第2章
第2章:対魔士
黒い服を纏ってこそいたが、人の流れの中で異様に目立つ背の高い2人組は、その胸元に
神聖な印を下げていた。間違いない。同業者だ。
「おい、お前達」
見上げるほどに高い位置にある2つがこちらを向く。やはり、見ない顔だ。それでも、同
じ制服を着ている方に声を掛けた。
「お前達も対魔士だな?いったい何処の所属だ?」
「ああ?なんでそんなこと教えねぇといけないんだ?」
対魔士ではない方、武僧の制服に身を包んだ大男が眉を上げる。
「モズ、そんな言い方はいけませんよ」
対魔士の制服を身に付けた、眼鏡の男が武僧を咎めた。
「私の盾が失礼いたしました。私はルリ、こちらはモズ。北の支部から派遣されて来ました、
あなたと同じ対魔士です」
「北だと?ここは南の管轄だろう?俺以外にも何人かこの街には派遣されているが、管轄外
から人を寄越すとは聞いてないぞ」
いかにも不審だ。と、言外に乗せて言ってやる。そう、偽名を使う時点で対魔士として相
応しくないし、改めて見れば随分とちぐはぐな組み合わせの2人組だ。
2人とも、190cmはあろう高身長で、背の高く、体格の良い方の男は武僧の制服に身
を包んでいて、神を奉じる教団の僧侶とは思えないほどに凶悪な面構えをしている。
もう1人の対魔士は、きっちりと着こなした対魔士の制服に見劣りしない良い姿勢で佇ん
でいる。男にしては長い髪を後ろで束ね、眼鏡の奥で常に笑顔を絶やさない出来た男だ。
「そうですね、不審に思われるのも仕方ありません。しかし、この街の現状を考えた場合、
他所からの応援もやむを得ない。…違いますか?」
「それは…」
途端に言葉が出なくなる。眼鏡の対魔士の言うことは本当だからだ。南支部の対魔士が、
既に5組はこの街にて任務についている。が、対魔士達が祓えど祓えど、怨念の集合体は消
えない。
「あなたは、盾ではなく守護者たる天使の加護の下にあるようですね。よろしければ、この
街に現れる怨念の集まりについて、教えて頂けませんか?」
「ふん、応援要員だからと調子に乗るな。そんなもの、町民か楽団にでも聞くんだな」
「あんだと?デケェ面しやがって」
まるでチンピラの様に武僧が身を乗り出してくる。確かにこちらの方が背は低いが、魔法
の心得の無いに等しい武僧など、恐れるものではない。
「およしなさいモズ。 お話を聞かせて頂いて、ありがとうございました。あなたに、ユニ
オン様のご加護があらんことを…」
「…神の御加護があらんことを…」
お決まりの別れの文句。これ以上は追及しないということか。それはこちらも同じだが、
去っていく2つの背中に、やはり苛立ちは隠せない。
「すみません、少しお話をお聞かせ願えませんか?」
同業者と別れた後、モズとルリは街中をあっちへこっちへ歩いていた。少しでも情報を集
めるためだったが、どうしてか人々は彼らを避けて歩く。
「え?あ…祓い屋…」
ようやく反応を返してくれた少年は嫌そうな顔と同時に怯えたような顔つきを彼らに向け
た。
「なな、なんですか?お祓いが上手くいかないからって…」
モズとルリが互いに顔を見合わせる。双方顔の高さはほぼ同じだが、少年の背丈は彼らの
鎖骨辺りがせいぜいだ。その上、対魔士の制服は黒。たとえ穏やかな表情を浮かべていても
威圧感が漂ってしまう。まして、武僧のモズは天然の凶悪顔だ。居るだけでありもしない誤
解を与えるには十分だった。
「…対魔士に対して、あまり良い印象を持っていないようですね」
外見の問題だけではないだろうと、ルリは見抜いていた。
「そりゃろうだろ。あんたらでも怨霊達を祓えないからって、ストレスを俺達に向けるのは
やめてくれよな。…って、あ…」
「成程。それは申し訳ありません」
対魔を専門とする対魔士、通称「祓い屋」にとってもこの街の怨霊達は異常なのだった。
通常ならば祈りの言霊や首から下げた聖印、持ち歩いている聖水によって悪しき者を鎮め、
その上であるべき処に送り返すのが対魔士の役目だ。
それが、この街の怨霊達には通用しないらしい。有効策を見いだせないストレスが、あろ
うことか町民に向いているのだろう。
「それでは、1つだけ教えて下さい。あなたはこの周辺に暮らす魔女か魔術師をご存じあり
ませんか?」
「…なんだそれ?関係あるのかよ?」
「いいからさっさと答えろよ」
「ひっ…!」
悪気は無くても、モズは人相だけでなく言葉使いも悪い。少年の怯えにルリが素早く反応
し、モズの後頭部を引っ叩いた。
「私の盾が失礼いたしました。で、なにか御存じありませんか?」
「あ、う…確か、東の森の方に魔女が住んでた気がする。最近見てないけど…」
「東の森ですか…ありがとうございます。あなたに、ユニオン様のご加護があらんことを」
そう言って、ルリは悶絶するモズを引っ張って東へ歩き始めた。
「…もうじき日が沈むのに、あの人たち大丈夫なのかな…?」
時刻は夕暮れに差し掛かっていた。まだ街には人影が多いが、日が沈めばそれも消え失せ
るだろう。