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Ты не одна 6

「窓を開けるとうるさいのがここの欠点。景色も殺風景だし」

 ダイニングの窓から街中のビルや雑踏を見ながら良史亜が言う。

 それから私に向き直り、光を受けた褐色の瞳で見つめた。

「僕が話したかったことだけど、十一月に桐絵は二十歳になるよね」

「うん、そうだね」

「そうしたら僕は桐絵の後見人を降りるよ」


「え、……」

 そうか、あと三ヶ月くらいで私は未成年じゃなくなる。


「桐絵はしっかりしてるし、自分で物事を考えて対処できる。いよいよ一人の人間として独立していけるよ。でも、迷うことがあればこれからも相談してくれ」

 彼はそう言ったけど、どう答えたら良いかわからなくて私は黙っていた。


 それはたしかに望んできたことだし喜ぶべきことなのに、今は素直にそう思えない。

 どうしてなんだろう。


「それと成人式の事だけど。桐絵は振り袖着るの?」

「え、いきなりどうしたの……」

「それは、桐絵がもうじき二十歳になるって遠山さんに話したら、じゃあ来年は成人式なんですねって言ってさ。僕はそこまで気が回らなかったなと思って」

「ううん、そんなことまで。それに私、振り袖は考えてなかった。スーツかワンピースにするつもりでいたから」

「しまった、すまない。気づくのが遅かった」


 なぜかやけに残念そうで、責任を感じてるみたいな口調でおかしな良史亜。


「そんなの気にしなくっていいのに」

「いいや、一度きりのことじゃないか。レンタルだったら、うんと早くに予約しておかなきゃいけなかったんだろう。これからでも揃えよう。買いに行こうよ」

「もう、なにその知識?買いになんて、普通のお洋服みたいにはいかないし高いよ。そんなに振り袖着せたいの、変な良史亜」


 やけに熱心で性急な彼を不思議に思いながら、私は声をたてて笑った。

 良史亜って、気になると納得いくまで調べたい気質だし、振り袖のレンタルのこととか根掘り葉掘り遠山さんに聞いたんだろうな。

 その勢いに遠山さんはきっと面喰らったことだろう。

 笑っている私を白い綺麗な手でアイスコーヒーのグラスを持った良史亜がきょとんとした顔で眺める。

 やがて穏やかな笑顔になった。

「ああ着て欲しいよ、桐絵にきっと似合うと思うから。嫌か?」


 彼のこんな笑顔が見られるなら、それだけで私は嬉しい。

 良史亜のそういう顔がもっと見たい。


 彼のまっすぐな言葉の前では、あれこれ理屈を並べる自分がつまらなく思える。

 素直になりたい。


「嫌じゃないよ。良史亜がそう言ってくれるなんて嬉しい。私、振り袖着てみたいな」


 でも笑顔のまま彼が言った言葉に、やっと素直になれた気持ちがまたひりっとした。

「これまでうるさいことばかり言ってきた僕から桐絵が自由になる。成人式はその記念みたいなものだしね」

「僕から自由にって、そんな言いかたは寂しいよ」

「そうか?僕はいつもお前を縛って、お前に求めてばかりいただろう」

「それは違うよ!そんな風に思ったこと一度もない。私こそ良史亜に教えられてばかりだったじゃない」

「それが僕の悪いやり方なんだ。僕の言うとおりにしてれば心配ないって、そうしてお前を縛ってそばに置いて僕の言うなりにしてきた」


 さっきからどうしてそんなことばかり良史亜は言うの。


 少しも納得できなくて強い口調になる。

「だから私はそんな風に感じたことなんかないし、良史亜は私の夢とか目指す道をいつも助けてくれただけじゃない!」

「どうかな。たとえ少々つまづいても人には自分なりの歩き方がある。普通の家族の、親子の姿を見て思ったんだ。僕は桐絵なりの歩き方をずっと奪って来たのかも知れないってね」


 ショッピングモールで目にした良史亜と、遠山さんの姿を思い出した。

 普通の家族、普通の親子、良史亜が求めているのはなに?

 もしかして良史亜が求めてるのって。


「伊理也が託したお前を守ることで、僕はずっとお前のそばに自分の居場所を作ってきたんだ。でも、それはお前に依存してるってことだ。だから僕にとってもこれが本当の成人式になのかも知れない。僕も自立して一人になるんだ」


 依存だなんて、どういう意味。

 そういう言いかたをされたら、これまでのつながりを否定された気がする。

 この絆が、二人で話し合い分かち合ってきたつもりのことが全部間違いだったって言われた気がする。

 だからもう、これでさよならって。


 兄の伊理也に遠ざけられて、今度は良史亜からも突き放されるの?

 彼の笑顔が見たい、彼と笑い合っていたい。

 その思いも間違っているの?


「それって依存なの?わかんない。私は昔から良史亜に頼ってばかりで、でも色々話して時々言い合いもするけど大事なつながりだって思って来た。でも良史亜にとってはもう違うの?」

「いや、桐絵が言う通り大事だよ。ただ僕は腹黒い人間なんだって最近つくづく思ったんだ」

「ああなんだか、やっぱりわかんない、もう」


 聞いても全然すっきりしない。

 けどきっと、良史亜は新しい彼の人生を生きるつもりなんだ。


 もしかして何か大切なものを見つけたの?

 心から求めるものを。

 そしてそれはもう私に教えてはくれないのかな。


 それはあのショッピングモールで見かけた光景の中にあるのだろうか。

 思い返すとなんだか心がひどくヒリヒリして今はすごく痛い。


「あの、……良史亜。誰か大切な人ができたの?」

「なぜ?急にどういうこと」

「一人になって、それから大事にしたい人だよ。これからもっとずっと一緒にいたい人」

「ごめん桐絵。混乱させたか」

「それって遠山さん?」

「え、……どうして」

「私、見かけたの。日曜日に友達と出掛けてショッピングモールで、小学生くらいの子と遠山さんと良史亜が一緒のとこ」

「ああそれか。桐絵、あの人ごみで僕を見たの」

 良史亜は少し驚いたみたい。

 でもすぐによどみなく言った。

「あの日はモールの近くで会社の企画したイベントがあって、僕はスタッフへの差し入れを調達して挨拶と講演に行くところだった。遠山さんは休日で、息子の漣君を連れて来てたところに偶然会った」


 そうだったの。

 休日を一緒に過ごしていると思ったけど、違ったんだ。


「模型屋のとこだったろう?一人で居る漣君を見かけたから、気になって声をかけた。お母さんを待ってるって言うから話しながら一緒にいて、僕も模型好きだから少しだけ店を覗いたんだ」

「でも仲が良い家族連れみたいに見えて……、なんとなく声をかけられなかったの」

「漣君には会社のサークルでドローンの操縦も教えたことがあって、九才の彼と僕の趣味が似てるんだ。同じレベルで話すから、遠山さんには笑われるけど」

「そうなの」

「桐絵、僕が父親みたいに見えたの?」

 良史亜がおかしそうに言う。

「だって良史亜、すごく優しい顔してたから。幸せそうに見えた」

「そう、家族に見えたか。実は遠山さんは僕より十歳くらい年上なんだ。それは僕が落ち着いた感じだってことで合ってる?」

「あ、ごめん勝手に勘違いして。でも良史亜、いいお父さんみたいだった」

「普通の家庭、父親か。正直憧れはあるよ、けど怖さもね。僕はいびつな人間で悪いところがある。誰かに選ばれるって思えないんだ。そうなれる自信もない」

「どうして自分のことをそんな風に言うの。ちょっと変だよ、今日の良史亜」


 テーブルに頬杖をついていた彼は顔を上げると、向かい側から手を伸ばして私の頭を撫でた。

「桐絵、不安にさせたか?」

「うん、ちょっとね。伊理也のことがあって、今度は良史亜からも見離されるって思ってしまったから」

「すまない。でもそれはないよ、絶対に」


 その言葉にひりつく心の痛さが消える。


「本当?」

「信じて。伊理也もよく言ってくれたろ」


 そうだった。

 ICUにいた時でさえ、伊理也は私にそう言った。


「僕こそ後見人を外れる話を早く言わなきゃと思いながら、延ばし延ばしにしてたんだ。やっと離れられる、もうさよならってお前に言われそうで」

 今日の良史亜は、すごく大人に感じたかと思えば、今みたいに子供のようなところが見えたりして戸惑う。

 私は黙って首を横に振った。


 なぜか大人の良史亜が可愛く思えて、とても大切だと思ってる。

 それに、離れたくないとお互いが思ってると知った。

 それが嬉しい。

 この気持ちを形にして、いつまでも抱きしめていたいくらいに。

 私も良史亜を撫でてあげたい気がする。


 そう思った時、つと伸ばされた良史亜の手が私の左頬に触れた。

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