第一話 ストーカーちゃうわ
服屋、本屋、スーパーマーケット。
店という店を見つけただけ入り、隈無く回ったが、目的の人物どころかそれらしい人物さえ見当たらなかった。何度も何度も、もう何周したか分からなくほど見てもだ。
どこの党所属か分からない政治家が、駅の前で演説を行っているが、彼は朝からやっているようだ。だが、彼の話を聞いている者は少ない。聞いているのは先が短いであろう高齢者ばかりである。彼ら相手に演説をしても、この国を良くすることなど出来ないだろう。もっと若者向けに、工夫して演説をすべきである。
五時間歩き続けて、足が痛い。今にもふくらはぎが攣りそうである。日が沈むまではまだ時間がある。ぎりぎりまで調べるべきか、ここで終わりにするべきか、葛藤する。
駅の改札前にある長椅子に腰掛ける。この辺りは都会とも田舎ともとれない場所。どちらかというと田舎だろう。
(こんなところにいるのかなぁ、本当に)
そう思いながら、ゆいは窓から見える町を見つめる。
駅の周辺は沢山の建物が並び、住宅街もある。一時間の電車の本数は東京と比べると少ない。だが、自然がある故、暮らしていてそれほど苦しい思いはしないだろう。
(でも、状況からすればここにいることは確かだ)
まだふくらはぎが痛むが、時間を無駄には出来ない。六時にまた、ここへ来なければならない。それまで一時間、もう一度探そうとキャップの鍔を掴んで被り直し、立ち上がった。
階段を降りようとしたとき、「なあ、そこの女の子」と声をかけられた。振り返り見上げると、制服を着た男が立っていた。近くの高校に通っているのだろう。
「これ、落としたよ」
彼の手には、何処かで配っていたのを貰ったポケットティッシュがあった。
「ああ、要らないんであげます。どうせ、貰い物ですし」
そう言うと男子生徒は、「え? あ、はぁ」と不思議そうに返答をした。
ゆいは階段を素早く下り、線路沿いの小道を歩く。
男子生徒が、それでも落とし物ですから、と言ってやってきたらどうしよう、そんな事を考えながら階段を下りていた。大切なものを落とさなくて良かったと安堵する。
冷たい風が吹き、手をジョガーパンツのポケットに入れる。影になっているため、日が当たらない。だがこの時間になれば、既に太陽は近くの山の後ろに隠れてしまっている。建物があっても変わらない。
こんな小さな道でも、数人とすれ違う。犬を連れた主婦らしき女性や、夫婦で歩いている年配の方、こんな所で金髪は目立つだろうと言いたくなるような青年など、上から下までこの道を使っているようだ。確かに、駅に向かいたいときには便利だ。
小道を出て、近くにある二階建てのスーパーに入る。ここは一度探したが、もう一度探しておいて損はないだろうと思う。それに、時間潰しにはぴったりだ。一階に食料品売り場や休憩スペース、靴屋などがあり、二階には子供が楽しめるゲームセンターやおもちゃ売り場などがある。
軽く一階を見回った後、二階へ向かう。ゲームで無駄にお金を使うわけにもいかず、おもちゃ売り場で時間を潰す。幼い頃良く遊んでいたおもちゃを見て懐かしむ。まるで童心に返ったように心が軽くなる。
ふと、ゆいはおもちゃ売り場から立ち去った。六時まではまだ時間がある。片付けておきたいことが出来たのだ。
店を出て、駅とは反対に向かう道に入る。この先はもう少し行けば人通りの少ない場所となる。古い家が立ち並び、もう営業していない店もある。
八時二十分で止まっている時計を玄関前に設置している店のような建物の前で、ゆいは足を止めた。ゆっくりと振り返る。
「……バレてますよ、出てきたらどうですか?」
すると、近くの電柱から男――小道ですれ違った金髪の青年が現れた。
「いやぁ、バレとった?」
青年は関西弁で、後頭部を掻きながら言った。
「まぁ、近くに金髪の人がいたら同一人物かな、とは思いますよ」ゆいは歩み寄る。「昼過ぎから、何度か金髪の方を見ています。全て、貴方ですよね?」
青年は目を見開いて、そして、ゆいの肩を叩いた。
「そうやそうや! 全部俺やで!」
ゆいは顔をしかめて手を振り払う。
青年はフレンドリーで、数回すれ違っただけのゆいに触れている。どうやらその事を気にしていないようで、手を振り払われても次はキャップ越しに頭をぽんぽんと叩いてくる。
「何や、バレとったんか」
ゆいは青年の手を、さっきよりも強く払い除けた。
「当たり前です。せめて帽子を被るとかした方が良いと思いますよ。ストーカーの鉄則です」
「ストーカーちゃうわ」
しっかりと突っ込む。関西弁といい、青年は関西出身なのだろうか。
「やったら、あんたのキャップ、貸してもらおか?」
青年は、そう言いながらゆいのキャップを取ろうとした。すかさず叩いた。いてっ、と声をあげたが、大して痛くないだろう。
「この帽子には触らないで下さい」
「おっ、何か大切なもんか。そりゃあ悪かった」
青年を睨み付けるが、特に気にしている様子はない。
ゆいはキャップを被り直すと、「で、どうしてストーカーしていたんですか?」と質問した。
「ストーカーやない、追行や。ってかあんた、理由知らんと勝手にストーカーって言っとんか?」
ゆいは首を傾げる。見かけたりすれ違ったりする以外、接点が見当たらない。
「わざわざ話さんなんか? そうやあれは、昼過ぎやったか……」
「あ、詳しく回想していただかなくても結構です」
「いや、話さしてくれよ!」
そして青年は、「ほら、警察署に来たやろ? 弁当持ってきて」と言った。そこでゆいは、昼過ぎに向かった警察署でのことを思い出す。
(ああ、あの時の……)
ついに投稿することができました。お久しぶりです、椋原です。
予定通り、六月の中旬に投稿することができて何よりです。しばらくは毎日投稿出来そうなので、こちらとしても安心です。
この作品は、がっつり推理ものではありません。トリックやらアリバイやらという言葉はおそらく出てこないので、誰でも安心して読んでいただけるのではないかと思っています。
どうか完結まで、お付き合いいただけたらと思います。