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女性の支度と買い物に付き合うのには忍耐と覚悟が必要だ。
そんなことは十分理解しているつもりだったし、女性と出かけるのも初めてという訳でもなかったのだが甘かった、とカリカは思い知らされた。
昼過ぎに街へと到着したはずなのに、もう日が傾き始めている。
「ミルトニア、そろそろ帰らないといけない時間だよ?」
「はい、でも・・・。」
衣装店や宝石屋、菓子屋に雑貨店。
ありとあらゆる場所を巡ったがミルトニアの目に留まるようなものは見つからなかった。
休憩を挟んではいたが、ミルトニアの顔にも疲労が浮かんでいる。
病弱な彼女だ、無理をすると倒れかねない。
「焦らないでも良いじゃないか。また、明日にでも来れば良い。」
「・・・・はい。・・・・・・あれは・・・?」
ミルトニアの視線を追うと、ガラス工芸品が並んでいる店があった。
実用のグラスや飾り用の品など様々な品物の中からミルトニアは箱型のガラス細工を手に取った。
薄い桃色のガラスには蘭の花を主体とした模様が彫られており、中には細く切れ込みが入った金属と凹凸がある円柱の棒が組み込まれているのが見えた。
ガラス箱は蝶番がついていて、上部が開くようになっていた。
「・・・・綺麗な音色。」
箱の蓋を開くと、凹凸がある円柱が回転し金属板を弾き、テンテンテンと音楽が流れ出した。
単音のみで短い曲を繰り返すだけだったが、ミルトニアにはその単調な響きが心を穏やかにしてくれるような気がした。
「カリカ様。これに決めました!」
「うん。殿下も喜ぶよ、素敵な物が見つかってよかったね。」
「はい!!」
ミルトニアとカリカの姿に気付いた店主が慌てて奥から出てきた。
ミルトニアが箱を購入する旨と贈物用の包装を頼むのを見て、カリカはようやく肩の荷が下りたと思った。
店主とミルトニアは会話に花が咲いているようで、包装にも少し時間がかかりそうだったのでカリカは店内を見て回ることにした。
店舗は小さいが置いてある商品の細工は丁寧に仕上がっており、職人の技術はかなりの腕前だと推測できた。
何かの機会にまたこの店を利用するのも良いかもしれないと感心しつつ、ふと店のガラスのドアから店外へ目を向けると通りを歩く黒髪の女性の背が目に入った。
(黒か・・・・・・・)
忘れたくてもそう簡単には忘れられない彼女。
長く美しい黒髪と漆黒の瞳。
笑みを浮かべていても作り物めいていて、感情を表すことが少なく最後の最後まで冷静だった。
目の前からカリカに背を向けて遠ざかってゆく女性の髪は肩よりも短いが艶やかな黒髪が彼女を彷彿とさせた。
背筋を伸ばし姿勢良く歩む姿もどこか似ているように感じる。
気のせいだと言い聞かせても、目が女性から離れない。
すると目の端から小さく動くものが飛び出してきたように見えた。
それは10歳くらいの少年で、走って後ろから女性の腰に飛びつくようにぶつかった。
女性はびっくりした様子で立ち止まり、後ろから突進してきた少年を自身の前に引き寄せ膝を下り少年の目線の高さに合わせて何かを話している様子だ。
少年は嬉しそうに口を動かし、自分が今来た方向を指差した。
女性はその方向に顔を向ける。
その動作がカリカにはとてもゆっくりしたものに感じた。
なぜなら女性が少年が指差した方を向くとカリカにもその女性の顔が見えるようになる。
その女性の顔は――――――――――。
「・・・・・カーライル嬢。」
髪は短く、着ている服も粗末な物で以前より痩せている様に見えるがその顔は紛れもなくシャロン・カーライルだった。
しかし、少年の話に耳を傾け楽しそうに笑う彼女の纏う雰囲気は柔らかく穏やかで別人のように見える。
だが、他人の空似にしては記憶の中の彼女と似すぎており、シャロン本人以外とは考えにくい。
カリカが目の前の女性と彼女の相違点を見つけ出そうとしたが、女性は少年の手を引いて元々向かっていた方向へと歩き出し見えなくなってしまった。
カリカはその背中を見つめ続けていた。
ミルトニアの現状というよりカリカの現状になってしまった・・・。