世の中出来ないことが多すぎる
不可能なこと。
人が瞬間移動すること、自由に空を飛び回ること、神になること。
無理難題なこと。
今すぐ豪邸を持つこと、高級車を何台も乗り回すこと、働かずに金持ちになること。
「…… ほんと夢がないよねぇ」
彼女はそう言ってふてくされた。やりたいことを言ってみようと提案しておいて、叶わぬ願い事をダラダラと言い続けて。虚しくなったのかご機嫌斜めだ。
「人生平凡が一番だよ」
「う〜ん、現実逃避したいぃ」
いつまでも夢を抱くことは悪いこととは思わない。むしろ、心には必要なことだと思う。
駄目なのは、夢に逃げて現実を見ようとしないことだと思う。そんなことしても、僕らは生きているのだし。夢のせいにするのは、それこそ夢を汚すことになるだろう。
「つーまんないなぁ」
「んー、なんでも叶うのもどうかと思うよ?」
「なんでぇ?」
「慣れてしまうとさ。どんなことも普通になるでしょ? なんでも叶うってさ、なんでも普通にしてしまうってことじゃない?」
「いいじゃん」
「なんでも出来るって、きっと退屈だよ。出来ないくらいがちょうどいいよ」
出来ないことがあるから。些細なことで、嬉しくなったりも出来るんだと僕は思うから。
♦︎
「さむっ!」
少し薄着の君は、外に出るなりそう言って。僕の手を強く握る。
今日の寒さをかき消すことは出来ないけれど、君の手なら温められる。
「三人になったら、少し狭いかな?」
「うーん? 大丈夫じゃない?」
豪邸なんて買えないけれど。今の部屋の方が、すぐに側に行けるでしょ?
「チャイルドシートも用意しないとね」
「そうだね」
高級車ではないけれど。君と、僕たちの新たな家族を守ってはくれますよ。
出来ないことは沢山あるね。不平不満は尽きないだろうね。でも、僕はね。
出来ないからこそ。たとえ小さなことでも、出来ることがあるってことに。
幸せだなぁ、って。感じたりするのだけれど。
「結婚式は海外がいいなぁ」
「…… 勘弁して」
どうやら君は、どこまでも強欲みたいだ。
終