『祀られるもの』
ーーー森を神の御神体として、神聖なその地を穢すべからず。
過去にあった異常気象も、丁度開発が行われようとした時期にあったらしい。現に、今の異常が発生したのは森を切り拓いた時からだ。
しかし、昔は数週間程度で収まっている。詳しいことは記載されていないが、二度目となる今回まで、大きな異常は確認されていない。
「そうなると、そのうち勝手に収まる可能性もないことはないのだろうが…」
規模が違うが、収まったことがあるなら可能性が高い。
それよりも、原因となっているかもしれないものが一番の問題だ。
神がいるなんて話は、とてもじゃないが信じることはできない。だが、森に手を付けたタイミングで問題が起きているのは事実だ。
「さて、どっちの路線で調べていこうか」
オカルトなんか信じずに、やはり科学的に調べるか。それとも、結果の得られそうにない神様について調べるか。
思案、どう考えても前者が正解だ。神様が異常気象の原因です、なんてそんな馬鹿げた話を真に受ける人間はいない。
思考が正常な人間なら、まともなら、絶対に。
「調子はどうですか、上井さん?」
少し前に聞いた声がかかる、花樹さんが先ほど変わらない笑顔でこちらへと歩み寄って来ていた。
図書館に勤めている彼女なら、後者の疑問について詳しく知っているかもしれない。
「花樹さんですか、一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
彼女の近くに行き、読んでいた文献を見せる。
「この町の…というより土地に伝わる神様について、何か知ってます?」
「神様ですか、そうですね…。あまり良い神様ではなかったはずです。詳細は知りませんが、名のない神様らしいです」
なるほど、名前がどこにもなかったのは、祀られているのが誰もが知るような神様ではなかったからのようだ。
偶像崇拝のようなものと考えるのがいいだろう。
「上井さんはどうして神様のことを? あまりお調べになっていることと関係があるとは思えませんが…」
心底疑問そうな顔つきで尋ねられる。
「いえ、僕は外から来た人間なのでこの町について知っていることは少なくて。なので、この町の昔のことを色々調べていたら気になる情報があって、知っていたら教えていただければと」
「そうですか、上井さんは外の方だったんですね。私は元々ここに住んでいますが、そちらに書かれていること以上のことは何も…。お役に立てなくてごめんなさいね」
一瞬彼女の顔が曇る、そこまで気に病むことでもないのだが。
少し気まずくなった空気をどうにかするため、さっき生まれた一つの疑問を聞く。
「この神様が祀られているような場所ってないんですか?」
「あー、ちょっと待ってて下さいね」
早足気味に花樹さんはこの場を離れると、大きな地図のようなものをこちらに持ってきた。
彼女の背丈ほどある大きなそれを広げる邪魔にならないよう、机の上に置いていたものを隅へとどかす。
「図書館がここにあるのは知っていますよね、ここから結構離れるんですけど、木憑山の一合目、そこに小さな祠があるんです」
細い指で地図の一か所をトントンと指し示す。どうやら、道から少し外れているところにそれはあるようだ。
更にそこから指を動かし、別の場所を指差す。山の頂上、立ち入りが禁止されている場所だ。
「それとは別に、頂上には昔儀式をしていた穴があるらしいんですけど、崩落の危険があるそうで立ち入りが禁じられています。役所に勤めているなら、ご存知ですよね」
「ええ、そのぐらいは。儀式云々は初めて聞きましたが」
「儀式については、特に面白い話はありませんよ。雨乞いの儀式のようなものを行っていただけみたいですし」
そちらにも興味はそそられるが、関係のない話に脱線する必要はない。
とりあえずは、一合目にあるという祠を調べてみることにしよう。何もないだろうが、だからといって仕事をしないわけにもいかない。
「これから祠を見に行こうと思います。教えていただきありがとうございました」
「はい、お気をつけて。それと一つ思ったのですが、ここの図書館は名物になることはないと思いますよ。本を読むためだけに外から人が来るなんて考えづらいですから…」
「言われてみればそうかもしれませんね、また振り出しです」
降参するように手を上にあげて笑う。
話を終えて荷物を鞄にしまい、花樹さんに礼を言い図書館を後にする。
動く目的が定まったので、少しは動きやすくなる。まずは動きやすい服装に着替えるために一旦家に帰るのがいいだろう。
「まさか山に登ることになるなんて、思ってもいなかったがな」