皇太子の現状
皇太子様登場です。
夜会のざわめきに合わせて楽団は控えめに音楽を奏でている。邪魔にならないようにそれでいて会話は弾むように。
煌びやかに着飾った人混みの中で彼女を見つける事は容易い。
彼女の周りにはいつも多くの人が群がっている。
良くも悪くも。
「ミルトニア、君も来ていたんだね。」
「皇太子様!アコニタム様!」
彼女に声をかけると私と後ろで控えている近衛騎士の名を呼び喜色に溢れた笑顔で振り向いた。
彼女は感情を偽ることを知らないのか、思ったことがそのまま表情に現れる。
上辺を笑みで繕い、腹の探り合いに慣れ親しんでいる私には彼女の存在は新鮮で眩しく思える。
それと同時にその純粋さに不安になり護らなければという保護欲が掻き立てられる。
「変わったことはないかい?」
「ふふ、皇太子様も心配性なんですから。特に何もございませんでしたわ。」
「それなら良いが…、君を心配する私の気持ちも理解してもらいたいな。」
「分かっておりますよ、ふふふ。」
「私共も側に着いておりますので心配は無用ですよ、皇太子様。」
割り込んで来た声の主を確認すると、マドック公爵家の嫡男カリカだった。マドック公爵家は王室と遠縁に当たり政治の中枢を担っている。
「お待たせ、果実酒で良かったかな?」
「ありがとうございます、カリカ様。」
カリカは手に持っていたドリンクをミルトニアに渡した。
「皇太子様はこちらをどうぞ。」
「ロード。」
いつの間にか側に来ていたのか宰相の息子のロードがドリンクを差し出してきた。
「最初からおりましたよ。殿下はミルトニア嬢に夢中で気が付かれなかったようですが。」
「・・・私の思考を読むのは止めろ。」
「おや、当たってましたか?それはそれは、私の勘も大したものですね。」
「・・・・・・。」
「くくく、ロードそれ位にしておいてやれよ。」
カリカとロードは私と同じ年とあって幼い頃から私の遊び相手として共に過ごし、私にも気安く接する数少ない友人だ。
「さて、役者も揃ったようだし乾杯でもしようか?」
カリカがグラスを持ち上げて提案する。
「良い案ですね。アコニタム、貴方も一緒に如何です?」
ロードが側で控えているアコニタムにグラスを差し出す。
「いえ、私は勤務中ですので。」
「大丈夫ですよ。アルコールが入っていないものを取ってきましたから。」
有無を言わせない笑顔でアコニタムの手にグラスを持たせた。
ノンアルコールを用意していることから最初からアコニタムの参加を予定していたのだろう。
「少しは良いだろう。私が許可する。」
「ですが殿下」
「命令だ。」
「・・・畏まりました。」
頑ななアコニタムも命令の言葉に渋々従った。
「相変わらず真面目なんだからアコニタムは。」
「殿下を御守りすることが私の使命ですから。」
「はいはい、1に殿下、2にも殿下だもんね。」
アコニタムの言葉にカリカも諦めたようだった。
「では、気を取り直して。」
カリカがグラスを前に掲げると皆もそれに倣った。
そして、視線は私に集まる。
乾杯は位が高い者が発声する。それがルールだ。
「今宵が楽しいもので有るように。」
グラスを軽く上に掲げて口へと運ぶ。
炭酸の泡が一筋湧き上がる淡い金色の液体は、香りも爽やかで、ミルトニアを彷彿とさせ飲むと暖かな気持ちが広がった。