Ты знаешь, я всегда рядом (いつもそばにいるよ)1
夏休みが終わり、秋が訪れて私はまた勉強や調べ物に追われる毎日に戻った。
専門書が必要なので大学の図書館で本を読んだりコピーしたり、パソコンを使って検索したり文献を探したりしていた。
テストに提出物に、覚えなきゃならない知識が山ほどある。
解剖学を勉強すると、人間の体ってとてつもなく広く感じる。宇宙のように広いのに緻密で、全てが絡み合って無駄がなく機能しているんだ。
高度で尊い自然の摂理に気づかされる。
人を傷つけたり、殺したりしながら、
『どうして殺しちゃいけないのか』という人がいる。
でも、私はその人に伝えたい。
「こんなにもすごい緻密な命で、しかも一人として同じものは存在しない。たとえ壊すことはできても、あなたの手で再び作ることは絶対できないんだよ」って。
ある日、私はまた調べ物をしているうちに帰りが遅くなってしまった。
しまった!
もう寮に帰ってとりあえずお風呂に入らないと、二十二時でお風呂場の鍵は閉まるんだった。
慌てて荷物をまとめて学校を出た。
構内を抜けて、寮までのちょっと細い道に入る。
道端の草むらからは、虫の鳴く声が聞こえる。
急いで歩いて帰る途中で、気づくと後ろから別の足音が聞こえてきた。
何だか胸騒ぎがして私も歩調を速めた。
けど後ろから走ってくるようなその足音は、だんだんと近づいて来た。
夜にランニングしてる人が来ただけかな。
気になる気持ちを払おうと、少しだけ後ろに顔を向けたその時だった。
「長嶺桐絵さん、待ってください!」
という声とともに、突然後ろから抱きつかれた。
男の人だ。
私の名前を呼ばれたけど全然覚えがない声。
一体誰?
「誰ですか?あの、離してください。あなた誰なんですか」
焦ってそう言ったけど答えはない。
いったい誰が、どうして私にこんなことするの。
でも、離すどころかそのままもっと強く抱きつかれて、右耳に相手の吐息がかかる。
すごく怖い。
声が出ないけど、必死に体をよじって、私は締め付ける男の腕から逃れようとした。
「長嶺、……桐絵さん。いつも、……見てました」
ちょっと震えた声で相手が言った。
いつも?いつもなんて、何言ってるの。
どうやって。
だけど全然誰かわかんない。
怖くて、呼吸が浅くなる。
こうして名前を呼ばれても、やはり相手に全く心当たりはなくてパニックしてくる。
もっと声を出さなきゃ!早く助けを呼ばなきゃ!
「お願い、離して!誰なの離してっ!誰か助けてください!」
人気のない道の上で、やっとどうにか私は叫んだ。
その時不意に道の後ろから乗用車が近づいて来て、私と男は眩しいヘッドライトに照らし出された。
その光にひるんで、抱きついていた男が少し手を緩める。
私はとっさに隙をついて男の腕を抜け出したけど、足がもつれてその場に膝をついた。
その乗用車は私たちの横をすり抜け、キキッと高いブレーキ音を響かせて対向車線側の路上に急停車し、勢いよく後部座席のドアが開いた。
「おい!この野郎。お前この子に何した?」
そう誰かが怒鳴りながら、こっちに向かって駆けて来る。
「誠君?……」
車から飛び出して来た人は、黒っぽいスーツ姿の誠君だった。
彼を見るなり抱きついてきた男は逃げ出し、誠君はそのまま逃げ出した男の後を追って走り出した。
そしてもう一人、路駐した銀色の車の中からTシャツにハーフパンツ姿の男の人が飛び出すと、彼も無言のまますごい速さで誠君の後を追った。
さっき私に抱きついた男は視界の向こうですぐに誠君に捕まってパンチされている。
ハーフパンツの男の人も追いつくと、その男を蹴りあげた。
誠君はハーフパンツの人に何か言うと、走って私のそばに戻って来た。
「おい桐絵、大丈夫か?怪我してないか」
軽く息を弾ませた誠君が私のそばにかがんで背中に手を置いた。
足が震えて寒気がする。
けど今はもう誠君がいる、そばにいる。
私は誠君のスーツの腕を掴んで言った。
「大丈夫」
誠君は確かめるように私の顔を見て肩を抱いた。
「本当か?あの野郎痴漢だな。今、仲間に軽く説教させてるから」
「歩いてたら後ろからついて来て、急に抱きつかれたの。そして、あの人私の名前知ってた。私、あの人のこと知らないのに」
「桐絵それって、まさかあいつストーカー野郎なんじゃないか?」
険しい表情でそう言った誠君が携帯を出して誰かにかけると、視界の向こうの方で男に「軽く説教」してるらしいハーフパンツの人の携帯が鳴った。