邂逅
舞台は南側に海を臨む、とある港町。
ここでは二十年に一度、少し特別な出来事が起こる。
ほとんどの人は知らないし
まず気が付くこともない。
だがごく一部の者にとっては、
『運命』すら変えてしまうような
そんな出来事。
物語のはじまりは一人の少年が
夜の砂浜で月を眺めていたところから。
今夜はいつもより一段と明るく照る満月に、
空腹を抱え大学から自転車で帰る途中
わざわざ砂浜へ降りて見入っていたのだ。
例え写真を撮っても
きっとこの閑さは映らないだろう。
そんなことを考えていた彼の目の前で
かすかに波立っていた海面が突然
鏡のように静まる。
それまで揺れていた月の道が
真っ直ぐ一本に繋がったその瞬間
唐突に顔の前で銀色の光がはじけた。
「どうもこんばんは!
いやー久しぶりの地上ですが、
相変わらずここから見る月の
なんと美しいことか!」
「⁉」
明るい声でそう叫んだのは
光の中から表れた人影。
手のひらほどの大きさしかない
小さな小さな青年だ。
少年はわが目を疑った。
現実離れしてさえ見える満月の夜とはいえ
浮遊する幻まで見えるなんて
信じがたいことだ。
「おやおや、どうやらあなたも例によって
驚いていらっしゃるようですね。
まあそれも仕方のないことでしょうか。
何しろこちらではめったに
私のようなものとは遭遇しないでしょうから。」
白手袋をはめた手で顎をなでつつ
一人納得する幻。
いや、幻にしては姿かたちがはっきりしている。
白いスーツに空色の外套、
黒地に白のリボンを巻いたシルクハットという
どこかちぐはぐな服装で目の前に浮いている。
「俺、疲れてるのかな…かなり変なものが見える…」
目をこすりながら一人つぶやいた…
つもりだったが。
「変なものとは心外です!
私はあなたにお会いできるのを
長らく楽しみにしていたというのに!」
しっかりと返事をされてしまった。
「…まさか、幻じゃない…のか?」
「はい、もちろんです!
私は今確かに
あなたの目の前に存在しています。
まだ納得していただけないのなら
握手でもいたしましょうか?」
と、小さな手を差し出した。
恐る恐る人差し指を伸ばし
ぎこちなく握手を交わす。
どうやら間違いなく本物だ。
触れた手の感触と温かさが
嫌でも少年を納得させた。
「でもだとすると…あんたは何者?
お化けとか…妖精…?」
「いえ、私はそういった
地上のものとは少々異なる存在です。」
「地上のものって…
じゃあその二つは別に存在するってことか…?
だいたいそれじゃあ、あんたは何なんだ?」
「私は、『ディスティニー』と、申します。
名前の通り
'運命を司る者'です。」
滅茶苦茶なことを言いながら、シルクハットを手に取り、優雅に一礼してみせる。
「運命を…何だって?」
「司る者、ですよ。
簡単には信じていただけないと思いますが
私があなた方、地上で生きるあらゆる人の
運命を握る存在なんです。」
そう言って笑いかけてくるその姿を見ながら
少年は一瞬、本気で目眩を覚えた。