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Можешь рассчитывать на меня (頼りにして)1

 受験勉強の日々は一足飛びに通り過ぎて翌年の三月を迎えた。

 良史亜に、そして「良史亜を信じろ」と言った誠君に背中を押された私は心を決めてそれまで以上に猛勉強し、志望の大学の看護学部に合格することができた。


 身寄りがないのにこうして大学生になれるなんて思ってもいなかった。

 大学からの入学手続きに必要な書類が届いて、それを書いたりこれから必要な物や費用のリストを見るにつけ、自分から負担を引き受けて大学に行くように強く私を説得した良史亜には改めて驚かされる。


「良史亜、ほんとうに感謝してる。しっかり勉強するね」

「桐絵が自分の能力をちゃんと活かして新しい道をひらいていくのが嬉しいだけだ。だからこのくらい僕を頼っていいんだ」

 照れたときの仕草で褐色がかったくせ毛の髪を右手でクシャクシャとさせながら、彼は言った。


 当の良史亜もこの春大学を卒業したのだけど、自分の大学卒業の感慨に浸ることもない。

 会社の代表として本格的に忙しくなった仕事の合間を縫っては、私の入学手続きや引っ越し準備を一緒に進めてくれた。


 私に親がいたなら、両親のそろった普通の家庭に育っていたら、こんなに何から何まで面倒を見てもらったのだろうか。

 良史亜にはいつも甘えすぎだと思うけど、下手に遠慮すると彼は自分を否定されたように思うみたい。

 私はマイペースで頑固なところがあると自分で思うけど、そこは良史亜も似ている。

 血が繋がってないのに兄妹みたい、と思う時もあれば、去年の秋みたいに考えがぶつかり合うと、この人には取説が必要って思うこともある。




 私は入学を期に施設を出て大学付属の寮に入ることにした。

「近くにアパートを借りるつもりでいたのに、なぜ聞かない?」

 納得がいかない良史亜は言う。

「せっかく施設を出られるのに寮なんて、またプライバシーもないし落ち着かないんじゃないの?」

「そんなことないよ。寮は学校に近いし大学のカリキュラムはきつくて勉強も結構大変そうだから、通学時間は短い方がいいもん」


 寮の建物の築年数が古くて私の苦手な虫が出るとか、お風呂やトイレも共同だとか例によって良史亜は寮のパンフレットを熟読して反論し一悶着した。

 けど私は彼を説得して寮に入ることを決めた。



 寮への引っ越しと新学期の準備が済み入学式も終えて一段落した頃、誠君と真理さんが良史亜の卒業祝いと私の入学祝いを兼ねた焼肉屋さんでのご飯会に誘ってくれた。

 四月半ばの、誠君たちも仕事がお休みの日曜日に集まって四人で食事をした。


 私は兄や姉たちに祝ってもらうみたいで、すごく嬉しい。


「おめでとう桐絵ちゃん。これは誠と私からね」

 真理さんが選んだというベージュ色の可愛いハンドバッグを入学のお祝いにもらった。

「よかったなあ、合格できて。これから頑張れよ」と誠君。

「うん。誠君、真理さんありがとう」

「桐絵ちゃん、寮に入ったんだって?結構建物は古いんでしょう、住み心地どう」

「確かに建物は古いの。でも施設にいたからお風呂とか共同なんかは慣れてるし、朝と夕飯が出るから不自由はしてないかな」


 人がいる気配っていうのは安心できて私は嫌いじゃない。


「そうかあ、私は共同って無理だなあ」

「だよな、でも桐絵が寮に入るって言い張るから」と良史亜。


 もう、まだそれを言う。


「良史亜は私を甘やかしすぎなの。その分、私の出世払いが大変になるし充分満足してるの」

「返して欲しいなんて、思ってないよ」

 良史亜が憮然とする。


 しまった、彼の地雷踏んだかも。

 そう思った時。


「桐絵は幸せだな。良史亜もかなり頑固だとは思うけどさ、まあ金で返すのが全てでもないんじゃない。ちゃんと勉強して世の中で役に立って。そういう返し方もありだと俺は思うけど」

 諭すように誠君が言って、その言葉に私はなんだか素直な気持ちになれた。

「そうだね誠君。ちゃんと勉強してくよ。それと、良史亜が進学したときはこういうこと一人でみんなやったんだなあと思ったら、それがすごいなって気がついたんだ」

「そうだな、昔から良史亜はなんでもできるからな」

 誠君が神妙に褒めると「二人して気持ち悪いなあ、急に持ちあげるなよ」と良史亜は仏頂面で肉を口に運んだ。


 良史亜また照れてる。

「昔からって。誠君と良史亜って高校が一緒だったっけ」

 そう言うと誠君はちらっと良史亜の顔を見て言った。

「うん、そう。でもその頃はあまり話したことなかったな」

 良史亜はうなづいたけど何も言わない。

「二人って全然性格も違うし生活時間も噛み合わないし、一緒に暮らしてるのがいつも不思議だよ」と言うと、

「仲良くてシェアしようぜー、みたいなノリで暮らし始めたわけじゃないしなあ。俺がちゃっかり居候決めただけで」と誠君。

「まあそうだね」

 良史亜はあっさりと言って、そこからはまた違う話題になった。



 大学の授業が始まるとたちまち毎日が忙しくなり、図書館で調べ物をしたり、新しい友達と過ごすことも増えていって日々は過ぎた。

 勉強は大変だけど寮の仲間とも打ち解けて休みの日に街に出たり、何人か一緒に寮のキッチンで食事を作って食べたりして楽しく過ごしていた。


 良史亜は仕事の合間に連絡をくれて時々食事に行ったり、勉強に必要な欲しい本をたくさん買ってくれたりした。

 医学書や医学系の雑誌って学生には高い。

「必要なものに高いものなんてない。大して必要ないものを買ってしまったときこそ、後であー高かったってなるんだろ」

 良史亜はそう言って糸目をつけない。




 しばらく誠君や真理さんとも顔を合わせることはなく過ぎて、夏休みに入ってから私は久しぶりに良史亜の部屋を訪ねた。

 良史亜は留守だけど仕事からじきに戻るとLINEが入っていた。

 でも玄関扉をノックをすると返事はなくて、まだ帰ってきてはいないようだった。

 約束の秘密の置き場所にある合い鍵を使おうとしたけどドアには鍵がかかっていなかった。


 もしかして誠君がいるの?


 そう思って中に入ると部屋はクーラーが効いていて、やっぱり部屋の奥に敷かれた布団で誠君が寝ていた。

 部屋に私が上がり込んだっていうのに悠々と眠り込んでいる。


 なんて不用心、そして無防備。

 三十度を超える真夏の今は、さすがにタオルケット一枚で、癖なのかそれを頭からかぶるようにしていて敷布団の上に長い両足が投げ出されているのが目に入る。

 私は一応、寝てる誠君を気遣って持って来たケーキを静かに冷蔵庫にしまうとキッチンの椅子に腰掛けた。


 良史亜も真理さんも、誠君は寝起きが悪いって言うんだけど私はそうでもないと思う。

 私はここに来てる時、延々と寝ている誠君て見たことないし何度も起こされてるとこも見たことない。

 ちょうど彼が起きるタイミングだっただけなのかもしれないけど。

 そして誠君の寝ている方に目をやると、布団のそばの黒いローテーブルの上に、新聞やDM、雑誌に紛れて古い写真が一枚だけあるのに気づいた。


 なんの写真かな?

 私はテーブルに近づいてセピア色がかった写真を手に取った。


 クリスマスツリーの下に幼稚園か小学校低学年くらいの二人の男の子が肩を並べている。

 一人の子は知ってる顔、綺麗な顔立ちで賢そうなこの子は良史亜だ。

 でも、もう一人は知らない子で可愛らしい丸顔に黒い大きな瞳。

 誰だろう?

 でもこの子なんだか見たことがある気がする。

 昔、同じ施設にいた子かなあ。

 そう思って何気なく写真の裏を返すと字が書かれていた。「伊理也と」

 読み方は「いりや」でいいの?もう一人の子の名前かな。


 そう思いながら写真を眺めていると「桐絵、来てたの」そう言っていつの間にか起き上がっていた誠君の手が私から写真を取り上げた。

 誠君は今日も上半身裸のパン一で、視界に黒のボクサーショーツが飛び込んでしまい私は動揺した。

「返しとこ。良史亜のだからね」

「ごめん、昔の写真だね」

 でも誠君は答えず、代わりに自分がパンツ一枚なのに気づくと「あ、悪い。あっち向いて」と言って着替えた。


「もう良史亜が帰る頃か。桐絵コーヒー飲むか?」と言って、誠君はキッチンでコーヒーを淹れてくれた。

「私ケーキ持って来たよ。良史亜もじき戻るだろうし、先に食べない?」

 良史亜が好きなのはシュークリームで誠君はチョコレートケーキのはず。

「お、いいねえ」と誠君は笑顔で言って、一緒にコーヒーを飲んでいたら良史亜から電話がきた。


「あれ、どうしたの?」

「桐絵悪い。ちょっとトラブって戻れそうになくなった」

「いいよ、気にしないでね。今、誠君とコーヒー飲んでた」

「誠いるのか、ちょっとかわって」

 そう言われて私は携帯を誠君に渡した。

「ああ、うん。オッケー、じゃあな」

 短いやり取りの後電話は切れたようだった。


「良史亜が桐絵を送ってけって。俺は大丈夫だけど、よければ戻りがてら飯食ってこう」

「私もいいよ。今日真理さんは?」

 そう何となくきいた。

「真理は仕事入ってるし、今からは無理だなあ。今日は俺しかいないけど。いい?」

「全然、いいよ」

 誠君と二人で出掛けるなんて、初めてのことだった。

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