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意外な人物の登場に、思わず固まって顔を見続けることしか出来なかった。
どうして殿下がここに?
それだけが頭の中を巡り、言葉を発することが出来ない。
「・・・・ここに座ってもいいかな?」
「はい、どうぞ。」
反射的に頷くと、殿下は寝台の側にある椅子に座った。
それが簡素な木の椅子だとか、皇族にには失礼ではないかとか、気にする余裕は無く殿下がここにいる理由を推測することで頭はいっぱいだ。
それ以後、2人共に流れる沈黙が婚約者だった頃の「いつも」が思い出されて何故か懐かしさを覚えた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・ああ、そうでしたか。貴方様がわたくし達を助けてくださったのですね。」
ようやく導き出した結論。
殿下はミルトニアと市街へ視察に時々出かけていた。
騒動があったあの日も視察に来ており、偶然あの騒動に遭遇して助けてくれた。
民を大切に思っている殿下の事だから放って置くはずはない。
助けた相手が私だとは思ってもいなかっただろうけど。
そして私は「断罪した元婚約者」。
生死を見届ける為に様子を見に来ていたという所か。
兵士にでも任せておけば良いのに、律儀な所は変わっていないようだ。
「ありがとうございます。わたくしはもう平気です。」
「君はいつも冷静だな。」
いや、動揺のあまり最初に「殿下」と呼んでしまった。
周囲を見る限り、気付かれてはなさそうな為、良かった。
気をつけなければ。
「お褒め戴き光栄です。ロビン・・・わたくしと一緒にいた子供は無事ですか?」
「あの子なら大丈夫だ。怪我ひとつ無かったよ。」
「そうですか!良かった・・・あの後、わたくしが気を失った後はどうなったかご存知でしょうか。」
不甲斐にも途中で気を失ってしまって、最後までロビンを守ることも真相を知ることも出来なかった。
「わたくしには、あの子が人の物を盗むなんて思えませんので。」
ロビンは少し口は悪いが、正義感が強くて盗みを働くなんて信じられない。
「・・・財布は見つかったよ。後から使用人が持ってきて、道に落としていたそうだ。」
「左様ですか・・・。」
俯いた視界には、寝台のシーツを握り締めてしめた自分の両手が映った。
行き場の無い怒りに手が震えてしまう。
「・・・シャロン。」
「分かっています。そんな方々ばかりではないことは。」
「・・・ああ。」
「同じ様な罪を犯したわたくしに怒る資格なんてないことも分かっています。」
「・・・・。」
ロビンのようなことは毎日の何処かで起こっている。
建国以来変わらない身分制度。
支えてくれる民を忘れ、自らの位に胡坐をかいた傲慢な貴族。
それに慣れ諦めてしまった平民。
でも、未来を見ている者もいる。
あきらめない人もいる。
ならば、皆が自由に夢が追える国に成ればと。
「お調べになってるとは思いますが、今、わたくしは子供たちに学問を教えています。」
見つかったからには私の身辺については調べているはずだ。
だからこそ、見つからず行方を暗ます為に色々画策したのだから。
「民に知識を与えることで、王政が揺らぐ可能性も承知の上です。」
民が知識を得れば得るほど、様々な思想が生まれ革命に繋がる危険も孕んでいる。
知識は国を強くし、脆くもする諸刃の剣だ。
「でも、わたくしは教えることを止めるつもりはございません。」
『私』のような愚か者を生まない為にも。




