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Ты знаешь, я всегда рядом 3

 良史亜の気持ちを思うなら、昨晩のことは彼に直接会って話したほうがいい。

 胸が痛いけどそれが一番いい。


 そう思ってはいたけど、すぐ行動に移せないまま、真理さんと会ったその夜に良史亜から電話がきた。


「桐絵、今どこ?帰り道で後をつけられたって誠から聞いたけど、今日は大丈夫なの?」


 良史亜の声が、話し方がいつもと違う。

 静かで沈んでるように聞こえた。


「今は部屋にいるよ。昨日はほんと偶然、誠君に助けられたの。今日、学校の後で真理さんと交番に行ってパトロールもお願いしたの」

「そうか、誠のおかげだ。僕はそばにいられなくて、何もできなくてすまない」

「何もなんて、良史亜が謝ることじゃないよ。私が油断して遅くなったからなの」

「でも相手は桐絵の名前を知ってたんだろ。油断じゃなくて、以前からストーカーされてたんだろうな。僕がもっとそっちに行ったり周りの様子を気にかけてれば良かったな」

「これからは遅くならないように、私も気をつける。心配し過ぎたら良史亜が仕事にならないよ」

「ああ、仕事ね。だけど誠がお前に気づいたのだって仕事中だったろう」

 そう言ってふっと、電話の向こうで彼の声がため息のように薄く笑った。


「ねえ良史亜、私に起こること全部に責任があるみたいに思っちゃだめだよ、ね」


 やっぱり良史亜は自分を責めてる。




 私が小学生の頃学校でいじめられたときもそうだった。

 破かれた私の教科書やノートを見て、いびつに切られた髪に気づいて、べそをかく私の前で体が震えるくらいに怒るのは良史亜だった。

 そういうことを止められなかった時に、彼は自分自身にも激しく腹を立てるのだった。


『誰がやったの?桐絵、僕に話して』

 すすり泣く私に良史亜は尋ねたけど私は答えない。

『桐絵わかる?僕はいつだって側にいるよ。桐絵にこんなことする奴には、好きにさせないって僕が教えてやる』

 でもそんな風に言う良史亜は、いつもの優しさをどこかに無くしたような冷たい目をしていた。


 感情も読めないその声に私は怖くなる。

 私の頭を撫でてくれた良史亜の手が少し震えてひんやりと感じて。


 だから私は首を横に振った。

「良史亜、私がちゃんと言う。嫌だって言うから」

 虐められた辛さを跳ね返すと言うより良史亜を変えてしまう何かへの恐れが私にそう言わせた。

『わかった。桐絵がそう言うなら。でもまた何かあったら必ず言うんだよ』


 でも、しばらくして私を虐めていた子のうち一人が、学校で階段から落ちて腕を骨折する怪我をした。

 原因は階段の上から突然飛んできたボールが頭に当たったからということらしい。

 それと、もう一人の子のランドセルや鍵盤ハーモニカがなくなり、焼却炉から燃え残った残骸が見つかった。

 そしてなぜこんなことになったのかは結局わからず仕舞いだった。




 心に幼い頃の記憶がよぎって、少しの間私と良史亜の会話が途切れた。


「危ないと思ったらすぐ、警察を呼ぶんだよ。それと桐絵、心配なときは、怖いときは僕を呼んで。寮に戻りたくなかったら一時的に泊まるとこだって用意できるよ。会社で使うビジネスホテルだけど」


 そうだ、良史亜はもうずっと大人なんだ。

 子供の頃みたいな、彼の傷つきやすさや危うさを気にする私の方が、おかしいよね。


「うん、そうするね。ありがとう」

「それとやっぱり、そこから引っ越した方がいいよ。今度桐絵の新しいうちを一緒に探しに行こう」

 良史亜の口調は落ち着いていて、私は安心して素直に答えた。

「はい、そうします」


 良史亜と話した後、私は真理さんに電話して彼とのやりとりを話す。

「良史亜のことだからすごく心配したろうけど、落ち着いて話せて良かったね。誠にメールしておいたから、先回りして話してくれたんだね」

「うん、そう言ってた。真理さん、ありがとう」

「よかった、やるね誠。私も安心したよ。桐絵ちゃん元気出してね。近々またみんなでご飯しようね」



 毎日外に出る時は周囲を気にして、なるべく一人で行動しないようにしていた。


 あれから別段何も起こらない。

 そのまま冬休みになった。


 ある日、良史亜と一緒に不動産屋さんを回る予定で彼の会社に向かって街中を歩いていた。


 会社の住所を携帯のナビで辿りオフィス街から繁華街の境い目あたりを通りかかった時、横から近づいてきた来た黒いスーツ姿の若い男性に声をかけられた。


「ねえ君、可愛いね。キャバクラとか興味ない?体験からでもすぐ紹介できるよ」

「いえ、そういうのは興味ないです」

 急に男の人に近づいてこられるのが怖く感じて少し後ずさる。

「でも君なら可愛いから、おしゃれして座ってるだけでお小遣い程度すぐ稼げるよ、本当に。とりあえず話聞いてよ。君、何か欲しいものとかないの?」


 細身で金髪の彼は私の行く手に立ち塞がる。

 矢継ぎ早に話しかけてきて、なかなか離してくれない。

 その時、私の後ろから足音がして誰かが私の背中にそっと手を置くと低い声で相手に言った。


「興味ないってよ、この子」


 誠君の声。

 誠君が、なぜここに?


「あ、大野さん。大野さんのお知り合いの子ですか、すみません」

 黒スーツの男性が明らかに動揺して、誠君に頭を下げている。

 誠君の表情はよく見えないけど、この前の夜みたいに冷ややかな声が相手に向けて言った。

「この子は駄目だから、覚えといて」

「ホントすみません。失礼しました」

 誠君とさほど年の違わなそうなその男性は、頭を下げながら小走りで去って行った。


 私、結局また誠君に助けられてしまった。

 そう思って見上げたら、誠君はちょっと眉を上げて素っ気なく言った。

「桐絵、どうしてこんなとこ来てるの?」


 私の知っている誠君とは違う威圧感で、ちょっと叱られてるみたいな感じで困る。

「今日、良史亜と新しい部屋探しに行くことになってて、それで会社までいくつもりで。誠君こそ、どうして」

「知ってるか、俺はいつもそばにいるんだ。あれからお前を見張ってるんだ、桐絵」


 言葉は最初こそぶっきらぼうだったけれど、驚いて困っている私を見つめた誠君の瞳は、だんだんと笑ってきて、私は言った。

「嘘。からかってる!」

 誠君は目だけで笑った。

「アイツの会社なら反対側の表通りの方。こっちは俺の担当エリア」


 私は最近、良史亜のアパートを訪ねていない。

 だから誠君にも最近は会っていなかった。

 今の誠君は仕事中らしく、濃い紺系のピンストライプのスーツにピンクのシャツを着ている。

 今日もピカピカの黒い革靴が大人っぽくてかっこいい。


「二人、割と近くで働いてるんだね。あの、また仕事中に迷惑かけてごめん」

「別に迷惑じゃないけど、良史亜に文句はあるな。桐絵に迎えに来させりゃいいのに、あいつにしちゃ抜けてんなあ」

 誠君はちょっと仏頂面で言った。


 でも、それは良史亜が悪いんじゃない。



 あのストーカー男の一件以来、良史亜は時々寮の近くに来て一緒に買い物したり食事したりしてくれていた。

『誠から、相手のやつの写真とかの情報をもらってる。大西明って言う奴だって。見ればわかるよ』

 そう言って。


 そのかわり大学の友達に良史亜といるところを何度か目撃された。

「桐絵の彼って、エリートっぽい育ちよさそうな人だね」とか「優しそうで整った顔立ちの彼氏なんだね」と言われる。

 そのたび「彼じゃなくて、すごく小さい頃からの幼馴染なの」と答えた。


 そういう誤解は私に責任を感じて心配してくれている良史亜にはとても言えない。


「本当は良史亜もそう言ったの。カフェでも入って待っていてって。言うこと聞かない私が悪いの、良史亜はちゃんと考えてくれてた。最近は心配かけてばかりだから、この事は言わないで」

 私は困ったけど、誠君は少し眉を上げニヤッとした。

「ふうん。そりゃ桐絵が悪いなあ。さあ、どうするかな?」

 意地悪な口調で誠君は言った。


 またからかわれてる?

 誠君がやっと表情を和らげてくれたから、嬉しい。


「誠君て、普段この辺で働いてるの?何の仕事してるの」

「まあ、パトロールと不動産屋の中間みたいなもんだね」

 急に気のない顔になった誠君は明らかにはぐらかして、ちゃんと答えてくれない。

「なにそれ?」

「うん。一昔前は、さっき桐絵も捕まったアレもやってたな」

「アレって。うそ、あれ?」


 誠君がさっきの黒スーツの男の人と同じことしてたってこと。

 急に馴れ馴れしく話しかけて、持ち上げたり付きまとってきて困った。


「最近は違う仕事してて、ああいうことはもうしない。桐絵は化粧気なくてもっさりしてるけど、案外こういう子が化けるんだよな」

 誠君はそう言うと、少し私の顔を覗き込むようにした。


 いたずらっぽい誠君の黒い瞳に出会うと頬が熱くなる。

 からかわれてるだけだよ!

 そう思っていてさえも。


 以前、真理さんが誠君は超売れっ子のホストだったと言っていた。

 きっと誠君て人をドキドキさせる根っからの天才なのかも。


「誠君、この頃はどうしてるの?あのうちにいるの」

「ああ。でも良史亜クンこの頃出かけてばっかりだし、前より会社泊まりが増えてるし、マコ爺寂しがり屋だから真理んとこ行ったり色々ね」


 そう言われた時、また胸がチクっと痛くなった。


 馬鹿な私。

 どうして傷つくの?

 誠君は真理さんの彼だもの当たり前だよ!

 でも、もう少しだけ誠君の事が知りたい。

 おしえてほしい。


「そろそろ俺、良史亜のとこ出るわ」


「そしたら前みたいに誠君と会えなくなるの、寂しいよ」思わず気持ちが口をついた。

 本当に寂しい。

 もうこれまでみたいに誠君と顔を合わせることがなくなっちゃうの。

 今日みたいな偶然でもないと、話すこともほとんどなくなるんじゃないかな。

 だって誠君は私の兄さんでもないし、良史亜の友達で彼女がいる人なんだから。


「何だよその顔。じゃあ、マコ爺にLINEでもしろよ」そう言って誠君が携帯を出した。


 寂しくてがっかりしたのが顔に出ていたんだ、恥ずかしい。

 でも、良かった。

 まだ誠君と繋がっていられる。


「ただ、困ったり怖いことある時は速攻電話な。前に携番教えたろ」

「うん、ありがとう」

 その言葉にすごく安心する。


「じゃあ良史亜の会社まで送ってく。大体桐絵は歩くの遅いんだよ、あの程度のキャッチは無視してサクサク歩いてけばいい。そうすりゃ離れるだろ」

「そんな簡単に歩くスピード速くならないよ」

「ナースになろうってんだから、もっとキビキビ歩けないのか?」

 笑って誠君が言った。

「もう、わかったよ」

 そう言いながらも誠君は私に歩調を合わせて歩いてくれて、大通りの表側にある雑居ビルの前まで一緒に来た。


「ほらここだよ。じゃあまたな」

 そう言ってまた繁華街の方に去っていった。

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