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第4章

第4章:日が暮れてから


夜も更けて、街の外には1人の姿も無い。宿屋が軒を連ねる一角は、零れる明かりに宿泊客

や酒場の客の影が楽しげに踊っている。

 外をを歩く者がいなくなった時間帯に賑わう酒場の中で、楽団の一行がテーブルで顔を突き

合わせていた。

「怨みを持った死者の魂。それが不思議と寄り集まった、怨霊の集合体…ねぇ」

 コマはグラスを煽りながら感心する。

「正式な対処法やと対処できへんって、どういうことや?」

 ツバメはテーブルに頬杖をついて呻る。

「祓い屋が祓えない、楽団も鎮魂歌が効かない。現在の対処法は封印か聖歌に限られる。だっ

たわね」

 メジロは真剣な顔をして手元のメモを見つめている。

「発生が始まったのは3週間ほど前からですわね。日増しに強力になっていく怨霊の集合体の

被害者は、およそ2週間前に出始めてから、1週間前からは増加していますわね。夜の被害が

多いことから、夜間外出禁止令まで出されていますわ」

 ウグイスものんびりとした言葉とは裏腹に表情は柔らかくない。

 今日の公演の際に集めた情報をまとめている。彼らも間違いなく楽団員だ。この世界では楽

団は演奏よりも対魔の術で世を渡るのが常なのだから。

「はぁー、最近は夜に出歩けねぇからな。まったく、嫌なご時世だぜ」

「まぁいいじゃねぇか。おかげで夜通し飲んだくれても、かみさんには怒鳴られねぇ」

「違いねぇ!」

 笑い声が響き渡る酒場は、とある宿屋の一階だ。

「へぇ、夜になったら怨霊が活発になるって聞いてたけど、屋内には入ってこれないのね」

 メジロが感心して空に言葉を放す。

 そして、楽団の一行も、居場所が居場所なだけに情報の整理も兼ねて酒盛りに繰り出してい

た。彼らの丸テーブルには酒のグラスが4つと、ジュースのグラスが1つ。全て半分以上中身

が減っている。

「ああ、そうさ。よくあることだが、奴等は招かれないと入れないらしい」

「それにユニオン様のご加護があるんだ。そうそう家の敷居は跨げないだろうな!」

 楽団の話に割って入った男の1人が、笑って棚の上を指差した。そこには、馬に角と翼が生

えた幻獣の置物と2本の蝋燭が飾られていた。

 この世界の神、ユニオンの神像だ。

 それに気付いた小さな人影が、とことこと簡素な神棚に走り寄っていく。楽団員達の話にほ

とんど参加していなかった最年少のカケスだ。

「あらあら、カケスは本当にユニオン様がお好きですわね」

 一角獣と天馬を掛け合わせた神々しい幻獣が、凛々しい表情で佇んでいる。

 楽団の最年少の子どもが、嬉しそうにその神の像を見上げていた。その嬉しそうな表情のま

ま、ウグイスの方を向いて笑顔を返した。

「なぁ、おチビさん、ユニオン様がお好きなら、歌物語は1ついかがかな?」

 カケスに声を掛けたのは、弦楽器を手にした男だ。赤らめた顔を見るに、少なからず酔って

いるようだが、それはウグイス達楽団員も他人のことは言えない。

「詩人さん?なにが専門なの?」

 ウグイスと同じテーブルからメジロが声を掛けた。

「神話全般さ。今のこの街の現状だと優遇されるのは楽団だからな。聖歌が歌えても、単身じゃ

威力も低いから護衛には付けないだろ?かといって、旅費も無いからここで足止めを食らって

るところだ」

 男は赤ら顔を寂しそうにしかめてから酒を煽った。どうやら吟遊詩人らしい男は、今の切迫

した街の中では仕事が無い状態らしい。なにしろ、街の人々が本心では怨霊達を警戒しきって

いて、神話や歌物語を楽しむ余裕が無いのだ。

 酒場の喧噪の中、気にならない程度の心地良い金属の落下音がどこからか響いた。

「よろしければ、歌ってくださいませんか?」

 常の微笑みを湛えたまま、凛と澄んだ声を転がすのは歌い手のウグイスだ。詩人の目の前に

落とされた銀貨3枚は歌物語1つ分にしては余りある金額だ。

「あんた…いいのかい?」

「ええ。カケスが、そこの幼子が、神話が大好きなんですの。ですから、お聞かせ下さいませ

んか?」

 羽のようにふわりと微笑うウグイスに、しばし酒場の喧噪が遠退いた様な錯覚を味わう。

 短い時間停止は、誰の錯覚か。自らの弦楽器を手に取った吟遊詩人の動きによって、時間の

流れと酒場の喧噪が一気に戻ってきた。

「まかせな、歌い手さんよ。気合い入れて語ってやるぜ」

 酒場の喧噪は引くことを知らない。その中に、詩人が弦を爪弾く音が混じる。咳払い、音合

わせ。何かが始まる予感に、喧噪の波がゆっくりと引いて行った。

詩人が曲を奏で始めた時には、酒場のほとんどが彼の神話の語りに、耳を傾けていた。


――それはもう、幾年月の彼方と知れず…

  始まりは、悪魔の女王が神へ挑み、世界を1つ犠牲にしてまで争い合った――


 天界魔界千年戦争。

 あの世において、つい最近まで繰り広げられた戦争のことだ。


――幾年月、幾人の犠牲を払ったか知れず…

  天使と悪魔は互いを忌み、天上と地底の溝は海より深く穿たれた――


 朗々と歌われるそれは、内容こそ軽く感じるが、詩人の歌声が重厚さを引き出していた。


――戦の始まり、戦の意味の忘れ去られて久しく、誰しもそこに見出したるは、ただただ虚無

のみ…

戦を憂いたる神、幾人かの天使へ魔王の討伐を命じたり…

勇敢なる天使達、神の命を受け魔王と対峙せん…

その戦たるや七日七晩に及び、遂に魔王を打ち倒したり…

ここに、長きにわたる戦の終焉を告げん。幾人かの、天使の犠牲を最後として…――


 語られた物語の終わりに、指笛と手を叩く音が飛び交った。

いつの間にやら誰しもが聴き入っていた詩人の神話は、一時の心の余裕を産み出したようだった。

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