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6-3

「落ち着ける場所があればいいんですけど、立ち話ですみません」

 階段を下る前のポーチ部分で、どちらからともなく立ち止まった。

「ここで十分だよ。元気だった?」

「はい」

「後で寮の方に行くつもりだったんだ。会えて良かった」

「わたしが学校でやって行けているかどうか、心配してくださったのですね」

「そうだね、僕がこの学校を勧めたということもあるし」

「そんなこととは知りませんでした」

「まあ、決めたのはライアン卿だけど」

 二人は再会の喜びで、まだ微笑み合っていた。

 母が亡くなり、魔術師協同組合との繋がりも絶えたのに、彼が今でも気にかけてくれたことがシェイラは嬉しかった。手紙にあった優しい言葉は、社交辞令ではなかったのだ。それにハート氏が時々学院に来ているなんて、それだけで勇気づけられる気がした。

「あの、手紙にも書いたのですけど、ナイトリー先生の連絡先が分からなくて……。もしかして、その後、お会いになった……なんてことは……?」

 シェイラは二人が友達なのかどうかを確かめたくて、そう尋ねた。

「会ったよ、先週土曜日に」

「えええっ!」

 思わず叫び声をあげると、ハート氏は目を丸くして笑った。

「すごい驚き方だな! ローガンに会ったので、手紙の君の言葉を伝えたよ」

「うわあ、本当ですか! それで……ナイトリー先生はなんて?」

「なんて言ったかな……。『元気そうでよかった』だったかな」

 途端に胸がいっぱいになり、言葉が出なかった。

 シェイラの脳裏に、ハート氏の前でそう言っている彼の姿が見えた。これは夢ではない。ついに、現実のナイトリー先生とやり取りが出来たのだ。

「それで彼は……、ナイトリー先生はお元気でしたか? その後、お変わりなく?」

「特に変わりはないけど、元気かと言われれば、元気ではなかったね」

 ハート氏はそう言って苦笑いを浮かべた。

「えっ、何かあったのですか?」

「君との別れが相当こたえているみたいだよ」

 シェイラは顔面が一気に紅潮するのを感じた。

「わたしとの別れって……、それってどういう……?」

 赤くなっているのが恥ずかしくて、顔を背けた。ハート氏は淡々とした調子で続けた。

「君たちのことはメアリーと、ローガン本人から聞いたよ。君も辛い思いをしたね」

「そうだったんですね……。恥ずかしいです……」

 ということは、手紙の時も、先ほど待ち伏せした時も、ハート氏はシェイラの意図をお見通しだったわけである。

「ローガンにも言ったんだけど、僕は個人的にはね、相思相愛なのに別れることはないと思うよ。でも奴は、もう君に会わないつもりらしい」

「そう……ですよね……」

 普通に受け答えをしたいのに、息が詰まって喘ぐようになってしまう。ナイトリー先生はシェイラにもう会いたくないのだ。本人がそう言ったのだから知っているけど、第三者に改めて言葉にされると辛かった。

「そんな顔しなくても大丈夫だよ。あいつはただ、遠慮しているだけなんだから」

 よほど酷い顔をしていたのだろう。ハート氏が笑いながら、励ますようにそう言った。

「知っています。わたしのこと、財産と身分のある男と結婚して欲しいなんて言っていましたから、あの人。私はそんなこと望んでいないのに、そう言っても聞かなくて……!」

 大好きなのに、責めるような口調になる。ハート氏がやれやれという顔をする。

「君が社会的地位を上げるチャンスを、邪魔しちゃいけないと思っているんだ。あいつの気持ちも解らないではないよ……」

 シェイラは、ハート氏を味方に出来ないだろうかと考えていた。バラノフ嬢には別れることを推奨されたけど、彼なら協力してくれるかもしれない。

「ハートさん、さっき、別れなくていいって言いましたよね。私はどうしたらいいと思いますか?」

「まずは、君がどうしたいかだよ」

「わたしは……、ナイトリー先生と結婚したいです」

「け、結婚? ずいぶん早いな」

「……あ、わたし今、変なこと言いましたね。でも、絶対に逃しちゃいけない人のような気がして。それなら、結婚かなあ、と」

 ハート氏が絶句したのが分かった。シェイラはしまったと思う。思ったままを言ったのがまずかった。

「さすがに止めたくなってきたな……。結婚は付き合ってからでいいんじゃない?」

「そうですよね……。すみません、わたし、なんだか異常者みたいですよね」

「そこまでは言わないけど、ちょっと頭を冷やした方がいいかも」

 この忠告は胸に刺さった。ハート氏はこういうところが、厳しいと思う。彼は間違いなく良い人なのだが、ズバズバと物を言うところがあるので、時々恐いのだ。



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