胯ガールの前身
跨がられる事で様々な能力を発揮する
騎乗士と馬のくみあわせによって変わる
相性があって乗れる者は限られる
地上はどこまでも緑の草原。
ヤギや馬らしき動物がそれを食い散らかしてハゲを作っている。
平野が広がっているが、多少は丘になっているところもあり、ソリで滑って遊んだり出来そうだ。
ここは草ばかりでちょびっとしか木がないが、丘の上に一本だけくそでかい木があって強烈に自己主張していたり。
今朝の『城なし』は、そんなピクニックに丁度良さそうな国へとやって来た。
「ご主人さま。お空の下は、のんびり出来そうなところなのです」
ラビが腕のなかで、風にウサギのお耳を振り回されながら、首をめいいっぱい捻ってこちらを見ながら、いつもより甘い声でそう言った。
なんだか嬉しそうだ。
ウサギの獣人だから、草っぱらを見ると駆けずりまわりたくなるんだろうか。
身を乗り出すから落っことしてしまいそうだ。
ラビの首輪から伸びる鎖を握っているが心許ない。
「そうだね。魔物も見当たらないし、落ち着いて探索できそうだ」
「へへっ、今日はご主人さまを独り占めなのです! おシノちゃんとツバーシャちゃんはもったいないことしたのです」
なるほど。
二人きりで来れたのが嬉しかったのか。
誰かにそんなふうに思ってもらえるなんてのは転 生前では、あり得なかった事だ。
「シノはしょうがないさ。ネコマタと言えどネコだからな。ひなたぼっこしながら毛繕いするみたいだ。ネコってお日さまの光を浴びて栄養つくるらしいぞ」
「はー。おシノちゃんはお野菜みたいなのです。じゃあ、ツバーシャちゃんは? ツバーシャちゃんも暗い穴のなかで栄養つくっているのです?」
「ツバーシャはしょうもない。引きこもりワイバーンこじらせて、妄想の世界にトリップしてた。そっとしといたげて」
まあ、それも栄養作っている様なもんか。
シノが野菜ならツバーシャはイモと言ったところだな。
「ふふっ。ご主人さまと二人……。早く地上に降りたいのです」
「それがなあ。俺もそうしたいのはやまやまなんだけど、降りれそうなところがないんだ」
やたら平べったいから、一度降りたら飛び立てん。
「それは困ったのです……。あっ、ご主人さま。あのでっかい木に登って、てっぺんから落っこちれば飛べたりしないです?」
「ほー。面白い発想だ。あの木に登ってか……」
高さは十分そうだしいけそうだな。
登るのが面倒くさいが、他に手段は思い付かん。
思いきってあそこの近くに降りてみるか。
「よし、降下するぞ。今日も新しい作物が見つかるといいな」
「ラビは果物が良いのです!」
「あはは。甘いのが良いのかな」
果物はちょっと難しい気がするけど黙っておくか。
降りて見ないとわからないし。
俺は右翼を上げてカラダを傾けると、ぐるぐると空の上をゆっくりと回りながら、でっかい木を目指して高度を下げた。
「しかし、本当にでっかい木だな。何百年前から生えてる事やら……。あっ、ほら、ラビ見てごらん。鳥の巣がたくさん見える」
「どこ? どこなのです?」
「んー。ほら、あそことあそことあそこ」
「ラビには全然見えないのです……」
ラビも目は良い方だが、スキル【風見鶏】があるぶん俺の方が先を見えるか。
ガッカリさせてしまうのは忍びないな。
なら、もっと木に近付こう。
そうだ。
どうせなら、至近距離で見せてあげたい。
もっともっと近付こう。
抱えたラビが見やすいように、腹を木に向け葉の一枚一枚まで見える距離まで近づいた。
「どうだ? これで見えるだろう」
「ラビにも見えたのです! でも、ご主人さまちょっと速いのです」
「ああすまん。じゃあ、失速ぎりぎりまで速度を落とすよ」
どうせ地上に降りるのだ。
もう、速さはいらない。
上体を軽く起こし、翼が揺れてバランスが多少不安になる程度まで速度を抑えた。
「今度こそ良く見えるだろう。これでダメなら諦めて一度降りてから、木に登るわ」
「大丈夫。良く見えるのです!」
「そうかそうか」
それは良かった。
木に登らなくて済んだのもありがたい。
「ふふっ、ヒナが口を開けてママの帰りを待っているのです」
「パパかも知れないぞ?」
「ごはんをあげるのはママなのです!」
そっか。
ラビはヒナを育てたんだっけか。
タマゴからお世話を楽しそうにしていたな。
だから、ごはんをあげるのはママなんだろう。
「あっ! ママが帰って来たのです!」
「本当だ。何かくわえているな。エサかな? ん? 巣じゃなくてこっちに向かって飛んで来ているような……」
「ビョエー!」
おっといかん。
どうやら、外敵と認識されたみたいだ。
そりゃ、巣に近付けば鳥だって襲ってくるか。
「イテッ! 頭つついてきよる。ラビ。目をつつかれたら危ないから、手でお目めを守るんだ」
「ご、ご主人さま。なんだか、いっぱい来たのです!」
「げっ!?」
でっかいヤツにはみんなで突撃。
なにがなんでもヒナを守ろうと群がって来る。
「ビョエ、ビョエー!」
「すまん、もう近づかないから許してくれ!」
悪いのは俺だし、払うわけにはいかん。
俺はつつかれてもどうという事は無いが、ラビはそうじゃない。
早く木から離れないと。
そう考えて、力いっぱい体を起こし、距離を取ろうと図った。
しかし、そこでバランスを崩す。
「ま、まずい。速度が足りん。落ちる! ラビ、歯を食い縛るんだ!」
「ひょえええええ!?」
高さも足りないため、体勢を整えられない。
あっと、言う間に地面が眼前に迫る。
それでもラビを庇い、背を地上に向けた。
そして、地面に叩きつけられる。
ドンッ!
「ぐふっ……! とてつもなく……。痛い……!」
「ご、ご主人さま! ご主人さま!」
「大丈夫。怪我は無いよ。でも、痛いもんは痛い。やさしく背中をさすっておくれ」
「わかったのです!」
ちょびっとカッコ悪いが経験上、落ちたけど全然平気なんて言うと余計に心配されてしまう。
だから、これでいい。
【落下耐性】スキルがあるから、いくら落下したところで死なないが、痛みまでは緩和されないため、嘘はついていない。
横になり、ラビにさすられながら、空を見上げれば青い空があるばかり。
鳥たちは既に帰るべきところへ向かったみたいだ。
「さすさすさすさす……。まだ痛いのです?」
「んー。痛いような痛くないような? 念の為、もう少しさすっておくれ」
「むー? ご主人さまもう平気そうなのです!」
ほら、ラビの不安も晴れた。
でも……。
もう少しだけ横になっていたい。
ここはそんなふうに思えるぐらい、穏やかなところだ。
しかし、困ったな。
帰りはこの木を登って飛び立つつもりだったんだけどな。
「ご主人さま、ご主人さま。はやくこっちの世界に戻って来るのです!」
ラビが俺の手を心配そうに引っぱる。
「あれれ? 翼のお兄さん固まっちゃった?」
「ご主人さまは、考え事をするとたまに動かなくなってしまうのです」
いや、考え事じゃなくて何も考えられなくなって、固まったのだが……。
誰だって跨がってくれなんて言われたら思考停止するだろう。
「俺には出来ない……」
尚も働かないおつむに鞭打って、何とかお断りの言葉を捻り出した。
「うーん。ダメか。ちょっとだけ、本当にちょっと乗っかるだけでいいんだよ?」
それでもリーナは食い下がる。
「背徳的過ぎて良心が邪魔して俺には無理だ」
「えー? 女の子を鎖で繋いでるのに?」
「これはその……」
やはり突っ込まれたか。
俺としても外して欲しいのだが……。
チラリとラビに視線を向けると、なにかを悟ったのか、両手を首輪に添えてふるふると首を振る。
外させてはくれないよなあ。
これのせいで、毎回第一印象は最悪だ。
どっからどう見ても悪者にしか見えんわ。
ん?
待てよ?
悪者だと思われたところでなんの問題があるんだ?
凶悪そうに見えれば諦めて開放してくるんじゃないだろうか?
よし、めいいっぱい悪いこと言ってやろう。
「ああ、そうだ。俺は女の子に首輪させて無理やり従わせる悪い奴。ここにやって来たのは新しい女の子を手に入れるため。男が弓を構えたので逃げたが今はお前一人だ。捕まえてコレクションに加えてやる! そんなのは嫌だろう? さあ、はやく逃げるんだ!」
ちょっと棒読みな気がしないでもないが、噛まずにちゃんと最後まで言えたし、きっとビビって逃げ出してくれるだろう。
「えーっと……。わー。こわーい?」
くっ。
自信はあったんだが、リーナには全く通じない。
それどころか余裕を持って気まで使われる始末。
なんか恥ずかしくなってきた。
もう、お家に帰りたい。
そんな、くじけかけた俺の服を引き、ラビが上目使いに訴えかける。
「ごっ、ごっ、ご主人さまは悪者だったのです!?」
うん。
本気で俺が悪者だと信じてくれて嬉しいよ。
でも、信じて欲しかったのはラビじゃあないんだ。
自信は取り戻せたが、このままラビに悪者だと思われるのはよろしくないので小声で弁明を図る。
「ラビ、違うんだ。演技だよ演技。なんか変な女の子に絡まれてしまったし、悪者だと思わせてお帰り願おうと思ったんだ」
「あっ、演技だったのです? てっきり、今までラビは騙されていたのかと思ったのです」
「あー……」
もしかして、これはチャンスなのか?
ラビに全てを伝え、健全な関係を築くのも悪くはない気はする。
気はするが……。
タイミングが悪いな。
今はリーナに悪者だと思ってもらうのが先だ。
「あのご主人さま。別に跨がるぐらい良いのでは無いのです?」
「そんな事は出来ないよ。それに行く先々で女の子にホイホイ跨がるご主人さまなんて嫌だろう?」
「うーん……。そう言われると嫌かも知れないのです」
跨がられるのならいっこうに構わんのだがなあ。
そう言えばラビにすら跨がられた事がない。
今度ラビを乗せてお馬さんごっこしよう。
なんて俺に跨がるラビを想像していると、リーナが急かしてきた。
「打ち合わせは終わったかな?」
「ああ、うん……」
打ち合わせって言ってしまう辺り、もう信じてもらえない気がしてならない。
「今度こそどれだけ悪者なのか見せてやる」
「私としては、悪者でも構わないんだけど……」
「いやいや。悪者に跨がらせちゃダメだろ。まあいい、いくぞラビ。ご主人さまがどれだけ悪い奴なのか聞かせてやるんだ」
「ふえええええ!? ラビがご主人さまの悪いところを言うのです!?」
こういうのは純粋な子供の言葉の方が真実味を帯びて相手に届くものだ。
とりわけ、ラビは誰が見ても良い子に見えるだろうし適任だ。
「ご主人さまの悪いところ……」
ラビはぎゅっと目をつむり、うんうん唸りだす。
頑張れ、なにか一つぐらい思い付くだろう。
ご主人さまは悪い奴だとアピールするんだ。
「あっ! 翼の付け根が臭いのです!」
「ちょっ、臭いの悪者と関係ないよね!?」
俺だってそれは自覚しているさ。
手が届かないからどうにもならんのだ。
しかし、今言うべき悪いところはそこじゃあない。
「くっ、くくくっ……。必死に考えた悪いところが、翼の付け根が臭い。そんな悪者聞いたことないよ」
むう。
これは逆効果だ。
悪者になりきってお帰り頂くのは無理か。
諦めて話を聞いてみよう。
「なあ、なんでそこまで俺に股がらせたいんだ? 見ず知らずの男。それも見てわかる通りこの土地の人間じゃあない」
なんだか言ってて不安になって来た。
跨がった途端、育ちの悪い狂った奴らが出てきて、多額の金銭を要求されるのかもしれない。
「うーん。話すと長くなるんだけど……」
そう前置きをし、リーナは語り出す。
「私はね、走るのが大好きなんだ。四本の脚で大地を蹴って風を割り突き抜ける。それは誰も追い付けない私だけの世界。一番になれる唯一の世界」
語るリーナの声は高くはずみ、本当に走るのが好きなのだとわかる。
地を駆けるのが好き……。
俺にはわからない世界だな。
すぐにわき腹が痛くなるし、バテてしまうし、楽しいとは思えん。
しかし、四本の脚とは変な表現だ。
「でも、ガリオが怪我をしちゃったから、もう自由に走ることは出来ないかも知れない」
「なんでだ? 別に走るだけなら一人でだって出来るじゃないか」
「ううん。私は一人じゃ速く走れない。人を乗せていないとダメなんだ」
ここがよくわからない。
四つん這いで走る事は別にしても、人を乗せた方が速いだなんて話は信じられない。
「気持ちの問題なのか? 一人じゃさみしいとか」
「あはは。まあ、それも否定しないけど違うよ。手っ取り早く説明する為に跨がってくれた方が早いんだけどなあ……。あ、相性があるから、もしかしたら、合わないかもしれないけど」
余計にわからん。
相性がどうのなんて話まで出てきた。
「まあ、その話は置いておこう。だが、仮に誰かに跨がってもらう必要があったとしても、俺である必要は無いんじゃないか?」
「それは……」
リーナにも住んでいる村なり町なりあるだろう。
そこの人たち俺なんかよりも信用できるハズ。
いや……。
果たして本当にそうだろうか?
この世界よりも遥かに栄え、総人口一億三千万を誇る国に住んではいたが、跨がってくれと頼んでも跨がってくれる友人なんて居なかった。
なるほどそういうことか。
「さてはぼっちだな?」
「違う違う。友だちはいるよ? いるけど、友だちも跨がられる方が多いんだ。それに背が低くてやせ形で、何より相性が合わないとダメなんだよ」
「ぼっちじゃないのか……」
ぼっちなら、引き受けても良かったんだがな。
というか、ガリオがいるから最低限ぼっちではないか。
「ねえ、お願いだよ。ちょこっと、ほんの一瞬跨がってくれるだけで良いから! このままじゃ私、馬車に繋がれて一生を過ごすか、もしくは──」
「ば、馬車に繋ぐ!?」
おいおい、この国では、女の子を馬あつかいする風習でもあると言うのか?
狂ってやがる。
しかし、話はそれだけではなかった。
「もしくは、繁殖牝馬にされちゃうんだ!」
おおう……。
クレイジー……。 「まっ、待て! 止まらないと射つぞ!」
逃走を決め込んだ俺にガリオが矢を向ける。
おいおい。
いきなり過ぎやしないかね。
女の子に繋がれた鎖を握っている翼の生えた普通の人間が、会話を盗み聞きしていただけ……。
いや、十分か。
怪しすぎて取り合えず射っとこうで間違いないわ。
だが止まらん。
「面倒な事になりそうだからいやだ。それにその怪我じゃ、矢を当てるなんて無理だろう?」
「くっ……!」
あれ、思ったよりも落ち込ませてしまった。
そう言えば怪我したことを悔やんでいたっけか。
ちょっと酷いこと言ってしまったかも知れん。
すまんな。
もう会うことも無いだろうから忘れてくれ。
「このまま、鳥に襲われた木にまで向かって空の上にとんずらしよう!」
「でもご主人さま。女の子の方が追ってきているのです」
「げっ。あー。そう言えば走る人だったか」
だが、あの格好で速く走れるとは思えないしまた走り出せば追い付けないだろう。
そう考えながら後ろを振り返ると。
「ふふっ。追いかけっこなら負けないよ」
「うおっ? 真後ろかよ!」
リーナは四つん這いでも思いの外速く走れる様だ。
どう考えても二本の足に追い付けるとは思えんのに。
「へっへー。逃がさないよー?」
「ぬぬっ……。ん? いやいやいや。一人で追いかけて来てどうするつもりなんだ? 丸腰の女の子にヤられるほどやわじゃあ無いぞ?」
「それはどうかなあ? こう見えても脚力には自信があるんだよ? 蹴ったら死んじゃうかも」
仮に彼女の脚力が馬並みでも俺が死ぬビジョンは見えないが、理解して貰うのは手間が掛かりそうだ。
「俺たちは興味本意で君たちを覗いていただけなんだ。何かしようなんてつもりは無かった。だから、お家に帰して貰えないかね?」
「それは出来ないかなー。むしろ悪者じゃ無い方が好都合だし」
「えっ? どう言うこと?」
悪者じゃなくて良者捕まえてなにしようって言うんだ。
なんだろう。
とても嫌な予感がする。
「私はキミの体に興味があるんだよ」
わおっ。
とんでも無いことのたまったぞ。
「からだって……。俺は背が低いし、痩せてるし、とても魅力的には見えないだろう。あっ、翼か? 空を飛んでみたいのか?」
「翼にも、空を飛ぶのにも興味はないよ? 私が興味を持ったのは、その低い身長と痩せたからだの方」
なんてこったい。
そう言うのが良いのか。
世の中わからんものだなあ。
しかし、ラビの見ているところで口説くのはやめて頂きたい。
教育上たいへんよろしくないだろう。
しかし、そんな俺の考えは、リーナに汲み取ってはもらえず、あまつさえずいっと顔を近づけて来る始末。
これは、誰にでも人生三度は訪れると言うモテ期とか言うやつなのか?
俺の前世には不具合でも起きたのかやって来なかったが、今度の人生ではちゃんとやってきたようだ。
しかし、ダメだ。
丁重にお断りしなくては。
そう思い口を開いた。
しかし、次の言葉を発するのはリーナの方が早かった。
「ねえ、私に跨がってよ!」
「えっ? はい!?」
思いもしない言葉を受けて俺の頭は真っ白になった。
「ご主人さま、ご主人さま。はやくこっちの世界に戻って来るのです!」
ラビが俺の手を心配そうに引っぱる。
「あれれ? 翼のお兄さん固まっちゃった?」
「ご主人さまは、考え事をするとたまに動かなくなってしまうのです」
いや、考え事じゃなくて何も考えられなくなって、固まったのだが……。
誰だって跨がってくれなんて言われたら思考停止するだろう。
「俺には出来ない……」
尚も働かないおつむに鞭打って、何とかお断りの言葉を捻り出した。
「うーん。ダメか。ちょっとだけ、本当にちょっと乗っかるだけでいいんだよ?」
それでもリーナは食い下がる。
「背徳的過ぎて良心が邪魔して俺には無理だ」
「えー? 女の子を鎖で繋いでるのに?」
「これはその……」
やはり突っ込まれたか。
俺としても外して欲しいのだが……。
チラリとラビに視線を向けると、なにかを悟ったのか、両手を首輪に添えてふるふると首を振る。
外させてはくれないよなあ。
これのせいで、毎回第一印象は最悪だ。
どっからどう見ても悪者にしか見えんわ。
ん?
待てよ?
悪者だと思われたところでなんの問題があるんだ?
凶悪そうに見えれば諦めて開放してくるんじゃないだろうか?
よし、めいいっぱい悪いこと言ってやろう。
「ああ、そうだ。俺は女の子に首輪させて無理やり従わせる悪い奴。ここにやって来たのは新しい女の子を手に入れるため。男が弓を構えたので逃げたが今はお前一人だ。捕まえてコレクションに加えてやる! そんなのは嫌だろう? さあ、はやく逃げるんだ!」
ちょっと棒読みな気がしないでもないが、噛まずにちゃんと最後まで言えたし、きっとビビって逃げ出してくれるだろう。
「えーっと……。わー。こわーい?」
くっ。
自信はあったんだが、リーナには全く通じない。
それどころか余裕を持って気まで使われる始末。
なんか恥ずかしくなってきた。
もう、お家に帰りたい。
そんな、くじけかけた俺の服を引き、ラビが上目使いに訴えかける。
「ごっ、ごっ、ご主人さまは悪者だったのです!?」
うん。
本気で俺が悪者だと信じてくれて嬉しいよ。
でも、信じて欲しかったのはラビじゃあないんだ。
自信は取り戻せたが、このままラビに悪者だと思われるのはよろしくないので小声で弁明を図る。
「ラビ、違うんだ。演技だよ演技。なんか変な女の子に絡まれてしまったし、悪者だと思わせてお帰り願おうと思ったんだ」
「あっ、演技だったのです? てっきり、今までラビは騙されていたのかと思ったのです」
「あー……」
もしかして、これはチャンスなのか?
ラビに全てを伝え、健全な関係を築くのも悪くはない気はする。
気はするが……。
タイミングが悪いな。
今はリーナに悪者だと思ってもらうのが先だ。
「あのご主人さま。別に跨がるぐらい良いのでは無いのです?」
「そんな事は出来ないよ。それに行く先々で女の子にホイホイ跨がるご主人さまなんて嫌だろう?」
「うーん……。そう言われると嫌かも知れないのです」
跨がられるのならいっこうに構わんのだがなあ。
そう言えばラビにすら跨がられた事がない。
今度ラビを乗せてお馬さんごっこしよう。
なんて俺に跨がるラビを想像していると、リーナが急かしてきた。
「打ち合わせは終わったかな?」
「ああ、うん……」
打ち合わせって言ってしまう辺り、もう信じてもらえない気がしてならない。
「今度こそどれだけ悪者なのか見せてやる」
「私としては、悪者でも構わないんだけど……」
「いやいや。悪者に跨がらせちゃダメだろ。まあいい、いくぞラビ。ご主人さまがどれだけ悪い奴なのか聞かせてやるんだ」
「ふえええええ!? ラビがご主人さまの悪いところを言うのです!?」
こういうのは純粋な子供の言葉の方が真実味を帯びて相手に届くものだ。
とりわけ、ラビは誰が見ても良い子に見えるだろうし適任だ。
「ご主人さまの悪いところ……」
ラビはぎゅっと目をつむり、うんうん唸りだす。
頑張れ、なにか一つぐらい思い付くだろう。
ご主人さまは悪い奴だとアピールするんだ。
「あっ! 翼の付け根が臭いのです!」
「ちょっ、臭いの悪者と関係ないよね!?」
俺だってそれは自覚しているさ。
手が届かないからどうにもならんのだ。
しかし、今言うべき悪いところはそこじゃあない。
「くっ、くくくっ……。必死に考えた悪いところが、翼の付け根が臭い。そんな悪者聞いたことないよ」
むう。
これは逆効果だ。
悪者になりきってお帰り頂くのは無理か。
諦めて話を聞いてみよう。
「なあ、なんでそこまで俺に股がらせたいんだ? 見ず知らずの男。それも見てわかる通りこの土地の人間じゃあない」
なんだか言ってて不安になって来た。
跨がった途端、育ちの悪い狂った奴らが出てきて、多額の金銭を要求されるのかもしれない。
「うーん。話すと長くなるんだけど……」
そう前置きをし、リーナは語り出す。
「私はね、走るのが大好きなんだ。四本の脚で大地を蹴って風を割り突き抜ける。それは誰も追い付けない私だけの世界。一番になれる唯一の世界」
語るリーナの声は高くはずみ、本当に走るのが好きなのだとわかる。
地を駆けるのが好き……。
俺にはわからない世界だな。
すぐにわき腹が痛くなるし、バテてしまうし、楽しいとは思えん。
しかし、四本の脚とは変な表現だ。
「でも、ガリオが怪我をしちゃったから、もう自由に走ることは出来ないかも知れない」
「なんでだ? 別に走るだけなら一人でだって出来るじゃないか」
「ううん。私は一人じゃ速く走れない。人を乗せていないとダメなんだ」
ここがよくわからない。
四つん這いで走る事は別にしても、人を乗せた方が速いだなんて話は信じられない。
「気持ちの問題なのか? 一人じゃさみしいとか」
「あはは。まあ、それも否定しないけど違うよ。手っ取り早く説明する為に跨がってくれた方が早いんだけどなあ……。あ、相性があるから、もしかしたら、合わないかもしれないけど」
余計にわからん。
相性がどうのなんて話まで出てきた。
「まあ、その話は置いておこう。だが、仮に誰かに跨がってもらう必要があったとしても、俺である必要は無いんじゃないか?」
「それは……」
リーナにも住んでいる村なり町なりあるだろう。
そこの人たち俺なんかよりも信用できるハズ。
いや……。
果たして本当にそうだろうか?
この世界よりも遥かに栄え、総人口一億三千万を誇る国に住んではいたが、跨がってくれと頼んでも跨がってくれる友人なんて居なかった。
なるほどそういうことか。
「さてはぼっちだな?」
「違う違う。友だちはいるよ? いるけど、友だちも跨がられる方が多いんだ。それに背が低くてやせ形で、何より相性が合わないとダメなんだよ」
「ぼっちじゃないのか……」
ぼっちなら、引き受けても良かったんだがな。
というか、ガリオがいるから最低限ぼっちではないか。
「ねえ、お願いだよ。ちょこっと、ほんの一瞬跨がってくれるだけで良いから! このままじゃ私、馬車に繋がれて一生を過ごすか、もしくは──」
「ば、馬車に繋ぐ!?」
おいおい、この国では、女の子を馬あつかいする風習でもあると言うのか?
狂ってやがる。
しかし、話はそれだけではなかった。
「もしくは、繁殖牝馬にされちゃうんだ!」
おおう……。
クレイジー……。
あれからしばらく草原を探索したが目ぼしいものは見付からなかった。
途中からは、おさんぽに成り果てたが、ラビはその方が嬉しかったようで、絶え間なく語りかけて来るほどだ。
そんなふうに道なき道をのんびり歩いていると、緑を割って流れる川を見付ける事が出来たので、二人並んで縁に腰かけ、足を沈めてひと休み。
火照ったからだの熱を冷ます。
「川のお水が冷たくて気持ちが良いのです!」
「ああ、割りと涼しげなところだけど、それでも動けば暑くなるからな。ありがたい」
「ふふっ。キレイな石を探しちゃうのです。それで、一番キレイな石をご主人さまにあげるのです」
ラビは元気だな。
さっそく遊び始めた。
ちょっと休憩しただけでもうこれだ。
溺れたりしないよう、しっかり見ていなくては。
「ラビ。あまり、俺から離れちゃダメだよ」
「わかったのです。でもご主人さま。この川の石はジャリジャリしてて全然ダメなのです……」
「どれどれ……。ふむ。たしかに砂利だ。浅くて緩やかな川だからかな。ほら、アメンボが水面を滑ってるぐらいだし」
川の石は下流に行けば行くほど小さくなるものだ。
上流からこの辺りは遠いのだろう。
「アメンボ……?」
おや。
アメンボを見るのは初めてか。
興味をひかれた様だ。
くりくりしたお目めで、じっと追いかけて……。
いや、顔で追いかけとる。
そして、何を思ったのか、お耳をまっすぐ伸ばしてアメンボをビシッと指差す。
「変なお魚なのです!」
「いやいや、アメンボは魚じゃないよ!?」
「でも、泳いでるのです」
泳いでいるのはみんな魚かい。
そもそもこれを泳いでいると言って良いものか。
しかし、アメンボ。
風情があっていいかもな。
城なしに放つのも良いかもしれない。
「んー。今日は一日ここで遊んで過ごそうか」
「えっ! ずっと遊んでいて良いのです!?」
「うん。探索しても成果は出ない気がするしね」
思えば最近は地上に降りるとなると食べ物ばかり探して、息抜きが足りない気がしなくもない。
たまにはこう言うのも良いだろう。
「でも、良さそうな石はないのです……」
「いやいや、そんな事は無いさ。こういう場所ならとびっきりのヤツが見つかるかも知れないぞ。砂金とかね」
「金!?」
おっ、目の色変えたな。
金貨なら既におもちゃにしてるから、あまり興味が無さそうなもんだが。
やだなあ、金や宝石にばかり興味のある子に育ったらどうしよう。
「ラビは金が好きか?」
「好きか嫌いかと言うよりも、なんだかすっごい物のような気がして気になるのです」
「そうか。なんだかすっごい物のような気がするか」
わからんでもないな。
なんか金って聞くとそれだけで大それたものに聞こえてしまう。
しかし、適当に言ってみただけなので、本格的に期待されると困るな。
まあ簡単には見つからない方がそれはそれでロマンがあって良いが。
「絶対に見付けて見せるのです!」
「そうだね。ちっこいのでも構わないから見つかるといいな」
道具もなく、砂利を両手ですくって揺するおざなりな感じのする砂金探し。
それでもラビは飽きもせずに夢中で砂利とにらめっこ。
しかし、不意にその表情を変えた。
そして目を軽く細め、ウサギのお耳を立てて、ゆっくりと辺りをうかがう。
いつもはポケポケしたラビだけど、この顔をする時はハズレなく必ずナニかがある。
「どうしたラビ。魔物でもいたのか?」
「うーん。魔物じゃないのです。なんだか……。困ってる?」
でもそこはやっぱりラビで要領を得ない。
「うむ。さっぱりわからん。行って確認してみよう」
「わかったのです! こっちの方なのです!」
ラビに手を引かれ、後に続く。
しかし、ほとんど視界を遮るものが無いので何かあればすぐに見つかるはずなのだがなにも見当らない。
ラビの聞き間違いか?
それにしては迷うことなくまっすぐに進んでいる。
まさか、お化けや幽霊だとか言うんじゃなかろうな。
「なあ、ラビ。ラビは何か見えてはいけないものが見えたりするのか? 特に困ってそうな何者かは見当たらないんだが」
「えーっと。うーん。意味がわからないのです。あのもっさりした草の後ろに誰かいるのです」
「ああ、死角になって見えないだけだったのか……」
見えるのですとか言い始めたらどうしようかと思ったぜ。
ともかくこっそり近付いてみよう。
ラビの言うもっさりとした木に回り込む。
すると、追い詰められた表情をした少年と少女がそこにいた。
「困っているってのはこれか。少年の方は長い弓とナタをもっているな。ラビ、念のためこっそり静かにするんだよ」
引かれていた手で今度は俺がラビを引き寄せ草陰に身を潜める。
「こっそりなのです……!」
「しー……! まだちょっと声が大きいよ……」
「わかったのですっ……。すぅー……!」
息を止める必要まではないんだが……。
あっ、でも俺もむかーし、静かにと言われたら同じことをしたような気はする。
まあ長持ちしないのだけど。
「ぐぐぐっ……」
ほら、直ぐに顔が赤くなってぷるぷるしはじめた。
「ぷはーっ……」
うむ。
やっぱりこうなるよなあ。
いやいや、和んでる場合じゃあない。
少年少女の話を盗み聞きしなくては……。
ん?
そんな事をして俺はなにがしたいんだろう。
この場をそっと離れた方が余計なトラブルに巻き込まれなくてすみそうな気がする。
人に会えば、毎回いらん誤解を受けるし……。
頭では冷静に思考するも、少年少女。
特に少女の方が気になって、その場から離れる事は出来なかった。
「困ったなぁ。ガリオがこんな状態じゃあレースに出られないよ」
少年の方はガリオっていうらしい。
小柄で細身な身体だ。
どうやら怪我をした様で、右手と右足を右手でしきりに擦って怪我の痛みを散らそうとしている。
「ううっ。すまないリーナ。何とか僕の代わりに君に跨がれる騎乗士を探して見せるから」
少女の方はリーナか。
少年とは対照的で健康的な身体だ。
赤く焼けた肌から察するにスポーツでもするのか?
レースがどうのとか言っているしな。
まあ何処にでもいそうな少女の気がする。
ところがこの少女はちょっと変わった格好をしているのだ。
布。
いや、革かな。
そんな素材で出来たベルトで、畳んだ足を左右それぞれ固定して膝足立ち。
座れば必ず正座になる。
なんだありゃ?
強制正座装置か?
なにかの罪に対する罰?
いったいなにをすればこんな格好をさせられるんだ。
異世界ってのは不思議で溢れているモノだが、これは初めてだ。
「うーん。見付かるかなあ。でも、ガリオが気に病む事じゃないよ。私が穴に足を取られて転んだから悪いんだし」
「いや、落馬での怪我は騎乗士の落ち度だよ。最近頻繁にこうやってリーナが穴につまずく事が多かったし、もっと良く注意すべきだった」
「それこそ私が悪いよ。穴を見落としたんだもん……。でも、おかしいんだよね。確かに穴なんて空いていなかったハズなんだけどなあ」
ぬう。
イマイチ話が見えないな。
リーナが転んでガリオが怪我をした。
そんな話だとは思うんだが、それでなんで転んだ本人ではなくガリオの方が怪我をしているんだ?
庇ったとも考えられなくもないが……。
どうにも“落馬”や“騎乗士”なんて言葉が引っ掛かる。
「とにかく一度戻ろう。ここで悩んでいても仕方がない」
「うん。じゃあ、私に跨がって」
うん?
なにやらリーナの方が四つん這いになったぞ?
そして、ガリオがそこに跨がって……。
「えっ!? 女の子に跨がるの!?」
「ごっ、ご主人さま! 声が大きいのです! 急にそんな声を出したらちびってしまうのです……」
「すまんラビ。余りにも驚いたものだから……。 あっ」
しまった。
隠れて様子を伺っていたのを忘れていた。
「そこにいるのは何者だ!」
いかん完全に気付かれたぞ。
こう言うときはアレだ。
ネコのふりをしてやり過ごすっ!
俺はこれを一度やってみたかった。
やろうと思っても、なかなかそんなシチュエーションに恵まれずもどかしい思いをしていた。
いまこそ、この想いを果たすときだ。
動物の鳴き真似には自信がある。
目をつむれば瞬時に設定が浮かんでくるぐらいだ。
三毛猫、メス、三才。
お爺さんに先立たれたお婆さんの飼い猫。
お婆さんのうっかりで、ネコ缶ではなく鯖の水煮(味噌味)の缶詰めを差し出されて困惑したミケランジェロの声。
「ひぁーぅおーん?」
「ガリオ! 猫だよ! 猫がいるよ! なでなでしたい!」
おっ?
成功か?
でもこれ成功してもこっちに来るんじゃ……。
「リーナ。近付いてはいけないよ……。人の声がしたじゃないか。何者かがネコを騙ってるだけだ。ほら、そこの木からウサギの耳と白い大きな翼がはみ出でて……。えっ? 何者!?」
リーナは騙せても、ガリオはそうはいかなかったらしい。
しかし、どうやら俺とラビの混ざった姿を想像したようで、少し動揺している。
この機に乗じて逃げてもいいかな。
弓を持っていたから、後ろからプスリとやられる?
いやいや怪我をしていたから、弓なんぞ射ることは出来ないか。
よし逃げよう。
「すまん。覗き見するつもりは無かったんだけど、不思議な格好をしていたから気になったんだ。特に危害とか加えるつもりはないから。じゃ、そう言う事で!」
言うが早い。
俺はラビを小脇にかかえると駆け出した。
序、
破、
急、振り落とされて地面に突き刺さった。
薄暗い闇のなか。
視界は、手を伸ばせばぼんやりと、そのシルエットがうかがえる程度。
辺りには何も存在しない。
ここはどこだ?
たしか俺はリーナに振り落とされ地面に突き刺さったハズだ。
あっ、もしかして、俺死んだのか?
ほっぺつねっても痛くないし……。
リーナはかなりの速度を出していて、その状態で頭から落ちたのだ。
普通なら首の骨が折れて死ぬ。
だが、俺には【落下耐性】がある。
あのぐらいで死ぬわけ無いんだがな。
土を喉に詰まらせて窒息したか?
さすがに尻で息は出来ないし。
そうやって、死因を適当に考えていると背後に気配を感じた。
反射的に振り返る。
するとそこには淡い光に照らされた少女が四つん這いになっているではないか。
知らない女の子だ。
この女の子も死んでここにやって来たのかな。
でも、なんでこんな格好をしてるんだろう。
『ねえ、私に跨がってよ』
おいおい、またかよ。
今しがたそれが原因で死んだところだから遠慮願いたい。
すまんがまた今度にしてくれ。
そうお断りを入れようとした。
しかし、異変に気付く。
声が出ないのだ。
なんだ?
どうして声が出ないんだ?
息は出来るのに……。
あー……。
いや、息もしてないわ。
困ったな。
これじゃあ断れない。
どうしたものかと困り果てている俺をよそに、少女は俺の足にすがり付いてくる。
そして、ゆっくりとからだに手を這わせ、スネ、モモ、腰と伝っていき、やがて俺の頬に両手を添える。
『ねえ、私に跨がってよ』
少女は恍惚とした表情で再び乞うてくる。
なんだか、変な気分になりそうだ。
本当に跨がって欲しいだけなんだろうか?
もっと色々しちゃうんじゃないかこれ?
などと、少しだけ……。
いや、正直かなり期待なんかしちゃっていると、スネを引かれる感触がした。
ぐいっ、ぐいっ……。
なんだろうと気になりそっと視線を移す。
『ねえ、私に跨がってよ』
増えた!?
いつの間に現れたんだ。
驚きのあまり半歩引き下がると足がナニかに触れた。
嫌な予感がしつつも、そちらに顔を向けると。
『ねえ、私に跨がってよ』
うおおおお!?
また増えた!
いったいなんだって言うんだ。
幽霊ってやつなのか?
普通、こういうのは俺が化けて出るもんだろ!
振り落とされ死んだ男が未練がましくもうんぬんって感じでさあ。
ん?
よく見れば穴が開いて次から次へと跨がり希望の少女たちが這い上がってくるではないか。
おいおい、どんだけこの世には跨がられたい女の子で溢れかえっているんだよ!
いや、この世ではない……。
のか……?
でも変だな。
跨がられたくてすりよって来るわけじゃ無くて、穴に引きずり込もうとしているような?
『ねえ、私に跨がってよ』
俺に群がった少女たちは、そう口にし、次々と足や、腕、翼なんかを引っ張り始める。
ぐいっ、ぐいっ……。
ぐいぐい、ぐいっ……。
ああ、これは確実に引きずり込もうとしてるわ。
穴の先に何があるのかはわからんが、楽しく幸せな世界は待っていないよな……。
待ってないかな?
もしかしたら、この跨がってよちゃんたちと、これから先ずっと……。
いや、いかんいかん。
俺はラビのご主人さまなのだ。
死してなお、気高くあらねばならん。
墜ちてはいかんのだ。
だから、このまま好きにさせておくわけにはいかない。
ともかく俺は逃げ出した。
先の見えない闇のなかをどこまでも。
すぐ後ろにまで気配を感じたが、足を止める事なく走り続けた。
どれだけの時間走っていたのかはわからない。
どれだけの少女が俺を追いかけているのかもわからない。
もう、疲れた。
いっそ足を止めて少女たちの望むだけ跨がってやればいいんじゃないか?
穴のなかで延々と跨がるはめになりそうだけど……。
どうでもいい。
もうどうでもいいや。
すまんなラビ。
ご主人さまはどうなっちゃうのかスゴく興味ある。
だから俺はすべてを諦め足を止めた。
そして、少女たちの方へ振り返る。
さあ、来るならこい!
跨がり尽くしてやるわ!
って、あれ?
しかし、そこに少女の姿はなかった。
ちょっと覚悟を決めちゃったりして、いたたまれないじゃないか。
いったいなんだったんだ……。
おや?
辺りが明るくなって来たような……。
それに何か聞こえる気がする?
「ご主人さまご主人さまご主人さま!」
これは……。
ラビの声?
なんでラビの声がするんだ?
情けないご主人さまを叱りに来たんだろうか。
疑問に思いつつも声のする方へと向き直った。
「ご主人さま!」
すると次の瞬間、涙と鼻水とヨダレでぐちゃぐちゃになったラビの顔が眼前に現れた。
「むごおおお!? げほっ、こほっ……。うえっ、なんだこりゃ、口のなかが土臭い……。あっ、喋れるようになった……」
「良かった。ご主人さま生き返ったのです!」
「あれ? 生き返った……?」
覚醒しきらないまなこで辺りをゆっくりと見渡す。
どうやら、屋外では無いようで、丸い不思議な形をしている部屋に俺はいた。
なんだ。
さっきまでのは夢だったのか。
てっきり、死後の世界か何かかと思ったわ。
夢のなかなら穴に落ちても良かったかもしれない。
勿体ないことしたな。
なんて、考えながらも更に視線をさ迷わせていると、リーナと目が合う。
「あっ……」
しかしリーナは小さく声を上げるとすぐに目をそらせた。
なんだ?
俺避けられる様なことしたっけか?
もしかして、寝言で変なことを口走った?
「ごめんなさいっ! 私のせいでこんな目に……」
「別にいいよ。生きてたし。でも、次は勘弁しておくれよ?」
「う、うん……。あれ? 次って、また跨がってくれるの? 殺しちゃうところだったのに?」
それは違うな。
死にかけたのは、落とされて地面に刺さったからじゃあない。
土を喉に詰まらせたからだ。
「俺は簡単には死なないよ。空から落ちても死なない程度には丈夫に出来ている。でも、息が出来なければさすがに死んでしまうから、次に地面に突き刺さったら、土を掻き出しておくれ」
「う、うん! 次は絶対にそうする!」
もっとも、再度地面に突き刺さるのもごめんではある。
というか、本当に良く生きていたな。
呼吸出来ない状態でここに運び込まれて放置されたんだ。
普通は確実に死ぬ。
あれ?
もしかして、死んでいたんじゃないか?
あれは夢でなく、生と死の狭間だったり……。
穴に引きずり込まれてたらほんとどうなってたんだろう。
「ご主人さま。また、この人に跨がるのです? もうラビはご主人さまが死んじゃうのは嫌なのです……!」
「あー……」
まあ、そうだよな。
俺が死にかけたらラビが悲しむよな。
いかんいかん。
一度死んでいるものだから、どうにも死に対する感覚が緩くなっている。
人は死んだら転生する。
この仕組みは本来知られてはいけないものなんだろうな。
「ラビ。心配いらないよ。今回はたまたま運悪かった。ついでに対処が悪かったってだけだし、もうこんな事にはならないよ」
「でも……」
「俺が股がらなければ、リーナが繁殖牝馬にされてしまうんだよ?」
いつまで、どれだけ跨がればリーナが解放されるかはわからない。
でも、出来る限りの事はしたい。
長引いたり、解決出来ないようなら空の上に連れていってしまえばいい。
本当に難しい話じゃあないんだ。
「はんしょくひんばって何なのです? それはご主人さまが死んじゃうよりも酷いことなのです?」
「うーん。俺にも繁殖牝馬がなんなのかイマイチわからないけど……」
チラリとリーナに視線を送るが、目を伏せ目がちにそらされた。
言えない……。
か……。
まあ、読んで字のごとくなんだろう。
「ラビは自分大事なご主人さまと、女の子ピンチを救っちゃうご主人さま。どっちがラビのご主人さまに相応しいと思う?」
「も、もちろん、ピンチを救っちゃうご主人さまの方なのです!」
「そうだろう、そうだろう。ご主人さまだってそうだ。だから、協力してあげよう」
「わかったのです!」
よしよし、素直に納得してくれたか。
ご褒美に跨がらせてあげよう。
「ほーらラビ、お馬さんだぞー」
「わっ、ご主人さま、まだ動いちゃダメなのです!」
「あはは。たのしそうだね。でも、この辺りじゃ、それはやめた方が良いよ」
おや?
「なんで」
「それは私たちが馬だから」
「なあ、どうしてリーナは自分を馬だと言うんだ?」
「それはね、ほら」
そういって、髪をたくしあげるとそこには
獣の耳だ。
「じゃあ、こっちも」
そういって、こちらにお尻を突きだして見せる。
今まで気がつかなかったがしっぽが生えていたんだな。
結構な長さで
なんだか、ポニーテールみたいだ。
ん?
ポニーテール?
「もしかして、リーナは……」
「そう、馬の獣人なんだよ」
序、跨がってくれと言うリーナの頼みを断った。
破、それでも引き下がって貰えず事情を聞くと。
急、なんとリーナは最悪繁殖牝馬にされるらしい。
果たして繁殖牝馬とはいったいなんなのか。
それをリーナに聞いて良いものなのか。
俺にはさっぱりわからない。
「だからね? 私に跨がってくれないかな?」
もうこれは跨がるしかない気がする。
俺が跨がることで一人の少女が救われるのだ。
少女に跨がるという行為は正義である。
「それなら仕方がない。俺、跨がるよ」
「本当に!? 良かったー。じゃあ、さっそく私に跨がってよ!」
「あ、ああ……」
嬉々として四つん這いになるリーナを見るとやはり背徳感が凄まじい。
ん?
背中に鞍まであるのか。
本当に馬みたいな扱いをされているんだな。
おや?
よく見ればまん中に穴が空いている。
これは──。
「ねえ、はやく、はやくー!」
「わかったわかった」
身をよじって催促する様がなんだかいやらしい感じがして嫌だ。
放っておいたらいつまでもよじってそうだ。
はやく跨がってしまおう。
跨がりやすい様、からだをささえるため、リーナに手を伸ばす。
しかし、そこで待ったが入った。
「まて! リーナに触るな!」
ガリオだ。
怪我を庇いながら這いずって追い掛けてきたのだ。
苦痛に顔を歪めながらも、庇うようにリーナの俺から遠ざけた。
「ガリオ! 今、ようやく跨がってくれる気になってくれたところなんだ。邪魔をしないでよ」
「そう言うわけにはいかないよ。こんなどこの馬の骨ともわからない奴を君に乗せるなんて出来ない!」
「ちょっとガリオ!」
まったくもってガリオが正しいと思う。
思うが、跨がらないと馬車に繋がれたり、繁殖牝馬にされるなどと聞いてしまっては、はいそうですかと立ち去ることは出来ない。
「リーナ。僕に任せてくれ。必ず、僕の代わりに君に相応しい騎乗士を見付けてみせる」
「もう時間もないし、そんな悠長な事をしている余裕はないんだよ? それにガリオ以外に私と相性が良い騎乗士なんていなかったよね?」
「確かにこの辺りでは僕しか相性が合わなかったかも知れない。でも、国中を探せば見付かるハズだよ」
「だから、もう、そんな時間がないって言ってるじゃない」
なにやら俺そっちのけで良い争いが始まってしまった。
こういう時、他の奴ならどうするんだろう。
仲裁とかしたこと無いんだよなあ。
「あの、ご主人さま……」
途方にくれているとラビが俺の手を引いた。
「ん? どうしたんだいラビ?」
「ラビはお腹が空いたのです」
「あー……」
人が言い争いをしている側で食べても、美味しくは無さそうだが長引きそうだし、おやつにしようかな。
少し距離をとれば気にならないかも知れないし。
「じゃあ、おやつにしようか。ここは割りと涼しい国みたいだから、温かいのにしようか」
「はいなのです!」
そんなわけで、リーナとガリオから離れ、おやつにすることにした。
「薪を組んで火を起こしてっと」
「何を作るのです?」
「いや、作るわけじゃあないよ。干し芋を火で炙るんだ」
焼き芋は少し時間が掛かるけどこれならすぐに出来る。
干し芋と串を鞄から取りだし、焚き火の側に突き刺して、炙った。
「はー。甘いニオイがしてきたのです!」
「もう、いいかな。ほら、熱いからふーふーしてお食べ」
「あちち。干し芋なのにほくほくしておいひいのれふ」
うんうん。
喜んでもらえて良かった。
普段は温めない方が美味しく感じるけれど、この気温だと暖かい方が良い。
落ち着いてお食べ。
「あー! いなくなったと思ったら何か食べてる!」
「君たち、よくこの状況でこんな事出来るものだね」
「言い争いなんて見てて気持ちの良いものじゃあなかったからな」
どうやら、話に決着が着いたようで、二人揃ってこっちにやって来た。
「で、話はどうなったんだ?」
なんだかリーナが物欲しそうに、あったかい干し芋を見詰めているが、見なかった事にした。
「うん。取り合えず跨がって相性見てからじゃないとなんとも言えないと言うことで」
「あまり気は進まないけど事情が事情だからね。でも、仮に相性が良かったとしても、僕は別の騎乗士を探すからね」
「ガリオはどうしてそう余計な事を言うのかなあ……」
確かにそんな事を言われて気持ちの良いモノじゃあない。
だが、それで良い。
異世界ってのは、悪い奴らがごろごろしてるんだ。
他人に対していくら警戒しても過ぎることは無いさ。
「じゃあ、さっそく跨がってみよう……。あー。干し芋は事が済んだらたらふく食べさせてあげるから」
まだ芋を見ているリーナには緊張感が足りない。
「本当に!? じゃあ、はやく跨がって!」
「リーナ……。その前に改めて挨拶をしよう。名前ぐらいは互いに交わしたい」
「えー……」
まあ、そうだよな。
既に二人の名前は知っているが、こう言うのは形が大事だ。
おざなりにしてはいけない。
ガリオは若いのにしっかりしているな。
「僕はガリオ。リーナの騎乗士をしている。騎乗士とは、文字どおり馬に乗るものの事だ」
「私はリーナ。リーナって呼んでね。ガリオ専用の馬だよ」
騎乗士……。
それに馬か……。
相変わらず平然と馬扱いだ。
文化的なものなんだとは思うが腹立たしいな。
よそ者が口を出すべきでもないと言うのもなんとなくわかるが、これはどうにもならん。
だが、きっと他からみた俺とラビも似たようなものなんだろうな。
思うところはあるが、互いに知らない事は多い。
今は挨拶を済ませてしまおう。
「俺はツバサ。こっちはラビ。はぐれた仲間を探しつつ、世界中の作物何かを集めて育ててる」
「あっ、さっき食べてたやつがそう?」
「うん。芋は一番自信があるよ」
リーナは食いしん坊なんだな。
走るから腹も減るのかな?
アスリートは沢山食べるとか聞いたことあるし。
「じゃ、もう良いよね? 速く済ませちゃおう!」
「あ、ああ……」
四つん這いになって、はやくはやくと急かすリーナの肩に手を掛けて、俺はその背にゆっくりと腰を降ろした。
鞍があるせいか、思ったよりも違和感がないな。
女の子に跨がっているという実感もない。
思ったよりも無機質な感じだ。
こんなものだから、馬あつかいなんて出来るのかも知れないな。
ん?
ガリオが今少し驚いた様な顔をしていたんだが気のせいだろうか。
「どうだ? 俺は相性が良かったか?」
「うーん。なんだか、空を飛べる気がする?」
「えっ、なにその反応。そして、なぜ疑問系なんだ」
あれ?
もしかして、相性合わなかったのか?
困ったな。
こんな時の為に慰めの言葉を用意しておくんだった。
「あー。力になれなくてすまん……。干し芋はあげるから。たからその……。強く生きてくれ……」
「あっ、違う待って! 相性は悪くないんだ。むしろ凄く良い。でも、ちょっと明後日の方に突き抜けてる変な感じなんだ」
「いや、それは相性が良い様には聞こえないぞ?」
表現が酷く抽象的で的を得ない。
「ねえ、ちょびっと走ってみて良い?」
「別に構わないけど、ちょっと跨がって終りなんじゃなかったのか?」
「やったー! へへっ。全力で走っちゃうよ! 振り落とされないようにしっかり掴まっててね!」
そう言ってリーナは一気に加速した。
人の話を聞いちゃいねえ!
ちょびっとと言いながらも全力で走っちゃうとはどういう了見だ。
しかもかなりの速度が出てるし。
何で四つん這いでこんなにも速く走れるんだ。
もう、ラビとガリオがちっさい点になってるわ。
「ねえどう? 私に乗るの気持ちいいでしょ?」
「ああ、確かに、気分が、スカッと、して、気持ち、良いが──」
縦揺れが凄まじい。
喋ると舌を噛みそうだ。
何度も浮いたり、背に叩き付けられたりするから尻が痛い。
これはぢになるんじゃないか?
そういや、鞍に穴が開いてたっけ。
あれは円座の代わりにぢを防ぐためだったのか。
「な、なあ、いったん、止まって、くれないか?」
「えっ? もっともっと速く走る私がみたい?」
「そんなん、言っとらんわ! わかってて、言ってるだろ!」
こんなにも急に加速するとは思っていなかったものだから、イマイチ体制が安定せず振り落とされそうなのだ。
からだが右に片寄りすぎてる。
体制を整えたいが、鞍はあっても足を掛けるところなんてないから踏ん張りがきかん。
手でからだを引っ張ればいけるか?
そう考え、リーナの肩を掴む腕に力を入れた。
すると──。
ズルッ。
「あっ……」
走っていれば同然汗もかくわな……。
俺は手を滑らせ、リーナの背中にぶつかって、その反動でからだが後方に投げ出され宙を舞った。
「からだが軽い! 本当に空を飛べる気がする! まるで誰も乗せてない様な自由な感じだよ!」
そりゃな。
俺はもう既に振り落とされているからな。
どこまでも自由な感じがするだろうよ。
俺は地面に頭から突き刺さる直前、心のなかでそう呟いた。
馬を大事に。
食べなきゃ老いて死んじゃう。
そらな。
馬のスープ
「いえ、馬肉にございます。バッドボーイ13号を絞めて調理いたしました」
「ブハッ! ごほっ、ごほっ、今日までの命ってそう言うことかい!」
「わあ。バッドボーイ13号が霧になった」
「うん。バッドボーイ13号が霧になったね」
空を飛ぶ
ちょっと重い
跨がって飛ぶ
ちびっこも
まさかのお母さんも
「じゃあ始めよう! 今度は急に走ったりしないから心配しないでね」
「ああ、わかった」
「待ちなさいツバサ。あなた調教の成果を生かせて無いじゃない。胯がり方がなっていないわ」
「跨がりか方なんて習った覚えはないんだが……」
「まず、ただ跨がるだけでは不十分。股に力を入れて、リーナのお腹をしっかりと挟んで」
「手綱とかないのか?」
「あるわ。でも、股だけでからだを支えられるようになって。」
手綱イコールブラジャー
「お母さんに馬車引かせるの!?」
食用の馬に引かせればいいんじゃないんかね。
しかも金属製で、馬車というよりは列車。
それも、かなり重厚で、大砲ぶちこんでも壊れなそうだ。
「
「ダメダメダメ。ツバサはお母さんに乗っちゃダメだよ」
このお母さんに乗っちゃダメと言う言葉のシュールさ。
相変わらず順調に狂ってるやがる。
「なんで、俺は馬車に乗っちゃダメなんだ?」
「へへー。ツバサは私に乗って行きまーす!」
「ああ……」
そう言うことね。
「ふふっ、リーナと王都まで競争ね。またまだお母さん負けられないわ。ねえ、セワさん」
「お任せください。必ずや、奧さまのご期待に添えて見せましょう」
元気だなあ。
「げっ! お母さん本気だ! ツバサ、早く出発しよう!」
「競争なのに先に走っちゃって良いのか? 馬車のハンデもあるしあんまりなんじゃ」
「良いの、良いの! お母さんなら、山ひとつ繋いだって多分へっちゃらだから!」
「別に迫ってくる気配はないぞ?」
「お母さんは規格外なんだよ。駆ける音が聞こえてくる頃にはその姿は遥か先にあるんだ」
「そんな馬鹿な」
音が後に聞こえてくるって事は、音速を超えているじゃないか。
ゴォ……!
ぬおっ、なんて衝撃波だ。
これがソニックブームってやつか。
城壁がない
「壁なんて作ったら逃げられないじゃない」
マーメン
馬肉を麺状にしたもの
サンマー麺
こぶし三つぶんの肉を使うから。
細く切った肉の麺
前夜 プレッシャーで苦しむない主人公のところにガリオがやってくる。
そんなに蒼い顔をしていたら、リーナまで不安になってしまう。
ワール・インダーとガルオの密会
「今回の遠征も大成功と聞いております」
「なに、モンガルの傭兵あってこそだ。」
「ジューシャよ。この馬車を見てどう思う?」
「我が国の最新モデル、○○……。いや、これは、同社にオーダーメイドをかけたモノですかね」
「ほお、目が効くな。その通り。しかし、馬がおらぬ」
「十二分に映える馬がすでに繋がれておりますが」
「こんなモノ、輸送用の駄馬に過ぎぬ」
「左様で御座いますか」
「だが、直に最高のメス馬も手に入る。ふむ、そうだな。事が済んだら、この馬は貴様にくれてやる。馬車はやらぬがな」
「なんと!」
ジューシャは、馬車に対する知識から、当然馬にも興味があったのだろう。
目を大きく一度開き、口元を緩める。
しかし、それもつかの間。
ワール・インダー男爵に見えぬところで、パタパタと右手の指を折り、顔色を変える。
「い、いえ、それは、私めには勿体なく……」
「くくくっ。謙虚なやつめ、顔が欲して仕方がないと語っておったぞ? なに、遠慮はいらぬ。私は今、気分が良いのだ。そうだな、馬車もあてがってやろう」
「馬車まで!?」
今度は、左手の指をパタパタとおり、顔を青くする。
馬と言うのは、手間も金も掛かる。
馬車もそれは同じだ。
「」
リーナの首筋から汗が水玉になって飛んでいく。
股から伝わってくる熱も高い。
キラッ。
おやっ、今何か光ったような?
『おーっと! 不運にもハッシリーナの進路上に氷の槍ぶすまが現れたー!』
そんなもんが不運で現れてたまるか!
しかし、リーナはまっすぐに氷へと突き進む。
「リーナ!?」
「大丈夫だよ。ツバサ、私を信じて翼を貸して!」
『ハッシリーナ飛んだー!』
「けれど、これじゃあ足りなくないか?」
「踏み台にすればいいよ。それっ!」
でも、嬉しそうだ。
表情は見えないし、言葉も交わせないけど何となくわかる。
組体操式槍ぶすま。
「なんと。主さまとあろうお方が手間取っておるじゃと?」
「ああ、」
「仕方ないのう。仕方ないのう。主さまはわあがいないとだめなのじゃ!」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべおってからに。
「まあ、見ておれ。日出国の忍の力、とくと見せてやるのじゃ」
『あー、あー。こんなもんかのう』
『こほん。第7分隊と第8分隊は何をやっている。カッケ・ラーナが迫っているぞ。【竹割りの陣】じゃ!』
『なっ!? バカな! 今のは私ではない、偽者だ!』
『ええい、そいつに構うな。私こそ本物だ!』
「あっはっはっは。見るのじゃ主さま。敵があたふたしている間にラーナが突撃して兵が宙を舞っておるぞ!」
わあ。
シノ、すっごく楽しそう。
指揮系統の掌握、錯乱とはえげつない。
サウザンドローストの火計により逃走は不可能。
リーナの父、ハッシ・ンッダー到着。
「ほら、走れ!」
「い、い、い、嫌ああああ! カユイ、キモい、やだやだやだ!」
「お、おい、暴れるな!」
狂ったようにからだをブンブンと振り、インダーを拒絶する。
これが馬との相性ってやつか。
「くはっ……!」
そのままインダーは放物線を描いて飛んでいき。
ドッボーン。
肥溜めに落ちた。
「ガボッ、くっ、臭い! うえ、たす、助けてくれ!」
「うわあ、触りたくないな。」
「汚いのです……」
「これ、おらが治療しなきゃなんないのかなあ」
「もうこのまま埋めちゃおう」
可愛い顔してさらりと
悪いヤツの最期には相応しいのかもしれないな。
後は──。
「馬車に繋いでこきつかわせてもらうさ」
『さあ、ハッシリーナ。間も無く第一ゲート赤門を通過しました』
『ハッシリーナは、相変わらずの恐れ知らずですね。』
「えっ? そんなんきいてないぞ!?」
「うおおお! スゲー矢の数だ」
「見える!」
あっ!
一本だけ、落としきれない!
ズブッ。
「ヒギィ!?」
「すまんリーナ」
「ちょ、ちょっとびっくりしたけど、私は大丈夫! 鞭で左右お尻を叩いてくれれば、よけるから」
なるほど、俺だけでどうにかしようなんて考えたらダメだわな。
「100倍の軍隊に立ち向かって、一人も欠けずに凌いだんだから当然です」
「いや、でもそれだけじゃ、そんな話にはならんだろう」
「そんなことないよ。あっ、でも、トーサンダンサーちゃんが酒場で謳ってるって聞いかも」
あいつか!
「ついでに私たち暗部も噂を広げて起きましたわ」
「なにしちゃってるの!?」
「今回の一件は王族に対しての不信を抱く強烈なスキャンダルになりかねません。ですので、より強烈なインパクトで英雄誕生へと、民の気を反らす必要があったのです」
「なるほど。そう言うことか。政治に巻き困るのは好きじゃ無いんだけなどな」
「すみません。でも、この案はおシノさんが出して下さったモノなんですよ?」
おいおい。
さんざん忍者したのにまだ足りなかったのか。
「にゃーん?」
シノを見やればネコの姿で惚けおる。
「あとね、王都にいけばツバサはモテモテだよ? ツバサの赤ちゃんが欲しいって娘がたくさんいるんだ」
「えっ!? なんでそんな事になってるの!?」
「ツバサの赤ちゃんにはきっと翼が生えているでしょ? すっごくカワイイんだろうねって話題だよ」
「あー……」
その発想はなかったわ。
ガリオ玉砕シーン。
ぽつぽつとわずかな
そこにリーナとガリオはいた。
俺たちは木の影からそれをじっと見守る。
もとい、覗き見する。
いつかみたようなシチュエーションだ。
「なにが始まるのです?」
「しぃーっ……。小声で話すんだ。邪魔しちゃダメだよ?」
「わかったのです……! すぅー……」
「ルガアアアアア!」
咆哮を挙げ、ツバーシャが飛び立つ。
それでもリーナはしばらく追いかけてきたが、駆けるのを止め、お別れを悟ったのか寂しそうな顔をした。
でも、すぐに笑顔に戻るとぶんぶんと手を振ってくれた。
「ツバサ! 次は遊びに来てねー!」
「気が向いたらなー!」
「ダメー! 絶対だからー!」
「しかし、良かったのかのう? ここに残ればおなごや、地位や名誉、金。おなごにだって不自由はせんのじゃ」
「あ、うん。うん……? なんでおなご二回言ったの? まあ、魅力的ではあるけれど、今はやるべき事が残っているしね」
「しかし、何か忘れているような……。なんだったけなあ」
「忘れ物? 戻るのです?」
「まさか。いまさら戻るのはないさ。無くても困らないけど、あるとラビが喜ぶモノだったような気が……。あっ! ニンジン!」
包んでもらうのすっかり忘れてた。
「それなら心配ない。わあが受け取っておるのじゃ」
「さすが忍者。ぬかりない!」
「主さまがぬかっておるからのう」
返すことばもないな。
ありがたい。
帰ったら城なしにニンジン畑を作ろう。




