没 百五十話 人の心が無くなると
お店作った。
看板掲げた。
悪いやつらがやって来た。
ラビのカレー言語魔法が発動し、男たちをぽやぽやした黄色い光が包み込む。
ついでに、風もないのにスパイシーな香りが辺りに立ち込めた。
「おいおい、俺は怪我しちゃいねーぜ? なんで俺にまで魔法掛けてるんだよ」
「あ、あれれれ? おかしいのです……」
「頼むぜおい。こちとら今にも死にそうなんだ。うおー。いてーよいてーよ」
血が偽物だと分かってしまえば何から何まで胡散臭く見えるもので、怒る気力も起きない。
と言うかやる気無さすぎだろう。
もうね、怪我しているハズの腕と違う方の腕を抱えちゃてるしね。
ラビも早く気づいて欲しい。
「ターメリック。ターメリック……。ウコンウコン!」
「あー? おっかしいなー。全然良くならねーぞ」
「相方が死んじまうよう。しっかりしてくれよ」
治るわけのない怪我を治すためラビは何度も何度もカレー言語魔法をかけ続ける。
「治るのです、治るのです……」
助けたい。
早く楽にしてあげたい。
何だかラビのそんな懸命で真剣な姿を見ているとそんな気持ちが伝わってくる。
何だか無性に腹がたってきた。
可能であればいちゃもん付けてきてからこらしめてやろうと思ったが、もうぶっ飛ばしてしまおう。
あーあ。
騒ぎになったらサーカスどころじゃあなくなるな。
だが、お前らは許せん。
俺は翼に掛かった布へと手をかけた。
が。
「主さま。待つのじゃ」
シノに止められる。
「離してくれ、止めてくれるなシノ。俺はあいつらをぶっ飛ばす!」
「落ち着くのじゃ。落ち着いて二人の様子を見るのじゃ」
「これが落ち着いていられるか……。ん……?」
シノの制止を振りきろうとしたところで男たちの異変に気付いた。
「あー。あうあうあー……」
「あうあうえー……」
なにやら、ワケの分からない言葉を口にしだしたでは無いか。
「な、何だ? いったい何が起こっているんだ?」
「わぁにもそれは分からんのう。たたラビの魔法がキッカケには違いないハズなのじゃ」
「ラビの魔法が?」
カレー言語魔法にそんな効果があるようには思えない。
確かに普段と違って何度も重ね掛けした。
しかし、掛けすぎると異常が起こるのであれば、アラビンドの人たちにも同じような効果が出ていたハズだ。
まあ、何にせよラビを止めた方が良いいだろう。
俺はウエストポーチから布を取りだし、ラビに気づかれないようこっそりと、男の腕についた絵の具を拭う。
「ラビ、もう十分だ。ほらっ、もう怪我なんて残っていないだろう?」
「あっ、治っているのです」
「うんうん。だから、もう魔法を掛けなくて良いんだ」
「良かった……。でも、後少しで完全に消えそうなのです。もう一度魔法を掛けるのです!」
えっ? 完全に消える? 消えるって何が?
そんな疑問の言葉が口から出るよりも早く、ラビの魔法が発動した。
すると──。
「ぴぴぴっ、ぴぴぴ……!」
「ぴぴぴぴぴぴぴぴ……!」
──突如男たちが謎の声を放ち出す。
それは生前嫌でも耳にした目覚ましのアラーム音に酷似していた。
「はわわわわわわわ……!」
「ラビ。落ち着くんだ。落ち着いて何を消してしまったのか話しておくれ」
「えっと、この人たちのずっとずっと深いところに黒くてねとねとして糸を引きそうな変なのがあって──」
うん。それはきっとこいつらの心だね。
そこまで汚ない心をしていたのか。
「そこに魔法が吸い込まれて、腕の怪我が治せなくて──」
怪我なんてしていないからね。
カレー言語魔法は男たちの心をキレイにしようと働きかけていたんだな。
「──使っていくうちに小さくなっていたので無くなれば怪我を治せるのかなって思ったのです……」
なるほど。
心って言うのは、人の欲が複雑に絡み合って出来ているものだ。
そして、欲ってのはあらゆる人の行動をコントロールしている。
それが無くなるって事は。
「ぴぴぴっ、ぴぴぴ……!」
「ぴぴぴぴぴぴぴぴ……!」
壊れたアラーム時計になるって事なんだろう。
「ら、ラビはとんでも無いことをしでかしてしまったのです……?」
ああ、そんな不安そうな顔をしないでおくれ。
「別に気にすることは無いさ。なあにこのローミャの街がほんの少しキレイになっただけだよ」