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「いた、良史亜!」
暗い寝室のベッドで、スーツ姿の彼は丸めた掛け布団を抱えるような姿勢でうつ伏していた。
部屋の明かりをつけると頭が動いて良史亜は私を見た。
「あれ、桐絵どうして。……まずい!今何時?」
そう言った彼はそのまましばらく咳き込んでいた。
熱があるようで顔が赤く、ぼーっとした表情でスーツのポケットを探っている。
「寝てたの?連絡つかなくて心配したよ。具合が悪いんでしょう。ねえ携帯探してるの?」
「うん」
「私も探すね」
でもスーツのポケットにはなかった。部屋の床にも落ちてない。
「居間かな?」と言うと良史亜は首を振った。
「あー、……きっと玄関」
彼が言った通り玄関脇のミニテーブルに携帯があった。
帰宅して持ち物を置いてそのまま寝室に倒れこんだとしか思えない。
「はい、あったよ。遠山さんから私に連絡がきたの。家に様子を見に行ってから連絡することになってるの。私から電話していい?」
「うん」
それだけ言って、うつ伏したままの良史亜は咳をしながら虚ろな表情で着歴とメッセージをチェックしている。
「呼吸が苦しいの?顔色も悪いよ。病院ではなんて言われたの」
そう聞いているのに「待って、なんか目の焦点が合わないな」と良史亜はメールを確認する手を止めない。
心配で、自分のことに無頓着な良史亜にジリジリする。
「きっと熱のせいだよそれ。ねえ良史亜お願い!体のことが先だよ」
携帯を持つ良史亜の右手を掴んだ。
彼の手が熱い、結構熱がありそう。
「苦しいんでしょう。おしえて、気管支炎か肺炎だったんじゃないの?」
「あたり、肺炎。すごいね桐絵は」
彼は弱々しく笑ったけど、ひどい咳をした。少し話すたびに咳が出る。
「ごめん、遅くなった。桐絵、二十歳のお誕生日おめでとう」
「すごい、じゃないでしょ。今はそれどころじゃないよ。本当は入院しなさいって言われたんじゃないの?」
「それは、病院の後でまだ行くとこがあったから無理ってお断りしたさ。点滴に……、通うから」
咳が出て言葉が途切れる。
いつもの良史亜の判断力がガタガタだよ。
「うそ、断ったなんて。こんなに具合が悪いのに。お薬もらって来てる?何か水分飲まないと。冷蔵庫見てくるね」
体温計すら手近にはなく、以前に彼が伊理也と暮らしていた時のことを思い出して居間の引き出しを探した。
居間に置いた引き出しの一つを二人は救急箱にしていて、熱を出した伊理也がそこから薬や体温計を取り出してた。
やはり、その時に見た体温計を見つけた。
冷蔵庫にも無糖の炭酸水とスポーツドリンク一本しかないし、せっかく病院で処方された咳止めや解熱剤も飲まないまま寝込んでいたみたい。
もう、今日の彼は本当にしょうがないなあ。
探し出したものを持って寝室に戻った。
「上着脱いで寝巻きに着替えた方が楽じゃない?手伝うよ」
「うん、ごめん」
私は身を起こした良史亜の上着をとり、ついでにソックスも脱がせて床に落ちていたネクタイを拾ってクローゼットのハンガーに掛けた。
ワイシャツも着替えた方がいいのに「先に熱を測るよ」と良史亜はシャツのボタンを外し体温計を挟む。
ズボンもスウェットに履き替えるよう勧めたけど「後でする」と言ってまた布団に体をもたせ掛けていた。
「今からでも病院行こうよ、入院が必要なんだよ」
「しなきゃだめかな?入院」
「だめだと思う」
「嫌だな、僕は病院て嫌いなんだ。気分が落ちる」
「もう、そんなわがまま言って。じゃあ明日絶対ね。私ついて行くから今日はここに泊まる、いいよね?」
「それはだめ。学校はどうする気?遅くなるからもう……」
そう言いながらまた咳き込んで良史亜の呼吸が荒くなった。
体温は三十九度もあり、咳が落ち着くのを待って薬を飲ませた。
「お願いだから今は私の言うことを聞いて。すごく心配なの。だって良史亜は自分のこと構わなすぎる。でももっとひどくなったらいろんな人が困るし、私だって悲しい」
「悲しくなるの?桐絵」
「悲しいに決まってるよ、そうなったらずっと後悔する」
「そう、……わかった」
それからやっと私は遠山さんに電話した。
最初電話に出たのは漣君で「はい、お待ちください。母に代わります」ときちんと受け答えしてから「お母さん」と呼んでいるのが聞こえて微笑ましい。
「ああ長嶺さん、社長はいかがでしたか?」
気遣いのにじむ声音で尋ねた遠山さんに私は事情を話した。
「あの遅くなってすみません。彼、自宅にいました。携帯を遠くに置いて倒れ込んでて、熱も高くて。肺炎だったそうです」
「そうでしたか、ありがとうございます。社長が無理されるのをお止めできず申し訳ありません」
「いいえ、ご連絡をいただいて本当によかったです。入院を勧められたけれど断ったようなので、明日もう一度受診してもらいます」
「入院を?まあ、そうでしたか!」
やっぱり遠山さんも驚いてるよ良史亜、あなたの行動に。
「はい、ご心配をおかけしました。あとのことは本人に代わって話してもらいますね」そう言って電話を良史亜に代わった。
それから私は一度買い物に出て冷却まくらやスポーツドリンクも買い足した。
戻ってからは慣れないキッチンで野菜のスープやおかゆを支度し、薬が効いてきた良史亜のそばに運んで一緒に食べた。
「味はどうかな?苦しかったら無理しないでゆっくりね」
「美味しいよ、ありがとう。でも今入院なんかしたら、せっかくの誕生祝いができなくなる」
その口調があまりに悔しそうで、いつも冷静になんでもパズルを解くように解決する彼とは思えない。
高い熱のせいか息苦しさのためか気だるい表情で、どこか子供みたいな良史亜。
私はなだめるように言った。
「良史亜、それはまた良くなったらね。でも今日こうやって一緒にご飯食べてるじゃない。無理だったはずなのに、ね」
そう言うと良史亜は手を休めて言いかけた。
「ねえ、桐絵ってさあ……」
「なあに?」
「いや、なんでもない」と良史亜は首を横に振った。
夕食の後片付けを済ませて寝室に様子を見に行くと彼は眠っていた。
熱が下がって来てるのか少し汗をかいてきてる。
彼が眠ってる間に私はシャワーを借りることにした。
良史亜はあんな状態だし。
帰るように言われたけど今日はこのまま泊めてもらって彼を看て、明日は絶対病院に連れてく。
そう心に決めて、さっきの買い物ついでにドラッグストアで替えの下着を一着買っていた。
良史亜も起きたら着替えしてもらって洗濯機を回しておくといいかな。
明日持っていくものも準備した方がいいよね。
シャワーを浴びてドライヤーを使ってからまた良史亜のそばに行くと今度は目を覚ましていた。
さっきよりもっと汗ばんでいて額に玉の汗が浮かんでいる。
「ごめんね、勝手にシャワー借りちゃった。良史亜も汗出てるから着替えしようよ。起きられる?」
「うん、自分で出して着替えするから。ちょっと出て」
「私が出すよ。フラフラしない?」
「いや、ゆっくりやるから大丈夫」
彼がそう言うので私は部屋を出た。
そうだ。
ホットタオルで少し体を拭いたら気持ちいいんじゃないかな。
そう思ってタオルを水で絞り、ビニール袋に入れてレンジでホットタオルを作ると寝室のドアをノックした。
でも返事がなく、またひどく咳き込むのが聞こえたので少しだけドアの隙間から様子を覗いて声をかける。
「良史亜、熱いタオル持ってきたよ」
「う、……」
部屋の入り口に背中を向けた良史亜が上半身裸で床に膝をつき、ベッドの上に体を持たせ掛けている。
私はそばに近寄った。
「苦しいの?大丈夫」
「あ、来るな」
彼は振り返ると私を手で制した。