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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チートスレイヤーシリーズ

チートスレイヤー -許されざる者-

作者: 8D

 この話は短編「チートスレイヤー」と同じ世界観を共有する話です。

 また、続編「チートスレイヤー -不動-」の次の話となっております。

 今後も、短編形式で続きの話(時系列はバラバラかも)を書いていく予定です。


 短編を追うのが面倒だな、という声があれば今までの物を連載に纏めます。

 ただ、心のデトックスを兼ねて書いている部分があるので更新はとても遅くなります。


 感想返しについては、話を投稿・更新した際の活動報告で行う様にしています。

 返信が遅くなってしまいますが、お許しください。

 ベイルス王国南部。

 コロール村。


 街道から外れてはいるが、その村の東側には石造りの高い搭が建っていた。

 誰が何の目的で建てたのか……。

 宗教的な建造物であるのか、軍事目的のものであるのかすらわからない。

 あまりにも昔からあり、誰もその用途を知らない建造物である。


 村の者ですらその由来を知らない塔の前に、村長を始めとした村の者達が集まっていた。


 誰も近付いてはならないと、そう言われている塔の前。

 そこに集まる村人達の中に、一人の少年がいた。

 少年は村人達の先頭に立ち、何かを待つようにその入り口を見詰めていた。


 その表情は暗く、不安そうだった。

 いや、この場にいる誰もがそうだった。

 表情の明るいものなど誰もいない。


 その中でも、少年の表情は一際ひときわ暗かった。


 そんな時、音が響く。

 何かが破裂したような、乾いた音が。


 少しして、音を立てて扉が開く。

 何かを地面に投げ捨てる音がする。


 地面を転がったのは、一人の女性だった。

 衣服の一切を身につけていないその女性は、地面に身体を打ちつけられて何の反応も示さなかった。

 瞳には光がなく、左右の眼球はあらぬ方を向いている。

 身体に力は無く、四肢は投げ出されていた。

 そして鳩尾の部分には、小さな傷ができていた。


 彼女のその様子からは生を感じられなかった。


「あ……あ……お姉ちゃん……」


 少年はそんな女性を見て、涙を溢れさせた。

 少年は女性の遺体に駆け寄り、彼女の身体へ触れる。

 まだ少しの温もりがあった。

 その温もりが、少し前まではそこに生があった事実を証明するようだった。


「うう……っ」


 少年は女性の胸に顔を埋め、嗚咽する。


「始末しておけよ」


 告げたのは、塔の入り口に立つ男だった。

 彼は、ジーンズだけを履き、上半身は裸である。

 頭には鍔広帽を被り、腰には銀色の武器を佩いていた。

 先ほど、女性の遺体を外へ放り出したのもこの男である。


 男が出てくると、彼の手下達も塔の外へ出てきた。


「それから、女はしばらくいい。だが、食料が必要だ。肉が食いたい。あと、酒を多めにな」

「はい。わかりました。用意致します」


 村長は威圧的な男の言葉に応じる。


「ゆ、許さない……」

「あん?」


 幼い声に男は反応する。

 見ると、女性の遺体にうずまっていた少年が顔を上げ、男を睨みつけていた。

 涙を流しながら、憎しみに満ちた目で男を見ている。


「僕は、お前を許さない」


 男は動じる事無くその視線を受け止めた。


「誰の言葉だったか……」


 言いながら、男は少年に近付いた。


「許すってのは、相手を罰する力を持った奴だけができる事なんだぜ。だけど、ここには俺を罰する事のできる奴はいねぇ」


 男は、少年の顔を容赦なく蹴り上げた。

 少年の身体は蹴り飛ばされ、尻餅を着くように転ぶ。


 男が少年を見下ろし、少年が男を見上げる形になった。


「だから俺には、誰からも許される必要なんてないのさ。許されなくても、生きて行ける」


 言いながら、男は笑った。


「それともできるのか? お前に。俺を罰する事が」


 男が訊ねると、少年は悔しげに顔を歪めた。


 悔しかった。

 男の言う通りだった。


 この男がどんな暴虐な者であっても、彼を罰する事はできない。

 排斥する事ができない。

 だからこそ、彼はこの村に君臨し続けているのだから。

 恐怖を敷き、村を支配し続けているのだから。


 少年は悔しかった。

 この男の事を罰する事のできない自分が……。

 この男に対して、恐怖を抱いている事が……。


 少年には、立ち向かう事ができなかった。

 姉の仇を討ちたいという感情は、この男への恐怖よりも弱かった。

 それが不甲斐無くて、申し訳なくて……。


「悔しそうだな? 悔しくて辛いだろう。……お前は殺さないようにしてやる。ずっと生きていろ。人生は長い。その間、ずっと苦しみ続けろ。ふっふっふ」


 男は嘲笑すると、塔の中へ入って行った。

 手下達がそれに続き、村人達だけがその場へ残される。


「レイアを埋葬してやろう」


 村人の誰かが言った。

 他の村人も頷き、女の遺体へと近付く。


「来るな!」


 少年は叫んだ。

 彼は立ち上がり、村人達を睨みつける。


「お前達が……お前達がお姉ちゃんを生贄にしたんだ! 誰も、お姉ちゃんに触るな!」


 少年にできる事は……。

 行き場のない感情を発散するには、村の人々へぶつける他に方法はなかった。


 その悔しさを知る村の人々は、何も返す事ができなかった。

 今、村で一番幼い子供の怒りを慰めてやれる方法はそれしかなかった。


 少年は、女の遺体を背負おうとする。

 体格が合わなくて、何度も失敗しながらも少年は女の遺体を背負った。


 そのまま、塔から離れようとする。


「ライ……どこへ行くんだい?」


 心配そうに、恰幅の良い熟年女性が訊ねる。

 彼女は、姉弟きょうだい二人で暮らす少年の隣に住んでいた。

 いつも世話を焼き、可愛がってきた。

 少年の行く末が心配でならなかった。


「村を出て行くんだ……。お姉ちゃんと二人で……。もう、お姉ちゃんが酷い目に合わないように……」


 少年は、呟くように答えると歩き出す。

 村の入り口へ向けて……。


 それも仕方の無い事かもしれない。

 彼にとってはその方がいいかもしれない。


 あの男は、村から人が出る事を許さない。

 たとえそれが子供の一人であっても……。


 でもあの男は、この子は殺さないと言っていた。

 出て行く事ができるかもしれない。


 しかしこの子が出て行けば、誰かが見せしめに殺される事となるだろう。

 そんな男だ。


 村人達はそれでもいいと思えた。

 この子にできる償いになると思えた。


 塔の上で、鍔広帽の男はその様子を眺めていた。

 スコープ越しに、少年の姿を見る。


「いいんですか? ボス」

「殺さないと言ったからな。それに、あんな子供に何ができる? どうせ、どこかで野垂れ死ぬさ」


 そう言って、鍔広帽の男は笑った。


 少年は、彼の体温で少しの温もりを維持した姉の体を支え、幾度か転びながら、道を歩き続けた。

 行くあてなどない。

 ただただ、村から離れたかった。


「お姉ちゃん、やっと村から出られるね……。もう、怖い思いも痛い思いもしなくて済むね……」


 少年は、返事をしない姉に声をかけ続けた。

 さながら姉が、今も生きているかのように……。


 どことなく少年の声は弾んでいた。

 数週間ぶりに大好きな姉と再会できたから。

 二人で、あの村から出る事ができたから。


 さながら会えなかった時間を補うように、彼は話を続けながら歩いた。


 そして、彼は何日も歩き続け、辿り着いた。

 村から一番近い町に。


「ほら、町についたよ。村から、出られたんだよ」


 その入り口を見て、少年は走ろうとする。

 けれど、ここまで姉を負ぶってきた少年の足はもうほとんど力を残していなかった。


 必然的に、彼はその場で転んだ。

 姉の身体が投げ出される。


 光のない瞳、表情を作らない顔を少年は見た。


「村から出られたのに……」


 呟くと、少年の目から涙が溢れ出た。

 彼はそのまま、意識を失うまで嗚咽を漏らし続けた。




 その日、二人の男が町へ入った。

 彼らは町へ入ると、ある建物へと向かった。


 そこは暗殺者ギルドと呼ばれる非合法の組織。

 その支部だった。


 二人がここへ来たのは、ある目的のためである。

 正確には、その内の一人が願っての事だ。


 彼の名は不動ふどう

 召喚者専門の暗殺者である。


 召喚者とは、この世界に地球という異世界から召喚された者の事である。

 召喚者はこの世界へ召喚された際、神によって特殊な力を得る存在だった。


 不動は、そんな召喚者の情報が入った時、優先的に自分へ話を通すよう暗殺ギルドに伝えていた。

 ここへ来たのは、その情報が伝わってきたからだ。


 二人は、支部に到着すると一人の女性職員から出迎えられた。


「初めまして。私はカタリナと申します。この支部の支部長を務めている者です」


 そう言って、彼女は頭を下げる。


「不動だ」

「僕は山城やまぎ


 不動とその同行者が自己紹介する。


 山城は不動と同じ召喚者である。


 白衣を着た長身の男性で、手入れのされていないぼさぼさの髪は不動と同じ黒色だった。


「こちらへ。依頼については、歩きながら話します」


 言って、カタリナは建物の中を先導する。

 その間に、依頼の詳細を話し始めた。


「標的は恐らく召喚者。ここからそれほど離れていない村にいます。その召喚者は村の独裁者として、君臨しているようです」

「今まで放置されていたのは、相手が召喚者だからか?」


 召喚者は特異な力を持ち、この世界の住人には荷が重い相手である。

 国が存在を知っていても放置する場合がある。

 国にはお抱えの召喚者がいる事もあり、その力を使って排斥する事もできるにはできる。

 しかしその場合でも貴重な召喚者を失うリスクを考えて放置する事は十分に考えられた。


「そうですね。あまり重要な村でもありませんから、リスクを犯して奪還する意味がないと判断されている可能性はあります。ですが、純粋に把握されていないという場合も考えられますね」

「どういう事?」


 山城が訊ねる。


「村人の行動を強く制限しているようです。我々が存在を把握できたのも、今回の事があったからです」

「今回の事、とは?」


 不動が訊ねる。


「子供が一人、村から逃げてきたんです。その町にいたギルドの構成員がそれを見つけて保護しました」

「構成員が見つけた?」


 その構成員は何故、その子を保護しようと思ったのだろう。

 村から逃げてきたなんて事を判断できたわけじゃないだろうに。


 不動にはそれが不思議だった。


「正確には、その子供だけじゃなかったんです」

「どういう意味だ?」

「その子は、女性の骸を背負っていました。そんな異常な光景を見れば、ただ事でない事はすぐにわかります」

「なるほど」


 不動は納得した。


「標的は力で村を支配し、村人に貢物を要求します。その中貢物の中には、若い女も含まれていた。そして、捧げられた女が生きて帰ってきた事は無い……。今回、その貢物にされたのが少年の背負ってきた女性……彼の姉だった」


 不動と山城は何も答えなかった。

 ただ、その凄惨さだけを心に思い描いていた。


「召喚者は人を不幸にする……」


 不動は小さく呟き、カタリナに声をかける。


「依頼を出したのは、その子供か?」

「はい。ですが、その依頼は断わりました」

「では、誰の依頼だ?」

「私です。私が改めて、依頼を出しました」


 不動は彼女の言葉の意図を理解できず、怪訝な顔をする。


「何故だ?」

「実際に殺すのは私達ですが、その殺意を放つのは依頼主……。子供には荷が重いと私は思います」


 どうやら彼女は、少年の事を案じてそうしたようだ。


「裏の人間らしくないな」

「そうでもありませんよ。人を殺す理由という物は、得てして感情的な物……。だから人殺しは、感情的な人間が多いんですよ」


 カタリナは小さく笑った。


 彼女が今ここにいるのは、その感情の結果なのかもしれない。

 不動と同じように……。


 彼もまた、召喚者を憎む気持ちからここにいた。


「そうかもしれないね……」


 山城が呟くように肯定する。

 その表情には陰りがあった。

 不動は知らないが、彼にもまたそれなりの経緯があるのだろう。


「あなた方にこれから見ていただくのは、彼の姉の遺体です。彼女を殺したのは恐らく召喚者と思われる男。その死因を解明すれば、相手の能力の正体が掴めるかもしれません」

「まだ検視していないのか?」

「しましたが、能力の解明にまでは到りませんでした。なので、召喚者であるお二方に直接見ていただきたいと思ったのです」


 カタリナは一つの扉の前で立ち止まった。

 鍵を開け、扉を開ける。


 部屋から、ひんやりとした空気が流れ出た。


「その骸がここに安置されています」


 部屋を示し、カタリナは言う。

 部屋の中には鉄の寝台とその上に安置された女性の遺体があった。


「じゃあ、検視させてもらうよ」


 山城は言うと、遺体に近付く。

 一度手を合わせて冥福を祈ると、検視を始めた。


 彼は自分の手に、清めの魔法をかけた。

 あらゆる不浄から自身を守るための物である。


 手荷物のトランクを開けると、中から医療道具を出した。

 メスを遺体の肌に這わせた。




「死因は鳩尾の傷か?」


 検視が終わって。

 山城が開いた遺体を元に戻すと、不動は彼に訊ねた。


「確かに、この傷が致命傷ではある。でも、胸を攻撃されたというわけじゃないみたいだ」


 山城はうんざりした様子で答えた。


「どういう意味だ?」

「この鳩尾の傷は、肛門と繋がっている」


 不動は彼の言わんとする事を察した。


 胸から刺し込まれたものが偶然肛門に達するという事はまずありえない。

 絶対にないとは言い切れないが、逆の過程で考えた方がしっくりとくる。


「それに、肛門に火傷があった。ここから発射され、鳩尾から抜けたと考えるのが妥当だよ」

「発射、か……。相手が何の能力か、かなり絞られるな」

「魔法による光線の類なら、傷の全てに火傷が残る。肛門付近だけにしか火傷がないという事は、マズルフラッシュによってできたものだと思うんだ」

「銃によるものだと言うんだな? なら、エンデリアの可能性が高い」


 召喚者は皆、神の加護を受けて能力を発露させる。


 エンデリアは鍛冶の神。

 この加護を受ける者は、物作りの力を得る。

 この世界に無い物を使っているのなら、作り出したという事だ。

 その力を有しているエンデリアの加護者である可能性は高い。


「これをやった人間は最低だよ」


 山城は吐き捨てるように言った。


「この遺体には、死因と関係のない傷が多すぎる。臀部には小さな円形の火傷が無数についてる。性器には陰唇から膣奥に到るまでいくつもの裂傷が続いてる。外傷性の脱毛。歯も折られてる。体中の細かい傷は数え切れない。それも本来なら着くはずのない場所にまで傷がある」

「……その男は長く村を支配し、定期的に貢物を要求すると言っていたな。そして、女もまたその貢物の内だと」

「はい」


 今まで黙っていたカタリナが答えた。

 彼女は検視の間、ずっとその様子をうかがっていた。


 これが一部でしかない、か。


 不動は眉根を寄せる。

 きっとこれまでに、幾人もの女性が同じ末路を辿ったのだろう。


「召喚者は、この世界の人間を不幸にする。やはり、召喚者はこの世界に生きるべきではない」

「……僕も召喚者なんだけどね」


 力ない言葉で山城が口を挟む。


「いずれお前も殺してやる。お前がこの世界の人間を不幸にしたなら、優先的に殺してやるさ」

「わざわざそう言ってくれる所に、僕は君の誠実さを感じるよ。だまし討ちで殺す事もできるだろうに」


 山城は小さく笑った。

 その笑顔に力がないのは、この遺体の有様に心を痛めているからだろう。

 医者としての知識を持つ彼には、この遺体が生前どのような苦しみを経て亡くなったかがわかった。


 恐らくこの遺体は、地獄を見たのだ。


 その地獄を作り出し、彼女を落とした人物がいる。

 それが許せなかった。


「人を地獄に落とす者は、自分もまた地獄に落ちる覚悟をせねばならない」


 この女性を殺した人物に……。

 そして、その人物を地獄に落とすであろう自分に対して山城は呟いた。


「知れる事は知れた……」

「行こうか」


 言葉を交わすと、二人は部屋を出た。


「お願いします。召喚者殺し」


 その二人の背に、カタリナは頭を下げた。




 コロール村のそばには森があった。

 その森の中の高台。

 村へと訪れた不動と山城は、村を一望できるその高台にテントを張る事にした。


 村に入らず、外から情報を集める事にしたのである。


 そこから村を観察した。

 二人は双眼鏡を片手に村の様子を探る。


「召喚者に支配された村、か。カダ村を思い出すよ」

「そうだな」


 それは不動にとって苦い記憶だった。

 いや、それは記憶として片付けていいものではない。


 カダ村は、このコロール村と同じく一人の召喚者に支配されている。

 そう、今もまだその支配は続いているのだ。


「……あれは仕方のない事だよ。相手が悪すぎた」


 カダ村の召喚者は、偽神マンデルコアの加護者だった。

 マンデルコアはパラメータ概念の付与と数多のスキルを加護者に与える。

 レベルによってパラメータは強化され、スキルによってさらに特化した強さを得られる。


 恐らく、あらゆる召喚者の中でもマンデルコアの加護を得た者は最強であろう。


 しかも、カダ村の召喚者は高レベルに育っていた。

 不動の太刀打ちできる相手ではなかったのである。


 そのため、あの時の不動は諦めるほかなかった。

 村の人々を救えないまま……。


 そして行き場のない義憤と自らの無力さは今も不動の心を焦らし続けている。


「君の怒りはわかるけど、もし今回の相手も手に負えない相手だったら僕は君をどうあっても止めるよ?」

「わかっている」


 普段から言葉少なく表情の乏しい不動であるが、答える声には明らかな不機嫌さが加味されていた。


「あの時みたいに、無理やり挑んで瀕死になって帰ってくるなんて事はやめてくれよ」

「わかっていると言っているだろう」

「そう……。……いずれ、あれを殺すための方法を見つける事もできるよ」

「…………」


 山城は村の方に意識を集中させる。

 村の中央を見る。

 そこには広場がある。

 恐らく共用と思しき井戸があり、そして……。


 絞首台があった。

 二つの支柱で一本の棒を支えただけのシンプルなそれには、複数の人間が吊るされていた。


 古いものから新しいものまであり、白骨した死体がそのまま吊るされている。

 一番新しいものは、中年の女性だった。


 これは見せしめだろう。

 水は誰もが毎日使うものだ。

 井戸で水を汲むたびに、住人達は嫌でも自分達が支配されている事実を突きつけられる。

 逆らう事の愚かしさを実感する事になる。


 山城は眉を顰めると、不動へ声をかける。


「話によれば、ここの召喚者は仲間を連れているそうだ。その仲間も召喚者かどうかはわからないけど。みんな同じ武器を持っているらしい」

「あれだな。塔の前だ」


 不動に言われて山城はそちらを見る。

 塔の前には、二人の男がいた。

 二人共軽装ではあるが武装している。

 一般的なシャツとパンツに、革の防具をつけている程度の装備だ。

 しかし、その腰には拳銃が見えた。

 リボルバー式の拳銃である。


「見た目からして、この世界の住人みたいだ。召喚者じゃない」

「自分の望んだ武器を一時的に作り出す能力も念頭に置いていたんだがな……。全員が銃を装備しているとなれば、この世界の素材で作成しているという事だ。エンデリアの加護者がいる事は間違い無さそうだな」

「元から、銃を作る技術を持っていた人物である可能性は?」

「それもありえるか」


 二人は自分の見解を互いに擦り合わせ、相手の能力についての考察をする。


「その場合、召喚者の能力は完全にわからなくなるが……」

「ん……。不動、村の北側を見て。誰か、村から出て行こうとしてる」


 山城に言われ、不動はそちらを見た。

 村人らしき男性が、村の外へ向かって走っている姿が見えた。


「逃げようとしているのか……」


 しばらくそれを眺めていると、発砲音が空気を震わせた。

 恐らく塔から発せられたものだろう。


 同時に、逃げようとした村人の頭が弾けた。


 その光景を見て、不動は顔を顰めた。


「狙撃……。ライフル銃か」

「それにとても腕がいいようだ。塔からあの場所は一キロ以上離れてる。そこから的確に頭を撃ち貫くのは相当の腕だと思うよ」

「果たしてそれは腕だけの話か……」

「能力だと?」

「エンデリアの加護者なら付与スキルかもしれない」


 山城は小さく唸った。


「命中率を上げる……もしくは、自動追尾とか?」

「可能性はある。しかし、だとすればやっかいだな」


 言いながら、不動は塔を見る。

 塔は高台の上にある。

 村からそこにかけては長いなだらかな坂になっていて、塔からは丸見えだ。


「あそこを行けば、間違いなく撃たれるね」

「回り込む事もできないな」


 そこから近付けば狙撃の良い的となるだろう。

 かといって後ろから近づくのも難しい。


 遮蔽物がないためだ。

 村から行けば、村の建物に隠れながら進めるだろうが、外から回り込めば遮蔽物がないためすぐに見つかる。


 村を通って攻めるのが一番の近道だ。


 しかし、村を通って近づけたとしても塔へ続く坂道はどうしようもない。

 ここをどう攻略するか、だ。


 それに、相手の能力と召喚者の人数もまだわかっていない。

 攻めるにはまだ問題が多すぎた。

 それらをクリアするには、時間がかかるだろう。


「まだまだ情報が足りないね。時間がかかりそうだ」


 言って、山城は身体を解すように背伸びした。


「そうだな」

「一度、村に入って話を聞いた方がいいかな?」

「……いや、止めておこう。恐らく、一度入ればすぐに気付かれる。警戒させたくない」

「狙撃があるから、逃げるにしても大変か……。ここから眺めて、地道に情報を得る以外にないね」

「お前の鑑定スキルが頼りだ。……村に入る時は殺す時だけ。それで情報が集まり、殺せる相手だとわかれば僕が女装して潜入する」

「村人に話を通せば、貢物として塔の中には侵入できる、か。……それにしても君は女装が好きだね」

「……好きでやってるわけじゃない」


 不動は若干うんざりとした声で答えた。


 それから二人は、村の様子を観察し続けた。




 事態が動いたのは、翌日の事だった。


 彼が仮眠から目を覚ましたのは、村に響く鐘の音を耳にしたからだった。

 起き上がるとすぐに双眼鏡を手に、村へ目を向ける。


「不動、何があったの?」


 山城もまた起き出し、不動に訊ねた。


「鐘の音は塔からだ。きっと、村人達への合図だ。男が三人、塔から出てきた」


 鐘の音がしてすぐ、銃を腰に提げた男が三人。

 塔から出て、坂を下って村へ歩いていた。

 村の方を見ると、井戸のある中央広場に村人が集まって来ていた。


「村へ貢物を要求するためのものって事か」

「だと思う」


 中央広場に集まった村人達は、男達が来るのをじっと待っていた。

 その表情は例外なく曇っている。


 三人の男達が中央広場へ訪れると、村の代表らしき老人が男達の前へ出た。

 いくつか言葉を交わすと、男の一人が村人の一人を指差した。

 指されたのは若い女性である。


 楽しげな表情で笑う男達。


 そんな彼らの前で、指された女性はその場で膝を折った。

 座り込み、泣き出しているようだった。

 その表情は、絶望で占められていた。


「貢物、か」


 山城が呟く。


「山城。計画は変更だ」


 不動が、抑揚のない声で答える。


「え?」


 山城が驚く中、不動は荷物を漁りだす。

 軽装の鎧を着込み始めた。


「どうするつもり?」

「これから、あの塔にいる召喚者を殺す」


 戸惑い訊ねる山城に、不動は答えた。


「無茶だ! まだ相手の情報は解かっていないのに……。貢物になっても、すぐ殺されるわけじゃないんだ。もっと時間をかけてからでも――」

「生きていれば、無事なのか?」


 不動の問いに、山城は言葉を詰まらせた。


「……違う、ね」


 少しして山城は呟く。


「ここで行かなければ、不幸になる人間が確実に出てしまう。僕が行ってその状況を打破できるなら、僕は行くよ」

「でもこれじゃあ、あの時と同じじゃないか……」


 山城は、カダ村での事を思い出して呟く。

 あの時も、不動は奪われそうになった命を助けるために無謀な戦いを挑んだ。


 その命こそ助けられたが、四日の間目が覚めないほどの大怪我を負ったのだ。


「同じ事があれば、僕は何度でも同じ事をする。僕は、この世界の人間が召喚者のせいで不幸になる所を見たくないんだ……!」

「まったく君は……」


 山城は呆れ、溜息を吐いた。

 しかし、そう言い切る不動に魅力も感じていた。


 彼の信念の強さを物語っているようだった。


「で、狙撃はどう対処するんだい?」

「あれを……竜の血を使う。あれなら、銃弾にも対処できるはずだ」

「何だって!? また使うのか!」

「時間が惜しい。調合を頼む。なければ、無しでも突っ込む」

「くっ……わかったよ」


 竜の血。

 それはある薬物の名称である。

 これは実際に竜の血を材料に作るものである。

 竜の血自体はあらゆる万病に効く回復薬としての効能があるのだが、不動の言うそれはその回復効果を身体能力の強化に応用した物だ。


 これを用いるとあらゆる身体能力が強化される。

 それこそ、召喚者にも匹敵するだけの力を発揮する事のできるものだ。

 しかし、竜の血には強い副作用が伴う。


 能力の強化状態が続くと、身体が自壊を始めるのだ。

 だから、目的を果たせばすぐに解毒剤を打って効力を消す必要があった。


 それでも、竜の血の副作用は使えば使うほどダメージが身体に蓄積され、いずれは解毒剤を打ったとしても死に至る場合がある。


 竜の血とは、そんな代物である。


 それを不動は必要だと判断すれば、迷わず使う。

 頻繁ではないが、それでも使い過ぎているくらいに。


 山城は竜の血の調合を始める。

 不動はその間に、装備を準備した。


 剣にデルギーネの加護を付与しようとする。


 デルギーネの紋様で斬られた傷は回復魔法でも治せない。

 相手が回復魔法を使う場合の対策である。


「できたよ」


 が、それをする前に山城が言った。

 山城は二本のアンプルを渡す。

 押し付けるだけで、体内に注入できるタイプの物だ。


 竜の血と解毒剤である。


 時間が惜しいため、デルギーネの加護は諦める事にした。


「新しい剣?」


 剣を見て、山城が訊ねる。


「前の奴は修理中だ」

「それもカンストなのかい?」

「ああ」


 カンストとは、パラメータの数値が上限に達した物を指す。

 不動の持つ剣は、最高のパラメータを持っているという事である。


 この剣を使えば、相手のパラメータがたとえカンストしていても補正を相殺して相手にダメージを与える事ができる。


 もし、相手の防御力パラメータがカンストだった場合は、この武器でなければダメージを与えられないだろう。


 不動は他に、数本の投げナイフとボウガンを装備する。


「……お前はここで待機して、僕が失敗した時は情報だけを持って帰還しろ」


 不動は山城に言う。


「君は?」

「逃げられるよう努力する」

「いや、それじゃあダメだ。必ず帰って来てほしい。君が死ねば残される人間がいる。それを忘れないで。君が帰らなければ、彼女は不幸になるんだ」


 不動は顔を顰めた。


「……僕も、召喚者だ。もうすでに、不幸にしている。その自覚はある」

「そういう話じゃないよ。本当にわかってる?」

「……行ってくる」

「必ず帰ってくる。約束!」


 山城が言うと、不動は小さく頷いて歩き出した。




 村では、貢物に選ばれた女性が男達に連れて行かれようとしていた。


 諦めに沈んだ表情の女性。

 しかし抵抗する事無く、男達に手を引かれていこうとしていた。


 その先に待つのは無残な死。

 それは抗う事のできない運命だった。


 そう、運命としてこの村の誰もが受け入れている事実だった。


 抗った者は皆死んだ。

 その末路は、井戸を使うたびに目の当たりにする。


 首を吊られて揺れる遺体。

 埋葬する事も許されず、今も風に揺られ続けるそれは村人達の心を折る。


 この地獄を生きる事に耐えられず、村を出る者もいる。

 それはこの村から逃げるためではなく、与えられる死を望んでの事だった。


 この村には、絶望しかなかった。


 その中に飛び込んだ小柄な男は、果たして彼らの光明となるだろうか……。

 その男、不動は銃を持つ男達の前へ姿を現した。


 男達と村人達の視線を一身に受ける異邦人。

 彼は歩みを止めずに進み続けた。


「何だお前は?」

「お前達こそ誰だ?」


 男達の問いに、不動は日本語で返した。


 言葉がわからず、困惑する男達。


「お前達は召喚者じゃないようだな」


 言いながら、不動はアンプルを首に注射した。

 男達へ近付いていく。


「なら、生かしてやる」


 竜の血の効用で、不動の虹彩が赤く光った。


 接近を警戒した男達が銃を構える。

 狙いをつけようとするが、その狙う先が彼らの視界にはなかった。


 気付けば不動は男達の懐深くに入り込み、徒手で無力化する。

 殴り、蹴り、瞬く間に制圧した。


 拳銃を一丁だけ回収し、村人達へ声をかける。


「僕はこれから、あの塔に住む者を殺しに行く」


 告げられた言葉に、村人達は息を呑んだ。


「だけど、確実に殺せるかはわからない。でも、僕が塔へ近づけば殺そうと狙うだろう。だから、その間に村を出るといい。今なら逃げられるはずだ」


 呆然としつつ、話を聞く村人達。

 答えを待たず、不動は塔へ向かった。


「さぁ、やるか」


 不動は言って、剣を鞘から抜き放つ。


 不動が塔へ続く坂道へ差し掛かった時、発砲音がした。

 狙撃である。


 彼が集中すると、竜の血で強化された視覚は発射された銃弾を捉えた。


 頭部を正確に狙って飛来するそれを避ける。

 細長の銃弾が空を裂いて、頭部の横を掠めた。


 銃弾は通り過ぎた後、緩やかに向きを変えて貪欲に不動の頭部を狙う。


 不動の聴覚は、そんな銃弾の動きを察知していた。

 空気を裂く音が、再び自分へ銃弾が迫る事を伝えてくる。


 不動は後ろを見ず、後頭部へ迫る銃弾を剣で弾いた。

 跳ね上げられた銃弾が再び不動を追う事はなかった。


 自動追尾の能力がある。

 しかし、何かに当たると追尾は切れるといった所か。


 なら、十分に対応できる。


 不動はそう判断し、坂を駆け上がる。

 抜き身の剣を手に、次々と放たれる銃弾を弾きながら。


 追尾弾以外の効果を持つ銃弾は、放たれてこない。

 これは自動追尾の銃弾が召喚者の固有能力であるという事なのか、それとも遠距離用の銃ではこのスキル効果を持つ銃弾しか放てないのか……。


 少なくとも、今現在において敵の迎撃手段がこれ以外にない事は明らかだった。


 坂の半ばまで来ると、銃撃が止む。

 無駄と判断したのだろう。

 そのまま、不動は塔の入り口まで辿り着いた。


 同時に、入り口の扉が開く。

 中から、一人の男が姿を現す。

 その手には拳銃を持っている。


 男の後ろ、塔の中にはさらに四人の男達がいる。

 竜の血によって感覚の強化された不動は、それを一瞬の内に把握した。


「テメェ!」


 怒声を上げて銃口を向ける男。

 その手を剣の腹で打ち据える。

 痛みに拳銃を取り落とした男の顔へ拳による殴打を加えた。


「ぐあっ!」


 男の腹を蹴り、そのまま蹴り込んで塔の中へ侵入。


 一斉に自分へ向けられる銃口。

 が、その時にはもう不動はその場にいない。


 一人に接近し、銃を持つ手を掴むと剣の柄で腹部を殴打。


「ぐほぉっ!」


 剣を投げ、別の男の太腿に突き出す。


「ぎゃあっ!」


 その時になって、残った二人の男が不動を狙って銃撃した。

 不動は、今さっき腹を殴った男の背後へ隠れる。


「バカっ、お前ら――」


 銃を向けられた男の声が、銃声で掻き消される。

 銃弾を腹部と足に受けた男は、その場で倒れこんだ。


 銃を持った男達はさらに不動を狙うが、倒れた男の背後に不動の姿はなかった。


 銃撃のマズルフラッシュが暗い塔内を眩く染める中、銃撃した一方の男の背後へと回り込んでいた。

 膝裏を蹴って膝を落とさせると、銃を持つ右腕の関節を極めて肩を外した。


「がぁっ!」


 残った一人が戸惑う中、不動は彼へ向かって走る。

 途中、痛みに呻く男の太腿から剣を抜く。


「痛ぇっ!」


 剣を抜かれた男が悲鳴をあげた。


「来るな!」


 銃を持つ男が銃口を向けて叫ぶ。

 ほぼ同時に、銃撃する。


 銃口から発せられた銃弾。

 集中した不動には、その銃弾の回転する様子から刻まれた溝に到るまでを目視する事ができた。


 銃弾を剣で弾き、そして男の首筋へ剣の切っ先を突きつけた。


「大人しくしていろ。そうすれば殺さない」


 全員に聞こえるよう、日本語で言った。


「やめてくれ! 殺さないでくれ!」


 しかし、剣を突きつけられた男は怯えた様子を見せ、この世界の言葉でそう答える。


 この男は、日本語が通じない。

 召喚者ではないだろう。


 どういうわけか、召喚者は皆日本にいた者だけだ。

 だいたいは、日本語を理解しているかどうかで判断できる。


 他の男達も似たり寄ったりで、傷を庇いながら不動から這って逃げようとしていた。


 全員、違うか。


 不動はそう判断した。


 召喚者は他にいる。


 そう思った時である。

 男が一人、上の階を目指して走り出した。


 最初に殴った男だ。


「ひ、ひぃ」


 情けない声を出しながら、塔の階段を上っていく。

 不動はそれを追う事にした。


 男は上の階へ向かうと、一つの扉の前へ手をかけた。


「ボス! 助けて――」


 男が助けを求めながら扉を開けようとした時。

 その扉が爆ぜた。

 助けを求めた男の上半身が吹き飛び、その血肉が背後の石壁にベチャリとへばりつく。


 何があったのか。

 不動には把握できた。


 小さな無数の鉄球が、扉を貫通して男を吹き飛ばしたのだ。


 ショットガン、か。


 不動はその正体を看破する。

 しかしその威力は従来の物よりも高いだろう。


 不動は、すぐさま部屋の中へ侵入する。

 中には、鍔広帽を被った男がツインバレルショットガンを構えていた。


「shit……!」


 不動が部屋へ侵入し、不意打ちの失敗を悟った男は悪態を吐く。


 英語……。


 その言語が英語である事に気付いた不動は、一気に距離を詰める。

 不動達の世界の言葉を話せるという事はつまり、そういう事だ。


 鍔広帽の男は次弾の装填をしようとするが、不動はそれを許さなかった。

 振るわれた剣が、ショットガンを握る男の右手首を切り落とした。

 そのまま切り返し、左足を切断する。


「ぐぎゃあっ!」


 左足を失い、バランスの取れなくなった男はその場で倒れる。


「ちくしょう! クソ! クソッ!」


 男は痛みを紛らわせるように喚く。

 そんな男の前で、不動は剣を振り上げた。


「お前には、これまでのツケを払ってもらおう」

「ま、待ってくれ! 許してくれ! 頼むよ、なぁ! 許してくれぇ!」


 命乞いをする鍔広帽の男。


「僕がお前にくれてやるのは、罰だけだ」


 剣を振り下ろす……。

 その寸前、不動はその場で跪いた。


「がっ、あああっ!」


 苦しみ始める。

 竜の血の副作用だった。


 それをチャンスと見たのか、鍔広帽の男は不動に向けて腰ホルスターに収めていた拳銃で撃とうとする。

 が、不動はそれを許さない。


 苦しみに耐えながら、不動は男の左手首ごとその拳銃を切り落とした。


「ぐぅっ! あああああっ!」


 男は悶えながら、這うように部屋から出て行く。

 不動はそれを追えなかった。

 竜の血の副作用が、彼の身体を蝕んでいたから。


 限界だ……。


 そう思い、解毒剤を首に注射する。


「くぅ……はぁ、はぁ……」


 苦しみが、少しずつ薄れていく。

 苦しさから解放されて、息を整える。


 動けるようになるには、それから少しかかった。


 不動は剣を杖代わりに立ち上がると、男を追った。


 あの傷なら、それほど遠くには行けないはずだ。


 案の定、階段を下りていくと地上階に差し掛かるかどうかという場所で這いずる男を見つけた。


 不動はそんな男に近付いていく。


「あっ……あっ……来るな……来るなよ!」


 不動の接近に気付いた男は、必死に叫びながら階段を這い下りる。


 そんな時である。

 男の前に、一人の男が立った。


 その男は、村の長である。

 村長は、不動に声をかける。


「感謝致します。この男をここまで追い詰めてくださって」


 村長は深く頭を下げる。


「そこで一つ頼みがございます」

「何だ?」

「私共は、この男の支配に苦しめられてきました……。多くの村人が犠牲になり、そしてその数だけ恨みがございます」

「何が言いたい?」

「この男の始末、我々に譲ってはいただけませんでしょうか? この男に、我らの憎しみをぶつける許可をいただきたいのです」


 その言葉に、満身創痍となった男は身を震わせた。


 不動は顔を顰め、言葉を返す。


「人を殺せば、後で苦しむ事になるぞ」

「構いません。それにもう遅いのです。この男で、最後なのですから」

「最後、だと?」


 不動は思わず訊ね返した。


「あっ」


 階段を這って逃げようとしていた男が、手を滑らせて地上階へと転がり落ちる。


「いてぇ……」


 痛みに呻く鍔広帽の男。

 顔から落ちた彼は、その頬に何かぬるりとしたものの感触を覚えた。

 それは粘性のある液体……。


 顔を上げると、今顔をぶつけた場所には血溜まりができていた。

 男は視線を動かす。

 下から前へ……。


 そこには、地獄があった。


 男が自分の作った銃を渡し、手下としていた男達。

 その男達が、村人達になぶられていた。


 村人達は手に農具を持ち、それを武器に手下達にそれを振るっている。

 もはや、生きている者はいなかった。

 それでもなお、農具で何度も遺体を刺し貫く村人達の姿がそこにある。


 村人達の怒り、憎しみは強かった。

 今まで自分達を虐げてきた者達。

 大事な人間を屈辱と共に葬り去ってきた者達。


 その者達への復讐心が、そうさせる。

 ただ死んだだけでは、まだ許せないほどの強い怒りがその場にはあった。


 それでも、癒しきれない悲しみがあった。

 たとえ怒りをぶつけたとしても、彼らが蹂躙し、奪った命は決して戻りはしない。

 だから、怒りの形相を浮かべながらも、涙を流す者の姿もあった。


 それはとても悲しい姿だった。


 ただ、鍔広帽の男にとってそれは恐怖の対象でしかない。

 何故なら、その怒りの次の矛先が自分に向く事は明らかな事であったから……。


 手下を弄っていた村人の一人が、男に気付いた。


「おい!」


 その村人が男へと指を差す。

 視線が、集中した。

 村人達はそれぞれ弄っていた遺体から離れ、男へと近付いていく。


「来るな! やめろぉ!」


 叫びを上げる男。

 群がる村人達。


 その光景を不動は村長と共に黙って見ていた。


 不動は、この世界の人間を手にかけないという決まりを自分に課している。

 そして、この世界の人間がこの世界の人間を裁くというのなら、それを止める必要はないと感じていた。


「謝礼はさせていただきます」

「いらない。別の人間から受けた依頼だ」


 不動は村長の申し出を断わる。


「だとしても、何か……」

「なら、この男達の武器を全て回収させてもらう」


 言いながら、足元に転がっていた拳銃を見る。


 新たな武器だ。

 これがあれば、存在を知りながらも今まで手を出せなかった召喚者を殺す事だってできる。


「はい。全て持っていってください。これらはわざわいとなるでしょう。そして、見たくもない支配の象徴です」

「後ほど、回収させる。そのままでも構わないが、集めておいてくれるとこちらとしても楽だ」

「わかりました」


 それだけ言うと、不動は塔の入り口へ歩いていく。


「やめろっ! 許してくれ! 助けてくれぇっ!」


 男の断末魔を背中に受け、入り口の扉を閉じた。




 ベイルス王国王都。


 コロール村から帰った不動と山城。

 二人は町へ帰って来ると、支部へと向かった。


 カタリナの不在を職員から聞くと、彼女がどこにいるのかを訊く。

 山城はそのまま支部に残り、不動はカタリナのいる場所へと向かう。


 そこは、町の中心から外れた小さな教会だった。


 癒しの神クルメルトを奉じる教会。

 世界中に多くの信徒を抱える大きな宗教組織の施設である。


 ステンドグラス。

 並ぶ長椅子。

 祭壇の十字架。

 不動がいた世界にあった教会を彷彿とさせる様相の聖堂だ。


 祭壇の前に、一人の修道女がいた。

 不動はその修道女に近付く。


「報告ですか?」


 振り向く事無く、修道女は訊ねた。

 その声は、カタリナのものだ。


「ああ。完了だ」

「そうですか。仕事が早いですね」

「いろいろとあってな」


 答えると、カタリナは立ち上がる。

 不動に向いた。


「依頼料は後ほど」

「その事だが、標的をやったのは僕じゃない」

「では誰が?」

「村人達だ」


 カタリナは、小さく目を伏せた。


「だから、依頼料はいらない」

「いいえ、受け取ってください。あなたがいなければ、村人達が恨みを晴らす事もできなかったでしょう」

「……そちらがそれで納得するのなら、ありがたく受けとらせてもらう」


 不動はそれだけ言うと、踵を返す。

 帰ろうとする。


「村から逃げてきたあの子に、会っていきませんか?」


 カタリナに言われ、不動は足を止めた。

 振り返らない。


「ここにいるのか?」

「はい。ここで引き取る事にしました。今は、他の子達と庭に出ています」


 庭から、子供達の楽しげな声が聞こえてくる。


「元気にしているのか?」

「心は閉ざされたままです」


 幼い心には、あまりにも壮絶な体験をしている。

 それも仕方がないだろう。


「でも、いずれは闇に閉ざされた心へ陽の光を射し込ませてみせます」

「できるのか?」

「ここには、怒りと嘆きを知る者しかいません。ここに来る子達は、大なり小なり似た境遇の子達ばかりなんです。それでも、何人かの闇を払う事ができました」


 きっとそれは本当の事だろう。

 聞こえてくる子供達の声には、憂いを感じられない。


「仇が死んだ事を知れば、少しはその助けとなるでしょう。あなたのした事は、そういう事なのですよ」

「なら、よかったよ」


 今度こそ教会を出ようとする不動。

 そんな不動に、カタリナは再び声をかけた。


「そういえば、カダ村の話なのですが」


 カダ村の話が出て、不動は振り返った。


「どうした?」

「解放されたそうです」

「なんだと?」


 不動は驚きを隠せなかった。


 あの村が解放されたという事は、あの召喚者を倒した人間がいるという事だ。

 生半可な者では、あれを倒せるはずがない。

 できるとすれば、それは別の召喚者の手によるものに違いない。


 あの恐るべき力を持った召喚者以上に、強い召喚者がいるという事だ。

 あれ以上の脅威……。

 それを考えると、不動は不安を覚えた。


「村は、どうなっているんだ? 奴を倒した召喚者に支配されているんじゃないのか?」


 であれば、そいつを殺さなければならない。


「いえ、奴を倒した者はすぐに村を離れたそうです。悪い人間ではない。そう思いますよ」

「どうかな……」


 不動は疑念を捨て切れなかった。

 そして、その相手に興味を持った。


 いったい、どんな者なのか……。

 自分はその者に太刀打ちできるのか……。


 一度、会っておく必要があるかもしれない。


「カタリナ。その人物の動向を調べてほしい」

「わかりました」


 そのやり取りを最後に、不動は今度こそ教会を出た。


 まだ見ぬ未知の召喚者へ、思いを巡らせながら。

 今回の召喚者についての簡単なプロフィール。

 ロバート・アレクセイ。

 米軍基地に勤務していたが、異世界に転移する。エンデリアの加護を受け、物作りの能力を持つ。

 元々銃器の構造を知っていたため、強い銃を作る事ができた。銃弾にスキルを付与していたが、銃弾は数を作らなければならない上に使い捨てであるため、威力強化か自動追尾のスキルを単体で付与する事で量産速度を上げていた。

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