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Ты не одна 2

 気づけばもう六月になっていた。


 学校とバイトで私は外出がちに過ごし、良史亜とは時々こちらの家の近所で食事したり、以前のようにお互いにLINEか電話で連絡し合っていた。



 四月に一度真理さんから連絡があった。

「ご飯会しようか、良史亜はちょっと無理みたいだけど誠と三人で」


 でもその直前で兄さんに予定が入って流れてしまい会えていない。


 でもある夜遅く久しぶりに真理さんから電話があった。

「桐絵ちゃん、急に遅くにごめん。落ち着いて聞いてね。少し前に誠が怪我をして、病院に運ばれたの」

「え!何があったの?」

「うん、まず誠の顔を見にきてやって。実は今、ICUに居るからちょっとの間しか会えないの。それから詳しく話すね」

「ICU?良史亜も知ってるの」

「知ってる。でも、良史亜はすぐ来れないの。だから桐絵ちゃんだけでも来てくれるかな」

「もちろん、すぐ行きます!」


 どうしてそんなことになってしまったのだろう。


 心臓が早鐘を打ち携帯をバッグに入れようとして手が滑り、床に落とした。

 私は急いで真理さんに聞いた病院に向かった。


 暗い一階のフロアで真理さんと落ち合って、外科の病棟にあるというICUに向かう。

 伊理也は、点滴や酸素なんかのチューブを繋がれてICUのベッドに横たわっていた。


 枕元で心電図や呼吸などのモニター画面が流れていて、見ると脈はきれいで値も安定している。

 今は眠っているようだけど、彼の顔色は青白かった。

 左目の上と、頬、顎には紫色に皮下出血のあざがある。そして頭と、腕と脚にも包帯が巻かれていて、すごく痛々しい。


 部屋には他にも手術後の患者さんが二人いるようで、小声で話す。

「誠君、どうして?交通事故とか」

「ううん、夜七時過ぎにここに運ばれたの。お腹を撃たれて弾が肝臓をかすめて、そのせいで出血が多かったって。緊急手術して輸血もしたの」

「撃たれたって、銃で撃たれたの?」

 真理さんはうなづいた。


 信じられない。なぜ、誰に?


「誠君、聞こえる」私は呼びかけた。

 彼のまぶたが動いて、ゆっくりと両目が開かれた。

 視線が私をとらえると乾いた唇が動いて小さく「きりえ、……」そう言った。

 そして真理さんに向かって掠れる声で呼びかけた。

「まり、……」

 でも、痛そうに眉を寄せて体を動かせないみたいだった。

「誠わかる?桐絵ちゃん来てくれたよ。私も付いてる、心配ないよ。良史亜のことも言う通りにしてるから」

「誠君、もう大丈夫。一人じゃないよ、誠君のそばにいるからね、安心して」

 私は近づいて包帯をしていない指先に触れた。


 彼の必死で、もの言いたげに黒く濡れたその瞳を見つめながら私は思い切って小さな声で呼びかけた。

「伊理也兄さん、絶対治るから。大丈夫だから安心して」

 初めて直截そう呼んだ。


 伊理也は、少しだけはっとした様子をみせた。

 けど今度は無言のまましばらく私の瞳をじっと見つめた。

 そしてもう一度、絞り出すように私に向かって言った。

「桐絵、良史亜を……信じろ」


 私は彼に何度もうなづいた。

 伊理也はしばらく私達を見つめた後、また目を閉じた。



 それから私達は人気がない病院の喫茶スペースに向かった。

「桐絵ちゃん、さっき誠のこと伊理也兄さんって呼んだね。昔の話し、やっと聞けたんだね」

「うん、兄さんと良史亜から」

「実はね、良史亜には絶対来るなって言ってあるんだ。誠が俺に何かあったらそう言えって。俺と関わりあるって思われたら、良史亜の仕事がやばくなるって」


 私は夜に寮の近くで助けられたときのことを思い出した。

 あのときの車や、誠君と一緒だった男の人たちを。


「こんなことになって、誠はつまり悪い仕事にどっぷりだったの。だから良史亜の家も出て、本当は会いたかったけど、桐絵ちゃん達とは連絡取らないようにしてた。きっと迷惑かけるからって」


 私は涙がにじんで来て、ハンカチを取り出した。


「で、何時間か前にヤクザ同士の争いごとに巻き込まれて殴り合いで、腕も脚も骨折してる。そして銃で撃たれたみたい。出血多くて、後少し遅ければ死ぬとこだった。誠といつも一緒にいた一人も撃たれて運ばれたけど、ちょっと前に死んじゃったの。誠はまだ知らないけど……」

 真理さんも涙ぐんでいた。


 私のたった一人の身内の兄さんが死ぬところだった。

 彼と一緒にいて亡くなった人って、私も会ったことがある人だったのだろうか。


 私がストーカーされた時に、伊理也と一緒の車に乗っていた二人の人たちのことを思った。


「伊理也兄さん、良史亜のこと気にしてたってことは、いつかこうなるってだいぶ前から思ってたの?」

 真理さんはうなづいた。

「新しい家も知らせてないでしょう?本当は黙って消えるつもりでいたからね、誠」


「ひどいよ、そんなの」私はそう呟いていた。

「だよね。桐絵ちゃんの兄さんのくせに。でも、あのストーカー男のことは気にして、色んな仲間に頼んで寮のあたりパトロールさせてたんだよ。最近は桐絵ちゃん、良いとこに引っ越したからって誠、安心してたよ」

「でもどうして、兄さんはよくない仕事に関わるようになってしまったの?」

「もともと水商売に入ったのは、家の借金を返すためって。ご両親が人に騙されてすごい額の借金を背負わされて、経営してた会社まで抵当に入ったって。必死で返済していたそうだけど、交通事故で両親とも亡くなってしまった」

「そうだったね」

 以前、四人でドライブした後にご飯を食べてた時、そう言っていた。


「会社も人に譲ることになって、ご両親の生命保険まで返済に充てて、それでもまだ少し借金は残ったの」

 高校生だった兄さんは大学進学を諦めてバイトを始めた。

 いろんなバイトをして、最終的にお金になるホストを選んだ。

「やっと借金の返済が終わった時、燃え尽きたみたいに急にホストを辞めちゃって。誠が最近言ってたんだけどね、その頃になってやっと、もう自分には誰もいないって気づいたって。愛してくれる人も、自分が愛する人も。お葬式の時には涙も出なかったのに、その時になってすごく泣いたって。でも、それからすぐ今の仕事に関わるようになったみたい」


「ご両親が亡くなった時、悲しんでられないくらい追い詰められてたんだね」

「そうだね。それまで、自分は大野の家の息子だからって思って頑張って来たけど、気がついたら一人ぼっちで全てを失ってたんだもんね」

「そんなに辛い思いして来たのに、全然そんなとこ見せないし、わかんなかった」

「うん。誠って強がりだし、ずっと自分だけが家族に愛される幸せを味わったって気にしてた。その頃、妹は施設にいて、良史亜も一人だったって」

「そんなに気にしてたの?それじゃあ兄さんはずっと、私や良史亜を思って、自分の幸せをまっすぐに受け止められないで過ごしてたの」

「ずっと、じゃないかもだけど。『桐絵のことは親友だった良史亜に頼んだ。頭が良くて、強い心を持ったあいつならきっと桐絵を守ってくれるって信じてた』って。そして良史亜と偶然再会したら、彼がちゃんと桐絵ちゃんの面倒を見てくれてたって知って、誠すごく感謝してたよ」


 高校三年の秋に、良史亜のアパートで進学の話をした時のことを思い出す。

 私と良史亜が真剣に話して小競り合いになりかけた時、『良史亜を信じろ』と言った兄さんを。


 さっきも、同じ事言った。

 ひどく苦しんでたのに。


「こんな仕事をするようになった今は、普通に生きてる良史亜や桐絵に関わることもない方がいいって。『桐絵のことがわかって、少しの間そばで見ていることができて幸せだった』って誠言ってた。良史亜にも話してあげてよね」

 そう真理さんは言ったけど、私は急に不安に駆られた。

「いや、そんなの!兄さんが元気になったら自分で言えばいい。そんな遺言みたいなこと聞けない。聞きたくない!」


 べそをかく子供のように、しゃくりあげてしまい、涙が溢れて来て止まらなかった。


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