第三話 無いわアホ
青年と別れた後、ゆいは再びおもちゃ売り場に向かった。この後どこに向かうか迷い、取り敢えず最後にいたあのおもちゃ売り場に向かうことにしたのだ。
今日が平日であるだけ、おもちゃ売り場に子供は殆どいない。いるとしても、まだ歩くことが出来ない乳児くらいだ。
ゆいとサユリは、ほぼ、生まれたときから一緒だった。家が近所で、母親同士が仲良くしていた。夏はバーベキューをしたり、冬は鍋をしたりと、交流が深かった。その為、子供同士が仲良くなるのは必然であった。
話すことが出来ない時分から遊んでおり、おもちゃの取り合いをすることもしばしばあった。それは話せるようになってからも同じ。幼稚園に入った頃から相手を思うことをちゃんと覚え、涙を流して言い合うことは少なくなった。
ゆいがサユリの前で、最後の涙を流したのは、サユリが小学生に上がる前。二人は事情により、離れなければならなくなったのだ。
(サユリ、どうして引っ越したんだろう……。何か事情があったんだろうか)
ふと目に留まったのは、乳幼児用の人形。着せ替えが出来て、自分好みに出来る。サユリとよく言い合いをしながら遊んだなぁと、ゆいは人形が入っている箱を二回、人差し指でつついた。
他にも、サユリと遊んだことのあるおもちゃが沢山ある。それらを見る度に、あの頃のサユリが、今でも鮮明に浮かび上がってくる。
腕時計を見ると、六時十分前を指していた。溜め息をつくと、懐かしさで溢れるこの場所から去った。
どれだけ願っても、時間が戻らないことは知っている。だからこそ、今のうちに動くのだ。何か起こってからでは遅い。その間にサユリが死ぬことも、ゆいが死ぬことも皆無とは言えない。
駅に一番近い扉から出る。
「おっ、やっぱりここから出て来たわ」
聞き覚えのある声と話し方。顔を見る前からゆいは溜め息をついた。「本当にストーキング好きですね。未遂歴でもあるんですか?」
「無いわアホ。今回が初めてや」
ストーキング行為は認めるのか、と苦笑いする。青年は少し天然なところがあるようだ。阿呆、と言った方が正しいだろうか。
「どうして此処にいるんですか? まさか、本当に私を待ち伏せしていたわけじゃありませんよね?」
「おう、あんたを待っとった」
青年は惚ける様子もない。逆に堂々としているところに退いてしまう。ストーカーだと思われても仕方がないだろう。
「なぁあんた、まだ飯食ってへんやろ? 一緒に食いに行かへん?」
「遠慮します。知らない人には付いていきません。ましてや、易々とストーカーに付いていく人なんて居ませんよ」
そう言ってゆいは頭を下げると、駅へ歩いていく。青年に時間を取られてしまった。六時二分着の電車までに、駅の改札前に居なければならない。
相手が黒髪でスーツをピシッと身に付けていて、「大丈夫? 困っているのかい?」と声をかけてくれるのなら、まだ付いていく意味は分かる。だが、金髪でパーカーにジャージを着ていて、ストーキングしてくる青年に付いていこうなど、誰も思わないだろう。
「なぁ行かへんの?」
青年が声をかけてくるが、ゆいは無視する。此処で振り返れば、また時間を食われてしまう。
「奢ったるで? ……これでも食い付かんか」
突然、首元に灰色のものが巻き付いてきた。青年のパーカーと同じ色だ。
「こうなったら無理矢理にでも連れて行ったるわ!」
そのまま引き摺っていき、ゆいは首が絞まるのを避けるため、後ろ向きで歩く。「ちょっと! ストーカーの次は誘拐犯ですか!? 犯罪歴でもあるんですか!?」
「無いわ、んなもん! 俺は腹が減って死にそうや。でも一人飯は寂しいでしたない。お前は付き添いや。それくらいやったらええやろ?」
「――じゃあ、取り引きしましょう」
ゆいがそう言うと、青年は足を止めた。「取り引き?」
青年が腕の力を緩めたのを見て、ゆいは青年から離れる。
「私が貴方に付いていく代わりに、貴方は私の今晩の寝床を探してください。出来れば安いところが良いです。この辺りのことなら詳しいですよね」
青年は直ぐに口角を上げた。「なぁんや、そんなことか。俺にかかれば楽勝やで」そう言ってまた、ゆいの体を叩く。さすがに何度もされれば、行動は読めてくる。
「ほな、取り引き成立やな。早速、飯食いに行こか」