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第二話 いえ、結構です

「フジタサユリを、捜して欲しいんです」



 昼過ぎ、ゆいは街中を探す前に警察署に向かった。手を借りるのは(しゃく)だが、きっとどうこう言っても直ぐに動いてくれないことくらい、ゆいには分かっていた。


 窓口で早速こう告げたゆいに、婦警(ふけい)は小首を傾げ、「行方不明者、ということで宜しいですね?」と受け付け相応(そうおう)の笑顔で対応する。婦警は紙とペンを出した。


「では――」

「はい、行方不明者です。今直ぐに、探して欲しいんです」


 ゆいは婦警の言葉を遮るようにして言った。婦警は続けて、「ではこの捜索願いに記入をお願いできますか」と言おうとしたが、また、ゆいに遮られてしまう。


「出来るだけ早く、本当に早く、頼みたいんです」

「ですから、記入を」

「早くしないと、サユリがどうにかなってしまうかもしれないんです」

「分かりました、ですから」

「何かが起こってからでは遅いんです」


 婦警を攻めるようにして探して欲しいと願うだけで、一向に捜索願いを書こうとしないゆいに婦警は戸惑う。ゆいをどうにか落ち着かせようとするが、ペンを握るどころかそれに目を向けることもしない。


 何故これほどにもゆいは記入しようとしないのか。それは、警察事情を考えての事だろう。


「どうせ警察は、行方不明者なんてどうとも思っていないんですよね? どうせ家出だろう、ちょっと連絡がつかないだけだろう、そんな事を考えているんじゃ無いんですか?」

「そんなことありません。受理された捜索願いの(およ)そ九十五パーセントは発見しております。警察の信頼が無くなるようなことは、一切ございません」

「受理されたものは、でしょう? 中には受理されなかったものもあるでしょう。それはどうなんですか?」


「おいおいどうした? 何騒いでいるんだ」


 二人が揉めているのに気付いた中年の警察官が、奥からやって来た。婦警は彼の事を池脇(いけわき)と呼び、事の始めから終わりまでを話す。その間、ゆいは出されたペンで、ペン回しをしていた。


 全て聞き終わった池脇は腕を組み、席を変わるよう婦警に言った。どかっと、音を立てて座る。恰幅の良い体が際立つ。受け付けに両腕を置いて、前のめりになってゆいに質問する。


「君、名前は?」

「……ゆいです」

「そうか。行方不明者とは、家族か?」

「いいえ、幼馴染みです。ですが小学生になる前に引っ越したんです。それからは時々電話をする仲です」


 池脇は頷く。「今回の行方不明の件、その家族は知っているのか?」

「知っています」

「どのように話している?」

「連絡がとれない、と言っていたことしか分かりません。サユリは今、一人暮らしをしているんです、この街で」

「君の家は何処(どこ)だい?」

「東京です。山梨寄りですが」


 東京からここまでは、電車で一時間ほどだ。運賃も払えないほど高額でもない。お年玉を使えば、小学生でも来れるだろう。


「行方不明者の家族は、その、サユリさんの捜索願いを出されているのか?」


 そう言われ、ゆいは池脇から視線を外し、ペンを強く握った。図星であることは誰にでも分かる。


「……それは、多分、出していないと思います。連絡がとれないとは言っていましたが、そんなに心配していないようでしたから」


 池脇は左右に頭を振った。これでは話にならない、と言う風に。するとゆいの隣で、「池脇さん、ちょっとええかな?」と声がした。池脇は手を上げて挨拶をした。

「家族が心配してないんなら、まだ大丈夫だと思うよ。連絡手段用の機械が潰れたって可能性もあるし。気にしすぎは良くない」


 そう言って、早く帰れと小さくジェスチャーした。隣を見ると金髪の青年が弁当を池脇に渡していた。「これ、ねぇちゃんに頼みますわ。遅なって悪い言うといてください」


 ゆいはペンを机に叩きつけるようにして置くと、警察署を出ていった。





「――思い出しました。あの時の方でしたか」


 思い出してくれたことに素直に喜ぶ様は、子供のようであった。

「おっ、思い出してくれたか」


 青年はまた、ゆいの体を叩く。そしてまた払い除ける。今度は自然の流れのように払い除けており、顔を歪ませることをしなかった。


「確かにあの時の方も金髪だったような気がします」

「この辺で金髪なんは俺くらいやで。覚えとけ」


 要らない情報だな、と思いながらも一応頭の中に入れておく。


「確か、人捜しを頼んどったやんな?」

「はい。どこからどこまで知っているんですか?」

「んーとな、あんたの名前がゆいってところから」


 ゆいが名乗ったのは、池脇に聞かれたときしかない。話の内容は大体聞いていたようだ。

「ゆいって可愛い名前やな。漢字どんなん? やっぱり、結ぶって漢字か?」

「当ててみてください。当たっていたら当たっていると言いますから」


 そう言われ、青年は色々な漢字を言っていくが、全く当たらない。最終的にはゆいとは読めない漢字まで出てくるはめだ。望みがないと分かってきた頃に青年は諦め、答えを求めるが、ゆいは答えない。愚図(ぐす)る青年を他所(よそ)に、ゆいは質問をする。


「私の事情は知っていますよね。そこで聞きたいのですが、フジタサユリという女性を知りませんか? 年齢は十九歳、一人暮らしをしています」


 青年は愚図るのを止めて、顎に手を当てて考える。つい先程まで愚図っていたのに、彼は切り換えが早いようだ。それとも、冗談で子供のように振る舞っていたのだろうか。


「悪いけど、思い当たらんわ。何やったら、知り合いに聞いてみよか? サユリが大学か専門学校に行っとんやったら、おんなじ大学やって言うやつが()るかもしれんし」


 そう言ってスマートフォンを取り出そうとした青年を止めた。「いえ、結構です。自力で捜しますので」


 ゆいは礼を言うと、来た道を戻った。声をかけてくるかと思ったが、青年はゆいの後ろ姿を見つめるだけであった。

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