Ты знаешь, я всегда рядом 6
私の言葉を遮るように良史亜が何か言いかけた時ノックの音がした。
それとほとんど同時に部屋の扉が開く。
誠君が現れた。
ハッとしたように、私達を見た誠君は無言で玄関に立ち尽くす。
彼を見た瞬間、心が揺れた。
とっさに立ち上がると玄関に向かった。
今の良史亜との様子を誠君に見られた。
彼に誤解された?
誠君、違うの。行かないで、ここにいて!
そう思ったけど言えなくて気持ちが混乱する。
「違うの、……」
誠君を見上げて言った。
誠君は私の目を覗き込み、ほんの束の間鋭い視線で見据えると良史亜に向かって低く言った。
「良史亜、桐絵を困らせるなよ」
「困らせる、それはお前の方だろ?もういい加減桐絵に話せよ」
眉を寄せた良史亜が鋭く誠君を見返して言い返した。
二人の視線が交差して、間に流れる緊張が私の肌にまで刺さる。
どういうこと?
良史亜と誠君の間には私の知らない何かがある。
「桐絵、俺これから良史亜と話したいことがあるんだ。帰るんなら途中まで送るよ」
緊張を含んだ声のまま、誠君は優しい調子でそう私に言った。
でも私は聞かなかった。
それって、私に帰ってほしいということでしょう。
そんな風にはぐらかされるのは嫌。
私はそこまで子供じゃないの。
そう思って首を横に振り、私の口調が強くなった。
「いや、帰らない。今、良史亜が言ったことを知りたいの」
誠君は急に、とても辛そうに顔をしかめてため息をつくと黒いローテーブルの前に座った。
私も部屋の中に戻って座る。
「良史亜、あの写真出してくれる?」
誠君がそう言うと、良史亜は書類ケースから一枚の写真を取り出した。
夏にこの部屋を訪ねた時に私が見た、古いクリスマスツリーと二人の男の子が写った写真。
それを誠君は私に差し出して言った。
「桐絵、これに覚えがあるよね?前に桐絵がこれを見つけたときは言わなかったけど、これは良史亜と俺なんだ」
やっぱり、もう一人の男の子は誠君だったんだ。
あれ、でもおかしい。
「でも伊理也って確か裏に」
そう、裏返すと写真の裏には『伊理也と』そう書かれていたはず。
「それは俺の昔の名前だ。大野誠も本名だけど俺の元々の名前は、長嶺伊理也」
「長嶺って、私と同じ……」
私が言うと誠君はうなづいた。
「そう。桐絵と俺は血が繋がってる。実の兄妹なんだ。桐絵がまだ小さくて物心つく前に、俺も同じ施設にいた」
「誠君が私の、お兄さん?」
誠君がうなづいた。
「正確には母親が違う、腹違いの兄妹だ。親父は俺を産んだお袋と離婚して、それからお前の母さんと再婚した。お前が生まれてすぐ二番目の母さんは病気で死んだ。そしてその後、親父は失踪したんだ」
「でも、兄さんがいるって私は知らなかった。どうして?」
「それは特別養子縁組のためだ。桐絵がまだ赤ん坊だった頃に、俺は大野さんという家の養子になると決まった。でも大野さんは家を継いでくれる男の子が一人欲しかった。俺は桐絵と離れたくなかったけど、一緒に行くことは無理で、俺だけが長嶺の戸籍を離れた」
誠君は、少しうつむくとため息をついた。
長めの黒髪が顔に落ちかかり、辛そうな表情だった。
「桐絵は小さすぎて、伊理也が兄貴だって理解してはいなかったし、周りも僕も伊理也のことには触れないで来たんだ。それが桐絵の幸せと思って」
そう良史亜が言った。
「兄妹なのに、俺だけが新しい家族と暮らす。寂しかったし、小さい桐絵のことが心配だった。俺は施設で親友と思っていた良史亜に桐絵を守ってやってくれって頼んだんだ」
誠君は良史亜に目を向けた。
「それから俺は大野誠と改名して暮らすようになって、俺の過去は、大野誠としてのものに塗り替えられていった。出て行った施設に近づくことはなかった。でも、三年前に良史亜と偶然再会したんだ」
二人は顔を見合わせた。
クリスマスパーティの前に、真理さんがしてくれた話を思い出す。
真理さんが街で見かけた誠君を追いかけてイリヤ、と呼びかけた時そばに良史亜がいた。
その時真理さんは源氏名で呼びかけたけど、それに良史亜が気づいて二人は再会した。
「良史亜が桐絵をずっと守ってくれて、後見人にまでなってくれているのを知って驚いた。俺は兄として何一つお前にしてやらなかったのに。一人新しい暖かい家庭に迎えられて、桐絵に後ろめたい思いしかなかった」
「でも伊理也は桐絵を忘れてたわけじゃなく気に掛けてた。僕と再会した時もすぐに桐絵はどうしてるかって聞いたんだよ」
良史亜が言ったけど、誠君は首を横に振った。
「俺はもう、このまま兄として名乗らずに少しの間、桐絵の姿を見ていられたらと勝手なことを考えた。でも、良史亜は……」
そう言って誠君は唇を噛んで眉を寄せ、涙をこらえていた。
「しばらくうちで暮らせばって、俺に言ったんだ。俺の思いを知ってて、桐絵に黙っていたんだ」
「そうだったの……」
呆然とした私はつぶやくような声しか出ない。
私には本当の兄がいた。長嶺伊理也という兄が。
でも今はもう戸籍上兄は居なくて私は一人きり。
「桐絵を守り続けて、家族としてふさわしいのは、本当の家族は良史亜だよ」
誠君はそう言った。
大野誠君が私の兄さんで、長嶺伊理也?
これが事実なんだ。
でも私はこの人に、誠君に憧れてた。
そしていつの間にか好きになっていた。
真理さんというあんなに素敵な彼女だっているのに、誠君のことを。
その気持ちはいつも、心の隅に浮かんで来ては打ち消して、見ないようにしてきた。
でも心に嘘はつけない。
誠君が私を甘やかしてくれたのは、きっと長い間実の妹に何もしてやれなかったという負い目から。
でも私は舞い上がっていた。
誠君は知らないと思うけど、良史亜は私の気持ちに多分気づいてた。
だから誠君に話させた。
ああ、良史亜はさっき誠君が現れた時の私を見て、はっきりと知っただろう。
「桐絵、今まで黙っててごめんな。もっと早く、ちゃんと話したらよかった。何もしてやれなくて、ただ俺のわがままでそばにいてごめんな」
そう言うと、誠君は私の頭をそっと撫でてから立ち上がり、部屋を出て行った。