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2.キ-60改

年が明けてから連戦連勝のニュースばかりだ。

新聞は随分と景気の良いコトを書きたてている。

ソレは会社の経営側も一緒だった。

「連戦連勝の海軍サンに何とか話をつけたい。期待しとるよ。」

専務が肩を叩くが僕の心は晴れない。

今は発動機の評価試験中だ。

無理やり付けた同調発射装置の調子が悪い。

気化器の設定が定まらない。

BD601Aではこんな苦労は無かった。

しかし、主査のキ-61では上手く行っていない様子だ。

同じ発動機でもこんなに違うのか…。

飛行機は恐ろしいモノだ。


二月の中ばには何とか形に成ったキ-60改が出来た。

格納庫に置かれるキ-60改。

しかし。会社の反応はイマイチだった。


「海軍サンに見せるのに名前が”キ”ではいかんだろう?」

「では何か名前を付けるのか?」

「ああ、そうだな。KT-17だな。」

「ソレでは売り込み難い。」

「民間の売込みでは鳥の名前が定例だ。」

「どんな鳥だ?鷲も鷹も使われてりるぞ?」

「ちょっと待ってろ鳥の図鑑を持ってくる。」


地上発動機のテストを行なっている時に専務に呼ばれた。

主務は部長に昇進されたが雑務はやっていない様子だ。

しかし、社長が書いた色紙を渡される。

「ハチクマ?熊なんですか?」

「いや、タカ科の鳥だよ、猛禽類、熊鷹の仲間だ。まあ、ここらには居ない鳥だからね。」

この時から”60(ロクマル)”は”ハチクマ”に変わったが誰も使わなかった。

ボクらは”ロク改”が呼び名だった。


地上テストは順調だった。

元々飛んでいた機体だ。

問題は無い。

ただ、ボクは不安だった。

自信が無いのだ。

ボクでも乗りたいとは思わない。

しかし、設計者がそんなコトは言えない。

命を懸けて乗り込む搭乗員ひとが居るのだ。

テストパイロットはキ-60のテストを行なっていた。K操縦士にお願いした。

そはら飛行場の滑走するキ-60改を見て。初めて機体が宙に浮いたとき。

「ホントに飛んだ。」

と口に出してしまった。

キ-61も平行してテストしていたので随分とダメを貰った。

どうしてもキ-61と比べられてしまうが。

それでも低速での安定と上昇スピードと軽快さは”ハチクマ”の方が良かったらしい。

やはり。前方の視界不良は問題になった。

「低速で安心して着陸できるのが利点だ。しかし、着地はまではメクラ運転だ。」

誉められたのはソレだけだった。


戦闘機としての性能はキー61より劣るモノだった。

コレは社内の模擬格闘戦の結果だ、概ね良好の判定は貰えたのが嬉しかった。

重戦が軽戦に軽快さで負けるのは仕方ない。

ロク改はキ-61より重武装だ。

低速での安定性は主翼位置を少し変えたのが良かったのかもしれない。

設計変更を加えない位置に取り付け穴を開けたダケだったが。

キ-60より速度が上がっているのが自慢だった。

実際水冷装置分だけ軽い、海軍サンの機関砲は嵩張るが軽いので良かった。

しかし。反動が大きい為補強を入れたので思ったより軽くならなかった。


遂に三月も終わり四月の中旬、海軍サンのテストを受けるコトに成った。

そのためにペンキを塗りなおした。

オレンジ色に白い帯、日の丸で垂直尾翼に黒色で会社のマークだ。

場所は名古屋海軍航空隊だ。

豊橋の北にある小さな飛行場で行なう。

自動貨車トラックに載せた”ハチクマ”は工員と社員達の万歳三唱で出荷を見送られた。

正門前は”必勝!”の横断幕と花輪の飾りもある。

ボクは何か気恥かしいと思った。


主翼を外され胴体と主翼、予備部品と整備員を乗せた4台の自動貨車は未舗装道路をゆっくりと海軍基地へと向かった。

一日かけて名古屋航空隊に到着すると。

営門で出迎えた将校殿はびっくりしていた。

「飛行機が来ると聞いていたが。自動貨車に積んで来るとは思わなかった。」

「はい、飛ばない場合は場所を取らないのが当社の飛行機です。箱詰めすれば船舶での輸送も楽ですよ。現地で組み立てれば良いです。」

「ははは、そりゃ心強い。壊れてもフネで送り返せるのか。」

まだ出来たばかりの真新しい飛行場、格納庫の一角を借りて”ハチクマ”の組み立てを行なう。

もう日が落ちている。

一段落着いたら近くの民家を借りた宿で雑魚寝した。

翌朝からは組み立てた機体の点検を地上動作で行なった。

散々頭を悩ませて作った点検項目だ。

作業に追われると昼前に格納庫に来客があった。

「この機体に搭乗するコトになった。S上等飛行兵曹だ。」

「はい、始めまして、コノ機体の設計担当の木村です。」

「そうか、変わった機体だな。この飛行機は。まるでツギハギぎだ。」

「はい、解かりますか上等飛行兵曹殿。元は水冷式発動機を搭載されていたモノです。」

「ああ、海軍では殿は要らないよ。なるほど。V型エンジンを星型にしたのか…。そうだな、前方視界が悪そうだ…。」

「はい、着陸は計器着陸に頼るコトに成ります。空荷の場合は低速での安定が悪くなる傾向にあります。速度を生かした一撃離脱戦法の飛行機です。」

「おいおい、審査官に欠点言う会社が有るのか?」

「あ、いえ、申し訳有りません。しかし、コノ飛行機に乗られる方には知っておいて欲しいのです。」

「そうか、予報では明日の天候は問題はなし。明日飛んでみるコトに成る。よろしく頼むよ。」

心配事は多かったが機体の不備は出なかった。

明日は検査だ、不安を胸に眠りに付いた。



日の出と共に朝の点検を行い暖機運転を開始した。

風が冷たく肌寒い。雲は少なく視界が良い。

海軍の将校たちが見守る中。

S上等飛行兵曹が飛行服姿で現れた。

「なんだ、もうエンジンがかかっとるのか?」

「はい、地上試験と暖気運転は終了してます。」

「よし、乗せてくれ。」

会社の整備員が胴体からタラップを引き出しS上等飛行兵曹を乗せる

操縦席に座ったS兵曹は整備員から説明を受けている。


不安を胸に、滑走路待避所を進むオレンジ色に塗られた”ハチクマ”搭乗員の合図で空に向かって滑りだした。


無線中継車に皆が集まる。


『コチラ、S、感度ヨイか?』

「こちら地上局、感度良好。」

『コチラS感度良好。異常なし。先ずは急上昇からやってみる。』

「了解。」

二時間ほど経つと。

『問題ナシ帰投する。』

との受信があり。程なくオレンジ色の機体が見えてくる。

着陸体勢を取るが発動機音が変わり、そのまま加速して滑走路を通過する。

「何か有ったのか?」

将校たちは双眼鏡を見ながらざわめき始める。

『もう一度やり直す。』

「了解。」

次はそのまま着陸した。

そのまま待避所まで進む。

オレンジ色の機体から降りたS上等飛行兵曹は降りてスグに感想を呟いた。

「ふう、肝を冷やす飛行機だ。」

よし、怒ってない。

とりあえず問題は無かったと言う事か?

機体が格納庫へと運ばれる。

異常が無いか点検だ。

将校達が集まって休憩所へと移動する。

「さて、飛んでみた感想だが。先ず機体が重い。はじめ宙返りをやろうとしたら失速しかけた。速度は申し分無い。旋回はモタつく感じだ。」

「そうか…。」

「うーむ。」

唸る将校の面々。

「ところが一時間後、もう一回やってみたら非常に軽い。全く別物だ、恐らく燃料7割を切ると途端に運動が良くなる。反応もよい。旋回はまあまあだな。」

「零式に比べるとどうだ?」

「満載なら勝てんな、喰われる。腹7分なら良い勝負だ、まあ、巴戦は不利だと思う。あくまで一撃離脱の飛行機だ。」

「まあ、満載で戦うコトは無いからなあ。」

「航続距離が1800kmだから迎撃でも燃料は8分でも良いか…。」

「あと細かい所では、油温の調整が難しい。平時は油温計から目が離せない。冷却装置の切り替えを頻繁に行なわなければ成らない。」

「なんだ?ソレは?」

「ああ、ソレはですね。”ハチクマ”の油槽冷却装置は二つ並列に付いているので一つを常時開、一つを開閉切り替えができるのです。」

油温が上がり気味のキー60の冷却装置をそのまま二つ並列に設置した結果だ。

「うーん。」

「全開、中、閉ぐらい在ると便利かもしれん。あと操縦桿の形状や、発射スイッチの位置。メーターの位置等に不満がある。」

「なるほど…。」

メモに書く。

「さてと、後は根本的な問題だと思うが。離陸、着陸は前が見えん。燃料が1/3になると恐ろしく低速の安定が悪くなる。左右では無く上下だ。三点着陸はムリだ。計器とカンでメクラ着陸だ。」

「うむ、だからやり直したのか…。」

「そうだ。熟れるまで恐ろしい機体だ。速度は十分だがな。零式より急降下も良い。安定してる。腹7分ならな。」

「明日、機体が問題なければ零式との模擬格闘戦を行ないたいがよろしいか?」

「ハイ解かりました。準備を行ないます。」

「よろしいでしょうか?K崎の方。」

一人の若い将校が手を挙げ発言する。

飛行章をつけている。

「ハイなんでしょう?」

「機体に問題なければ午後、私が試験機に乗りたいのですが。」

「えーっと。」

「ああ、M少尉だ、明日、対戦する零式一号二型に乗るモノだ。」

「いま、整備中ですので報告を受けないと飛べるかどうか解かりません。」

「メシが終わる頃には解かるかな?」

「恐らくその頃には。」

「M少尉、乗るのを嫌がっておいてイザ飛んだら乗りたいとは、些かわがままだな。S上等飛行兵曹に一言謝っておけ。」

カイゼル髭の一番偉い人が軽口を言う。

「いやいや、あんなツギハギ飛行機じゃオレでは無理です。Sサンならどんな飛行機でも乗りこなせるから。」

「少尉殿、落ちたら知りませんよ。意外にクセのある機体です、一台しか無いんですからね?」

「ひどいな、Sサン。菓子奢るから話聞かせてよ。」

「「ハハハハ。」」

和やかな空気の搭乗員待機室。

なんだろうか?陸軍だともっと緊張と怒号が飛び交うのだが…。


昼食を取りに格納庫に着くと。

海軍の整備兵の方々と会社の整備員で”ハチクマ”技術講習会の真っ最中だった。

会社の整備員を捕まえ話す。

「どうだい?ハチクマは?午後から飛べそうか?」

「燃料とオイルを補充して清掃しました。点火器異常なし。圧縮問題なし。油漏れ無し。機体は飛べます。」

「ああ、そうか…。午後からもう一回飛びたいらしい、問題が無ければその方向で良いか?」

「はい、準備しておきます。」

昼のラッパが鳴り、格納庫の影で民宿のおばさんが用意したオニギリと梅干&沢庵で腹を満たした。


昼の休憩も終わり”ハチクマ”を格納庫から出す。

整備兵の方々も集まって手伝っている。

M少尉が飛行服姿でやってきた。

「G軍曹どうだ?この飛行機は?」

「はい、勝手知ったる瑞星21型です、燃料とオイル、プラグは問題有りません。スグにでも飛べます。」

白い整備服の兵が直立不動で答える。

一番近くで見ていた整備兵だ。

「これより発動機始動、暖気運転を行ないます。」

社員の整備員がボクに報告してくる。

「ああ、始動はオレにやらせてくれ。G軍曹。エナーシャーの準備をしてくれ。」

「はあ?」

ぽかんとする整備員たち。

「ハイ!コレヨリ始動準備を行ないます。」

直立不動で敬礼する整備兵と操縦席に座る士官。

追い出された社員が士官に操作説明を行なっている。

高揚力装置フラップの動作を見る士官。

整備員を追い出してテキパキと働く整備兵たち。

プロペラを手動でゆっくり廻し、気化器の瓦斯が回ると。

エナーシャーをクランクで廻すG軍曹。

エナーシャーのフライフォイールが唸りを上げる。

合図を受けて叫ぶ兵。

「コンターック!!」

ハー102が咳き込みながら回る。

チョークとアクセルを調整する士官は随分と手馴れた物だ。

社員が油温の操作と注意を述べている。

発動機の音が整い、暖気を終えると滑走路に向かいそのまま空に滑り出すオレンジの機体。

青い空に消えていった。

一時間半ほどして機体は危なげなく着陸して格納庫に戻った。

「やれやれ、キモを潰す機体だな。」

士官の第一声はそうだった。

搭乗員待機室でお茶で喉を潤す士官。

皆が集まっている。

「いやーアレだ。ツリム調整が無いのかタブ調整幅が狭いのか解からんが。低速時の上下の不安定さはびっくりだ。」

「はあ、ツリム?」

「ああ、フネや潜水艦で水平を取るバランス水のコトだ。飛行機でもツリムと言っているが水平尾翼のタブのコトだ。」

ああ、なるほど、水平バランスをタブで押さえようとするのか…。しかし、水平尾翼のタブの大きさには限度がある。

「特に多くの燃料を積む機体は操縦者が小まめに水平タブの調整を行なうコトになる。燃料の量で前後左右の重心がずれるからな。」

「なるほど、水平尾翼の改修になりますね…。」

「おいおい、ソレだけか?木村さん明日はどうすれば良いんだ?」

「あ、えーっと。とりあえず主翼の燃料タンクから先に使うか。胴体の燃料を半分残して着陸して下さい。」

「そうするしか無いな。所でコノ機体には浮こう装置は付いているのか?」

「浮こう装置?」

「ああ、着水した時にしばらく機体の浮力を保つ装置だ。海の上を飛ぶときはコレが有るだけで安心できる。」

「付いていません。」

「そうか…。海軍機には必要だから付ける方法を考えてくれ。」

翌日の模擬空戦は零式の勝ちであった。

同高度での旋回では軽戦に分がある。

しかし、急降下と急上昇を伴う戦闘では”ハチクマ”の独壇場だった。

搭乗員が交代しても同じだった。

「不利なら逃げて又突っ込めば良い。そう言う機体だ。巴戦が出来ないワケでは無いが零式相手だと厳しい。高速性を生かした戦いに誘い込むのが一番良い戦い方だ。」

「うーん。悪い機体ではないが…。乗るなら零式の方が良い。」

両搭乗員の感想は分かれたが乙戦闘機としては良好と言う評価で有った。

その日は終了になり解散した。

宿の民家へ向かう途中から小雨になり。

夜には本降りになった。

明日は射撃の評価を行なう。標的の吹流しを出すそうだ。

予報では晴れになるだろう。

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