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Ты не одна 5

 大学二年の夏休みが来て、私は病院でのアルバイトをしたり課題をこなしたり、友達と遊んだりして過ごしていた。


 時々友達と将来就職したい診療科や職場について話したり、病院の見学や説明会を予定している日程をチェックするようにもなっていた。


「ねえ桐絵、今度の日曜新しいショッピングモールに買い物に行って遊ぼうよ」

「今はどこも夏休みだし、日曜だとすっごく混むんじゃない?」

「でも期間限定セールと気になるイベントがあってさあ、お願い付き合ってよ」


 友達が見たがっているイベントというのは、彼女の推しで最近一緒にYouTubeで見ていた若手お笑い芸人のトークショーだった。



 そして八月初めの日曜日、私達は電車で郊外にオープンしたばかりのショッピングモールに向かった。

 カジュアルウェアのアウトレットショップもあるし、雑貨店やカフェもたくさん入っている。

 とても広いから先にネットで目当ての店の情報は拾っておいた。


 電車の中からも一際新しい大きな建物が目に入って来て、外の駐車場が自家用車でどんどん埋まっていくのがわかる。


 建物に入った途端に友達が焦り出した。

「うわあ、やっぱり結構並んでるよ!桐絵、走っていい?」

「いいよ、早く行こう!」

 トークショーの整理券を手に入れるため小走りで行列に並ぶ。


 心配したけど無事に二人分の券を手にしてやっと一安心。

 それから数ヶ所のショップを巡って洋服を見て回る。

 お客は家族連れがやはり圧倒的に多くて、アイスクリームやクレープを売る店には軒並み行列ができていた。

「この階にあのハワイアンパンケーキの美味しい店が入ってるんだよね」

「せっかくだし、並んでもいいから食べたいね」


 人混みを縫って話しながらお店を探して、模型やプラモデルの専門店のそばを通りかかった。

 飛行機や自動車なんかの模型が、天井の高いショーウインドウに飾られている。

 その店の前で私は、小学生くらいの男の子に向かって身をかがめ笑顔で話している若い男性に気づいた。


 紺のジャケットに白のパンツ姿でいくつか手荷物を持って。

 茶色っぽいくせ毛の彼は雰囲気が良史亜に似ていた。

 男の子のお父さんかな?

 それにしては若いけど。

 あれ、やっぱりあの人良史亜じゃない。


 そう思った時、仲良く話す二人のそばに歩いて近づいていく女性がいた。


 小柄で色白で、お雛様のような古風な顔立ちに見覚えがあるその人は、良史亜の秘書をしている遠山茉莉沙さんだった。

 合流した三人は笑顔で言葉をかわし一緒に模型店の中に入っていった。


 あの男の子がもしかして、前に聞いた遠山さんの息子さんの漣君?

 遠山さんはシングルマザーだって良史亜は言ってたっけ。

 こうやって、ここで一緒に休日を過ごしてるところなの?


「桐絵どうしたの、誰か知ってる人いた?」

「ううん、似てたけど違ったわ」

 友達に聞かれてそう答えた。


 別に声をかけて挨拶したっていいはずだった。

 けれどそうしないままに、私はその場所を通り過ぎた。


 目当てのお店のハワイアンパンケーキは美味しくて、その後見たお笑いのトークショーも楽しかった。

 買い物もあちこちの店を回って楽しんだけれど、混み合う休日のショッピングモールでもう一度良史亜や遠山さん親子の姿を見かけることはなかった。


 偶然見かけた光景が頭に残って、ふいに何度か思い返した。

 私と同じように彼には彼の毎日があるよね。

 仕事もあるし趣味だって、良史亜が生きてる世界は私のそれよりずっと広いんだから。

 でも何より一番良史亜の心を和ませるものは何だろう。

 小さな男の子に向けたあの優しい笑顔がよぎる。

 やっぱり家族がいる温もり、なのかな。

 私は良史亜のこと、実はあんまり知らないのかもしれない。

 自分の悲しみも辛さも見せず、強くて頼りになっていつも私を庇ってきた良史亜。

 彼の本当の夢も幸せも私は知らない気がする。




 週明けに良史亜から電話がきた。

「桐絵、夏休みどうしてるの?」

「バイトしたり友達と遊んだりしてるよ。良史亜はずっと仕事なの」

「まあ、そうなんだけど。でも来週まとまった休みを取るつもりだから、どこかに行こうか」


 去年は伊理也と真理さんと良史亜と一緒に水族館にドライブして、肩を並べて見た大きな青い水槽と、群れなして泳ぐ銀色の魚たちは忘れられない。

「わあ嬉しい!ねえ相談しよう。良史亜の家に遊びに行ってもいい?」

「そうだな、引っ越してからまだ一度も来てもらってなかったね」

「そうだよ、忘れちゃってたでしょ」

 そう言ったら良史亜は電話の向こうで苦笑気味だった。


 彼が引っ越してからは、こちらに様子を見にきてくれて外で一緒に食事をするのが定番の会い方になっていて、彼が私の部屋に来たこともない。

 私のマンションはセキュリティがしっかりしてて、女性が多く住んでるところだし何だか気がひけるって言って上がらない。


 高校生の時みたいに、時間を忘れて夢中で良史亜と話したり意見が食い違って小競り合いになったりすることもない。

 私が少し大人になったのもある、と思うけど随分昔のことのように感じる。

「おいで。ちょうど桐絵に話もあったしね」と良史亜が言った。




 約束した日は駅まで良史亜は迎えに来てくれて、初めて彼の新居のタワーマンションに入った。

 そこは三十六階建てで一階にはコンビニがあり、今度の部屋は七階。

 以前聞いていた通りキーレスで暗証番号で解錠するのが目新しい。

 綺麗で設備が整っていて、まだ二十五歳の良史亜が会社の社長として成功している人なのだと気づかされる。


「会社まで五分だし、駅とかいろんな場所にアクセスがいいからね」

「ここすごいね。芸能人でも住んでそう」

「噂だと俳優の人が住んでるみたいだよ、まだ会ったことはないけど。部屋は3LDKで前より居間も広いよ」

 彼が春まで伊理也と住んでいたアパートでは、インターホンは壊れていたし鍵もかけずに伊理也が眠っていたっけ。

 そして良史亜も伊理也もそんなことにはお構いなしだった。


 招き入れてくれた部屋はちゃんと片付いていて、家電はみんな新調されて新しい。

 多くはない家具は木製のものがほとんどで、統一感がある。リビングは明るくてローテーブルにはソファではなく大きめのチェアが二脚ある。

「ろくに買い物行かずに、通販とか電器屋のウェブで揃えたんだ」

「そうなの?センスいいいし、全然散らかってないね」

「まあ、今日はさすがに桐絵が来るから掃除した。他の部屋も見ていいよ」

 一部屋は仕事部屋兼趣味の部屋で、PCや書類や本と一緒に三機のドローンがあった。

 黒い大きいサイズのとブルーのと、蛍光グリーンの小型のと。

 もう一部屋はクローゼットがありベッドが置かれた寝室。

 キッチンは白を基調としたアイランドキッチンになっていて、そこで良史亜はコーヒーを淹れてくれた。


「すごく素敵なキッチンだね。かっこいい」

「でも最近、人と会うから外で食べてばかりで料理は全然しないなあ。コーヒー淹れるくらい。桐絵、アイスコーヒーでいいか?」

「うん。わあ!食洗機とオーブンもついてるの、お菓子作りに使わせて欲しいなあ」

 良史亜は伏し目でコーヒーポットを扱いながら小さく笑った。

「いいよ。僕はピザを焼いてみたいなあ」

 ダイニングのテーブルセットも新しい木製でこげ茶の木目が綺麗。

 以前のアパートのキッチンにあった、少しがたつくテーブルでコーヒーを淹れてもらったことを思い出した。

 良史亜がアイスコーヒーのグラスをテーブルに置いてくれて、別の記憶が浮かぶ。

 それはここに引っ越す前の良史亜の部屋で、彼と一緒にコーヒーを飲んでいた時のこと。


『僕は桐絵のそばに居たい。守りたいといつも思ってる。けれど今の僕にはなかなか、それができない』

 そう言った良史亜が私の左頬に触れて、マグカップの熱の余韻を残す指が私の髪をすくって後ろに梳いた。

 そうしながら少し寂しげに揺れるようだった良史亜の瞳。

 それから彼が何かを言いかけた時に、伊理也が現れたのだった。


 あの時良史亜は何を言おうとしていたんだろう。

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