皇太子の疑念
あれから、日々疑問は増すばかりだった。
終わった事だから気にすることはないと思えば思うほど気付けばその事で頭はいっぱいになっていた。
(だから調べることにした、が。)
カーライル公爵家の事を、そして彼女。
シャロン・カーライルの事を。
あの時、ミルトニアを虐げた犯人を捜した時、散々調べ上げ全てを解明したはずなのに。
知らなかった事実が続々と出てくる。
(あの時は、ミルトニアに関する出来事が中心だったからな。)
最初は、偶然を装った嫌がらせをする程度だった。
茶会の時間を間違って教えたり、ドレスをわざと汚したり。
それが許されるとはいわないが、それ位であれば貴族社会では珍しい事ではない。
それにミルトニアも私と懇意にすることでこのような事があると覚悟はしていたのか、気付かれないように隠していた事もあり私は気付くことが出来なかった。
しかし、シャロンの行為は段々エスカレートして、言葉だけには留まらず、自ら手を下すようにもなっていた。
刃物こそ持ち出さなかったものの、ミルトニアの精神は削り取られ命を失う危険すらも感じさせられた。
私はミルトニアを守るため、犯人の証拠を集めた結果シャロンに行き着いたというわけだ。
シャロンは巧妙に自らの存在を隠しており、犯人探しは難航だった。
だが、いくら狡賢くても所詮は貴族の令嬢。小さな証拠の欠片が至る所に残されていたのだ。
それらを繋ぐと1つの答えが弾き出された。
(それが、あえて残されていたとしたら。)
全てがシャロンの計画通りだということになる。
(いや。誰が好き好んで罪人などになろうというのか。しかし・・・。)
カーライル公爵が政治に関わることから手を引き、書の編纂を行うようになったのが2年前。
以前から国の歴史書を纏める話があったのだが行う者が居らず休止状態だった。
そこでカーライル公爵が名乗りを上げたらしい。
しかし、政治の中心でもある公爵が急に行政から抜けるわけにも行かず、公爵は歴史書を編纂しつつ、政治に後見として関わり1年かかってようやく政治から離れられた矢先にシャロンの悪事が露見し地位を失った。
それが今回私が調べて解ったカーライル家の顛末だ。
カーライル家は地位を剥奪され不幸のどん底だろうが、この事件が国を混乱させることなく終わったのが幸いだったと誰もが思うだろう。
それに娘の悪行を止めることが出来なかったから自業自得だとも言える。
私もそう思っていた。
(上手く終わりすぎている。)
カーライル公爵が政治に関与しなくなったのが2年前。
その時期にミルトニアは私の前に現れた。
その後、1年の間にシャロンが悪事を働きカーライル公爵は失脚。
その時にカーライル家が政治的にも大きな力を維持していたのなら国はもっと混乱していただろう。
実際はそんなことは起こらなかった。
それに、カーライル公爵が歴史書を纏めると言い出したのは娘のシャロンが歴史を詳しく学びたいと公爵に頼んだからだと言う噂もあった。
それが本当ならシャロンは、何故あの時期に公爵に頼んだのだろう。
幼い頃より勉学に励んでいた子だったから、もっと早く詳細な歴史書を欲したはずだ。
この国の歴史は古い。
その歴史の詳細を紐解くなら、早くても数年はかかるだろう。
早期に編纂を始めれば、今頃はカーライル公爵も書を纏め終えまた、政治に戻ることも出来ていたであろう。
(政治に戻れないように、計算して・・?)
考えすぎだろうか。
今、思い返すと1年前のシャロンは落ち着いていたというより慣れているようにも感じる。
これから起こることも自分がするべき事も何もかも分かっている上で行動していたような。
(シャロン。君は何を思っていたんだ・・?)
幼き頃に定められた婚約者。
真っ直ぐな長い髪が美しく、黒い真珠のような瞳も嫌いではなかった。
努力家で、勉学も作法も人並み以上に励んでいた。
だから彼女がミルトニアを虐げた犯人だと分かったときは驚いた。
控えめで大人しい彼女がこんなことをしたとは信じられなかった。
彼女は・・・・。
「私はシャロンの事を何も知らないのだな・・・。」
私の婚約者。
黒髪に黒い瞳。
勉強も作法も怠らない努力家。
そんなことは私でなくても知っている。
名門公爵家の令嬢なのだ。
これ位の個人情報は出回っている。
時期皇太子妃候補なら勉学に勤しむのも当然の義務だ。
控えめで大人しい印象も、彼女と一度話した事のあるものなら誰でも同じ印象を抱くだろう。
(私は彼女が私の事を「好きだ」ということも知らなかった)
政略結婚として『婚約者』になった私に、彼女は必要以上に近づいて来なかった。
茶会にも参加するし、夜会で踊ることも多い。
社交辞令の挨拶は交わすが会話らしい会話をした記憶は思い当たらない。
私の賛辞の言葉にも礼を返すが、嬉しそうにしている気配も感じなかった。
彼女は義務的に私の相手をしているだけでまるで決められた言葉を返す人形のようだった。
だから、彼女が嫉妬のあまりミルトニアに危害を加えたということも予想外だった。
彼女の好きな色も、花も、食べ物も、何1つ知らない私に。
彼女が何を考え、何を思っていたなんて分かるわけがない。
幼い頃から側にいて、ミルトニアが現れなければこれからも側にいるはずだった彼女。
長い間、近くにいたのに――
「君の顔が思い出せないんだ・・・。」
記憶にあるのはぼんやりとした輪郭と艶やかな黒髪だけだった。