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あ、既読が付いた。
そして良史亜から電話がきた。
「怖かったろ。僕が帰るのは明日の夕方だし、街中にホテルをとるから学校の後そこに入るといい。なるべく人がいる場所にいて。予約したら連絡するよ」
「ありがとう良史亜。怖い、けど頑張るよ」
「おかしいと思ったら迷わず通報しろよ。前回のことがあるから今後は奴のことを調べて、当面私服で対応してくれる身辺警護を契約するか」
「そんなことできるの?」
「できるさ。移動は無理しないでタクシーを使えよ。明日までに今後のことを考えるから、会ったら相談しよう」
良史亜と話していると心強くて落ち着いてきた。
電話の後で、私は身の回りのものをまとめて明日に備えた。
教科書類が重たいけど、明日すぐに使わない物は学校がある駅のコインロッカーに預けてから登校しよう。
その後、良史亜が手配してくれたシティホテルの案内がメールで来た。
そこは噴水がある大きな公園に面して、良史亜の暮らすマンションからも駅からも近いところだった。
翌朝はいつもより早く家を出てコンビニで朝食を買ってから学校に向かった。
学校に着いて友達の顔を見たらすごく安心したけど、巻き込むのが嫌で大西のことは話せない。
なるべく明るいうちに行きたいけど、臨地実習が近いし放課後に友達と看護技術の演習をすることになった。
みんな考えることは同じで技術演習室は混み合っている。
片付けも済ませたら外は薄暗くなっていた。
早く行きたい。
そう思いながら携帯を見ると良史亜からLINEが来ていた。
「もうホテルに着いたの?今は新幹線。あと一時間くらいで着く」
まだだよ良史亜。
でも、もしかしたら目指す駅で会えるかもしれない。着いたら連絡してみよう。
出発駅のコインロッカーから荷物を出す時も、そっと周囲を伺う。
一見すると大西らしい人影はいない。
いつも通り電車に乗ると私は小さく息を吐いてシートに腰を降ろした。
車窓を流れて移り変わる風景は、せまる夕闇に少しずつ明かりが増えて行く。
こんな状態が続くとしたら、また引越しをするしかないのかな。
怖いな。
今よりもっと良史亜の近くで暮らせないだろうか。
でも彼は来年アメリカに行くし、心配かけどおしも嫌だ。なんとかこの事態を切り抜けたい。
堂々巡りの思考にとらわれた私は、隣の車両から自分を伺う視線に気づかずにいた。
目的の駅まではもうあと少し。
駅を出ると駅前広場があり、そこから伸びた大通りを渡る。すると豊かな木々の中に噴水をしつらえた公園があり、その向こうに良史亜が用意してくれたシティホテルがあるのだった。
電車を降りたら一刻も早く良史亜に会いたくて、携帯から電話をかけながら駅構内に彼の姿を探した。
ここに着いていてくれたらいいのに、まだかな。
コール音がする、一回、二回、三回。
でも電話は繋がらない。
「駅に着いたよ。ホテルに向かうね」
そうLINEして足早に大通りを渡ったところで突然、背後から声をかけられた。
「こんばんは長嶺桐絵さん。どこに行くんですか?」
ハッとして振り返ると、すぐ後ろに見覚えのあるあの男がいた。
大西 明。
全身が粟立ち、心臓が早鐘を打った。
「桐絵さん逃げないで!」
大西は手を伸ばして言った。
私はパニックして公園の中を駆け出したけど、荷物が重いのと足がもつれ転んでしまい、すぐに追いつかれてしまった。
「大丈夫、起きられますか?僕の手紙、見てくれましたか」
大西が話しかけてくるけど、怖くて息が詰まったようになってうまく声が出ない。
でも何とか言った。
「私の後をつけてたんですか?」
「ええ、引越したとわかったのでずっと探してました。手紙にも書いた通り、タチの悪い奴らに邪魔されてまだあなたに僕の気持ちを伝えてなかったし」
悪びれた風もなく彼は私の前に立った。
私はその場に立ち上がると後ずさった。
「前にいきなり夜道で、……怖かった。お願いだからもう、こういう事はやめて下さい」
声が震え、わななく手で握りしめていた携帯から良史亜に電話しようとしたその時、着信があった。
「桐絵、どこ?」
良史亜の声。
「良史亜、噴水の公園にいるの。助けて!」
「大西がいるのか、今向かってる。絶対追いつく、通話を切るな!そばに何がある、見えるものを言って」
走ってる、良史亜。
でも大西が横から携帯を取り上げようとしたので私は叫んだ。
「いやっ!」
「桐絵っ!」
良史亜の声がしたけど大西ともみ合いになって私は携帯を落とした。
彼はすかさずそれを拾うと通話を切って、着ていたジャンパーのポケットに入れてしまった。
もう助けが呼べない。
声が届かない。
どうか見つけて、そばに来て良史亜。
「ヨシアって呼んでましたね?室井良史亜と、これから会うつもりだったのか。桐絵さん、彼とはどこまでの関係ですか?あなたのことは全て知りたい。ちゃんと僕に教えてください!」
大西の目が座った感じで睨むように鋭く見つめられた。
彼がにじり寄って次の瞬間、強く手首を掴まれ痛みが走る。
その時だった。
「離せっ!」
私と大西の間に駆けてきたスーツの背中が割って入り、掴まれた私の手首から大西の手を引き剥がした。
「良史亜……」
「へえ、本当に室井良史亜だ。あんた邪魔なんだよ、俺はこれから桐絵さんに話があるんだ」
そう低く言って良史亜を睨みつけた大西の、のっぺりとした顔つきが一瞬でどう猛に変わる。
「話って状況か?怖がってるだろ。もうこの子をつけまわすのはやめろ。これはストーカー行為だ」
そう冷静に良史亜が言った。
怒りが激しい時ほど彼は冷たく沈着に見えるのを私は知っている。
「うるさい!お前こそいつまで桐絵さんに張り付いてる気だ。学生社長とか騒がれてきて、今じゃ何でも手に入れてるだろ。女だってさあ。けど金で落ちる女はお嫌いで、スレてない純情な桐絵さんをものにしたいわけか、ああっ?」
でも良史亜は自分に向けられた大西の言葉には取り合わずに言った。
「もう一度言う。この子へのストーカー行為は金輪際やめるんだ!」
その言葉を聞いた大西は息を荒くしていきなり良史亜をつき飛ばすと、また私の方に向かってギラついた目で言った。
「どけよ室井!ねえ桐絵さん、あなたまさかこいつと……」
良史亜が一瞬体勢を崩した。
「桐絵、すぐ百十番して」と私に自分の携帯を手渡すとそのまま大西に体当たりした。
ふらついた大西をそばの立木の幹に押し付けた良史亜は彼の顎の下に手をかけた。
「この野郎、消えろ!お前なんか消してやる!」
大西は顔を真っ赤にして怒鳴り、腕を激しく振り回して暴れた。
その右手に何かが閃いて「うっ」と良史亜が呻き声をあげた。
見ると大西は右手に短いナイフを持っていた。
あんな物隠してたの、良史亜は刺されたんだ。
「もうやめて、お願い!誰か来て、助けてください!」
通報しながら私は叫び、あたりを通りかかった人が数人近づいて来た。
でもナイフを振り回しながら暴れる大西を誰も止められない。
「良史亜お願い離れて。死んじゃう!」
大西はなおも暴れて私の声は悲鳴になった。
けど良史亜は彼を押さえる手を離さない。
また大西のナイフが良史亜の腕を切りつけた。
でも、不意に大西が膝から崩れるようにその場にへたり込んだ。
「救急車、救急車!」誰かが叫んでる。
「桐絵、……もう大丈夫。こいつは気を失っただけだ」
振り向いた良史亜が言う。
けど彼もその場に膝をついた。
頭がクラクラする。
でも良史亜が血を流してる、あの血を止めなきゃ!
早く、早く!!
「あなた出血してる。今、救急車を呼んだから。こっちの男が刺したんですね」
近づいて来たサラリーマン風の男性が言った。
良史亜のスーツの左腕とワイシャツのお腹が切れて血が流れている。
「横になって、その方がいい」
別の人が彼を支えてその場に寝かせた。
「いや、こんなの……良史亜……」
震える手で私はバッグからハンカチを探し出した。
それで良史亜の左腕の傷の上を縛り、首に掛けていたストールを外して畳み出血の多いお腹の傷を押さえる。
それを見た良史亜は私の手の上に自分の手を重ねて小声で言った。
「桐絵泣くな、大丈夫だから。お前、手が冷たいよ」
そう言った良史亜の手も冷たく顔色も白くて呼吸が荒い。
なのに私を気遣う彼は痛いとも苦しいとも言わない。
泊まる予定だったホテルの人が異変に気づいて、毛布を持って駆け寄ってきてくれた。
「しっかりしてください。どうぞこれを使って」と良史亜に毛布をかけてくれた。
「ありがとうございます」
私も良史亜もお礼を言った。
数人の人が昏倒から覚めて起き上がった大西のそばにいて腕をとって押さえてくれている。
彼も顔色が白く見えたけど、怖くてそれ以上目線を向けることができなかった。
「桐絵、……怪我したな」
「転んだ時のだけ。私は大丈夫だよ」
気づくと両膝から血が滲んでいて初めて痛みを感じた。
「怖かっただろう?」
良史亜が来てくれるまではひどく怖かった。でも姿を見たら安心した。
「私のせいで良史亜が傷ついた。こんなに刺されて、死んじゃうって思った。そんなのいや!」
「お前のせいじゃない。昔は僕の命に価値なんかないと思ってたけど今は違う。桐絵を守るんだから簡単に死んだりしない。僕は間違ってるか?」
「そんなの答えられないよ……、でも私は良史亜に生きてて欲しいの!生きててくれなきゃいや!」
今は地面に横たわっている良史亜は下から手を伸ばすと私の頬を伝う涙を指先で拭った。
「桐絵、今度は断らないで入院するから。また遠山さんに連絡して」
「……わかった」
「明日には会社の野次馬連中が来るな、出張帰りに刺されたんだーって」
パニックした私を安心させるために傷の痛みを押して良史亜は喋ってる、きっとそうだ。
ねえ良史亜、どうしてそんなに優しいの。
そうか、私も強くならなきゃ。
せめて彼の心を守りたい。
「良史亜、そばにいるから安心して休んで。もう喋っちゃだめ」
そう言うと彼は私を見上げて「うん、やっぱり痛て……」と初めて顔をしかめた。
その表情に激しく胸が騒ぐ。
そっと髪を撫でると良史亜はされるがままに目を閉じた。
彼の端正な顔は今も痛みに苛まれているはずなのに、あまりにも穏やかだった。
良史亜、安心してくれたの?
そう思った時、本当に小さく彼が言った。
「桐絵、お前のいるところが僕の居場所。ずっとそう思っていていいか?」
ねえ良史亜。
今胸にあるこの思いが間違ってるとか、そんな風にもう私は考えることができないよ。
もう悩みたくない。
ただあなたが好きで、あなたのいるところが私の居場所だから。
自分で気がつく前からきっと、もうずっと前からそう思ってた。
「いいよ。おかえりなさい良史亜」
小さくそう答えると、褐色がかった瞳で私を見上げた彼が言った。
「ただいま」
そして一瞬だけ、子供みたいにあどけない微笑みを向けた。
遠くに聞こえたサイレンの音がだんだんと公園に近づいて、救急車とパトカーの赤色灯が見えた。
完