第十四話 寂しいねん
「悪いなぁゆい、わざわざ買ってきてもぅて」
扉を開けた周平の顔色は、声と合わない。随分と無理をしているようで、眉間にシワを寄せている。これでは柄の悪い不良と思われても仕方がない。
突然の周平からの電話の一言目は、
「気分悪いから薬を買ってきてくれ」
だった。しかも、ゆいが返事をする間もなく切られてしまった。自分から電話をするのは少し気にくわなかったので、仕方なく薬局へ行き、薬を購入した。気分が悪いと言っており、風邪を引いただの熱が出ただのは言っていなかったので、それではないと言うことは何となく察しがついた。
取り敢えずそれなりの薬を購入し、周平の家に向かった。帽子を被りなおして、
「いえ、大丈夫です。それより、気分が悪いと言っていましたが、体調はどうですか?」
立ち話もなんやから、と周平はゆいを中に入るよう促した。そうしないと何も聞いてくれないことは目に見えていたので、遠慮なくお邪魔する。
夏実は友人と出掛けているようで、家には周平しかいない。台所にはお粥が入った鍋が置かれている。
「いやぁ、実はな。二日酔いやねん」
ぽっと口から出た言葉に、ゆいは思わず声を出した。二日酔い、ということは、酒を飲んだということである。
「周平さん、未成年ですよね?」
「おん、十九歳」
「お姉さんが警察官なのに、よく飲めましたね」
リビングに布団が敷かれている。どうやら、朝から布団からまともに出ていないようだ。朝食は食べかけのまま机に放置されている。ご飯は半分残し、梅干も少ししか減っていない。味噌汁はほとんど口をつけていないようだ。他のものを見る限り、ご飯しか食べていないようだ。
「ちゃうねん、ねぇちゃんが飲ますねん。ねぇちゃん、警察官で正義感強いくせに、未成年の飲酒とか喫煙には優しいねん」
「警察官失格ですね」
「そんなん言わんとったってよ。他んところはうざいくらい厳しいから、全部そっちに行ってもうてん」
太宰治の人間失格みたいに言わんといてよ、と言うが、随分と弱々しい。元気なら、そう言ってゆいの肩やら頭やらに触れるが、今は手を伸ばす力すら出ないようだ。
両親を早くに亡くしたので、共に酒を飲む身近な人がいない。その寂しさゆえに、まだ未成年である弟に酒を飲まそうとしているのだろうか。
コップに水を汲み、薬と一緒に机に置く。
「ありがとな」
「お粥、温めましょうか?」
「……おん、頼む」
一瞬断ろうとしたのだろう。それを押しきってまで頼んだのは、それほど腹が減っていたのか、それとも、人に甘えたくなるほど弱っているのか。
キャップを椅子にかけて、台所に立ち、お粥を温めはじめる。
人にはそれぞれ限界というものがある。もし、以前から夏実と飲むことがあったのなら、どれくらい飲めばどうなるか、ということは把握できるはずだ。
「周平さんは、酒に弱いんですか?」
お粥を温めながら問う。
「おん。ねぇちゃんは強いんやけど、俺は結構弱い」
「なら、どうしてこんな風になるまで飲んだんですか」
「あれや、やけ酒っちゅうやつや」
仕事や人間関係によるストレスが無さそうだが、何に対してやけ酒をしたと言うのか。個人的な事は聞かないでおこうと思う。
温めたお粥を皿に盛り、冷蔵庫にあった梅干を乗せる。
周平は虚ろな目をしたまま、頬杖をついて窓の外を見つめていた。
「食欲はありますか?」
「……いんや、あんま無い」
「それでも、ちゃんと食べて下さいね。弱っている時こそ、油断は出来ませんから」
あーんしてくれたら食べれる、と言うので、元気があるという事は重々把握できた。そんなこと言っている暇があったら食べて下さい、と鋭い目つきを添えて言うと、周平は素直に従った。
スプーンで少しずつ掬い、口の中に運ぶ。動きが鈍い。
「……もう、いらんわ」
駄目です、と言いたかったが、
「……そうですか」
とだけ言った。
ふと思い出した。周平は、私を助けてくれているだけだという事を。周平が一方的に私の人捜しを手伝ってくれているだけであって、見返りは求めていない。今回ゆいを呼んだのだって、ゆいしか頼める人がいなかっただけの話で、ゆいと知り合っていなければ自分でなんとかするか、夏実に頼んでいただろう。
呼ばれたからには行くしかないが、わざわざ世話をする意味はあるだろうか。人として、誰かを助けるという事は大切だ。
(だけど私は……誰の手も借りずに、捜すと決めたから)
ゆいは立ち上がり、
「じゃあ私はお暇しますね」
と、玄関に向かって歩き出した。
「ちょお待て」
「……何ですか?」
振り返ると、周平は今にも閉じてしまいそうな目を開けて、ゆいを見ていた。
「…………寂しいねん、まんだ居ってぇな」
ゆいは少し固まり、そして、ため息をついた。
「嫌です、帰ります」
背中を向け、玄関へと歩き出す。背後で、「はあぁ!? 俺病人なんやぞぉ!?」と叫ぶ声がした。
それだけで叫ぶことが出来れば、元気である。それに、こうなってしまったのは自業自得である。
鉄製の扉を前に、足を止めた。ここを開けると、“あの人”が現れそうで、恐ろしくなった。どうしても会いたいのに、いざ会うとなると、恐怖だと感じる。
突然、“あの人”のことを思い出したのは、先程の周平が、“あの人”と重なったからである。そんなこと、勿論、周平には言えない。