第四話 名前、サヨリやったかな
「あ、このハンバーグ美味しそうやな。でも此方のグラタンも美味しそうやなぁ。迷うわぁ」
メニューを見つめ、青年は何度も首をかしげる。向かいの席に座っている青年を、ゆいはメニュー越しに見つめる。ゆいも何か選びな、と無理矢理押し付けられたメニュー表だが、取り引きの条件は青年の一人飯を避けることであって、ゆいが奢られるということは含まれていない。
もちろん、奢って貰えればそれに越したことはないが、出来るだけ借りは作りたくない。
「おっ、このスパゲッティも美味しそうや。あ、でもパセリが乗っとる。俺嫌いなんやんなぁ」
青年はメニュー表からゆいに目を向けた。「ゆいは何か嫌いな食べもんあるか? アレルギーとか。俺、食べ物やないけど、金属アレルギーやねん。ほら、ピアスとかブレスレットとかしてへんやろ? あれで直ぐ痒くなんねん」
金髪に染めているが、装飾品は何もつけていない。確かに、頭髪にしては若者らしさが抜けている。
「私は別にそういうのありません」
「おお、ええなぁ。不便せんやろ?」
ゆいは、はあ、と言いながら頷く。
ゆいと青年が入ったのは、最近建てられたばかりのファミレス。夕食時であることもあって、店内は溢れかえり、主に家族連れが多い。
半分、無理矢理連れてこられたが、取り引きをしたため互いに損はない。青年は一人飯を避けることが出来、ゆいは今晩の寝床を確保することが出来る。悪い取り引きではない。
青年はしばらく悩んだ後、テーブルの端にあるボタンを押した。すぐに店員がやって来た。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「ハンバーグセットと、カルボナーラ一つずつ、以上」
「かしこまりました。ドリンクは彼方にございますので、セルフでお願い致します」
そう言って店員は厨房に入った。
二つも食べるのかと驚いたが、若い男はそうなのだろうか。そもそも、この青年の年齢や名前を知らない。これっきりの関係になることはゆいには分かっているが、一応知っておいた方が良いだろうか。相手はゆいの名前を知っているのだから。
青年は立ち上がり、「ドリンク取ってくるわ。ゆいは何がいい? 無料やから遠慮すんな」と言った。無料ならと、ゆいはカルピスソーダを頼んだ。
ドリンクバーへ向かう間に、青年は座っている子供に指されていた。母親が止めなさい、と言っているので気付いた青年は手を振り、かっこええやろ? と子供相手にどや顔をしていた。
――何故彼は、私をストーキングしていたのだろうか。
ふと疑問に思った。ゆいは外見、金髪でもなければアクセサリーを沢山つけているわけでもない。髪は茶色だが、それほど目立つものでもない。ゆいが青年を付けるなら未だしも、青年がゆいを付ける意味が分からない。
何か企みでもあるのだろうか。真っ先に想像したのは、周平は女性を標的とした事件――つまり、強姦または猥褻行為である。無差別に女性を襲い、力の強い男が好き勝手に暴れる、失礼きわまりない行為。
ふと、もしその事件が本当だとしたら……と考え、すぐに出てきたのは、新聞に大きく『無差別強姦事件』と書かれ、その被害者欄にゆいが写されているものであった。
ゆいは慌てて首を振る。
(無差別とは限らないかもしれない。それより、強姦かも分からない。けど、体目的っていう線は大いにある)
遠目から、青年の詳細を推測してみる。
おそらく二十代前後、働いている様子は無し。髪を染めていることから、高校に通っているということも無いだろう。しているとしたら、アルバイトだろうか。
「ほい、カルピスソーダ」
青年が帰ってきて、目の前にカルピスソーダを置いた。コップの底から炭酸の小さな泡がいくつも浮かび上がっては消えていく。大きめの氷が四つ入っており、青色の線が入っているストローが刺さっている。
「ありがとうございます」
ストローをくわえ、一口飲む。口の中で甘味と炭酸が広がる。久しぶりの炭酸で、やさしめでも口の中が刺激される。
一方青年は、大きめのコップにコーラを並々入れていた。それを少しの抵抗もなく、喉をならして飲み、あっという間に半分以上無くなってしまった。残ったのは数量のコーラと沢山の氷。
「――じゃあ、自己紹介しよか」
音をたてないようにコップを置いた青年が言った。ゆいはストローを離して、同じようにテーブルに置いた。
「俺の名前は世木周平、十九や」
周平に続いて、ゆいも自己紹介する。
「私は……ゆい、です。えっと、十七歳」
「十七歳? それ、地毛か?」
そう言って、帽子の下から出ている茶髪を指した。
「はい。よく聞かれます」
ふーん、と聞いた割りにはどうでもよさそうに返事した。周平はソファにもたれ、右腕の肘を背もたれに置いた。「そういや、ゆいの漢字まだ当てれてへんかったな。ほんまに結ぶとちゃうん?」
「違います。多分、当たりませんよ」
「そんなん言われたら当てたくなるわぁ」
すると周平はまた、片っ端から漢字を言い出した。よくそんなに漢字が直ぐに出てくるなぁと、感心したくなるほどだ。
「って、今はええねん」周平は自分に突っ込む。「本題に入ってもええか?」
「本題?」
「おん。ゆいは確か、幼馴染みを捜しとんやんな? 名前、サヨリやったかな」
「サユリです」
「ああ、それやそれ。俺な、こんな頭しとるから声をかけてくる連中多いねん。だから、必然的に知り合いが多くなる」
周平はテーブルに両腕を置いて、前のめりになる。そして、ゆいを覗き込むようにして言った。「――その人捜し、俺が手伝ったるわ」