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捨てるビッチあれば拾う天使あり

よろしくお願いします。

「ウオォォォ!酒だ酒だァ、このまま死ぬまで飲んでやるうゥゥ!」


 叫んだところで返ってくる言葉などもちろんない。ここは俺が独り暮らしをしているワンルームだからだ。


 俺の名前は北條正晴(ほうじょうまさはる)。Eランクの大学を卒業して地方都市の中堅商社に勤務する貧乏リーマンだ。社畜生活はまだ二年目の若輩者である。



 時はクリスマス・イヴ、聖夜ってやつである。健全なる若者の俺は当然恋人を伴ってディナーを済ませ、大人の雰囲気漂うスカイラウンジに場を移して甘い言葉を囁き、上質な部屋で見つめ合ってから羽毛布団に包まれて愛を確かめ合う……はずだった。


 これくらいの夢は見たって許されるだろ?一応マジメに社会人やって納税してるんだしさあ。カノジョにだって誠心誠意とまでは言えないかもだけど、尽くしてきたつもりだよ。結局俺は捨てられたんだけどね。まあ、世の中にはよくある話さ。


 でも、でもね、わざわざクリスマス・ナイトに捨てることないじゃん!フレンチディナーを食べて薄暗いラウンジで軽くお酒をたしなみながらだよ。


 俺には中野由佳(なかのゆか)の顔が悪魔にしか見えなかったね。だって、こんなひどいことを薄く笑みすら浮かべて言いやがったんだから。マトモな人間のすることじゃないもん!


「実はさあ、以前からいいなと思ってた人に、何と向こうから告られちゃったのよォ!マサ君、ゴメンね。でも、やさしいあなたはきっと私を祝福してくれるよね?」


 何都合よく信じてるんだよ。そんなもん誰がするかァ!小首を傾げて可愛く言ってもダメだぞ!爽やかに笑って「じゃあ頑張って。陰ながら応援してるよ」とでも言われると思ってたのか?ふざけんなよ、クソビッチがァ!


「そいつ誰?俺の知ってる人なの?」


 俺は不快率二百パーセントの仏頂面で言ってやった。


「うん、マサ君と同じ営業課の藤堂先輩。入社時から憧れの存在だったの」


 選りに寄って藤堂さんかよ!俺の二期先輩で国立大出のイケメン、社内の超有名人だ。


 藤堂崇(とうどうたかし)先輩は百七十五センチの俺よりチョイ背が高い。色白で彫りの深い端正な顔つきをしている。決して明るい感じではないが、仕事は実直にこなし後輩の面倒見もいい。正直、俺の好きな先輩だ。


 多少ネクラっぽいんだけど、寡黙で落ち着いてるとか言われている。悪口にならないところなど、やっぱりイケメンは得だ。年齢を問わず女子社員に絶大な人気を誇っていて、男の俺にも聞こえて来るくらいのナンバーワン優良物件だそうだ。すみませんねえ、間に合わない不良物件で。


 まあ、藤堂さんがその状況を喜んでるかは定かでないし、社内人気なんて俺的にはどうでも良かったんだ。いや、どうでも良くない!何で俺のカノジョに告るんだよ?そりゃ会社では内緒にしてたけど、わざわざ由佳を選ばなくてもいいのにィ!ハッキリ言って、こいつは十人並みの顔で小太りだぞ。精々チョロイン止まりで間違ってもヒロインになれる器じゃないんだぞォ!


 だいたい由佳だって俺のことベビーフェイスでカワイイって言ってたのに、何でタイプの違う藤堂さんになびくんだよォ!?人の嗜好ってそんなにも曖昧なものなのか?少しは悪びれろよ!捨てる相手だってお前の同僚だろがァ!


「とにかく、一応お礼を言っておくわ。今までありがとう。あなたは何か言いたいことあるかしら?」


「の、呪ってやるゥ……」


「いいわよ。部屋の片隅で毎晩呪ってね」


 俺の言葉など意に介さないまま、クソ女はペットボトルのごとくポイ捨てしやがった。自己の欲求に全く逆らおうとしない態度は、聖夜に降臨したユダとしか思えない。


 とにかく俺はアッサリと振られた。クリスマス・ナイトという最高のシチュエーションで、エゴイスティックなビッチに谷底へ蹴り落とされたってわけだ。



 ガックリ肩を落として帰宅し酒に浸ってる俺だが、由佳に涙を見せなかったことだけは褒めて欲しい。チープな掛け時計を見たらまだ10時なのに、一人で佇んでいる自分が哀れである。今夜はサタデイ・ナイトのイヴなんだよ。こんな理不尽が平気で起こるのが現実世界なんだけど。


 白くて足の短いちゃぶ台に置いたネックレス入りの用無し箱を恨めし気に見つめ、また苦い「バランタイン」を口に含んだ。やがてしこたま酔っ払った俺の耳からテレビの音声が遠退き、上着だけ脱ぎ捨てたダナキャランのスーツ姿のまま、頭をゴンとテーブルに打ち付けて寝落ちしてしまった。




 どれくらい経ったのかさっぱりわからない。俺は肩口をグイと掴まれ、ユサユサと揺さぶられて目を覚ました。


 面倒くさそうにうっすらと瞼を開くと、目の前に華奢なレディの胸元が見えた。「小せえな」と呟きながら小振りな胸を擦ったらグーパンが脳天に降って来た。


「痛ってえ!いきなり何すんだよォ!?って言うか、あんた誰?」


「それはこっちのセリフでしょォ!?いきなり胸タッチするんじゃないわよ!このケダモノがァ!」


 目の前で思いっ切りブンむくれている女は全く見覚えが無い。思わず周囲を見回すと、やっぱりここは俺のショボいワンルームのようだ。良かった。ってか、こいつ不法侵入じゃん。ちょっとイイ女の感じだけど、危ない奴かも知れない。


 もしかして、押し掛けのデリヘル?人類最古の商売も次々と新手を生み出さないと生き残れないのかなあ?ホント世知辛い世の中だぜ。もう一度、女をジッと見た。縦に細い銀色のストライプが入った白いブラウスにネイビーのタイトミニ、粗目の網タイツまで装備していらっしゃる。色白の細面にセミロングの髪はライトブラウン。通った鼻筋と切れ長の二重瞼は相当の美形だ。ポカンと口を開けたままの俺に、淡くピンクがかった唇がゆっくり動き始めた。


「私は天空からの使者、「らぶりいえんじぇうフミカさま」であるぞ。大宇宙に存在する百八人の天神衆の一人よ。まあ、あなたたちの世界で適当な言い方は救世主(メシア)ってとこかしら」


 こいつ、頭おかしい。だいたい、えんじぇうじゃなくてえんじぇるだろう。お前は舌っ足らずの幼稚園児か!?どうでもいいけど。


 結構な美女なのは残念だが、早々にお引き取り願おう。振られてヤケ酒飲み過ぎで頭が痛いのに、これ以上面倒を抱え込むわけには行かない。一応マトモな社会人の自覚があるから。よしッ!落ち着いたな、俺。やんわりとお断わりするんだ。ちょっと後ろ髪ひかれるけど。


「ステキなギャグを聞かせてくれてありがとう。でも、俺にお相手は務まりそうにないから、速やかにお引き取り願えない?クリスマスプレゼントまで買ってたから今お金無いんだ。このアパート、独身者専用だから、他の部屋ならうまく行くかも知れないよ。でも、部屋にはノックしてから入った方がいいね。警察でも呼ばれちゃったらそっちも困るでしょ?」


 直後、俺は自称救世主から全力でドロップキックを喰らった。一気に壁までふっ飛ばされたけどショーツの色は見逃さない。とてつもないブラックであった。同色の網タイツと相まって、実に清々しい光景だ。でも、すごく痛い。打ち付けた後頭部を押さえながら抗議した。


「いきなり何すんだよォ!?前振りしてくれなきゃ受け身取れないじゃん!」


「ホンマもんのバカだな。先ほどえんじぇうさまと名乗っただろうがァ!何の取り柄もない哀れなお前を救いに、遥か銀河系の彼方から来てやったのにィ!お金なんていらないわよ」


 えんじぇうさまとやらは唇を尖らせてブンむくれていやがる。何、この人?完全にイッちゃってるよ。あちら側の世界の住人だァ!面倒だけど、警察に電話して引き取ってもらおう。きっと、抜け出した病院関係者の方も困ってみえるだろうし。


 考えを巡らせていたら、急にフミカが顔を寄せて来て口づけた。また前振り抜きだったのでムードは皆無だったけど、彼女の甘い香りが鼻腔に残った。直後、興醒めするセリフを吐かれたけど。


「ウエッ!お酒くっさーい!酔っ払いのダサ男って最低ね。何でこんな奴を救うのが任務なのよ!?もう少しマシな奴にして欲しかったわ」


 あれ?本気で俺を救ってくれるの?それもタダで。よくわかんないけど、中々いい人じゃない。見た目美人だし、本当はやさしいかも知れない。チッパイなのはしょうがないけど。


「じゃあ、早速ベッドインしよう。シングルだから狭いけど我慢してね。やさしくするからさァ」


 えんじぇうさまは握り拳にハァーと息を吹き掛けていた。


「最悪!ホント最悪だわァ!全能の神ゼウスさまも、何でこんな煩悩の権化のような奴にミッション発動するのよォ!?」


 過激なお言葉のせいで少し酔いが醒めて来た俺は一連の流れを反復した。もしかして本物?この人、マジで神の使い?


読んで下さりありがとうございました。

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