかりしていた。家族は両親と弟の4人家族。


4人ともなればそれなりの家財があるはずが、かれこれ小学校6年間のうちに引っ越しした回数は、5回に及んだ。

酷い時は、1学期ごとに違う学校にいた。4ヶ月毎に土地柄も習慣も違う学校で馴染まなくてはいけない羽目になった。その度に黒板の前に立ち、先生に名前を黒板に書かれ、名前を叫び挨拶をした。自己紹介をかねて一言を求められることもあったので、その度に悩み、不安に掻き立てられては話す言葉を考えてメモに書き、バレないように握りしめたりした。


何故それほどまで自分を苦しめた引っ越しが必要だったのか。実はまったく知らなかった。

親がずっと同じ会社に勤めていて転勤していた、と言うわけではないことは理解していた。なぜなら、ある日突然引っ越し先の家が洋品店になったり、重機が並ぶ敷地内の社宅にいたりと住んでいた場所が明らかに仕事が違うことを表していた。流石に子供でも分かる。ただ、それ以外のことはなに一つ覚えていない。聞いても仕方がないのであえて聞く事もしなかった。


それでも何故か不満もなく不幸とも思わなかったのは、父親が、そう、自分の好きに生き異常なまでの明るさと自信で乗り越え、楽しさに満ち溢れていたお父さんが、とても好きだったからだ。


これは初めて引っ越しをした、初めての小学校の話。


 ◆ ◆ ◆


引っ越しを済ませた新居は、3階建てコンクリート造の1階。1階には店舗が2軒並び、上に重なる階は2つ。2階、3階はそれぞれが住居で左右合わせて1階の店舗は除くと合計4軒。不思議なことは自分達の家がその1つではなく、1階の店舗の奥、つまり店舗の半分が住居だった。

店の前はといえば、駐車スペース。先の歩道には、大きな並木道の道路が左右に伸び、横たわる道路のその更に先には大きなため池が広がっていた。


店舗の話に戻ろう。

店舗は服飾店、当時の言葉でかっこよく言えばブティックと言うそうだ。店舗と住居を兼ねているせいで、当たり前と言えば当たり前だが、店を通り抜けないと家の中に入れず全く家族のことを考えていない。

店舗としては失格なのかもしれないが「生活感溢れる親しみやすいお店」ということにした。


もう1つの店舗は喫茶店だった。

店の前にはスーパーカー、当時は空前のスーパーカーブームで1台数千万はくだらない海外車が、毎日止まっていた。

「カウンタックLP400だっけ。かっこいいなぁ、かっこいいなぁ」

色々な角度で眺めるのだけれど、傷つけたらとんでもない事になるので遠慮気味に遠目から眺める様にしていた、はず。

思った途端、突然に何処からか聞き慣れた、そして甲高い声が頭に突き刺さり、ビクッとして危うく真紅のボディに触れかけた。

「うぇっ・・」

慌てて振り返る。

「ここにおったわ!!タケルくんも小学一年生か!おーきなったな」

声の主は、お婆ちゃんだった。

元気でキツイ事を言うけれど、いつも気にして可愛がってくれるお婆ちゃんは大好きだった。

普段なら家族で会いに行くことが多く、ワザワザうちに来ることはない。(本当は、70歳くらいなのに未だに現役で働いているので暇がない、が正しい)そんなお婆ちゃんが珍しく来ていた。

更に後ろからお母さんの声が聞こえる。

「そーやわ。ランドセル買ってくれたで?ありがとうは?」

お母さんと2人で大きな声で話している。この2人が揃うとお互いの方言が飛び交う。たまに何を言っているのか、分からない。

「ほら、みてみ?どうや?」

自分との体格と変わらない程の大きなランドセルを渡された。革の匂いがする。抱きかかえて嬉しい気持ちを噛み締めている自分に向かって、お母さんは急かすように返事を促した。

そう、お婆ちゃんに言うべき言葉をまだ言っていなかった。

「・・・ありがとう」

ボソッと呟いた。それでも精一杯の返事だった。

「よしよし、ちゃんとお礼をいう子はいい子やな!」

孫の頭を撫でつつ、小柄だけれども優しさより力強さが勝る風体のお婆ちゃんは、ぎょろっとした目でしっかりとこちらを見つめ、早口でも滑舌のよい声でハッキリと言った。いつもこの迫力には気圧される。返事をしないと、本能的に思った。

「は、はい」

慌てて声を捻り出した。


隣にいた4つ下の弟は、キョトンと不思議そうな顔でやり取りを眺めていた。ニヤリとし始めてランドセルに掴まって言う。

「ありがとう!!」

意味も分からず弟は、大きな声でお礼をした。

「ダメだってー」

戯れながらケラケラと笑う。

自分より元気な声でお礼を返す弟をみて、誉れはあれど自分が恥ずかしいと思うことはなかった。

何故か関係ないけれど、そんな自慢の弟を守るのは自分の役目なのだ、何となくそう思った。


 ◆ ◆ ◆


新学期は、小学校の入学と同時に引っ越ししてきたこともあって転校の不安はあまりなかった。みんな転校してきたのと変わりはない。あとで親から聞いた話では、2つの小学校の境目に引っ越したからどちらか好きな学校を選べたそうだ。

そういえば、当時そんなことを聞かれた気もした。


引っ越しの数日後、少し上の空でこちらの顔も見ずにお母さんは、言葉を投げた。

「2つ学校選べるみたいだけど、どうする?」

選べるという割に、それ以上の情報をもらえることはなかったので、答えは決まっていたのだろう。

「どっちでもいい」

「わかった」

2つの学校の名前も知らないし、どちらに行こうが変わりはないのだし。


結局、品のいい学校の方が選ばれたらしい。

学校の名前は光が丘小学校。普通の大人が歩いて15分。1キロ程度はあるわけで、子供とってはそれなりの距離だった。


近所の子達と集合して、団体で学校に通学するルールらしい。初の登校日の前に、それを告げるお客様がやってきた。


まだ肌寒い春、こたつでゴロゴロしていると知らない女の子がお店にやってきた。

「こんにちは!タケルくんいますか?」

店番をしているお母さんが畳み掛けるように言う。

「タケル!!学校の子が来たよ!」

慌てて店の奥から飛び出した。

「え?う、うん」

家に来たその子の初めての印象は、しっかりとした雰囲気、そして何より声がはっきりと透る感じだった。

外見は、髪は背中まで長くストレート。綺麗な髪だった。前髪は真っ直ぐに揃えていて目は細く小顔で笑顔が似合う。つい少し見惚れてしまった。

ぼーっとしてる自分を心配したのか、少し首を傾げた彼女をみて慌てて我にかえった。

「一緒に学校にいく奈緒です。よろしくね」

「よ、よろしく」

隣の建築士の家に住んでいるのだそうだ。

「うちの妹も一緒だし、すぐ隣だし。これから分からないことがあったら何でも聞いてね」

自分は基本的に、人と話するのは得意ではない。まして女の子なんて初めて話した訳で、何をどう話していいか全く分からなかった。けれども、何故か男の子としては頑張らなくてはいけない。そう思って無理をした、に違いない。

「う、うん、よ、よろしく!」

頑張った。声は頑張ったが、視線を顔に向けるのは出来なかった。

(・・・)

彼女は、気にもせず会話を続けた。


「学校は、明日からだからね。迎えに来るからちゃんと準備してね?」


腕を後ろにまわし、今度は身体を大きく傾けて微笑んだ。


初めて異性を意識した彼女の笑顔は、僕には眩し過ぎた。

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